第四章
 
 
これが、ハルヒの夢。
 
俺の目の前には、360°不毛の大地が広がっている。
上には、全てを焼き尽くすような太陽。あいつの夢にしては、何と殺風景なのだろうか。
そういえば、長門は、「夢の中は、涼宮ハルヒの思念を反映し易い状況である。」とか言ってたな。
つまり、ここではハルヒの願い事は、ほぼ全て叶うという事だ。
この灼熱の空間もあいつが生み出したのか?閉鎖空間よりタチが悪い。
神人は出ないだろうが、長門とは違う、ハルヒの想像通りの宇宙人が出てもおかしくはないな。
 
ウダウダ考えても仕方ないので、俺は歩き出す。とりあえず、ハルヒを探さねば………
だが、何処へ行けば良いのか分からない。目的のハルヒの位置も分からなければ、入口も出口も無い。
周りは全て同じような光景。
 
あてもなく、しばらく歩く。
「暑い、暑すぎる。」
 
独り言が勝手に出てくる俺は末期なのだろう。ほら、蜃気楼で周りが歪んで見える。
おや、そろそろ、お迎えが来たようだ。上から天使が降ってくる。
テ●ドンもびっくりのもの凄いスピードで。
………降ってくる?
「どいてどいてー!!」
そんな事言われても、避けれる訳が無い。
「ぎゃっ!!」
痛ってーなこの野郎。
「ひっ!?キョン?」
やっと会えた。
「よぉ、ハルヒ。」
「ち、近づくなー!!」
ハルヒはふらふらと逃げ出す。
「待てよ!!」
俺は力を振り絞って、ハルヒにタックルをする。
「う゛うぅぅぅ。」
ハルヒは地面に顔をぶつけたようで、かなり痛がってた。
「悪い。大丈夫か?」
「大丈夫な訳無いでしょ!!バカキョン!!」
逃げ出すお前が悪い。
「だって、それは…」
それは何だ?
「あたしがあんたを殺そうとしたから。」
バツが悪そうに、ハルヒはポツリと漏らす。
「ごめん。」
 
「全く持ってお前らしくない言葉だな。」
「本当にごめん。」
「ごめんは禁止だ。」
「何であたしがあんたに従わないといけないのよ。」
申し訳ないと思うなら黙ってて欲しい。
「分かったわよ!!ところで、ここ何処?あたしがどうしてこんな場所にいるの?」
「夢だよ。夢。」
まさか、長門が俺とハルヒの脳内をリンクした事を俺が説明出来る訳ない。
 
「ふーん。だったら現実世界は大変なのね。夢が覚めたら、殺人未遂で豚箱入りか………全て失っちゃった。」
「大丈夫だ。多分、俺もお前も無事だ。」
「でも、明日からあんたに会うの辛いわ。」
「俺は何にも思っちゃいないよ。」
「嘘よ。嘘でしょ!!」
激しい口調でハルヒは続けて言う。
「また、あたしに殺されかけたらどうするの?
もう、嫌だよ………こんな辛いの。」
ハルヒの瞳は潤んでいた。泣いているのだろうか。
 
「な、泣いてない!!」
指摘した途端、上着の袖で顔を拭う。やっぱり、泣いているな?
「煩い!!」
分かった。分かったから落ち着け。
「じゃあ、腕貸せ。」
ハルヒは俺の腕を勝手に使い、枕にしやがった。
「少し、休む。」
下が凸凹な地面なだけに、少し痛い。
 
 
「少し、落ち着いてきたかな。」
それは、よう御座いました。
「少し冷静になって考えたの。」
「何を?」
「何にせよ、これ以上キョンに迷惑を掛けたくないの。」
今まで、数々の悪行を重ねた奴が何を言う。
「だからさ………」
「あぁ。」
「あたし、死ぬわ。」
「は!?」
その時の俺は相当マヌケ面だったらしい。
ハルヒは急に吹き出した。
あくまで、表面上。目は笑っていない。なんか腹が立った。
 
おい、ハルヒ。
「ん?何、キョ…」
ハルヒが言葉を詰まらせたのは、俺がこいつの胸倉を掴んだからだ。
「何言っているのか分かっているのか?」
「……当たり前よ。」
「それで誰が喜ぶ?」
「………」
「お前が死んじまったら、何にもなんねぇだろ!!」
「で、でも……」
「俺達には、お前が必要なんだ。」
そうだろう?朝比奈さんや長門、阪中や谷口と国木田のアホコンビとか、鶴屋さんに森さんや新川さん。
その中に古泉も入れてやっても良い。
みんながお前を必要としてるんだ。
そして………
「今現在、俺はお前が心から愛おしい。」
俺はハルヒを抱いた。力強く、精一杯抱いた。
ハルヒの顔は、見えない。いや、見れなかった。恥ずかし過ぎる。こんなこと。
「やっと、あたしの気持ちに気付いてくれたのね。」
 
