《彼女》……それは俺の未知の世界であり、健全な男子高校生なら誰もが憧れる。
 もちろん、かわいいに越したことはないし、優しくリードしてくれる人なら尚いい。
 だけど、面倒をみなきゃいけないような奴も個人的に構わない。
 妹で面倒を見ることの楽しさを知ったからな。
 そして、俺は今、前者の人に告白されているわけだ。
 
「キョンくん! あたしと付き合ってみないかいっ?」
 
 
 今日の朝、靴箱に一枚の手紙が入っていた。
《昼休みに屋上に来て》
 ただそれだけが書いてあった。
 朝倉というトラウマはあるが、長門がいる限り大丈夫だろう。
 そもそも、谷口辺りのイタズラだと思った俺は、その場で行くことを決めた。
 授業中も特に意識することもなく、ハルヒのシャーペン攻撃を我慢して受けながら消化した。……背中が痛い。
 そして問題の昼休み。やはり谷口はダッシュで教室から出て行った。
 まぁあれだ、放課後にゲーセンとか付き合ってやれなくなったからこういう遊びくらい付き合ってやるか。
 俺はゆっくりと屋上へ向かい、階段を登った。
 
 登りきってドアを開けると、髪の長い先輩が立っていた。何をしてるんだろうか?
 鶴屋さん、何してるんですか?
 ゆっくりと振り向いて、ニッコリと微笑みながら口を開いた。
「や、キョンくん。来てくれたんだねっ!」
 ここで気付いたわけだ、谷口は何も関係なかったということに。くそ、紛らわしい真似しやがって。
「ごめんね、いきなり呼び出しちゃってさっ!」
 いえいえ、全然構いませんよ。
「あははっ! キョンくんは相変わらず優しいねぇ! 実はね、伝えたいことがあるんさっ!」
 
 
 とまあこれで冒頭の告白に入ったわけだ。
「どしたのかい? いきなりボーッとしちゃってさっ」
 目の前に美人の先輩が近付いてきた。かなり近い距離で。
 つ、鶴屋さん! 近いですよ、それに何でいきなり……?
「告白するのに予告がいるのかい? 強いて言うなら好きだからだよっ!」
 正論を言われた。いきなりでない告白は無いからな。
 しかし、鶴屋さんのことをそのような目で見たこと無いから困るな。
 まぁ、付き合ってるうちにどんどん好きになるってのも有りかな……。
 心の中でOKを出そうと決めた時だった。
 小さくかわいらしい足音が聞こえてきた。
「はぁ……はぁ……つ、鶴屋さん! 抜け駆けはずるいですよぉ……はぁはぁ……」
 朝比奈さん? しかも抜け駆けって?
「みくるっ、恋愛ってのは先に気持ちを掴むかどうかの勝負さっ! お互いに打ち明けたときからあたしは告白するって決めてたの!」
 話が掴めん。誰か解説してくれ、頼むから。
 二人の話を呆然と見ていたら、自分達で解説してくれた。
 
 
 昨日、鶴屋さんの家に泊まった朝比奈さん。
 打ち明け話でお互いの好きな人を言った所、何故か俺で一致したらしい。
 それで鶴屋さんが抜け駆け、朝比奈さんは鶴屋さんが昼休みにいないことに気付いてここに来たということらしい。
 
「つまりは二人ともキョンくんが好きだってことさ、わははははっ!」
 笑いごとじゃ無い。同時に二人から告白されて、それに返事するのは厳しいぞ。
「あ、あの……どっちを選んでも、選ばなくてもうらみませんから。キョンくんの気持ちに素直に……ね?」
 正直、幸せだよな。かなり人気のある二人の先輩が俺と付き合いたがってる。
 まぁどっちか一人を拒絶しなければならないのは不幸かもしれないが。
「あたし達は後ろ向いとくから、OKだったらどっちかの肩を叩いてねっ!」
 ……リードしてくれる人と、リードしてあげたい人。
 まるで正反対の二人。俺が好きなのはどっちだ?
 目を閉じて今までのことを考えた。
 いつも部室で癒しをくれる朝比奈さん……明るい態度で元気をくれる鶴屋さん。
 どっちも好きだが……。
 俺は歩みを進め、朝比奈さんの肩を叩いた。
 俺と……付き合ってもらえますか?
「ふえっ! あ、わ、わたしで……すか?」
 予想以上に驚いている朝比奈さんの横を鶴屋さんが歩いて行った。
「あ~あ、やっぱりみくるかぁ……。あたしのが先だったのになっ。……キョンくん、みくるを幸せにするにょろよっ!」
 歩いていた足を、軽やかに走りに変えて屋上を出て行った。
「鶴屋さん……泣いてた」
 朝比奈さんは申し訳なさそうに呟いた。
 二人とも納得してやったことだから、しばらくしたら元に戻りますよ。……俺が言える立場じゃないですけど。
 
