期末試験開始の一日、朝からちょっとだけ気がかりなことがあった俺は、一時限目のテストが終わると同時に9組まで行き、入り口近くに居た女子生徒に古泉を呼び出してもらった。
「あの、一体……」
「お前、熱あるだろう」
 徐に手を取ってみる。
 古泉の手は、予想通り熱かった。
「えっ、あ、あの……」
「……今朝お前と会った後、朝比奈さんに会って話を聞いたんだよ」
 朝方通学路で偶然古泉を見たときから、なんだか様子がおかしいなあとは思っていたんだ。
 そうしたらその後出会った朝比奈さんが、昨日有ったことを教えてくれた。
 俺がハルヒに臨時家庭教師を受けているその日、朝比奈さんと古泉は一緒に帰ったらしい。
 羨ましい話だ、俺に代われと言いたいね。いやまあ、今問題なのはそういうことじゃなく、雨だというのに傘が古泉の持ってきた一本しかないから相々傘状態で、それはそれで羨ましい話だが、別れ道のところで、古泉は朝比奈さんに傘を手渡し自分は濡れて帰ったという……、まあ、そういうことだ。
「そうでしたか……。でも、今日は試験ですから、休むわけにもいきませんし……」
「保健室に行くぞ、保健室でも試験は受けれる」
 俺は有無を言わさず古泉の手を引っ張った。
 途中、古泉のクラスの女子に理由を告げておく。
「あの、一人で……」
「放っておいたら無茶しそうな奴を一人に出来るかよ。それに、俺のことは心配しなくて良い」
 古泉を引っ張って保健室まで特攻するってのは、既にハルヒに伝えてあるからな。

 保健室で、クラスの違う友人と一緒に試験を受けるってのも変な感じだよな。
 まあ、俺は3時限目以降は教室に戻ったんだけどさ。
 昼休み、昼食を取り終えた俺は見舞いのつもりで再び保健室に向った。
「やあ、どうも」
 ベッドの中から上半身を起した古泉は、結構辛そうだった。
「寝てろよ」
「いえ、でも」
「いいから寝てろ、無茶すんな」
「はい……」
「……なあ、テストは出来たのか?」
「4時間目はちょっと出来ませんでした。追試組と一緒になりそうですね」
「お前ならそれでも大丈夫だろう」
 事情が有ってテスト当日に出席できず後で追試組みと一緒に受ける場合は、点数が1割減か2割減って扱いだったか?
 詳しいことは覚えてないが、まあ、古泉ならそのくらい楽勝だろう。
「まあ、それはそうですが」
 くそ、あっさり肯定するなよな。忌々しい。
「とりあえずこれでも飲んどけ」
 俺はさっき自販機で買った暖かいホットレモンを差し出してやる。
 忌々しいしむかつくことも有るが、今のこいつは病人だからな、これくらい親切にしてやらんことも無い。
「あ、ありがとうございます……。でも、なんだか変な感じですね」
「何がだよ」
「いえ、あなたが僕に親切にしてくださるなんて」
「だったら返せ」
「いえ、いただきますよ」
 そう言った古泉は、力なく微笑んだ。
 ……こんなときまで無理に笑おうとするなよな。

 そのままそこに居るといわなくて良いことまで言いたくなりそうだったので、俺はさっさと立ち去ることにした。
「あの……、今日はありがとうございます」
「別に、たいしたことじゃないさ」
 俺は振り返らずにそう言って、保健室を出た。

