「どーせあたしの事なんて彼女として扱ってくれないのよね! もうほっといて!」
 しまった、まただ……。またハルヒを怒らせてしまった。
 すまん、悪かった。だからちょっと待ってくれ!
「うるさい! やだ、来るなっ!」
 ちょっと待て! ちゃんと謝らせてくれ!
 俺はハルヒの腕を掴んだ。後になって思えばこの判断が間違っていたのかもな。
「触るなっ! 近寄るなっ! どっか行け、バカキョン!」
 腕を振り払われた瞬間、俺は階段を踏み外し、五段ほどそのまま落ちていった。
 くっ……痛ぇ……。
「あ……? ご、ごめん……キョン……大丈夫?」
 倒れた拍子に頭を打ったのか、近付いてくるハルヒの顔が霞んで見える。
 俺はハルヒに心配をかけまいと笑顔で口を開いた。
「ははは……罰が当たったな。 自業自得って奴だ」
 そこまでは覚えている。俺はそう伝えた後、気を失ったのか、目を覚ました時には保健室にいた。
 腹の辺りに重さを感じる。少しだけ頭を起こして見てみると、ハルヒが机に突っ伏して寝る時のように、俺の腹に乗っていた。
 ……重いぞ、ハルヒ。
 その言葉に反応して勢いよく起き上がった俺の彼女は、目を赤く腫らしていた。
「キョン……うぅ……ごめん……」
 珍しいことに、俺の目の前でハルヒは涙を流していた。そんなに俺を傷つけたことに罪悪感を感じているのか?
 ハルヒの頭を撫でつつ、俺は言葉を発した。
 どうしたんだ、ハルヒ。そんなに泣くなんてお前らしくないぞ。俺は無事だから……な?
 しかし、泣いていた理由はまったく俺が考えていた物とは違っていた。
「ひっく……キョン、別れよう? ……ごめん!」
 ハルヒはそう言った瞬間、保健室から駆け出して行った。もちろん、俺は唖然としている。
 だってそうだろう? 目が醒めたらハルヒが泣いてて、そうかと思ったら『別れよう』なんてどんな状況だ。
 それに、驚きと同時にかなりのショックも受けている。
ずっと好きだった彼女に、理由も言われずに、一方的にフラれた。そのことに、俺は酷く傷ついた。
 何故、あと数分早く行動を始めなかった? そうすれば遅刻することもなく、ハルヒを怒らせることもなかったのに……。
 ただ、頭の中に残った疑問。
『あいつは本当に遅刻が原因で別れるなんて言ったのか?』
 少なくとも、しばらく付き合ってきて、それくらいで別れを切り出されるような関係じゃないことは自負している。
 じゃあ、何が原因だ? ハルヒが布団を濡らした涙に、どんな意味が込められていたんだ?
 痛みに疼く頭を押さえながら、帰路についた。
 そこからは、飯を食う時も風呂に入っている時も、ハルヒの気持ちを考えていた。
 しかし、どうして別れを伝えられたのか。どうして涙を流したのか、一切わからなかった。
 このままでは、埒があかなうと思い、携帯を手に取りハルヒに電話をかけた。
《おかけになった電話は……》
 ……電源切ってるのか。しょうがない、明日は朝早めに学校に行って話をしよう。
 
 
 いつもより早い時間に教室に入っても、ハルヒはいなかった。
 それどころか、HRが始まってもハルヒは姿を現さない。
 いったい何が……と思っていると、岡部が俺を呼び出した。
「なぁ、キョンよ。涼宮に何があったんだ? あいつ、『しばらく学校に来ないかも』なんて連絡があったんだが……」
 ハルヒがそんなことを? いったい何が起こってんだよ。
 先生、俺早退します!
 そう伝えると、鞄も持たずに走り出した。
 どこにだって? 決まってる、ハルヒの許にだ。
 ひたすら走り続け、途中で自転車を回収した後はひたすら漕ぎ続けた。
 俺にはわかる。ハルヒは今でも昨日のように元気を無くした顔で、部屋で一人で佇んでいるはずだ。
 そして、それを助けられるのが俺だけだってこともな。自惚れなんかじゃない。あいつの気持ちを理解するのは俺以外にいないんだ。
 家の前、道路の脇に自転車を乱暴に止めてインターホンを鳴らした。
『はい……』
 元気のないハルヒの声が響いてくる。
 俺だ、開けてくれ、ハルヒ。
『……………………』
 しばらくの沈黙の後、ゆっくりとドアが開いた。 ハルヒはパジャマのまま俺を迎え、中に入るように促してきた。
 ちなみにハルヒの部屋に入るのはこれで三回目だ。
 
