第二話 ― 選択 ―
 
 知りたくない現実だ。だが、こいつらの会話から見て間違いも無さそうだ。
 どうやらあの時に何かが起き、俺達はそろって死んでしまったらしい。
 今ここにあるのは魂だけがあるとかそんな感じなんだろう。
 しかも、ハルヒが死んだことでとんでもパワーが暴走しかけてるらしい。
 何がなんだか分からない。いっそ夢オチだったりしてくれないか?
「キョンは知ってるの……?有希達の事……あたしの事……」
 どうやら説明しないとならなそうだ。このままごまかすのは無理だろうし、
 俺が説明しないと、2秒後くらいに世界が消えちまうかも知れん。
 俺は全てを話した。
 話す合間に、古泉達は今後の展開に不安を抱きつつ、その日は帰る事にしたらしい。
 追いかけたかったのだが、座り込んだままのハルヒが俺を引き止めた。
「そんな……本当に有希は宇宙人で、みくるちゃんが未来人で、古泉君が超能力者?」
「ああ、本当だ」
「あたしが望みをかなえられるって言うのも……?」
「そうだ。意識を失う前か。お前は隕石が降ってほしいと言って、本当に見えただろ?」
「あ……」
 どうやら思い出したらしい。
「あれは、お前の願望が叶ったんだ。それも瞬時に」
「じゃあ、どうして宇宙人とかは直ぐに叶わなかったのよ」
「それはわからん。生物には効果が薄いのかも知れないな」
「それじゃあ……あの時のジョン・スミスは……」
「……俺の事だ」
「あたしが、そんな神様みたいな力を持ってたなんて……」
「お前が気付かない為に俺達は行動していた。それでも一度世界は消えかけたけどな」
「え……? ねえ、それって……あの灰色の世界と関係あるの?」
 さすがにこれだけの説明を受けてあれが自分の力の一端だとわかったらしい。
 
「ああ、そうだ。あの時に元の世界は消滅の危機だったらしい」
「じゃあ、あの時キョンと……」
 そこまで言って顔を赤らめた。どうやら要らん事までしっかり思い出したらしい。
「しかし、一体どうすりゃいいんだ? 大体なんで俺達がここに?」
「……それは私から説明しよう」
 突如聞きなれない声がした。俺とハルヒがその声の方向に振り向く。
 ローブを深く被り、顔がほとんど見えないが、長く伸びた白い髭が垂れていた。
「あんたは一体誰だ」
 俺はその老人らしき人物に尋ねた。
「私は力の代弁者、とでも言っておこうか」
 ゆっくりとした口調で"代弁者"は話始めた。
「私は涼宮ハルヒ、君が持っていた力の姿と思ってくれていい」
 顔が見えないのでどんな表情かもわからない。
 俺の表情から疑問を察したのか、答えをわざわざ言ってくれた。
「どんな姿でも良かったのだが、涼宮ハルヒの思う『預言者』のイメージを借りた」
 確かに言われてみれば預言者って感じの姿格好をしている。
 占い館で水晶に手をかざすのがすごく似合いそうだ。
「もう気付いているのだろう? 君達は物理的には死亡している」
 半分わかっていた事だが、改めて言われるとさすがにショックだった。
「そんな……」とハルヒはまたうずくまってしまったほどだ。
「そして、器を失った力は不安定になり、今にも暴走しようとしている」
「一体どうなるんだ?」
「それはわからない」
 力そのものたる"代弁者"にもわからないと来たか。アテにならんじーさんだ。
「私と涼宮ハルヒはまだ完全に断たれてはいない。だからまだ事が起きていない。
しかし、それも間もなく途切れてしまうだろう」
 
