『エトランゼ』   第一話


ある日の夕暮れ。
あたし達SOS団のメンツは、あの坂道を集団下校で下っている。
いつものようにみくるちゃんと話をしながら、時々後ろでなにかコソコソ話しているキョンと有希がさっきから気になって仕方がない。
古泉君もたまに口を挟んでいるけど、それだけじゃあたしの微かな苛立ちは消えなかった。

――キョンのバカ。

自分の苛立ちをもてあましながら坂が終わる所まで来たとき、あたしは気付いた。
光陽院学園の制服を着たショートカットの女子が一人、電柱にもたれ腕を組んで立っている。
様子からして誰かを待っているみたい。
と、その少女がくるりとこちらを向いた。あたしは少なからず驚く。

あら美少女だわ。

美少女といっても、みくるちゃんとはタイプが違う美少女。
あたしより身長も高めでスレンダーな体格。
スカートからのぞく足は細いけれども健康的でモデルみたい。
そして何よりも強い意志を漆黒の闇に宿した切れ長の目。吸い込まれそうなほどキレイ。
同じ女であるあたしが惚れ惚れとしてしまう程の美人は、あたし達を見るなり、口許だけでわずかに笑った。不敵な笑み。
そしてその美少女の形の良い薄い唇が、次の瞬間紡ぎ出した単語にあたしは固まるしかなかった。

「キョン」

後ろでキョンの「う」と呻く声が聞こえた。
それがこの少女とキョンがただの顔見知り程度の関係ではないと物語っていて益々あたしは血の気が引いた気がした。
原因不明の戦慄。
あたしの頭には、『誰、この子?』がリフレインして不協和音を奏でていた。

キョンはひとつため息を吐くと苦々しく云った。
「なんでお前がここにいる」
対する少女はキョンの態度を意に介することなくこちらに近付きながら話す。
「紹介してくれと言っただろう」
なんか話し方が男の子みたいな子ね。似合っているけど。
再びキョンのため息。
二人の遣り取りに内心首を傾げていると、突然あたしの左肩にポンと手が置かれた。
びくっと思わず肩をすくめてしまう。
ゆっくり頭を動かしてキョンを振り向くと、キョンの方もビックリした顔であたしを見下ろしていた。
「なに驚いてんだ?」
「……いきなり肩叩かれたからびっくりしただけよ」
あたしが目をそらしながら答えると、キョンは「そうか」とだけ云って、前に向き直った。

「こいつが涼宮ハルヒだ」

『こいつ』って言うな。――って、紹介ってあたしのこと?

「ああ、見た感じ多分そうだろうなとは思った」
前にいる少女はあたしの顔をまじまじと眺めながら言った。
ぐらついていた精神を持ち直しはじめたあたしは、それを怯むことなく受けたつことに成功した。
負けたくない。『何に』かはわからないけど。
数秒の沈黙。それに耐えれなくなった情けないキョンの声があたし達の間に割りこんできた。
「ハルヒ、ええとこいつはだな――」
と紹介しようとしたキョンを遮って少女があたしに向かって名乗った。
「はじめまして、涼宮ハルヒさん。私はキョンと同じ中学だった、

『アサクラリョウコ』といいます」

――は?今何て言ったの?
「アサクラ――リョウコ?」
「そう」
まったくこちらの反応を気にせず、『アサクラリョウコ』と名乗る少女は、少年みたいな無邪気な笑みでにっこり笑ってみせた。
あたしは『アサクラ』の顔を凝視しながら訊く。
「どんな字を書くの?」
「朝昼夜の朝に倉庫の倉、涼しい子と書く」
その言葉にあたしは息を呑む。

――朝倉涼子

突然一学期の途中でカナダに転校した元クラスメイトを思い出す。
親しくなかったけれど、この目の前にいる少女はまったくの別人だということは判断できた。面影すらない。
だけど――と思う。
キョンの元同級生が同姓同名?出来すぎている。キョンからそんな話題一言も聞いてないし。

