俺がハルヒの元に戻って数時間。長門の反撃に驚いたのか、敵はめっきり攻撃してこない。
しかし、またいつ襲ってくるかわからないので、俺たちは結局前線基地で銃を構えてぴりぴりしなけりゃならん。
これがゲリラ戦って奴なんだろうな。
 ここに戻ってきてからはすっかりハルヒに見張られるようになっちまった。
度重なる命令違反にさすがにぶち切れたらしく、さっきから便所に行くのにもついてこようとしやがる。
せっかく長門に礼を言おうと思っているのに、それも適わん。
「全く少しでも目を離そうとするとどっかに行こうとするんだから。まるで落ち着きのない子供ね」
 またオフクロみたいな事をいいやがるハルヒ。
 俺は嘆息しながら、仕方なくまた正面の住宅地帯を眺める。古泉のUH-1ミニガンですっかりぼろぼろになった民家を見ると、
ここが本当の戦場なんだろうと思ってしまう。
 もうすぐ日が落ちる。辺り一面がオレンジ色に染まりつつあった。あと数時間で2日目も終了だ。
人生の半分以上の情報量がこもっているんじゃないかと思うほどに濃い二日間だったな。
身の回りでこれだけの人が死に、谷口や鶴屋さん、国木田まで命を落とす。
たとえ3日間を乗り切ればすべて元通りといわれても本当かどうかわからないし、実際目の前で死なれて、
ショックを受けない方がどうかしている。こんな現実は二度とゴメンだし、本当の現実にさせるわけにも行かない。
敵はこれからいよいよ本腰をあげて俺たちを叩きにかかるだろう。古泉の予想なら、これからハルヒに
学校への撤退を決断させるような動きを見せるはずだ。今まで以上の凄惨な展開が待っていることになる。
「キョン、ご飯よ。見張り交代してあげるからとっとと食べなさい」
 そう言ってハルヒは昼と同じ缶詰を投げてきたので、俺はあわててキャッチする。
って、これだとまるで飼い犬に飯をやっている図みたいではないか。
 俺はヘルメットを取って缶詰のブルトップを開けようとしていたが、
「ちょっとキョン、その頬の傷どうしたのよ?」
 ハルヒの指摘に俺は頬をなぞる。耳の横あたりをふれたとたん、ピキッと痛みが走った。
 ん? ああそういやこんな怪我していたんだっけ。大した怪我じゃない。飛び散ったコンクリートの破片がかすった程度だ。
「ダメよ。ばい菌でも入ったて化膿したらどうするつもり? ほら、拭いてあげるから」
「おい――ちょっとま――うぷぷっ」
 俺の意志も無視して、ハルヒはどっかから持ってきていたぬれタオルで強引に俺の顔を拭く。
力任せに拭くもんだからめちゃくちゃ痛い。
「これでよしっと。ちゃんと自分の身体は自分で管理しなさいよ。他のみんなもね。戦闘が始まってからじゃ遅いんだから」
 ハルヒの言葉に周りの生徒たちが頷く。なんだかんだで部下思いな奴だ。
 と、そこでハルヒに無線が渡された。長門からの連絡らしい。
「有希? あ、さっきの件調べてくれたんだ。ありがと」
 ハルヒは長門と無線機越しに会話しながら、またあのメモ帳に名前を書き加え始める。
死んだ生徒と負傷した生徒の確認。指揮官の務めといえばそれまでかもしれないが、
ハルヒなりにけじめをつけているのかもしれないな。
「うんうん……ありがと。じゃあまたね」
 そこでハルヒは無線連絡を終了。ぱたむとメモ帳を閉じた。そして、ハルヒは力ないほほえみを浮かべ、
「ついに死者が100人越えちゃった……」
 それはあまりに痛々しい表情だった。つい抱きしめてやりたくなるほどに。
 俺は何か言ってやりたかったが、どうしても言葉にできなかった。慰めや励ましをしても意味はない。
だったら一体何を言えば良いんだ?