 "代弁者"が淡々と説明する。
「私は涼宮ハルヒの望む通りに己の力の一端を放出し、君達の言う情報を改変してきた。
それでも尚私の力は大きかった。この世界の概念では説明できない大きさだ」
 それはそうだろうな。その為に世界は狂いかけたし、大小さまざまな事が起きた。
「今そこに居た者達も私の力の一端で生み出された存在だとわかっているのだろう?」
 その『生み出した』は一からって意味なのか力をって意味なのかは気になるけどな。
「また、君自身も選ばれた人間だ。涼宮ハルヒのパートナーとして」
 何だって?聞きたくなかった上に意味がわからないぞ。
「本当に解っていないのかね? 君は涼宮ハルヒの理解者なのだよ」
「おい、そうなのか?ハルヒ」
 うずくまって置物状態になっているハルヒに尋ねる。
「え……?」
 どうやら放心状態だったらしい。こんな時に何やってるんだか。
 いや、こんな時だからか。
「君は涼宮ハルヒにとって、やっと出会えた理解者だったのだよ。だから君は傍に居て欲しいと願われた」
 随分な待遇だ。俺がしたことなんて些細だったとしか覚えていない。
 一体何がそれだけハルヒを動かしたんだ?
「君と出会うまで涼宮ハルヒの周辺に居た人間は涼宮ハルヒをただの変わり者としか見なかった」
「中には近づきたいと思った者も居たが、それは本心からではない。外見的要素が大きいだろう」
「待てよ、俺だってハルヒに話しかけたのはそんなに意識しての事じゃ……」
「いや、君は最初の発言を聞きつつも、涼宮ハルヒに惹かれていた」
「そんなバカな……」
「君がかつて捨てた想いを未だに持っている涼宮ハルヒに共感を覚えたのだろう?」
「それは……」
 確かにその通りだ。俺が卒業した夢を未だに見続けていた奴。
 それがハルヒだった。
 
「君はその事があって始めて涼宮ハルヒを『個人』として認識した」
「同時に涼宮ハルヒにとって自分を『個人』と認識する人間は求めていた存在だったのだ」
 俺がハルヒに選ばれたのはそれだけが理由だってのか?
 つまり、興味があれば俺じゃなくても良かったって事じゃねえか。
「そう。だが、現実に彼女にそうして近づいたのは君だけだ。それで十分ではないかね?」
 そう言われたら何の反論も出来ない。それは事実だからだ。
 確かにあの時に皆が努力したのは『クラスの一人』を全体に溶け込ませようとしたり、
 『黙ってれば可愛い女』に近づきたいだけであり、それは『涼宮ハルヒ』でなくても良かった。
 ハルヒが必要としていたのは、自分の発言を聞いた上で、それを理解しつつ話してくれる人。
 『涼宮ハルヒ』を理解してくれる人を求めていた…………らしい。
 それが俺だってのか?俺にはハルヒの事は消費税のパーセンテージほども理解していない。
 いつだって訳の分からない事を言っては勝手な事をするし、俺を引っ張りまわしてた。
「涼宮ハルヒはそうして遂に出会えた理解者をパートナーとしたかったのだよ」
 "代弁者"が俺の考えに終止符を打つかのように言う。
「それが異性同士だったのは偶然に過ぎない」
 ついでに余計なことも言ってくれやがった。
「それはさておき、話を急ごうか。今、その力は大きく2つの未来を作り出そうとしている」
「……あまり聞きたくないな」
「だが、選ばねばならないのだ。涼宮ハルヒ、君も聞かなければならない」
 その言葉にハルヒが顔を上げる。まるで幽体離脱でもしたんじゃないかと思う放心っぷりだ。
「ハルヒ……立てるか?」
 俺が手を差し出した。少しは気を取り戻したのか、その手を掴む。
 ハルヒを起こすと、ハルヒはそのまま俺にすがりついてきた。
 相当混乱してるらしい。俺だって気が狂いそうなくらいだ。
 
「君達の選択がこの世界の全てを決める事になる。心して聞いてもらいたい」
 俺は頷いた。ハルヒも何とか頷く素振りを見せた。
「ひとつは、この世界をこのままの形で残すという選択。世界崩壊の危機は無くなり、元通りだ」
 俺の様々な予測に反して、無難な選択肢だ。
 全てが元通りって言うのなら何も問題ないじゃないか。
 ゲームと同じだ。失敗しちゃったからリセット。ボタンを押せばさっきまでの光景は消え、
 何事も無かったかのように再スタートできる。どこで失敗したかっていう記憶だけを残して。
「ただし、それは今の状態から平穏になると言うだけだ。君達は……この世界に居場所は無い」
 ……なんだって?
 つまり、俺達は死んだままって事か?
「その通りだ。この世界の平穏を選択すれば、その時に君達の役目が終わり、消える事になる」
「おいおい、元通りにするってんなら俺達も戻すくらいはできないのか?」
「今の暴走を止め、世界の安定を戻すだけで力は放出されきってしまうだろう」
「よって、君達の死を無効にし、再構成することは不可能だ」
 他の全部をリセットできるのに、俺達が死んだことはリセット不可能だってか?
 冗談じゃない。
「……もうひとつは、新しい世界を創り、君達二人がそこに生きる事だ。
これまでの概念から開放され、文字通り二人だけで生きる。
そこでの生活はそれまでとは大きく異なるだろうが、それも程なくして慣れてしまうだろう」
 これまた随分な選択肢を出してきたもんだ。
 つまり、いつだったか古泉の言ったアダムとイヴになれって事か?
 あえてもう一度言おう。冗談じゃない。
 しかし、俺が生きるにはそうするしかないらしい。
 気になる事があるとすればひとつだ。
「そうしたとして、この世界はどうなる?」
 