怪しい――凄っく怪しいわ。

あたしの中で猜疑心よりも強く、好奇心が沸きはじめた。
思わず口許が綻ぶ。
――これは調査の必要ありね。

あたしは『朝倉』に微笑み返した。

「ハジメマシテ、あたしがSOS団団長の涼宮ハルヒよ」

そして隣で呆然としたままのみくるちゃんの肩を勢いよく引き寄せる。「ひゃあ」とみくるちゃんは小さな悲鳴をあげた。
「この子はみくるちゃん。で、この子は有希で、こっちが古泉君よ」
後ろにいた有希と古泉君を指しながら紹介した。
「どうもはじめまして、古泉一樹です」
古泉君は自ら前に進み出て『朝倉』に握手をもとめた。
「よろしく」と『朝倉』は差し出された手を握り返す。
うーん、古泉君なんかちょっと積極的じゃない?相手が美人だからかしら。やっぱり男の子なのね。
あたしの腕の中で縮こまっていたみくるちゃんも我にかえって「は、はじめまして!!」と深々とお辞儀した。
相変わらず一挙一動かわいらしいわね……
有希はと言うと無言で僅かに頭を縦に動かした。お辞儀……のつもりかしら。
「はじめまして」
みくるちゃんと有希の方を向き『朝倉』は微笑んだ。

さあ、ここからが本題よ。

あたしは『朝倉』に向き直った。
「ところで一体何の用かしら、このSOS団団長のあ・た・し・に」
「……何の用と言われてもな……」
『朝倉』は少し困った顔をした。
ふふん、これは勝ったわね。
そこ。『だから何に』というツッコミは却下よ。
『朝倉』はというと少し考えこんでから何かを閃かせた顔になり、あたしに向かって言い放った。
「一番近い表現だと、『現物調査』か?」
「「は?」」
キョンとハモった。
今まで渋面をつくったまま黙っていたキョンも、この言葉は寝耳に水だったらしい。心底唖然としている。
『朝倉』は人の反応におかまいなしという性格らしく、さらに続けた。
「噂の『涼宮ハルヒ』という人物がどんなヤツなんだろうと思ってな」
――ほんっと失礼な言い草ね。しかもバカ正直。

……コイツちょっと変。

あたしが黙ったまま呆れかえっていると、『朝倉』はにんまり笑った。
「いや、本当に気が強そうな美人だな」
美少女に美人と言われた。
言った本人の顔からして嫌味でもなんでもなく、純粋にそう思ってるみたいね。
なぜかあまり嬉しくないけど。
しかし、この後続いた言葉にはさすがのあたしでも赤面せざるを得なかった。

「キョンは面食いだしな」

――え、え、えぇえ!?

「何を言い出しやがる!?」
キョンの大声が響いた。横目でちらりとうかがうと、キョンの顔も赤い。
対して『朝倉』は詰め寄るキョンにも平然と、
「違うのか?」
「……頼むから、誤解を招くような発言はよしてくれ……」
キョンは疲れきったようにうなだれる。
あたしは赤くなった顔を隠すためにうつむいたまま、

――何を誤解?誰が誤解?