「あと……………………いいんだろ」
 ぼそっとハルヒの口から言葉が漏れる。ただ俺は聞き返そうとは思わなかった。
なぜかって? どう見てもただの独り言だし、俺に向けていった言葉ではない。だったらもう一度言わせるなんて野暮だろ。
 ハルヒは自分の頭をこづき、
「あーもう、どうしても暗くなっちゃうわね! 何か楽しいことはないかしら! ちょっとキョン。何か漫才しなさい」
「できねえよ、芸人でもないし」
 使えない奴ねとハルヒは俺をにらむが、正直このくらい唯我独尊一直線なハルヒの方が見ていて気分が良い。
普段、もっと落ち着けよと散々思っているというのに。
 
◇◇◇◇
 

 さて、のんびりモードも終了しハルヒは銃を構えて、周辺の警戒に復帰する。俺もすっかり忘れていたが、
手に持ったままの缶詰を開けてがっつき始めた。まだまだこれからだからな。今の内に腹をふくれさせておこう。
 とっとと缶詰を平らげた俺はハルヒの横につき、
「また攻撃を仕掛けてくると思うか?」
「……あたしの予想じゃ、日が落ちるまでは攻撃してこないんじゃないかと思う」
 長門の情報改変をしらないハルヒが意外な予想をしてきた。
「何でだよ?」
「バカね。夜になってみなさい。昨日の夜の様子じゃ街灯は点灯するみたいだけど、それでも辺りは真っ暗だわ。
あいつら全身真っ黒だし見えづらいから古泉くんのヘリからの援護も難しくなるし、
夜間にヘリを飛ばしっぱなしってもの危ないし。どっから攻撃されるかわかりにくい上、学校への着陸も難しくなるわ。
ライトか何かで校庭を照らせばいいけど、それじゃ的にしてくれって言っているようなものよ」
 なるほど。確かに月明かりと街灯の明かりだけでは、上空の古泉の支援は難しくなるだろう。
そろそろ長門の砲撃の再開も考えなけりゃならん。ただ、あれはヘリと同じほどの切り札だから、
最後の最後まで使い切らないようにしないとな。
 だが、敵の動きは予想を完全に裏切った。風を切るような音が聞こえたかと思ったら、強烈な衝撃が
俺たちのいる建物を揺さぶる。天井からバラバラと小さい破片が落下し、あまりの威力に立っていた生徒の数人が床に転がる。
「――みんな無事!? 怪我した人が言ったらすぐに言って!」
 ハルヒは真っ先に周りの生徒たちの様子を確認する。幸い負傷者はいなかったようだ。
 俺は辺りを見回しながら、
「今のはなんだ? RPGとは威力が桁違いだったぞ」
「そうね……ん! 何か来るわよ!」
 ハルヒが正面の住宅地帯を走る道路を指さす。そこには荷台がめらめら燃えたトラックがこちらに向かって――
 俺は理由はわからんが、とっさに何が起ころうとしているのか悟った。きっとテレビのニュースか何かで
見ていた記憶がこんなところで役だったのだろう。
「――特攻だ! 隠れろ!」
 俺の声が早いか遅いか。ほぼ同時に炎上トラックが前線基地前で大爆発を起こした。
俺たちのいる建物の一部が倒壊し、破片と砂煙が辺りに蔓延する。
さらに遙か上空まで上がったトラックの破片が次々と俺たちの頭上に降りかかってきた。
 そんな中ハルヒは片目だけ開けて微動だにしなかった。あれだけのショックに耐えるなんてとんでもない奴だ。
だが、こいつのとんでもなさはそれどころではない。
「ぎりっぎりだったわね……!」
 って、まさか建物にぶつかる前に爆発したのは、お前がやったのか!? どうやって!?
「火を噴いているところに一発お見舞いしただけよ。そしたら爆発したってだけの話!
そんなことより、最初の一発目の奴の正体がまだよ! 気を抜かないで!」
 ハルヒの言うとおりだ。神業に感心するのは敵を黙らせてからにしよう。
 さて、この状況になればいつもの通り、正面の民家から次々と敵が姿を現し始め、こちらに銃撃を開始する。
ワンパターンな奴らだと思いつつ、違うのが一つ。最初の一発目の衝撃の正体だ。
 敵弾!という声が響き、俺はあわてて身を隠す。そして、俺たちの隣の建物にそれが直撃して壁の一部を吹き飛ばした。
どっから何を撃ってきやがるんだ!?
