第一章 
 
 
3月も末に入る。
ついに1年も終わり、2年生へと向かうのだが、自覚も湧かない。
地獄のような坂で谷口の話を聞くが右の耳から左の耳へと通り抜ける。
授業も学習範囲を終え、自習に近い時間が多くなる。
………憂鬱だ。非常に憂鬱だ。
そんなアンニュイな気分を勝手に打破するのは、我が団体の団長様だ。
今なら、ハルヒの厄介事に付き合っても良い。
すぐに「やれやれ」と言いながら、前言撤回するのはいつもの事なのだがな。
 
放課後
俺はドアをノックして中に入る。
はい、前言撤回だな。
いつもと変わらない部室。
だが、異常な空気だけが立ち込めていた。
原因はあいつとわかりきっていたが…
「あ、こんにちは。い、今お茶いれますね。」
おどおどしながら、朝比奈さんは俺のためにお茶をいれだした。
「やあ、どうも。」
苦笑混じりの古泉が話かけてきた。
「これは、何だ?」
「さぁ解りません。」
 
古泉は手をひらつかせるポーズをとる。
「ただ、彼女は不機嫌なのでしょうね。」
「はい、お茶です。」
目の前に湯呑みが置かれた。
「いつも有難う御座います。ところで、朝比奈さんは何があったか知ってますか?」
「さぁ………わたしが来た時には、もうあの状態でした。」
「心配なら、直接聞いてみては、いかがでしょうか。」
「だが断る。」
どうせ、あいつから話す時は来る。それまで気長に待とう。
できれば、話して欲しくはない。
「ねぇ、キョン。」
ほら来た。
 
「自分の一番信頼する人を殺すってどんな気持ちかな?」
 
「やれやれ」では済まない事くらい気づいた。
それが悪夢の始まりだった事くらい……な。
古泉は似非笑いが消え失せていたし、
朝比奈さんは、ド派手に転んだ。
長門に至っては、いかれたアンドロイドのようにハルヒを凝視している。
 
 
「聞いてるの?キョン」「聞いたが、質問の意図が分からん。」
そう問うと、ハルヒはしばらく黙り、面倒臭そうに話した。
「今、あるアーティストのPVを見たのよ。」
それは、誰もが知る超有名ロックバンドだった。
そして、そのPVの内容にえらくはまってしまったらしい。
ハルヒはその内容を説明するが、えらく長いので俺が要約するのをお前らに見せる。
 
 
 
男は言った。
「このナイフには、記憶がある。」
 
ある老人が一人。
かつての栄華は見る影も消え失せ、唯一人寄り添って世話をする執事が一人。
自らの悲運を嘆き、自分の死を悟った老人は、一本のナイフに呪いをかけた。
 
 
「今から100年の後、このナイフが世界の終末をもたらすように……」
 
ナイフの呪いに立ちはだかる者は、自らの意識に反し、人を殺める。
主人の企みに気づいた執事は、このナイフを処分してしまおうとした。
だが既に呪いは始まっていた。
 
長年に渡ってひたすら仕え、敬愛してきた主人の胸にナイフを突き立てる執事。
直前に主人の耳元で囁いたのは、その行為とは裏腹に自分が如何に貴方を尊敬し、
その下で仕えた自分の人生を誇らしく思ったかという、愛に満ちた言葉であった。
 
その後、このナイフは世界中を巡る。手にした者の信頼する人を殺めながら。
 
 
 
長いだろ。
まだ続きがあるらしいのだが、割愛させて頂く。
何故かと聞かれたら、実際に見ていない人の楽しみを奪ってしまうと弁明する。
決して面倒な訳ではないぞ。
続きは、自分の目で見てくれ。
言っておくが、俺は宣伝マンではない。
 
「………で、どう思った?」
どう……とは?
「だーかーら!!」
ハルヒ人差し指を突き出して言った。
「さっきの質問に答えてよ。
これ見て何も感じないなら、鈍感を通り越してバカよ。バカキョン。」
そんなにバカバカ言うな。あながち、間違いではないのだが。
「殺す側から見ると、絶望的だな。
何でこんな事してしまったんだって感じか?」
「ふーん。」
「殺される側から見れば、まさかって気分だろう。
でも、一番信頼出来る人の前で死ねるなら、俺は本望だがな。」
「……変な本望ね。」
そりゃどうも。
 