と頭の中で繰り返した。

「とにかく」
平静を持ち直したキョンはため息混じりにうんざりと『朝倉』に告げた。
「お前はもう帰れ」
「言われなくてもそうするが――」
「――ちょっと待って!!」
あたしはすかさず声を上げた。
その声にキョンがギョッとした顔で振り向く。『朝倉』はきょとんとした顔。
だめよ、このまま帰られたら困るのよ!
あたしは思い付くまま話し始めた。
「ねえ、『朝倉』さん、今日はこの後予定あるかしら?」
「いや何も」
「なら、今からあたしの家……ううん、この子の家に一緒に行かない?」
と、背後にいた有希を引き寄せた。有希は無言。ということはOKね。
その言葉にキョンがいつもの如く抗議の声をあげた。
「あのなあ、ハルヒ、勝手なことぬかすな――」
「いいぞ」
キョンを無視して『朝倉』はあたしの提案に快諾した。
その横でキョンがヒクヒクと口許を引き攣らせている。
ふふん、あたし達が親交を深めると何か困ることでもあるのかしらね?
さて話もまとまったことだし、
「なら早速行きましょ!みくるちゃんもよ!!」
あたしは有希とみくるちゃんの手を両手にとって引っ張る。
みくるちゃんは「は、はーい」と慌てながらついてきた。有希は相変わらず無言。
そしてあたし達の後を『朝倉』が、さらにそこにキョンが「待て」とか往生際悪く追い掛ける気配。
もう、いちいちうるさいわね!
あたしはキョンに向かって一喝しようと振り返ると――
『朝倉』がキョンの鼻先に指を突きつけ言い放った。

「お前はもう帰れ」

実に愉しそうな『朝倉』。
反面顔を思いきりしかめるキョン。
その様子を見てたら、なぜかあたしも負けじと何かを言いたくなった。
「今日は女の子だけで語りあうのよ!!男子禁制!」
はいキョンの負け。
あたしの言葉にがっくりと肩を落として、盛大なため息を吐くキョン。
その後ろで古泉君が肩をすくめて笑っていた。
あたしは満足して再び有希のマンションに向かって行進を始めた。他の女子3人も後に続く。

数歩進んだところで、後ろからキョンの「やれやれ」というぼやきが微かに聞こえた。


 ◆


ある日の夕暮れ。
俺たちSOS団のメンバーは、ハルヒを先頭にしてあの坂道を集団下校している。
いつも通りの行動。いつも通りの光景。

だがそれは表面上だけのもので、実は『ある事件』が昨夜から――いやもうちょっと前からハルヒの知らないところで現在進行形らしい。
詳しいことは俺にもよくわからん。
当事者の一人である長門が昨日、「任せて」と言い切ったからである。
それっきり今日は何の音沙汰もない。いつも通りだ。
だから俺は昨日抱え込んだ不透明な『懸案事項』が気になって長門にそれとなく聞いてみた。
しかし長門は、「大丈夫、問題ない」としか答えない。
確かに諸手を挙げて長門に一任したが、やはりどうも気になって仕方がない。
しかもいつの間にか小泉までそのことについて関知しているのも気になるぞ。
その『事件』の中心人物であるハルヒの方を見やると、朝比奈さんと話しながら僅かに目線をこちらに向けていた。剣呑な目つきで。
何をそんなに不機嫌になっていらっしゃるんでしょうか、この団長様は。

なにかいろいろと釈然としないまま、坂が終わる所まで来たとき、俺は気付いた。いや他の奴らも気付いただろう。
ハルヒが立ち止まったからだ。
ハルヒの数歩前に光陽院学園の制服を着た長身の女子が一人、誰かを待ち構えるように立っている。
その少女がくるりとこちらを向いた。

美少女だ。見たこともないボーイッシュな美少女。

ぞくり、と嫌な予感がした。
いや、俺だって一般男子高校生と同じく美少女は目の保養だと思っている。
しかし切れ長の漆黒の瞳には心当たりが合った。不吉なまでに――
俺は寡黙な宇宙人に目配せした。

どういうことだよ、長門……

長門は俺の目線に気付いていないか、気付いていても無視しているのか前方の様子――ハルヒと少女の様子をじっと見つめたままだった。
俺は深々とため息吐く。
視線を戻したが、やはりその長身の美少女は存在していた。幻覚ならよかったのに。
――しかしなんで『その格好』なんだ?