 俺はとにかく見えない攻撃を放って、窓から顔を出す敵に向けて撃ちまくる。
さすがに敵の動きにも慣れてきたのか、的確に一発一発シェルエット野郎に命中させられるようになっていた。
あまりうれしくない技能取得だが。
 とハルヒの元に一人の生徒が駆け寄る。どうやらさっきからの正体不明の攻撃は、
前線基地前方の住宅地帯の路上にいる武装トラックから放たれているものらしい。
はっきりとはしないが、無反動砲のたぐいのようだ。距離が遠い上に周りの攻撃が激しくて、
発射阻止ができない状況に追いやられている。
「古泉くんのヘリを早く呼んで! 上空から片づけるしかないわ――くっ!」
 ハルヒが指示を飛ばしている最中にもまた無反動砲による攻撃が続く。
今度は応戦していた3人の生徒の真正面に着弾し、衝撃で彼らが吹っ飛んだのがはっきりと見えた。
近くで難を逃れた生徒たちが、やられたものたちを救出にかかる。
 俺はひたすら屋根やら窓から飛び出し続ける敵を撃ち続けた。しかし、いくら命中させても次から次へと飛び出してくる。
当たらないモグラ叩きよりも、終わらないモグラ叩きの方が遙かにたちが悪い。
 とようやくここで古泉のUH-1が登場だ。辺りはすでに薄暗くなりつつあるとはいえ、
まだ日が落ちきっていない。今なら無反動砲を備えた武装トラックも視認できるはずだ。
「古泉くん! やっちゃって!」
『任せてください』
 ハルヒの指示で古泉は目標の位置を探り始める。だが、しばらくしてから、
『……うまい具合に死角に入り込んでいますね、ただ、攻撃可能な角度もあるようです。回り込んで掃射します』
 古泉はそう言うと、ヘリを移動させ始める。
 ハルヒはM14で迫ってくる敵をひたすら撃ちながら、
「全く敵の考えがよくわからないわね! 夜になってから攻撃してくると思ったのにさ!
無反動砲なんて持ち出してきたけど、ヘリの餌食になるだけだわ! 相当アホな奴が指揮官やっているんでしょうね!」
 ハルヒが怒っているんだか笑っているだか、区別しがたい口調で叫ぶ。だが、俺はその言葉に強烈な違和感を覚えた。
なんだ? 何かが変だ。
 俺は古泉のUH-1を見上げる。今、無反動砲トラックを攻撃できるポジションを探して、上空を旋回している。
 そもそもどうしてこのタイミングで無反動砲なんていう代物を持ち出してきた? ハルヒの言うとおり、
日が落ちてからやれば効果絶大だ……いや、違う。北山公園の時を思い出せ。敵は軍事的優位を必要としない。
連中の目的は効果的にハルヒに精神的苦痛を与えることだからだ。ならば、今ハルヒ――俺たちにとって、
もっともダメージの大きいことは何だ? 頼りにしている者が倒れることだろう。
なら頼りになる者とは? さっきからの展開を考えれば古泉様々だな。だったら、今古泉のヘリが撃墜されでもしたら、
ハルヒはどれだけのショックを受けるんだ……
 俺はぞっと寒気が全身を駆け抜ける。敵の目的は今もっとも頼りにしている古泉――UH-1をハルヒの目の前で
撃墜することかもしれないんだから!
 即座に無線機を奪うように取ると、
「古泉っ! 戻れ! 今すぐ学校に戻るんだ! 早くしろ! それは――」
 俺は最後まで言い切れなかった。すでに遅かったからだ。今までとは質の違う発射音が辺りになり響く。
無反動砲トラックがあるだろうと思われた地点から、弾道がしっかりと見えるほどの砲火がヘリに向けられる。
対空砲火だ。今までのRPGやAKでの攻撃とは違う、完全にヘリを落とすための攻撃方法。
「古泉くんっ!」
 ハルヒの絶望的な呼びかけもむなしく、UH-1は対空砲を受け続けぼろくずのようになっていった。
俺たちを北山公園に誘い込んだときと同じ手だ。無反動砲を持ち出し、ヘリをおびき出す。
そして、対空砲を用意しておき、のこのこと現れたところを狙って攻撃。くそっ! どうして同じ過ちを繰り返しているんだ俺は!