 "代弁者"は答えるまでに少し間を置いた。
「……この世界は消滅する」
 予想していた最悪の結果だった。
「何でだよ、新しい世界をポンと創れるんだろ?わざわざ壊すことないじゃないか」
「新しい世界を作り出すには膨大なエネルギーが要る。それに無限に作れるわけじゃない」
「どういう事だよ」
「世界が存在するには『場所』が必要なのだ。何だってそうなのは分かるだろう?」
 "代弁者"の言わんとすることは分かった。
 つまり今のままじゃ新しい世界を創って置いておく所が無い。
 だから「場所を空ける」為にこの世界を消すのだ。
 ハルヒと俺が暮らすらしい世界の為には、この世界を犠牲にしなきゃならないらしい。
「君達の時間概念で言うと力の暴走開始から48時間程で、力と繋がりが切れる。
残された時間はおよそ20時間程だ。それまでに選んでくれたまえ」
「選ばなかったらどうなるんだ?」
「その時は新しい世界も、今の世界も消滅してしまうだろう」
 "代弁者"は世界の死刑宣告を口調も変えずに宣言した。
「決まったら呼んでくれたまえ。力と器が繋がっている限り。私に声は届くだろう」
 そう言うと代弁者は壁に向かって歩いていき、すり抜けるように消えた。
 
 俺達は呆然としていた。突如SFストーリーみたいな話をされたかと思えば、
 知らない間に世界の運命まで背負わされているらしい。
 一体どうするんだ?どうすればいいんだ?
 
「キョン……」
 俺にすがりついていたハルヒがやっと喋った。
「どうした?」
「あいつの言ってた事……本当なの?」
「ああ、たぶんな」
「新しい世界で生きるか……あたし達の居ないこの世界を残すか……」
 どうやらその2択らしいな。もう少し間を取った答えを出せなかったのか?
 ハルヒと同様に力のほうも自分勝手らしい。
 残された時間は……あと20時間くらいだって?
 俺が寝てる間に半分以上消費してるって事じゃねえか。
 理不尽だろ。それは。
「キョン……」
 ハルヒが俺にすがりついたまま話しかけてくる。
 なんでもいいんだが、何でこんなにくっつきたがるんだ?
 まあ無理も無いか。今ハルヒを認識できるのは俺だけみたいだし。
 いつもの傍若無人っぷりがどっかに消えて、美少女高校生状態になっているハルヒは、
 それはそれで可愛く、悪い気はしないもんだ。
「あたし達……この世界には……居られないんだね。どっちにしても」
 とても残念そうにハルヒは言った。この世界にとって俺達は既に部外者と来た。
 今まで何度も守ってきた割には、随分冷たい扱いだ。
 責任者は誰だ?あの代弁者か?一発殴っておけばよかった。
「ああ、話を聞く限りだと、新しい世界には俺達しか居ないみたいだしな」
 たぶん映画でもここまでベタなストーリーは作らないだろう。
 そんなベタ話に、何の因果か俺とハルヒが主役を押し付けられてる。
「この世界が残ったら、あたし達はどうなるのかな……」
 消えちまう。とは言われたけどなあ。具体的に天国に行くのか、
 どうなるのかは全く説明されなかった。説明しないって事は聞いても教えちゃくれまい。
 