その『美少女』は俺達――いや、俺を認めるなり、ニヤリと口許だけで不適な笑みをつくった。ますます嫌な予感。
そして形の良い薄い唇が紡ぎ出した言葉に俺は本気で目眩を覚えた。

「キョン」

「う」
思わず呻く。本当は「嘘だろ?」と続けたかった。が飲み込むしかない。

俺かよ。俺を名指しかよ。なんで長門じゃなくて俺なんだよ。

胸内に充満する不満を無理やり押し込めながらひとつため息を吐く。
そして俺は恨みがましい目を向けながら苦々しい思いで本心を述べた。
「なんでお前がここにいる」
それに対し、『美少女』憎たらしいまでに平然とした顔でこちらに近付きながらのたまった。
「紹介してくれと言っただろう」
話し方がどこぞの殿様みたいなんだが。似合っているのがますます気に食わん。
ああ確かに「引き合わせる」とは約束した。だが突然すぎるぞ。打ち合わせもなしかよ。
だめだ、ため息が止まらん。今日一日で一体どれだけ幸せが俺の元から逃げていったんだ。

ここで文句を言っても仕方がない――俺は約束を果たすことにした。
目線をハルヒに向ける。先ほどから『美少女』を凝視したまま固まっている。ピクリとも動かない。
今どんな顔をしてるんだ?いや、見たくないけどな。俺の心が安らかになるものではなさそうだからな。
俺は後ろからフリーズ中のハルヒの肩にポンと手を置いた。置いた途端、びくっと肩が小さく跳ねた。
え?何だ?俺なんか悪いことしたか?
――とか一瞬思っちまったぜ。
瞬間解凍されたハルヒはおそるおそる振り向く。視線が結ばれた。
「なに驚いてんだ?」
こっちも驚いたぞ。
「……いきなり肩叩かれたからびっくりしただけよ」
ハルヒはバツが悪そうに目を逸らして呟いた。
それはそれは申し訳ありませんでしたね、団長様。

さて、本題に戻ろう。
俺はハルヒの肩に手を乗せたまま『美少女』に向き直った。

「こいつが涼宮ハルヒだ」

その言葉に『美少女』は満足げに頷く。
「ああ、見た感じ多分そうだろうなとは思った」
『美少女』はハルヒの顔を遠慮なく観察している。まるで値踏みをしている遊郭の旦那みたいだぞ。見たことないが。
対するハルヒはそれに怯むことなく受けたった。流石ハルヒだ。
沈黙。
誰かこの場を融解してくれ。耐えられん。
古泉、おまえも事情を知っているなら愉快そうに眺めてないで収拾しろ。
朝比奈さん――は未だに虚脱状態だ。呆然としている。すみません、驚かせて。
長門……いや、もういい。
くそう、やはり俺なのか。いまいましい。そして情けない。
俺は意を決して無言のまま見つめ合う二人の美女の間に割って入った。
「ハルヒ、ええとこいつはだな――」
そう言えば名前を聞いてなかった。さて、どうしたもんだか――
と思ったら、俺の句を継いで『美少女』は自分から名乗り始めた。

「はじめまして、涼宮ハルヒさん。私はキョンと同じ中学だった、

『アサクラリョウコ』といいます」

――は?今何と仰いました?
今俺の精神的外傷をえぐる固有名詞が聞こえた気がしたんだが。
はっはっはっ、冗談だろ?随分質の悪い冗談だな、おい。
……冗談だと言ってくれ、長門……
「アサクラ――リョウコ?」
ハルヒがうわ言のように繰り返す。
「そう」
『アサクラリョウコ』と名乗る少女は、無邪気な笑みで肯定した。
これなんて既視感?まったく面影も声も似てないのに、あの夕暮れの教室を思い出したぜ。
さらにハルヒは詰問した。
「どんな字を書くの?」
「朝昼夜の朝に倉庫の倉、涼しい子と書く」
俺は本日二回目の立ち眩みに襲われた。
そのまんまじゃねぇか。なんの捻りもないのかよ。《浅倉》とか《諒子》とかよ。