 ぼろぼろになりつつもまだ跳び続けているUH-1。そして、こんな状態だというのに古泉からの無線連絡が入る。
『は……はは……してやられましたね……』
「古泉くんっ! 古泉くんっ! 早く逃げて!」
 ハルヒの必死の呼びかけ。しかし、古泉には聞こえていないのか、一方的な話し方で続ける。
『後ろの生徒も隣の生徒もみんなやられて……しまいました。僕ももう持たないでしょう……。
ですが、このままでは終わりません……!』
 急にUH-1が猛烈な勢いで高度を下げ始める。あいつまさかっ!?
『また……部室で会いましょう……!』
 そのまま住宅地帯に墜落した――いや、あえてそこを狙って落ちたのだろう。無反動砲と対空砲があったと思われる場所に。
「古泉っ!」
「古泉くんっ!」
 俺とハルヒの呼びかけに古泉は答えることはなかった。あれで生きていられるわけがないだろう。
何がまた部室でだ! 最期まで格好つけやがって! バカ野郎が!
 墜落のショックで無反動砲の砲弾が爆発を始めたらしく、轟音が鳴り響く。しかし、俺は耳をふさぐこともなく、
呆然と空を見上げたままだった。いつもスマイルでハルヒのイエスマン。いけ好かないところや、
いまいち信用ならないところもあった。だけど、最近ではSOS団に思い入れのあるようなことを言うようになっていた。
あの古泉が死んだ。そう――死んだ。
 俺は呆然としている自分に気がつき、あわてて意識を取り戻す。何をやっているんだ! 古泉が自らの命をかけてまで、
敵を叩いたんだ! それをただ呆然と見ているか!? しっかりしろ俺!
 はっと俺はハルヒの方に振り返る。あれだけ頼りにしていた古泉の死だ。ハルヒにとっても耐え難いことのはず――
「…………!」
 俺が見たのは、血が流れるほどに強く唇をかみ、必死に叫び声を上げまいと耐えるハルヒだった。
不安定な呼吸からかすかに声も漏れてくる。
 俺は意を決して、
「ハルヒ!」
「……何よ!」
「負けねえぞ!」
「当たり前よ!」
 ――もう完全に日が落ち、夜が辺りを支配しようとしていた――
 
◇◇◇◇
 
 UH-1撃墜からすでに3時間。俺たちはひたすらノンストップ戦闘を続けている。前回までとは違い、
今回の攻撃はやたらとしつこく、叩いても叩いても敵が飛び出し、たまに武装トラックが現れるという繰り返しだ。
古泉の支援がなくなったことも原因だろうが。代わりに北高からの砲撃を再開しているが、
こっちも砲弾の残りが少ないためにちまちま撃つ程度になってしまっているため、効果は薄い。
 もう辺りは完全に真っ暗になって、今では街灯と満月の月明かりだけが敵の位置を知らせてくれる。
幸い、シェルエット野郎はどうも薄く発光しているらしく、暗闇の中でも昼間ほどではないが視認することができた。
変なところでサービスしやがるな。
「本当にしつこいわね!」
 ハルヒはいったん銃を撃つのをやめると、水筒の水をがぶ飲みし始める。ハルヒが愚痴を言いたくなるもの仕方がない。
何せ、さっきから延々と戦闘が続けられているからな。いい加減うんざりしてくるぜ。
「きっと敵は調子に乗っているのよ。古泉くんのヘリを撃墜してここで一気に決めようとしているんだわ!