 
「なんで来たのよ……」
 いきなり俺に投げ掛けられる冷たい言葉。一昨日までとは完全に人が変わっていた。
 彼氏だからだ。お前のことが好きで好きでたまらなくて、心配だったからだ。
 よくこうも恥ずかしい台詞がベラベラと出るもんだ。本気で好きになったら何でも有りなんだな。
「昨日別れるって言ったじゃない!」
 それはお前が一方的に伝えただけだ。理由を聞かないと俺は納得しないし別れる気もない。
「もうあたしに構わないで!」
 そう言ってハルヒの右腕から放たれた枕。俺はあえて避けずに顔で受け止めた。
 ……痛ぇ。ただの枕かと思ったら備長炭かなんか入ってやがるのか。
「あ……また……やっちゃった……」
 ハルヒは顔を両手で覆い、肩を震わせた。俺は両手で抱き寄せて口を開いた。
 どうしたんだ? 全部話してみろ、俺が受け止めてやるから。
 最初は黙りこくって泣いていたが、だんだん落ち着いてくるとゆっくりと口を開き始めた。
「あたしと一緒に居たら、いっつもあんたが怪我しちゃう……。去年の合宿も、昨日も、今だってほら……鼻血」
 ハルヒはティッシュで鼻を拭ってくれた。意外に気付かないもんだな、鼻血って。
 俺は別に構わない。お前と別れる方が数倍辛いんだ。
「……でも、あたしが辛いのよ! 大好きなあんたがあたしのせいで傷が増えて行くなんて耐えられない! それくらいなら会わない方がいい!」
 ハルヒ……。
「あたしはこんな性格だからすぐ手が出ちゃう。あんたは優しいから全部受け止めちゃう、だから……」
 バカ。そんなお前だから好きになったんじゃねーか。
「キョン……」
 お前の気持ちを全部受け止めてやる。イライラしたら殴れ、怪我も痛みも我慢してやる。でもな、絶対に別れてなんてやらないからな!
「うん……ありがと……ありがと……」
 ハルヒは泣きながらまた俺に抱き付いてきた。
 俺は心の中で安堵と喜びを感じながら、ずっと頭を撫で続けてやった。
 しかし意外だったな。いつも俺を殴ったり怪我させたりする度にそんなことを思っていたなんてな。
 ハルヒの為を思うなら、二度と遅刻も約束を反故にすることもしないのが一番か。
 
泣きやんでしばらくすると、ハルヒはとんでもないことを言い出した。
「ねぇ、キョン。あたしを叩いてちょうだい」
 はぁ? そんなこと出来る訳ないだろ!
「お願い、たまにはあたしを傷つけて。……思いっきりやってね、これはあたしからあたしへの罰だから」
 これは困った。目の前で目をギュッと瞑っているハルヒを見て叩けるわけがない。
 ……かわいすぎるんだよその仕草が、畜生。
「早く!」
 しかし、こいつは決めたら曲げないからな。たぶん俺が叩くまでずっとこのまま動かないだろう。
 俺は手を差し出し、ハルヒの頬につけた。
 ……いいんだな?
「は、早くしなさい! これはあたしのけじめなんだから!」
 少し恐がっている様子が目に見える。まるで注射直前の子どものようだ。
 ゆっくりと頬から手を離すと、ハルヒは顎を引いて目をさらに強く瞑った。
「…………あいたっ!」
 やってやったぜ。ハルヒのデコに過去最大級の威力のでこピンをかましてやった。
「ちょっ……バカキョン! 『叩いて』って言っ……むぐっ……」
 うるさく文句を言う口を塞いだ。
 声も出せないくらい抱き締めながら、しばらく唇で口を塞いでやった。
 苦しくなってきたのか、俺の背中をバシバシと叩くハルヒを離してやった。
「バカ! こ、これじゃ罰にならないじゃない……」
 ふふん、うれしかったか? まぁあれだ、《アメとムチ》ってやつだ。
「なに勝ち誇った顔してんのよ! 少しは優しくしてやろうと思ったけどやめた!」
 ベッドに落ちている枕を拾い上げたので、俺はハルヒをそのままベッドに押し倒した。
「や、やめなさいっ! このエロキョン!」
 なーに想像してんだよ、エロハルヒ。やめたらお前、枕投げるだろ?
「あ、あたしはエロくないっ! 投げないから離せっ!」
 しょうがないから離してやると……やられたね。ハルヒの剛腕ラリアットで逆に押し倒された。
 痛いだろ、何しやがる!
「あんたが生意気だからよ! ……さて、お礼をくれてあげるわ。元気出たし」
 ハルヒの唇が俺の唇と触れた。
 いつもの強引で、短いキスじゃなくて、優しく長いキスをもらった。
「……これからも乱暴なあたしをよろしく」
 まったく素直じゃない奴だ。……まぁ、そこがかわいいんだけどな。
 俺は返事の代わりに何度目かわからないが、再びハルヒ抱き締めた。
 結局、今日は学校をサボってハルヒとベタベタしてただけになっちまったな。
「別にいいじゃない。……幸せでしょ?」
 やれやれ、そんなにうれしそうに言うなよな。俺までうれしくなっちまうじゃねーか。
 
 この日から、ハルヒの暴力は減った……なんてことは無く、相変わらずの生活をしている。
 ただ、ハルヒから繰り出される攻撃にはたくさんの愛情が乗っかっているから、俺は相も変わらず全て受け止めているわけだ。
 ……やれやれ。
 
 
おわり
 

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