 保健室の外では、SOS団の女子三人が揃い踏みで待っていた。
 本当はこいつ等も入って来たかったんだろうが、俺が遠慮してもらったんだ。
 男は、弱った所を女の子に見せたくない物なのさ。
「古泉くん、大丈夫だった?」
 廊下を歩きながら、ハルヒが話しかけてくる。
「ちょっと辛そうだったが、まあ、明日明後日には回復するんじゃないか」
「そう……」
「ふええ、わたしのせいで……」
「朝比奈さんが悪いわけじゃないですよ」
「でも、でも……」
「あいつも、朝比奈さんが風邪をひくよりは自分が風邪を引いてよかった、くらいには思っているはずですよ」
 確かめては居ないが、きっと、そういうことなんだろう。
 というかそう思ってなかったら殴ってやりたい所だな。
 ハルヒのいる前でならともかく、一対一のときに朝比奈さんを見捨てるような男だったら、俺は古泉をとっくに見限っているだろう。
「そうなんでしょうか……」
「そうですって」
「ううん、でも……」
 うーん、朝比奈さんをここで説得するのは難しいんだろうか。
 朝比奈さんは何も悪くないし、何か有るとしてもそれは不可抗力的なものであるはずなんだが……。
「みくるちゃん、何時までもめそめそしないの! みくるちゃんが何時までもめそめそしていたら、古泉くんも浮かばれないでしょう!」
 なあハルヒ、古泉は別に死んだわけじゃないんだぞ?
 いや、言いたいことは分かるんだが。
「あ、す、すみません……」
「あなたはもっと元気出して、テストでいい点とって、それから、元気になった古泉くんにまた美味しいお茶をいれてあげればいいのよ!」
「は、はい!」
 ハルヒが発破をかけ、朝比奈さんがぐっと両手の拳を胸の前で握り締める。
 どうやら、朝比奈さんも元気になってくれたようだ。
 良かった良かった。
 これで古泉の体調が元に戻れば、元通りだな。
「ん、長門?」
 と思ったら、長門が俺の服の袖を軽く引っ張っていた。
 何だ何だ?
「これ」
 長門が何故か、俺達に向ってホットレモンを差し出していた。お前、こんなもの持っていたのか。ハルヒと朝比奈さんの影に居たから全然気付かなかったぞ。
 これって俺が古泉に差し出したのと同じやつだよな。こいつも自販機で買ったのか?
 1、2……、ちゃんと四つ有るな。
「わたしたちも、風邪を引かないように」
 長門は淡々とそう言った。
「あら有希、気が利くじゃない」
「あ、ありがとうございます」
「……ありがとな、長門」
 俺達はそれぞれ礼を言いつつ、長門からホットレモンを受け取った。
 そうだな……、風邪なんて引かないにこしたことはない。
 それに俺は古泉と違って、追試組に巻き込まれたら結構ヤバイ部類だからな。
「んじゃ、古泉くんの分までテスト頑張りましょうね!」
 ホットレモンを一気に飲み干したハルヒが、高らかに宣言する。
 なあハルヒ、さっきから思うんだが、お前何か間違えてないか?
「はい、頑張りますっ!」
「……頑張る」
「ほらほら、キョンも何か言いなさい、あんたの成績が一番心配なんだからね」
「分かったよ。俺も頑張るって。……落第したくないからな」
「そんな消極的じゃ駄目よ、もっといい成績を取るって気持ちでいきなさい!」
「無茶言うな」
「無茶じゃないわ、それに、無茶って思ったら何も出来ないままよ!」
「あのなあ」
「良いからあんたも頑張るのよ! さあ、午後の試験も頑張りましょう!」
 最近はゆとり教育とやらの皺寄せで、一日辺りの試験の数も多いんだよなあ。
 くそ、忌々しい……。ってそんなこと思っている時間も惜しいな。とりあえず教室に戻って最終チェックだな。
「皆、頑張るわよ!」
 ハルヒがもう一度宣言し、俺達は教室に戻って次の試験を受けることになった。
 全く、元気な奴だよな……。お前、その元気さを古泉に分けてやれよ。そうしたら古泉もあっという間に元気になるんじゃないか?
 こいつならそれくらい出来そうだし……、いや、まあ、良いか。
 別に誰かが凄く困っているってわけじゃないんだ。
 それに、弱っている古泉とか、朝比奈さんを元気付けるハルヒとか、気を遣う長門とかが見れたしな。
 だから、今回はこれで良いって事にしておくさ。


 終わり


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