――朝倉涼子

元クラスメイトで、実は長門のバックアップで、俺にとっては天敵そのもの。
命を狙われるわ、マジで刺されるわ。朝倉と俺を化合したら惨劇ができあがるらしい。もちろん俺が一方的被害者だ。
確かに目の前にいる少女はまったくの別人だと理解している。
しかし朝倉の名前を聞いたとき刺された所が妙に薄ら寒くなったのも事実だ。
そして嘆くべき現実は、俺のトラウマ的名前をしばらく耳にしたり口にしたりしなくってはならないということである。
ああ、心の底からいまいましい。

しかし――
俺の精神的苦痛はこの際断腸の思いで差し引いても、この『偽名』はいかがなもんかと思うぞ。
中学時代の元同級生があの朝倉と同姓同名なんて、出来すぎていやしないか?
なんの思惑があってのことだ、長門。怪しすぎるにも程があるぞ。

これはもうハルヒの好奇心を盛大に煽ることは間違いない。
朝倉が突然カナダに転校していった――事実は違うが――時は、自宅まで調査に乗り込んでいったくらいだからな。
実際ハルヒはというと、さっきからニマニマと嫌な笑みを口許に浮かべていた。
――ああ、なんか余計なこと企みやがったな、これは。

ハルヒは今更ながら『朝倉』に百ワットの輝きの笑顔で挨拶を始めた。
「ハジメマシテ、あたしがSOS団団長の涼宮ハルヒよ」
名乗るとき己がSOS団団長であろうことは絶対欠かさないな、おまえは。
ハルヒはここで他の三人も紹介する。
「この子はみくるちゃん。で、この子は有希で、こっちが古泉君よ」
めちゃくちゃ簡略化されているがな。せめてフルネームで紹介しろ。
と、傍観を決めこんでいた古泉が動いた。『朝倉』に歩み寄り右手を差し伸べる。
「どうもはじめまして、古泉一樹です」
「よろしく」と『朝倉』はこれまた笑顔で応える。
それにしても古泉、おまえこいつにすでに会ってたのか?それとも今が初対面か?
握手する意味はあったのか?美人だからか?おまえも男だな、いろんな意味で安心したぜ……
ハルヒの腕に捕らえられていた朝比奈さんも、我にかえって「は、はじめまして!!」と愛らしくお辞儀した。
相変わらず一挙一動が殺人的なまでにかわいらしいお人ですね。
今ので精神疲労が八十パーセントくらい回復しましたよ。ありがとうございます。
長門はというと、無言のまま僅かに頭を縦に動かした。お辞儀のつもりか。まあ実際初対面じゃないしな。
応えて「はじめまして」と『朝倉』は微笑む。

それらを見届けると、ハルヒは待ちかねたように『朝倉』と対峙した。
「ところで一体何の用かしら、このSOS団団長のあ・た・し・に」
「……何の用と言われてもな……」
『朝倉』は少し困った顔をした。
そりゃそうだろう。『事実』はハルヒには告げられない。しかもこいつの目的は『ハルヒとの接触』だ。それ以上のことは考えていないはずだ。
勝手に勝ち誇った笑みを浮かべているハルヒの前で、『朝倉』はしばらく考えこんでいた。
ここは俺が助け舟を出すべきだろうか――と思っていたら何かを閃かせた顔をハルヒに向けた。
「一番近い表現だと、『現物調査』か?」
「「は?」」
ハルヒとハモる。
意気揚々獲物を追い詰めたつもりだったハルヒもこの言葉は想定外だったらしい。唖然とした顔。
『朝倉』は俺たちにおかまいなしで続けた。
「噂の『涼宮ハルヒ』という人物がどんなヤツなんだろうと思ってな」
――ここまで失礼で、かつバカ正直だと感嘆すら覚える。

……コイツちょっと変な女だな。

俺たちが言葉を発せないくらい呆れかえっていると、『朝倉』はハルヒの顔を見据えにんまり笑った。
「いや、本当に気が強そうな美人だな」
まあそこは否定はせんが――さっきからどこかに売り飛ばそうとしている人買いみたいなことをいいやがる。
それにそう言うお前もその部類に入ると思うぞ。『外面上』はな。