そうはさせるかってもんよ!」
 ハルヒは口をぬぐってから、またM14を片手に敵めがけて撃ち始める。
 今の状況は消耗戦だ。敵は無限に出現しやがるが、こっちははっきり言って人員不足がひどくなりつつある。
北高側の稼働を考えると、もう前線基地に持ってこれる生徒はいない。しかし、こっちは延々と撃ち合っている間に、
どんどん負傷者や死者が増える一方。前線基地をこれ以上守るのは不可能な状況になりつつあった。
 しかしだ。こうやって敵の目的がハルヒに学校までの撤退を決断させる状況に追い込むことなのは俺でもわかる。
わざわざ奴らの目的通りに動くなんてあまりに腹立たしい。何とか出し抜いてやりたいが……
 と、ここでハルヒに無線機が渡される。長門からの連絡らしい。ハルヒは物陰に入り、
「有希、またこっちに補給は送れる? え、人員は良いわ。これ以上、そっちは減らせないし、
こっちだけで何とかやりくりするつもりよ。大丈夫だって。何が何でも守りきってみせるから」
 こっちには長門の声は聞こえないが、どうやら弾薬の補給を要請しているらしい。
しばらくそんな会話が続いたが、やがて、
「ありがと。じゃあね、有希」
 そう言ってハルヒは連絡を終了する。ただ――最後のじゃあねはなんだか聞いていて辛くなるような口調だった。
が、ハルヒは俺の方に無線機を向け、
「キョン、有希やみくるちゃんに言いたいことがあるならいっときなさい。今の内にね」
「…………」
 俺は無線機を受け取り、敵から見えないように物陰に引っ込む。代わりにハルヒがM14を持って銃撃を再開した。
『聞こえる?』
「ああ」
 長門からの声。なんだかすごく懐かしい気分になった。さっきから銃声音しか聞いていなかったからだろうか。
「そっちの様子はどうだ? 今の展開じゃ、北高側への攻撃が始まってもおかしくないけどな」
『大体の状況は把握している。古泉一樹のことも』
「そうか……」
 俺はまた脳裏にUH-1が撃墜された光景がフラッシュバックする。ぼろくずのようにされて地面に落下していく姿。
そして、古泉の最期の台詞。思い出したくもないのに。
 しばらく、沈黙してしまった俺だったが、長門はその空気を読んだのか、
『あなたの責任ではない』
 めずらしく慰めの言葉をかけてきた。が、続けて、
『事実。この疑似閉鎖空間を構築した者たちに逆らうことは不可能に近い。想定外の行動で攪乱するだけでも上出来。
彼らは私たちを好きなときに消すことができる。例え、古泉一樹抹殺のための罠だと気づいても、別の方法が実行されただけ』
「……そうかい」
 長門なりの励ましなのかもしれないが、あっさりと敵の罠にかかったショックは大きい。
そして、俺たちがいくら努力しても所詮は、創造主様の手のひらで踊っているにすぎないって言う事実もそれに拍車をかける。
 しかし、敵の襲撃を受けている中でいちいち落ち込んでいる場合でもない。
「こっちは、恐らくそろそろ北高に戻ることになりそうだ。敵の思惑通りといったところで腹が立つが、仕方がない。
それからが勝負――」
『涼宮ハルヒが前線基地を放棄して、北高に撤退することはあり得ない』
 何? それはどういう意味だ?
『先ほど話したことで確信を得た。涼宮ハルヒは北高へ撤退しない。一人になってもそこから動かない。
生命活動が停止するまでそこで抵抗を続ける』
 俺はハルヒの方に視線だけ向ける。必死な表情で一目散に敵めがけて撃ちまっているこいつの姿は――
『限界が近い。このままでは3日という期限前に、これを仕組んだ者の目的が達成される』
「目的だと? それはどういう――」
『待って』
 俺の質問を遮り、突然長門の声が遠ざかった。一瞬、ついに北高への攻撃が始まったのかとどきっとしたが、
無線機からかすかに流れてくる長門と喜緑さんの声を拾う限り、そうでもなさそうだった。
 やがて、長門がまた戻ってきて、
『聞こえる?』
「ああ、聞こえるぞ」
『今、情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』
「は?」
『情報操作権限の一部を私の制御下に置くことができた』
 長門は淡々と語っているが、それって実はとんでもないことなんじゃないか?
