古泉が言うには、この世界はハルヒが再構築した俺が居た世界とは似て異なるものであり、元の世界からこの世界に移動してきたのはハルヒと俺だけという事だ。
ハルヒには以前の記憶や意識は無く、俺だけにはその記憶は残されていた。
元に戻る方法も見つからない上、更には元の世界はハルヒによって消滅させられた可能性もあり、もう元には戻れないかもしれないと言う。
この世界が構築された理由は恐らく古泉達機関の面々が恐れていたこと(恐らく何らかの原因により、ストレスが爆発したとからしい)が実際に起き、それにより俺とハルヒはこちらの世界に飛ばされたと推測されるらしい。
この世界の主な元の世界と違う特徴としては、まず本来居た宇宙人、未来人、超能力者のうち、現在確認が取れたのは超能力者集団である機関の人間だけしか存在していないということがある。
しかし、宇宙人、未来人は存在しないと確証を得たわけではなく、まだ必ずしも存在しないというわけではない。
実際は、(元と表記していいものか判らんが)元宇宙人である長門や元未来人である朝比奈さんはこの世界で存在はしている。
そして、いない筈の朝倉が恐らくは普通の人間として存在しており、上級生だった筈の鶴屋さんと朝比奈さんが同学年になり、長門とともにこの二人も同じクラスに居る。

さて……この世界を約一カ月程過ごしていき、認めたく無かったのだが……認めなければならない絶対的な相違点があった……それは……
「はい、キョン? あ~んは?」
「ちょっと涼宮さんだけズルいわよ! 私も食べさせてあげたいのに……」
「キョン……おいしい?」
「キョンくん~お茶入りましたよ~」
「あっはっはっ! キョンくんはモテモテでツラいねぇ! どれ! あたしにも食べさせてあげさせてくれよっ!」
谷口、国木田は一番端の席で机を向かい合いながら、国木田は苦笑を浮かべながら、谷口は殺気ともとれる視線を俺に向けながら飯を食べている。
そう。この世界の絶対的相違点。それは……「異常なまでに俺がモテている」
オイそこ。笑うなよ。お前。羨ましく思ったか? なら変わってみるか? 正直かなりツラいぞ。心身共に、だ。
さすがに初期の戦場のような雰囲気は無くなりはしたが、みんながみんな迫ってくるせいで一人の時間があまり無い。
なんだよこの世界。今更だが、俺は元の世界に戻りたかった。だが未だ手掛かり無し。一ヶ月過ごしてやっと状況が整理出来るぐらいにはなったぐらいだ。
さて……俺の一日がどんなにツラいかを説明してやろう。こらそこ。そんな鈍器持ってきても鶴屋さんの……遅かったか……

朝。どんな目覚ましよりも正確かつ、有効な妹のヒップドロップにより目覚め、妹とともに顔を洗い、
更に妹とともに歯を磨き、はたまた妹とともに朝食を取り、最終的には妹と共に家を出る。
兎に角家での朝は妹づくしなのが、別にこれにツラいということでは無い。……まぁ言うならば、妹には年を考えてもらわねばというこだ。
しかし、ここから、この世界での俺のツラい一日が始まる……
「おはよ! キョン♪」
と、朝っぱらからやたらとハイテンションかつ、甘ったるい声で飛びかかってきそうとするハルヒを宥める。
妹の手前、そんな飛びかかれたら困る。妹には教育上悪いからな。いや、妹が居なくても精神的にキツいから止めてほしい。
俺が宥めようとするとハルヒは例のアヒル顔をして頬を膨らませて俺を上目遣いで見る。これは正直ぐっとくるものがあるが。
「ハルにゃんおはよ~!」
「おはよ妹ちゃん! じゃあ行きましょうか!」
何故か判らんが、入学式の翌日以降、ハルヒと妹と途中まで歩き、妹と別れた後はハルヒと二人乗りして学校まで行くことが規定事項となってしまった。
これはハルヒが毎朝律儀に家の前に居ることで、自然とそうなってしまった事であり、まぁ俺自身そうしたいと夢見た事は……あるにはあるが、
俺はこんな狂ったような世界でのこのような事を想い描いていた訳でもなく、ましてはハルヒと一緒にだなんて思いもしなかった訳だ。
しかし、毎朝感じるこの背中に当たるすこぶる柔らかく、それでいて弾力がありるような未知の感触はどうにかしてほしいものだ。
「――当ててんのよ――」
何故こんなにも俺が地獄耳になってしまったのかも、もはやもうどうでもいいことである。