ハルヒは一応褒められたというのに仏頂面を下げている。まあハルヒだしな。
しかしこの後続いた言葉にはさすがのハルヒも赤面せざるを得なかったようだ。――ついでに俺も。

「キョンは面食いだしな」

――まあな、っておい!?
「何を言い出しやがる!?」
俺は思わず大声を上げて『朝倉』に詰め寄っていた。
顔が熱い。熱いぞ。耳まで熱い。
しかし『朝倉』は平静なまま、しかも意外だという表情でいた。
「違うのか?」
……確かに顔がよいのにこしたことはないが。
「頼むから、誤解を招くような発言はよしてくれ……」
俺は疲れきってうなだれる。ちくしょう、せっかくさっき朝比奈さんによって回復したのに、一気にマイナスだ。
うなだれたままハルヒの様子を伺うと、ハルヒも顔をうつむけている。しかし耳が赤いのがバレバレだ。
朝比奈さんは隣でそんなハルヒをおろおろとしながら気遣っている。
もちろん後ろの二人は静観だ。くそう、古泉そのニヤケ面やめろ。
そしてハルヒよ、はやく戻って来い。おまえがそんなだと俺の調子が狂う。
「とにかく」
無理やり平静を持ち直して、ため息混じりにうんざりと『朝倉』に告げた。
「お前はもう帰れ」
言われた『朝倉』の表情に一瞬不満げな色がよぎった。
「言われなくてもそうするが――」
「――ちょっと待って!!」
ごめん、やっぱり戻ってこなくてよかったです、ハルヒさん。
振り向くと、ハルヒは何かを決意した目で『朝倉』を見つめていた。
そして突然こんな話を切り出した。
「ねえ、『朝倉』さん、今日はこの後予定あるかしら?」
「いや何も」
その返答にさらに目を輝かせたかと思うとさらにとんでもないことを提案しだした。
「なら、今からあたしの家……ううん、この子の家に一緒に行かない?」
長門は無言。いつも無言。それをいいことにコイツは……
俺は勝手ながら長門に変わって抗議の声を上げた。
「あのなあ、ハルヒ、勝手なことぬかすな――」
「いいぞ」
と、『朝倉』。
おいこら待て、おまえも俺の話まる無視かよ。しかも快諾してんじゃねえ。
そして無意味にハルヒが勝ち誇った顔でいる。いや、なんの勝負もしてないからお前とは。

「そう、なら早速行きましょ!みくるちゃんもよ!!」
了承が得られたら早々にハルヒは行動を開始した。いつものことだが。
律儀に返事する朝比奈さんと始終無言な長門の手をひったくって前進を始める。
『朝倉』もくるりと回れ右をしてその後に倣う。
「待て」
最後の一足掻きとばかりにハルヒの背中に静止を求める声を投げかける――と、『朝倉』が突然くるりと振り向き、俺の鼻先に指を突きつけた。
そして実に愉しそうに言い放つ。

「お前はもう帰れ」

――これは、さっきのお返しか?なんだその満足げな顔は。

いつの間にか振り向いていたハルヒはトドメとばかり俺に向かって宣言した。
「今日は女の子だけで語りあうのよ!!男子禁制!」
いや、『女の子だけ』て。『男子禁制』て。そんな黄門様の印籠みたいに掲げられても。
もはやここは長門に任せるしかない。頼んだぞ長門。
またため息。盛大なため息。今年中の幸せが逃げて行った気がするぞ。
古泉は肩をすくめて笑っていた。おまえもなんとか言ってやれ、一度くらい。
五月蝿い小姑を追っ払ってご満悦なハルヒは、再び長門のマンションに向かって行進を始めた。
朝比奈さんが俺の方をちらちらと振り向いて気遣ってくれている。ありがとうございます。そしてお気をつけて。
俺は4人の少女の後姿を見送りながら呟いた。

「やれやれ」




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