「消えてもキョンとは一緒なのかな……」
 心配するところが違うだろ。それは。
「新しい世界に行けば、必ずキョンと一緒……なんだよね?」
「そうらしいな」
 何か心配事の中心が俺の有無になってないか?重ねて言うが心配する所が違う。
「どうしてよ……この世界が残ってもあたし達は居られないのよ?」
「それはそうだが……」
「だったら、せめてキョンと一緒に居たいって、思うじゃない……」
 世界と俺を天秤にかける事がそもそも筋違いな気がするが。
 俺に入る投票数は見るからに己の欲望で立候補してるとわかる政治家に入る表より少ないだろう。
「どっちを選んだってどうなるかは知りようが無い。今の俺達にはな」
「うん……」
 ハルヒは俺の言葉に何を思ったか、そのまま黙り込んだ。
「この後は、どうする?」
 しばらくしてハルヒは予想外の質問を投げてきた。
「ん……?」
「だから、この後よ。家に帰るの?」
 そういえば何も考えてなかった。
 さて、どうしようか。家に帰っても家族に見えるわけじゃないだろうしな。
 さっきからハルヒが俺の袖をひっぱってる。中々いい仕草だが、意味あるのか?
「行かないで……」
 ハルヒが消え入りそうな声で俺を引き止める。
「だが、あと20時間ばかりだかでここには居られなくなるんだろ?せめて家族の顔くらい……」
「嫌よ!」
 顔を伏せたまま、ハルヒが声だけを荒げる。
 こんな時まで勝手な発言で俺を振り回されても困るんだが……
 
「なあ、ハルヒ」
「……何よ」
「俺にだって、死ぬ前に顔を見たい人はいるんだ。わかるだろ?」
 実際にはもう死んでるらしいが。こっちからすれば似たようなもんだ。
「あと少ししか時間が無いなら……あたしはキョンと居たいのよ」
「どうしてだ?あいつの言う『理解者』だからってそこまで……」
「好きだからよ!」
 それは、あまりに突然だった。
 俺は正直愕然としていた。ハルヒが俺を好きだって?
 何故に?Why?何かの間違いだろ?なあ?
「あたしは……キョンの事……好き……」
 死んでから告白されるという珍しいシチュエーションだが、そんな事はどうでもいい。
 さっきから展開が速すぎて正直頭がついて行かない。誰か整頓してくれ。
 そして俺に説明しろ。今、すぐにだ。
「キョンは……どう思ってるの? あたしの事……」
 視線をハルヒに戻すと上目遣いで俺を見ている。
 その視線は俺の心を直接刺すような妙な感覚を俺にもたらした。
 確かにハルヒは俺を散々に引っ張りまわしてきた。
 だが、色々文句を言いつつも俺だってそれを結局は受け入れてきた。
 それらは決して古泉の言うところである世界のためなんかではない。
 だが……ハルヒの為にでもないはずだ。そんな事があるはずがない。
 じゃあ何の為にだ?俺自身のため?いやいや、俺は望んでなどいなかった。
 わからない疑問だけが頭の中でぐるぐる回っている。
「すまん……ハルヒ。正直に言ってよくわかってないんだ」
 俺が辛うじて言えたのはその一言だった。俺にしてみれば搾り出した言葉だったが、
 ハルヒにとっては大打撃だったらしい。目に大粒の涙が浮かんできていた。
 
「そう……あたし……フラれちゃったのね……」
 心なしか、裾を摘んでいる手から力が抜けたようだった。
「いや、何もそんな意味で言ったわけじゃ……」
「じゃあ……どうなのよ」
 てっきり怒鳴ってくると思ったが、今にも泣きそうな声で聞いたきただけだ。
 ハルヒはずっと俺を好きだと思ってあれこれしてきたらしい。
 俺だってハルヒが嫌いかと言われればそれは違う。
 だが、ハルヒと同じ意味で「好き」かと言われれば明確に答えられない。
 だってそうだろう?いきなり「お前はもう死んでいる」とか言われて、
 続けざまに世界が壊れるかどうかって瀬戸際だと言われ、
 その原因らしい女からいきなり好きだって言われるんだぞ?
 少しばかり非日常的生活をしたからと言って一高校生が処理できる情報じゃない。
 大体死んでから好きって言われてもどうにもならないだろ。
「俺は……」
 とりあえず言葉で間を繋ぐ。
 俺はハルヒをどう思ってる?身勝手で鉄砲玉みたいに突っ走って、
 周囲を巻き込んでいる団長様。だが、何だかんだでそれは楽しく、
 俺は普通の高校生活とは別の意味で満たされていはいた。
 いや、死んでまで意地を張ることはないだろう。
「明確には答えられないが、お前の気持ちは嬉しいと思うし、応えてやりたいとも思う」
 それが回転過剰で爆発寸前の俺の頭でなんとか導き出した答えだ。
「キョン……」
 それでも十分な効果があったのか、ハルヒの顔には若干笑顔が戻っていた。
 だが、時間が無いことには変わりが無い。あと20時間だかの間に選ばなきゃならんらしい。
 世界か、自分達か。いきなり選べって言うには重過ぎる選択だぞ。
 
 


|