学校へ行くために避けては通れぬ魔の坂の少し手前にある駐輪場にチャリを停め、いざ坂を登らんとするときに、
「キョンくんおはよ~。涼宮さんもおはよう。今日はいい天気ねぇ」
「……おはよう」
と、朝倉が長門を引き連れるようにして、朝倉は元気一杯な笑顔で、長門は少し眠そうに時々目をこすりながらやって来る。
やはり長門と朝倉は同じマンションだそうで、朝倉曰わく、
「長門さんは寝ぼすけさんだから、毎朝起こしに行って一緒に朝ご飯食べてくるの」
と、いうことで毎朝二人仲良く登校してくるようで。そうしていつもこの辺りで落ち合い、みんな仲良くご登校というわけだ。これも互いに落ち合おうと決めた訳でもなく、自然になったことだ。
そうそう、これは極まれのことなのだが、坂道を登っている最中に谷口に会うこともある。しかし、谷口とは一緒に校舎に入ったことはない。
谷口は俺達の集団を見ると、すぐさま俺に殺気ムンムンの視線を送る。だが、そうするとこちらはハルヒが俺にはわからないような熱視線を谷口に浴びせる。
それをモロに受けた谷口は意気消沈とし、足早に学校へと向かおうと去っていってしまう。哀れ谷口。やはりハルヒには勝てないか。

そうして、教室にみんな揃ってたどり着くと、
「おはよ~キョンくんっ! みんなも揃っておはようさんっ! 朝からキョンくんはモテモテだねぇ~!」
と、朝から眩い限りの笑顔とハイテンションな鶴屋さんからの朝の挨拶と、
「皆さんおはようございます~。キョンくん、おはようございます」
と、朝比奈さんが朝から素晴らしく柔らかなハートフルエンジェルボイスで挨拶をしてくれる。
これがあれば、どんな戦争の極地に独りきりで取り残されて朝を迎えても、朝の眠気や疲れが残っていても全て吹き飛んでしまうことだろう。
朝のホームルームまでの時間は相変わらず俺の席の真後ろにいるハルヒと話している。少しでも改変を終わらせるヒントが、
普段の会話の中に隠れてないか探るためだ。でもまぁ元の世界でもいつも朝の時間はハルヒと話していたので、実際習慣付いたものが抜けてないだけかもしれん。
今日はいつもと違い、一限目のLHRの時間には初の席替えをした。結果を簡潔に言うと、ハルヒと俺は元の定位置に落ち着いた。が、
俺の前には長門が着き、その隣には朝比奈さん、その後ろ、つまり俺の隣には朝倉が陣取り、その後ろは鶴屋さんという、
まさに籠の中の小鳥のように、切羽詰まられた席になってしまった。これだけ見事に固まると、他の生徒達は陰謀めいた目で俺を見てくる。
谷口の目線がなかなか強烈だが、あえて流してやる。というかハルヒよ。いくら、仮に、万が一にも優しい気持ちを持っていたとしても、流石にここまで集めることは無いだろう。
「あら、またキョンの後ろね! やっぱり私たちの赤い糸は切っても切れないものなのよ!」
頼むからそんな恥ずかしいことを堂々と宣言しないで欲しい……ほら谷口、こっちみんな。

