翌日の朝。自室のベッドの上で目を覚ました俺を襲ったのは、恐ろしいほどの肉体的疲労感と精神的脱力だ。
なんなんだこれは。立って起きあがることすらできねぇ。まるでフルマラソンか、トライアスロンに訓練なし、
準備体操なしで突撃敢行後のようだぞ。
 近くでじりじりと鳴っている目覚ましを止めようと手を伸ばすが、それすら適わない。
「まずい……このままだと……」
「キョンくーんー、あさーさーさーさーあさー♪」
 いつものようにノックなしで訳のわからん歌とともに俺の部屋に現れたのは我が妹だ。。
「起きない遅刻するよー。早く早くー」
 とまあ、布団に潜りっぱなしの俺に乗っかってドカドカと騒ぐもんだからまるで拷問だ。
いつもなら寝ぼけてあまり気にならないが、今日は変に意識がはっきりとしている上に全身筋肉痛っぽいので、
痛くてたまらん。だが、それでも身動きもできないんだから、俺の身体は一体どうなっちまったんだ。
 いつまでたってもベッドから出てこないことに業を煮やしたのか、ついに我が妹は最終手段を行使した。
布団を強引にまくり上げ床に放り落とす。そして、仰向けになっていた俺の顔面に迫ってきたのは……シャミセンのケツだ!
「うおわ!」
 火事場の馬鹿力ってすばらしい。俺は布団から飛び起き、部屋の隅に逃げ出す。危機一髪だった。
危うくおはようのキスをシャミセンのケツで完了しかねなかったぜ。いつもそんなものをしてくれる人はいないけどな。
「あーキョンくん起きたー。シャミはすごいねー」
「にゃあ」
 全く脳天気な会話してくれるもんだ。一気に目は覚めたけどな。
 だが、全身の疲労感がなくなったわけがない。こんな状態でこれから学校に行かなきゃならんのか。果てしなく憂鬱だ。
 
◇◇◇◇
 
 何とか歯を磨き、朝食を取り、ブレザーを着込み、学校に向かって出発だ。自転車を一漕ぎするたびに
身体が悲鳴を上げるぜ。さすがにだるそうな俺を見てオフクロが休めば?なんて言ってくれたが、
不思議と学校に行かなきゃならん気がするんで、登校を決行中だ。学校まで無事につければいいが。
 ぜいぜいと息を切らしながらチャリンコロードを完了し、最後の早朝ハイキングコースに入る。
「ようキョン」
 後ろから声をかけられて振り返ってみれば、谷口がいた。
「よう谷口」
「何だよ元気ねえな。風邪か?」
 風邪だったらまだいいんだが……しかし、何だろうか。この感情は。ついつい谷口の顔を見つめてしまう。
これは――感激か!? 何で谷口の顔を見て感激しなければならないんだ!? おかしいだろ俺!?
「おはようキョン。どうかしたのかい?」
 今度は国木田が登場だ。って国木田の顔を見ても同じ感情が生まれてきたぞ。なんだなんだなんだ。
 しばらく、黙って谷口を見つめていた俺に不信感を抱いたのか、
「おいキョン、どうかしたのか? 普段から変わっているところがあるが、今日は格別に変だぞ――まさかっ!?」
 谷口は大仰に声を荒げて、
「まさか俺に惚れたとか……!?」
「誰が惚れるかバカ!」
 反射的に俺は怒鳴り返す。いいか、俺はれっきとしたノーマルなんだぞ。朝比奈さんを見ていれば身体がぽかぽかしてくるしな。
ん、これこないだも言わなかったか?
 しかし、谷口は疑惑の目線で、
「いいやわからねえ。何せあの超強力電波発信源・涼宮の連れだからな。どんな電波を受信しているかわかったもんじゃない」
「まあまあ、谷口。キョンも何だか疲れ気味みたいだから、あまりからかうと悪いよ。
そういう本質的な話はまた後でってことで」
 おい国木田、それだとフォローになってないぞ。
 そんな馬鹿話をしつつ、俺たちは学校に向かう。昨日も同じ事をやっていたはずなのに、今はこんな当たり前の日常が
たまらなく楽しかった。
 