「……カマかけやがったな?」
「バレたか。でも、こうしてあんたを急かさないと、いつまで経っても中途半端なままよ。どうせ夢だし。」
恥ずかしい。
「嬉しい。本当に。」
ハルヒの手が俺の首にかかる。
「ねぇ気付いてた?あたし、あんたに沢山アプローチかけてたの。」
「知らないな。」
「………バカ。」
ハルヒは少し膨れた。その顔も可愛いぞ。
「変な褒め言葉ね。」
変で悪いな。
「あたしね…」
何だ?
「キョンが好き、でも、あんたはいつも振り向いてくれなかった。」
そんなつもりは無かったのだが。
「恋心が憎悪に変わっちゃったのよ。だから、あんなことした。多分。
苦しかったわ。毎日が地獄だった。やっぱり、恋の病は重い精神病ね。」
これがハルヒなりの解釈なのだろう。
こいつは、呪いのナイフの事なんか覚えていないのだ。
それはあくまで、表面上だけだが。
 
「夢なら覚めないで欲しいな。」
「大丈夫、俺が覚えてるさ。」
「本当?」
「本当だ。お前が願うなら、何でも出来る。」
「信じるからね。」
 
…………!?
 
「ハルヒ。」
「ん、何?」
「疲れたろ。」
「まあね、精神的にボロボロって感じよ。」
「お前はよく頑張ったよ。
幾日も悪魔の囁きに耐え、自分の感情をよく抑えられたもんだ。」
「でも、結局負けちゃった。」
「十分さ。だがこれで、お前の重荷も晴れた。だから、今は少し休め。」
「あんたは?」
「俺か?俺はまだ役目があるみたいだ。」
「……大変なのね。」
これが大変で済むのなら、まだ楽な方だ。
「少しだけ、行ってくる。」
「待って!!」
何だ?急にハルヒが呼び止める。
「もし、あんたがこの夢を覚えてたら、あたしに言って欲しい言葉があるの。」
プロポーズの言葉か?
あまり、恥ずかしいのは言いたくないぞ。
 
「似たような物よ。」
そう言いながら、ハルヒは俺に、
ある『愛言葉』を耳打ちをして、送り出した。
「行ってらっしゃい!!」
「ああ、またな。」
「あんたが無事で帰って来るって、ずっと信じるから。」
 
しばらく歩く。
 
さて、この位離れれば良いか。
 
 
なあ、朝倉さん。
 
 
「よく気付いたわね。わたしがいる事に。」
「よく考えれば、出来過ぎた話だよ。」
ハルヒの創造力が、ここまで忠実に具現化する事は、今までに無かった。
ましてや、人々を殺人に巻き込んだなんておかしすぎる。
考えられるのは一つ。
俺の存在を危険視した者がハルヒを洗脳し、殺害を企てた。
それが、お前ら情報統合思念体の急進派だった。
朝倉は表情ひとつ変えずに微笑んでいる。
「そこまで、思索出来のは上出来ね。
だけど、あなたはまだ、この話の真実を知らないみたい。」
真実?
「そう、真実。」
知りたい。ちょっと怖いけど。
「それが、あなたにとって、破滅的な答えだとしても?」
そんなに俺に都合の悪い答えなのか?
「………あら?あと40分位でこの夢が消えちゃうわよ。」
何だと!?長門は?
「ここ」
「僕もいますよ。」
「長門!!どういう事だ?」
「僕はスルーですか。」
 
「朝倉涼子から、あなたを助ける為、古泉一樹と来た。
だから、涼宮ハルヒを抑える役が居なくなっただけ。」
「キョン君。どういう事か解ったわね。」
「知らん。」
「とりあえず、あなただけは逃げて下さい。」
「掴まって。」
古泉、お前は?
「一人で戦います。」
大丈夫なのか?
「勿論、長門さんがあなたを送ってここに帰って来るまでです。
安心して下さい。それ位は持ちこたえますよ。
ここは涼宮さんの夢。閉鎖空間に似て非なる物です。」
「させない。」
一瞬で周りが宇宙空間の様に変わった。
「わたしの情報制御下に入ったわ。つまり、わたしを倒さないと、逃げれないよ。」
「…まずいですね。僕の力が出せません。」
「わたしがやる。あなたは彼を守って。」
「分かりました。」
俺は?
「黙ってて。」
冷徹な表情でそう言い捨て、長門は宙に浮いた。
朝倉も一緒に浮く。
 
「さぁ、始めましょう。」
朝倉が言い終わる前に、長門の手から、紫色の放射物が無数に出てきた。
朝倉も掌から青いビームのようなものが沢山出た。
2つは打ち消し合う。
同時に両者が接近し、肉弾戦を繰り広げる。
長門の手刀が朝倉の脇腹に入り、朝倉の裏拳が長門の顔面にヒットする。
怯んだ長門に、朝倉は容赦なく追い討ちをかけ、最後に腹部に決まった蹴りで、吹っ飛ぶ。
「長門!!」
「…………大丈夫。」
長門は何か唱え、朝倉の横の空間が歪む。
歪みの中から、コンクリートの塊みたいな物が、朝倉を殴打する。
「チッ」
また長門は何かを唱えた。
すると、空間が歪む。
気付くとそこは、見慣れた場所だった。
「ここは?」
駅前。
ただし、空は灰色だった。
「閉鎖空間に極力似せた空間を造った。これであなたの力も出せる。」
「感謝しますよ。長門さん。」
古泉は赤い玉を掌に浮かべた。
 