このような席になってからは、授業中、休み時間問わず、この五人に付きまとわれるようになった。授業中は前を向けば長門が綺麗な姿勢で座って授業そっちのけで本を読みあさり、
その隣で数学の問題に朝比奈さんが唸っていて、鶴屋さんは退屈なのか、消しゴムをちぎっては俺に投げつけ、俺が後ろを向いて注意しようとすると腹を抱えて笑い、
俺がいざ真面目に問題に取り組んで唸っていると、隣の朝倉が丁寧に順序を立てて教えてくれた。下手すると前の先生よりも教え方が上手いかもしれない、すぐに理解できた。
一方そんなやりとりに強烈な熱視線を送っているハルヒは、たまの朝倉との話に盛り上がりをみせると、俺の背中にシャーペンでつつく、というより刺す、といった表現が素晴らしく、
更にいかにも、「なぁ~にいちゃついてんのよこのバカキョン!」と、いう言葉を視線に込めてくる。それに俺が振り向いて応えると、一瞬見えた不機嫌顔が分かり易い喜びの表情に変える。
これらのやりとりに、一切先生は口出しをしてこないし、何故ハルヒは嫉妬するようのなら、皆をこんな集まりにしたのかは、
やはりこの世界は狂っているからなのだろうな……嫉妬、か。何を根拠にそう言えるのだろうね。

そして今は五月のゴールデンウイーク明け。本来ならここでのハルヒとの会話が分岐点となり、SOS団作成まで至る筈なのだが、
ハルヒとの会話イベントは既に成立しており、更には変な方向へ進んでいる……兎にも角にも、元の世界に戻るヒントを少しでも多く得るためには、
「部活を作る……ですか」
「俺がいた世界ではSOS団という部活ともとれる変な団体があった。やはり、ヒントを得るためにも必要だと思う」
「僕としては構いませんが、何より喜緑がいますから」
「……そこはなんとかしろ。俺に協力する気は無いのか」
「僕にしましてはここがリアルワールドですし、あなたがどうなろうと……」
「……お前って結構薄情なのな……」
「まぁ冗談です。しかし、涼宮さんが許してくれるでしょうか」
「……そこはなんとかしよう。とにかく、俺はハルヒに部活を作るようにふっかけてみる」
「健闘をお祈りしておきます。では僕はこれで。喜緑との約束があるので」
ここの世界の古泉は憎ったらしさ約三割増しだな……まぁしかし、古泉にささやかながらの仕返しをしてやるとも。楽しみにしていろ古泉よ。

「なぁハルヒ」
時間は朝のホームルーム前のわずかにあるハルヒとの会話の時間。体を後ろに向けてそう切り出した。
「なによ? 明日の休みにデートのお誘い? いいけど、あたしを退屈させないようにせいぜいリードするがいいわ!」
「なんの話だ、なんの。それよりどうだ。部活でも作る気は無いか? お前の求める普通じゃないことが起こるかもしれんぞ。」
「普通じゃないことならもうあたしは見つけたもの」
「ほう、なんだ一体」
「……キョンを想うと……」
「ストップ。やっぱいい。だがな、もっと面白いことがあるかもしれんぞ」
ほら、そう不機嫌な顔をしなさんな。そりゃこんな所で言わせたくは無いさ。恥ずかしいし、朝倉やら長門やらの視線が痛いんだからな。
「面白いことって何よ」
「そうだな。宇宙人には会えるかもな。未来人もいるかもしれない。超能力者なんてはゴロゴロといるから会えるだろうな。」
ハルヒは分かり易く目の色を変えた。こんだけ言えばハルヒが惹かれない訳がない。
「なんでそうって決めつけられるの?」
「そうだな……勘、だな」
「何それ? バカみたい」
まぁ以前の世界ではお前の知らないところで俺は会ってもいたし、とんでも事件に巻き込まれていたしな。今現在進行形でもある。
「まぁキョンがどうしてもって言うなら……それで、まずは名前を決めなくちゃ! やるからには気合いを入れるわよ、キョン!」
「名前は既に決めてある」
「あらそう? どんなの?」
俺は一息を大きく吸い込み、胸一杯にため込んでから言った。この選択は幸か不幸か知る由もなしに。
「SOS団、だ!」


第三章 了

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最終更新:2007年01月14日 07:09