「お前には殺されたくはないけど。」
「ほーう?このSOS団の団長を信頼出来ないと言いたいの。」
ヤバい。口が滑った。
「いや、違う。そういう意味じゃー」
「もういい!!バカキョン!!」
ハルヒは怒っているようで、どこか哀愁感を漂わせ、
「今日はもういいや。解散!!明日は9時に駅前ね。遅れたら罰金だから。」
と言うと一目散に部室を出て行った。
 
「相変わらず、女性の扱い方が下手ですね。」
煩いぞ古泉。そして、俺のケツ見て話すな。
「お気にせず。ところで、彼女に今みたいな対応をしないで下さい。閉鎖空間の素です。
その内、僕のストレスも溜まって、あなたのアナr」
黙れ。
「冗談ですよ。一割。」
どこらへんが一割なのだろう。
「わたしが推測すると『お気にせず』の部分だと思われる。」
要らない注釈は困る。
「あなたが求めた。違うの?」
………違わないさ。
「余談は後にしましょう。もうお気づきですね?あなたは、涼宮さんに殺されますよ。」
 
涼しい顔でその死亡宣告は困る。
死亡宣告?
「マジか!?」
「ハッキリ言いましょう。大マジです。」
「俺の発言のせいなのか?」
「いいえ、何にせよ彼女はあなたを殺るはずですよ。彼女の見たPVとやらが起点でしょうから。」
どうにか防げないのか?
「我々が全力であなたを保護します。それと、彼女が見たPVを僕達も実際に見てみましょう。」
 
古泉はパソコンをいじりだす。
十分も経たないうちに、神妙な顔つきになる。
「これは………。」
何か解ったか?
「いいえ、全く解りません。ところで長門さん。涼宮さんの今の精神状態は、分かります?」
「彼女はいたって正常。」
長門が語り出す。
「しかし、あの映像を視聴・理解したと同時に強烈な感情の変化と、
微弱な情報爆発と閉鎖空間を確認。そして先程、再度閉鎖空間を確認。」
「…なるほど、やはりそうですか。」
この二人は多分知っていたのだろう。
俺は古泉を見た。
お前、行かなくて良かったのか?
「生憎、規模が極小でして、それにどちらも直ぐに収まったのですよ。」
「閉鎖空間は発生後、自己消滅した。」
「おや、僕はてっきり誰かが神人を倒したのかと思ってました。」
「消滅までの所要時間は1分42秒46その間に閉鎖空間に出入りした者はいない。」
「それは珍しい。」
「あ、あの!!」
どうしたんですか朝比奈さん。何か理由を知っているのですか?
「いえっ、大切なお話の途中申し訳ありませんが着替えるのでっ。」
もうそんな時間か。
時計を見ると既に5時を回っていた。
 
「これは失礼、すっかり話し込んでいたようですね。」
古泉と俺は、部室の前で着替えが終わるのを待ちながら、話した。
「かなり話しを戻しますが、」
横のニヤケ顔が話す。
「彼女は愛されたいのです。」
ふーんとしか言えなかった。
「まさに、恋する乙女ですよ。あなたに愛されたいあまり、あのPVを見て、それに自己投影してしまった。」
俺に愛されたいあまり?
「そうです。あなたが彼女への気持ちをハッキリさせないから、
こういう事になるのです。まさに、自業自得ですよ。」
これが自業自得なら神はどれだけ不平等な考えなのだろうか。
だいたい、ハルヒが俺を殺すなんて思うのか?
「それはあくまでも、彼女の潜在意識の下です。彼女の中で
『愛される事』=『死』
の方程式が無意識で成り立ってしまったのですよ。」
ほぼ無意識で大問題を創る気か?滑稽な話だ。
「ええ、これから、いや、もう既に起こっているはずです。」
もしや……
「長門の言ってた情報爆発とは何だ?」
「多分ですが、彼女の周りで変化が起きたはずです。」
何だ、それは。いや、俺だって分かってる。
 