「うん……わかってます。でもね、ほんとにわたしでいいんですか?」
 朝比奈さんの破壊力のある上目遣い。たまりません。
 朝比奈さんが嫌なら別にいいですけど……。
「あ、え、ち、違いますっ! 大好きです、キョンくんが大好きですっ!」
 はははっ、冗談ですよ。
「む~……もうっ! ひどいですっ!」
 俺の胸をポカポカと叩いてくるこの人が愛しい。かわいい。
 本当は不安だ。これでハルヒの能力が復活したりするんじゃないかとか。
 しかし、そんな心配を全て捨てて、愛することにしよう。
 こんな感情を持つことが恋愛で、その対象が《彼女》か。勉強になるぜ。……なんてな。
 とりあえず、食事をとるために朝比奈さんと別れた。
 教室で遅れて谷口と国木田に合流した。
「キョン、どこ行ってたんだ? また涼宮の尻に敷かれてたのか?」
 谷口の嫌味が華麗にスルー出来るほど余裕がある。
 人を愛することがこんなに幸せとはな。
「キョン、なんだか今日は幸せそうだね」
 あぁ、ちょっとうれしいことがあってな。国木田、お前にも幸福感を分けてやりたいくらいだ。
 
「僕は僕なりに見つけるからいいよ。それより谷口に……」
「断る! こいつの幸せなんて受けたくもない!」
 ふざけあって喋り続け、昼休みを終えて放課後、部室へと向かった。
 ノックをすると、幸せを感じるかわいい声が聞こえてくる。
「あ、キョンくん! 待ってたんですよぉ……会いたかったです!」
 俺も会いたかったですよ。あはは……初めて付き合うってこんな気持ちなんですね、ドキドキしっぱなしですよ……。
 さっきから心臓の音が止まらない。近くにいるだけで幸せを感じる。
 ……昨日まではなんともなかったのにな。
「それで、あの……涼宮さん達には……?」
 ……言いましょう。隠しててもいつかはバレます。それなら自分で言いましょう。
 という話をしていると、三人まとめて入ってきた。なんて都合が良い奴等だ。
 ハルヒ、長門、古泉、お前らに一応報告しとくべきことがある。
「何よ?」「何ですか?」「何?」
 息までピッタリか。しかしもう後には引けないよな。
 実はな……朝比奈さんと付き合うことになった。一応報告しておく。……SOS団団員として。
 ハルヒからの鉄拳の一つや二つは覚悟していたが、返ってきた反応は意外な物だった。
「知ってるわ。泣いてる鶴屋さんから聞いたから」
 え……?
「あ、あの、鶴屋さん……何か言ってましたか?」
「そりゃね。『あたしとみくるは抜け駆けしちゃったけどさ、ハルにゃん怒らないで二人を祝ってね』って言われたわ」
 鶴屋さんは何があってもいい先輩なんだな。
 ……俺は優しい言葉の一つもかけれなくて最低だ。
「あたしはキョンなんて別にどうでも良いんだけど……鶴屋さんを泣かしたのは許せないわね」
 
 ハルヒの平手が飛んで来るのが見えた。……避けるべきじゃないよな?
 そのまま受けると、予想以上の威力と音に襲われた。これはかなり効く。
「キョキョ、キョンくん! 大丈夫ですかぁっ!?」
 えぇ、問題無いです。しょうがないとは言え鶴屋さんを泣かしたのは俺ですし。
 もう一度ハルヒが近付いてきて、次は叩いた所をいきなり撫でだした。
「あ~、ごめん。なんか叩いとかないと気が済まなかったのよ」
 気にするなよ、らしくないな。
「わかってるわ、表面上よ。さて、あんた達二人は付き合いはじめ記念でデートに行きなさい!」
 おいおい……なんだそれは。
「いいの! キョンは先に正門にいなさい! みくるちゃんは着替えてから向かわせるから!」
 強引に部室から押し出され、古泉に一応の別れを告げると正門に向かった。
 デート……か。どこに行こうかな?
 しかし、よく考えると俺は恵まれてるよな。みんなが祝福してくれている。
 それに報いるには……朝比奈さんをずっと幸せにするしかないよな。
「キョンくん、お待たせ……です……」
 
 顔を赤らめながらこちらに向かってくる朝比奈さん。
 その頭は、見事なまでのポニーテールにされていた。ハルヒの差し金か……うれしいが。
「に、似合うかなぁ?」
 似合ってますよ、最高に。メチャクチャかわいいです。
 俺の言葉に『よかったぁ』と返事をして、二人で歩きだした。
 俺が意を決して手を繋いでみると、天使の様に微笑んで握りかえしてくれた。
 初めての感覚に俺は胸がいっぱいだ。
 だけど焦らない。今は、今日は手を繋ぐだけだ。
 むしろそれしか出来ん、緊張し過ぎて。
 恋愛初心者の俺と朝比奈さん。
 一歩ずつ、ゆっくりと初心者を脱出するために二人で歩いた。お互いを中身を少しずつ分かりあうように。
 一つずつ、長くステップを踏めるように祈った、ある青春の一ページだった。


おわり
 

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最終更新:2020年12月29日 00:08