◇◇◇◇
 
 何とか学校にたどり着いた俺がまず確認したのはハルヒだ。正直、教室の向かうまで姿がなかったりとか、
席そのものがなかったりとか、しかし、なぜ俺はこんな心配をしているんだとか、と内心はらはらしていたが、
 ――いた。いつものように窓際最後尾の席でだらんと力なく机に寝そべっている。
 俺はほっと胸をなで下ろし、次席に座った。すると、ハルヒは顔だけを上げて、
「おはよ、キョン」
「ん? ああ、おはようハルヒ」
 ハルヒから挨拶をしてくるとは珍しい。ハルヒはまた机に顔を埋めると、わざとらしいほどの大きなため息をつき、
「あー、今日は学校を休めば良かったわ。何だかわからないけどものすごく疲れた感じがするのよね」
「何だ、おまえが疲れるなんて天変地異の前触れじゃないのか?」
「しっつれいね! あたしだって疲れるときぐらいあるんだから」
 ま、ハルヒがこれだけな状態になっているんだから、何かあったことは確かだろう。
何一つも覚えていないが、恐らく昨日の夜から今日の朝にかけて。
 俺はだらーと壁に背中を預けると、
「なあハルヒ」
「何よ」
「疲れたな」
「……そうね。本当に疲れた……」
 
◇◇◇◇
 
 午前の授業終了後、俺は一限目から爆睡中のハルヒを放って教室から飛び出した。
かく言う俺も授業の半分近くは居眠りしていたおかげで、少し体力が改善している。
だから、今の内に顔を見ておきたい人の残りを確認しに行くってわけだ。
未だに何でこんな事をしようと思うのかさっぱりわからないが。
「あ、キョンくん」
「キョンくん、やーっほーっ!」
 2年の教室前であったのは朝比奈さんと鶴屋さんだ。いつもながらお美しい朝比奈さんに会って感動するのは当たり前だが、
それ以上に感情を揺さぶったのは鶴屋さんの方だ。くそ、谷口の時は意地で押さえ込んだがもう限界だこりゃ。
「え、え、え?」
「おおっとと、ど、どうしたんだいキョンくん? あたしなんか悪いことでもしちゃったっけ?」
 二人があわてるのも無理もない。ついにこらえきれなくなった俺の目からぽろぽろと涙がこぼれ落ち始めたからだ。
理由はさっぱりわからんが、とにかく今は泣きたい気分になっている。
「ああ、いえ、ちょっと寝不足なんであくびをかみ殺しただけですよ」
「あーなんだいなんだい。驚かせないでくれっさ!」
 ほっと一安心の表情を浮かべる鶴屋さん。全く今日の俺はどうかしている。いきなり泣き出すなんて、
端から見ると情緒不安定で青春まっしぐらな若者みたいじゃないか。
「やあ、これは皆さんおそろいで」
 このタイミングで背後から急接近してきたのは古泉だ。俺は必死に目をこすって涙を吹き上げてから振り向く。
こいつにまで涙を見せたら、周りから本気で誤解されかねないぞ。
「なんだ古泉か。こんなところに何の用だ?」
 俺は必死に感激していることを悟られないように言う。古泉は肩をすくめて、
「ちょっと朝比奈さんに用がありましてね。いえ、そんなに大したことではありません。
ちょっとした疑問を確認したいだけです。いいでしょうか? 少し人目のない場所の方がありがたいんですが」
「え? あ、はい。わかりました」
 こら待て古泉。朝比奈さんを人気のないところに連れ込んで何をするつもりだ。
朝比奈さんもこんな野郎の口車に乗ってはダメですよ。
 俺が古泉に抗議の声を上げようとするものの、鶴屋さんに止められる。ウインクして来るところを見ると、
どうやら任せてといっているようだ。鶴屋さんがそばにいるなら、まあ安心か。
 とりあえず、俺はこの場を退散して、次の目的地に向かう。
「あいつなら何か情報を持っているだろうしな」
 向かったのは部室だ。俺とハルヒの疲労現象。その原因を唯一知っていそうなのは長門ぐらいだ。
「長門いるか? ちょっと聞きたいことがあるんだが」
 そう言いつつ部室にはいると目前に長門が出現した。俺が来ることを予測していたのか、
出入り口の前に立っていたようだ。
「来ると思っていた」
「そ、そうか。なら話が早い。昨日から今日の朝にかけてだが――」
「いわない」
 きっぱりと言い切る長門。ここまではっきりと意志を示すのは初めて見た。そして、長門は続ける。
「あなたがそう言っていたと聞いている。わたしもその時の記憶は存在していないため、はっきりとしたことは不明。
情報統合思念体から送られてきた情報から得たことによる判断。あなたは自分がそう言っていたと伝えれば、
納得するだろうと言っていた模様。中途半端に思い出しても辛くなるだけだと」
 何だよ、俺まで宇宙人・未来人・超能力者的秘密主義者の仲間入りかい。
俺自身にも言えない事っていったいなんなのやら。かえってきになるだけじゃねえか。
 そんな俺に長門は一歩顔を近づけ、
「ただ、これだけは言える。そこでのあなたは勇敢だった。何ら恥じることはない」
 ……どうやらとんでもないことがあったようだな。それこそ思い出さないほうがいいぐらいなことが。
俺自身がそう考えて言っているようだし、それで納得しておこうか。気にはなるが、知ってしまった方が後悔しそうだ。
 俺はふっと笑みを浮かべると、
「ありがとな長門。何だかすっきりしたよ」
「わたしはあなたからの伝言を伝えただけ」
「でも、ありがとな」
「……うん」
 