「呪いのナイフがこの世界に発生した。」
「そうです。そして、それを手に入れるのは」
ハルヒか?
「場合によっては、あなたかもしれませんよ。
あくまでも推測ですが。」
俺は何をすれば良い?
長門と朝比奈さんが部室から出てきてこう言った。
「もはや、これは規定事項。あなたは逃れられない。」
マジかよ。
「僕はこれから、機関へ戻り、対策を練ります。あなたは、刃物に極力近づいてはいけない。
もし、手にした場合、すぐに僕か長門さんに連絡を下さい。
絶対に死なないで下さいよ。あなたの死は世界の死ですから。」
古泉は俺達に手を振り、帰って行った。
「朝比奈さん、俺はこれからどうなるのですか?」
「えっと、すみません。これは重大な禁則事項です。
キョン君と涼宮さんの死活は未来に多大な影響を及ぼすはずです。
ですので、ここでは言えません。全てが終わる時、話します。
あっ、だ、大丈夫ですよ。長門さんも古泉君も協力してくれますし、安心して下さい。」
予想通りの答えが帰ってきた。この言葉、逆に不安になる。
「ごめんね。キョン君。」
 
朝比奈さんは小さな頭を下げ、謝ってくれた。
その仕草は可愛く、それを口で説明する事は出来ないくらいだ。
「私としては、あなたと涼宮ハルヒには生きてもらわないと困る。」
俺だって生きたいさ。
「明日は、あなたと涼宮ハルヒを組ませないようにする。2人っきりの場合が一番危険と思われる。」
あぁ、お願いする。
「何かあったら連結して。」
いつもすまないな。長門。
「いい。」
 
そこで話は終わり、家に帰る。
家に入ると、妹がシャミセンを抱えながら「おかえりー」などと言っていたが、
生憎、俺の頭は混乱状態で、妹の言葉は右耳から入り、左耳より出て行った。
自分の部屋に入り、ベッドに突っ伏す。
 
頭がもやもやする。
もしかしたら、俺は死ぬかもしれないんが、実感が沸かない。
この一年間、色々な事が起こり、いくら非現実的な話だろうとも、
たいして気にする事もなく、淡々と受け入れるような性格に成り果てたが、
流石にこれはない。
絶対有り得ない。
 
「キョンくーん。ごはん。」
 
もう飯の時間か。着替えて食卓につく。
 
「キョン君どうしたの?元気無いね。」
「お兄ちゃんはもう直ぐ旅に出るかも知れないのさ。」
「行ってらっしゃーい。」
おお妹よ。何故こんな時に「あたしも連れてって」と言わないのか。
お兄ちゃんは、人生で6番目に悲しいぞ。
失意のまま飯を終え、風呂に入り、自分の部屋に戻る。
 
着信12件:古泉一樹
リダイヤルする。
「もしもし。」
「やあ、どうも。」
「要件は?」
「そっけない返事ですね。まあいいでしょう。
奇妙な事を発見しましてね。」
 
どうもこいつの言う奇妙な話には、ろくな話はない。
「言え。」
「連続殺人事件。」
「犯人は?」
「捕まっています。主犯を除いて。」
「複数犯か?」
「個別の単独です。犯人にそれぞれ面識はありません。」
それは連続殺人事件とは言わないだろ。
「ええ、面白い事に共通点があります。
一つは、被害者と犯人はごく身近な存在である事。兄弟、親子、恋人などが該当します。
一つは、凶器が見つからない。
もう一つは、その凶器が全て同じ型のナイフ。
これらの意味が分かりますか?」
「警察は凶器を紛失し過ぎ。」
「ここでボケても褒美はありませんよ。」
電話の向こうで溜め息が漏れる。
「まさか、主犯はナイフで、それは、ハルヒの能力が生んだ産物とでも言いたいのか?」
「ええ、その通りですよ。分かりましたね。これは警告です。」
「明日休んでいい?」
「問答無用で死刑になりますよ?彼女は不機嫌になり、閉鎖空間のデパートです。道は残されていません。」
 
「お前が神人を退治すれば良い。」
「………」
「どうした?」
「いえ、大丈夫です。僕が助けてあg」
「煩い。」
俺は携帯を放り投げ、眠りにつく。
大丈夫。今までなんとかなったんだ。今回だって……
夢なら醒めて欲しい。
 
 

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最終更新:2020年08月17日 18:45