「いけますよ。いつもの倍の力が出せそうです。」
古泉は赤い玉に変わり、朝倉に近づいた。
「………危ない。」
古泉の周りが爆発した。
「ふぅ…間一髪でしたよ。」
古泉はバリアに包まれていた。多分、長門のおかげだろう。
「流石に2対1は辛いわね。少々本気を出そうかな。
緊急コード230………アクセス……涼宮ハルヒ………ダウンロード開始」
「今のうちに!!」
長門と古泉は突撃を仕掛ける。
大きな赤い玉と紫色の光線が朝倉を襲う。
朝倉は赤い玉を避け、紫色の光線を足蹴でかき消した。
赤い玉は急旋回し、再び朝倉を襲う。
「ダウンロード完了。」
瞬時に古泉が吹き飛ばされる。
「グッ!!」
何があった?
「………解りません。」
「わたしは涼宮さんのデータを盗ったのよ。」
じゃあ、お前は世界を改変することも出来たりするのか?
 
「そこまでは収集出来なかった。メモリ不足ってやつよ。だけど、あなた達に勝つ能力を身に付けたわ。」
何を言っている。お前は、ハルヒより強いだろ?あいつから学ぶ必要性はあるのか?
「勝負を決める要素は、スピード・感・経験の三つ。
だけど、わたしはこの三つが……特に、感と経験が不足してるの。
わたし達インターフェースは、元々戦闘目的で作られた訳ではなく、あくまで監視目的。
スピードはあるけども、戦闘の経験なんて、プログラミングされていないの。
だから、わたしは涼宮さんから感と経験、つまり瞬発的な情報判断能力を貰ったの。」
「明らかに朝倉涼子は強くなった。わたしだけでは彼女には勝てない。」
マジか!?
「長門さん。僕の能力を使って下さい。
神人狩りで涼宮さんの行動パターンは、大体掴めます。」
その手があったか。
「分かった。」
「へぇ、それは厄介ね。一応、抵抗しようかな?」
 
「40.17秒程かかる。それまで持ちこたえて。緊急コード801startrun………」
長門は、素早く呪文を唱える。
「分かりました。」
「10秒かからないで倒せるわね。」
「ハッタリは、よしていただきたいものですね。」
「ハッタリかどうか、直ぐに分かるわ。」
そう言った瞬間、朝倉は消えた。
「どこへッ!?」
「後ろよ。」
!!!
「次はあなたの番」
「はやく……に……げて……下……さい」
「計画の為、ここで死んでもらうわ。」
朝倉は地面に手をつける。
すると、コンクリートの地面は豆腐のように削り取られる。
朝倉が削り取った塊は、だんだんと形を変える。
「見覚えあるでしょ?」
アーミーナイフをちらつかせ、朝倉はニヤリと笑う。
忘れる訳がない。それで俺は幾度と殺されかけたからな。
「それは、良かったわ。でも、サヨナラね。」
朝倉は、ナイフを投げた。
「ひぃっ!!」
なんとマヌケな声だろうか。谷口に聞かれたら、バカにされる。
 
そういや谷口、今どうしてるかな?
実際、そんな事考える余裕なんぞなかった。
尻餅をつき、なんとかナイフをかわす。
しかし朝倉は、俺の頭上で、拳を振り落とそうとしている。
「死になs……!?」
朝倉が吹っ飛んだ。
「ハア……ハア…………まだだッ!!」
古泉!?
 
「まだ生きてたの?先に殺しましょうか。」
朝倉の手が、槍の様になる。
「やめろ!!!」
俺は、朝倉に殴りかかるが、
「邪魔よ。」
朝倉の蹴りで、俺は近くの木に叩きつけられる。
背中と胸が凄く痛い。なんて様だ。カッコ悪いな……俺。
「その腕、邪魔ね。」
朝倉の槍になった手が伸びる。
「あ゛ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ」
「あはっ♪」
俺の位置からはよく見えないが、多分朝倉は、古泉の肩に槍を突き刺した。
古泉の耳をつんざく悲痛な叫び声。
思わず、目を背ける。
呼吸が荒くなる。
脈拍も早い。
苦しい。
恐い。
 
「次は長門さんね。」
「遅くなった。ごめんなさい。」
「さぁ、早くわたしを倒さないと、彼が死ぬわよ?」
「知ってる。」
2人は、激突した。俺も目で追うのに精一杯だ。
「お久しぶりです。」
「え?」
えらく上品なお嬢様がそこにいた。
 
 

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最終更新:2007年01月14日 07:47