◇◇◇◇
 
 教室に戻ると、俺を待ちかまえていたのはクラスメイトの阪中である。
いかん、昨日のハルヒ球技大会参加要請をすっかり忘れていた。
 もじもじと不安ありありな表情で俺に昨日の返事について聞いてくる阪中だったが、
「あーすまん、昨日ハルヒに参加を打診したんだが、つれない返事しかかえってこなかったよ。
あれじゃまず無理だろうな」
 俺の言葉にどんどん落胆の表情になっていくのを見ると罪悪感にちりちりと苛まれる。
とはいっても、昨日のハルヒの感じじゃ参加なんてとても……
 俺はまだ机に寝そべっているハルヒの方をちらりと見る。昨日のハルヒだったら確実に返事は同じだろうが、
なぜか今日のハルヒからは別の返事が返ってくるような――根拠も何もないんだが、そんな気がした。
「ハルヒに直接聞いてみたらどうだ? 結構気が変わりやすい奴だからいい返事が返ってくるかもしれないぞ」
 そう言って阪中をハルヒの元に行くよう促した。
 ハルヒのそばに立ったもののなかなか言い出せない阪中だったが、やがて意を決したようにハルヒに球技大会以来を
お願いした。端から見ていても痛くなるほどにお願い口調で頭まで下げている。
「いつもクラスの中で浮いているんだから、たまにはこういう行事に参加しろよな」
 俺も援護するが、ハルヒは完全無視状態だった。眠っているわけではないようなので、こりゃダメか?
 しばらく沈黙が続いた俺たちだったが、やがてハルヒがすっと上半身を机からあげると、
「……ま、いいわよ。参加してあげる。何かスポーツでもしてすっきりしたい気分なのよ。運動不足なのか疲れ気味だし」
 昨日とは正反対の言葉を返してきた。言い訳がましい事まで言って、全く素直じゃない奴だ。
「でも!」
 ハルヒはこっちを振り返り、
「いい? やるなら優勝よ。一位以外はあり得ないわ! ふふん、今日の放課後から早速特訓だからね!
いっとくけど、あたしの訓練は厳しいわよ! 覚悟してなさい! あと、キョンもボール拾いとして参加すること! いいわね!」
「何で俺まで」
 と抗議するが、喜びを爆発させた阪中に遮られた。なんというかもう、ハルヒの手を握ってお礼を乱発し、
俺に向かっても頭を下げまくる。一体何がそこまでさせるのやら。
 ――ただ俺も内心ではかなりうれしいことがあった。参加を了承したときのハルヒの顔。
自信満々で言った後に見せた100Wの笑顔。とんでもなく久しぶりに見たような気がしたからだ。
 
 ……これからもよろしく頼むぜ、ハルヒ……
 
 
 
『涼宮ハルヒ』
 疑似閉鎖空間に入れられた後、北高生徒を率いて激戦を指揮し続けた総指揮官。
 最後までSOS団にかかわらずすべての生徒たちを励まし、思いやり続け戦い抜いた。
 一方で、鶴屋さん戦死直後と1日目の夜間に自らに向けて引き金を引きそうになるが、ぎりぎりのところで耐えている。
 しかし、キョンが死んだ場合、3度目の衝動に駆られても止めることはできないだろうと確信していた。
 精神的に消耗する中、SOS団とキョンの存在だけが彼女を支えていた。
 
『長門有希』
 ハルヒから任命された副指揮官。実際には前半戦は砲撃隊指揮官で、後半は喜緑江美里ともに情報操作戦を続けた。
 疑似閉鎖空間に閉じこめられた後、かつてないほどの【絶望】の感情に陥ったが、
 喜緑江美里から与えられたヒントで希望を取り戻し、敵との情報操作戦に勝ち抜いた。
 
『朝比奈みくる』
 癒し系担当などという不明な任務についていたが、実際には負傷者の看護を行った。
 凄惨な傷を目撃するたびに失神していたが、献身的な看護を行い、多くの生徒たちの命を救った。
 
『古泉一樹』
 古泉小隊指揮官。後にUH-1のパイロット。
 的確な指示と援護により、大きな戦果を続けた。
 同じクラスである9組の生徒たちを巻き込んでしまったことを激しく後悔し続け、
 また、涼宮ハルヒに無関係な生徒多数を巻き込んだ敵に対して人知れず感情をあらわにすることもあった。
 敵の策略によりUH-1を撃墜されて戦死する。
 
『鶴屋さん』
 鶴屋さん小隊指揮官。
 涼宮ハルヒの撤退命令を拒否し続け、北山公園の敵砲撃地点の制圧を続行し、見事困難な作戦を完遂した。
 実際に涼宮ハルヒの影響が低いと言うことで、小隊に配属されていた生徒たちは彼女の命令を拒絶することが可能だったが、
 30名中26名が戦死した激戦でも、彼女の姿勢に異を唱えるものは一人としていなかった。
 鶴屋さん自身は敵の罠であることを承知の上でこの作戦を了承し、ここで散る覚悟だった。
 「今あたしたちが敵を制圧できなければ、敵は学校への攻撃を続行し犠牲者はますます増えるんだ。
 だから、どんな犠牲を払っても敵をやっつけないといけないのさ。これが最後。みんなには犠牲を強いてごめんなさい。
 一斉射撃後にあたしが先陣を切る。少しでもあたしがひるめば遠慮なく後ろから撃っていい。行くよっ!」
 突撃の際に敵の銃撃を受けるが、決して止まることなく制圧を完了した。そのときの傷が元で戦死。
 
 戦場で戦った生徒:272名
 死者:117人
 負傷者:76人。
 この戦場を駆け抜けたすべての生徒たちを讃える。
 
 
~~おわり~~


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