『正確に言うと、この空間に置ける――CREATEの実行権限を私の制御下に置いた。
UPDATEとDELETEはまだ不可。時間はかかるが、順次こちらの制御下に置くようにする。
 淡々と語るのは良いが、具体的に何ができるようになって何ができないのかを教えてくれ。
『現在、私はこの世界の物質を構築することができる。そして、仕組んだ者はそれができない。
だから、これ以上あなたたちの生命活動を停止させるべく作り出されている敵性戦闘物体はこれ以上増えない』
 俺は一気に歓喜の声を上げようとしてしまうが、ぎりぎりで飲み込む。ハルヒに気がつかれるとまずいしな。
 さらに長門は続ける。
『ただし、現在この世界にすでに存在しているものに対し、改変・消去は不可。その権限は持っていない』
「ようは、今俺たちに襲って来ている連中はそのままだが、これ以上増えることはないって事なんだな」
『そう。しかし、それを見越していたのか、この世界に置ける敵性戦闘物体の総数はかなり多く構築されている。
そこから数キロ北方には、前線基地周辺にいる以上の戦闘能力を備えたものがすでに配備されていた。
これらが南下を開始した時点でこちら側に勝ち目はない。現状に置いて圧倒的不利は変わっていない』
「……手放しには喜べないって事か。おっと!」
 また武装トラックが出現して、12.7mm機関銃の乱射が開始された。ハルヒが口からつばを飛ばして反撃の指示を出している。
『だから、CREATE権限を最大に利用して、敵性戦闘物体への反撃を行いたいと考えている。
短時間かつ広範囲に対してダメージを行う方法を採用するつもり』
「具体的に何をする気なんだ?」
 俺の問いかけに、長門はしばし考えるように沈黙して、
『航空機による空爆を実施する』
 
◇◇◇◇
 
 思わずくらっと来たね。まさか、長門から空爆なんて言う地球人類的な発言が出るとは思っていなかったがとか
そんなことはどうでもよくて、敵が一網打尽にできるなら反対する理由なんてどこにもない。
 俺は長門との無線連絡を終了すると、ハルヒの元に行き、
「おいハルヒ。長門からの報告だ。すごい攻撃方法を実行するって言っていたぞ!」
「すごいって何よ!?」
「空爆だとよ!」
「すごいじゃない! 何でも良いから早くやっちゃって!」
 ハルヒは俺の言ったことを理解しているのしていないのか、もはや何で今頃なんて考える余裕すらないのか。
まあ、深く考えてくれない方がこっちとしても好都合だ。
 だが、ここに来て敵の攻撃が苛烈さを極めてきた。どうやら、これ以上、シェルエット野郎を増産できないことに
感づいたらしい。残っている戦力だけでこっちをつぶしにかかってきたみたいだな。
「キョン! 撃ちまくって敵を後退させるのよ!」
「言われんでもわかっているさ!」
 とにかく動いているものにめがけて撃つ。俺はそれだけを考えて引き金を引きまくった。
だが、敵も必死なのか今まで以上の命中精度で俺たちに銃撃を加え始めた。あっちこっちで銃撃を受けた生徒たちの悲鳴が上がる。
 ハルヒもだんだん焦りだして、
「有希の言う空爆ってまだなの!?」
「もう少しだろ! 今はあいつを信じて待つしかない!」
 そう俺が怒鳴り返したときだった。何かのエンジン音みたいなものが銃声音の隙間から聞こえてくることに気がつく。
雲一つない満月の夜空を見上げると、飛行機が2機俺たちの頭上を飛んでいるのが目に入った。
満月とはいえ、さすがに夜ではシェルエットしか確認できないが、テレビとかでよく見る戦闘機に比べて、
主翼が直線にのびる翼で、尾翼の前にターボエンジンぽいものが2つ乗っかるようにある。なんだありゃ。
地球的デザイン+宇宙人的センスが混じったような変な機体だ。いや、でも今俺があれを見てなんなのか理解できないって事は、
敵が俺の頭の中にねじ込んだ知識の中にはないって事、つまり想定外のものが出現したって事だ。ざまあみやがれ。
 しばらくその変な飛行機は俺たちの上空を飛び回っていたが、いっこうに攻撃を開始しようとはしない。
 と、長門からの連絡が俺に入る。
『予定通り攻撃機の構築は完了した。しかし、問題が発生している』
「どうしたんだ?」
『あなたと涼宮ハルヒのいる位置と敵のいる位置の境界線が不明。このままではあなたたちを誤射する危険がある』
 そりゃ勘弁してほしいね。ここまで来て味方に吹っ飛ばされたら無念どころではすまないだろうからな。
『正確に言えば、あなたと涼宮ハルヒの位置は完全に確認している。この世界を構築した者の視認モードでは
涼宮ハルヒ本人とそれに関わりのある人間はどこでも捕捉できるようにされていた』
 なるほどな。だから、ハルヒも俺も今までろくな怪我もせずにいたってわけか。意図的に俺たちから狙いを外して。
そして、逆に殺害の時間が来たらきっちり確実に仕留めると。
『だから、あなたたちを誤って攻撃する可能性はない。しかし、その他の生徒たちは敵性戦闘物体と
認識レベルが同等になっている。今の情報制御状態では、それを判別することはできない。
地図から入手している情報で誤射の確率は限りなく低いが、ゼロにはならない状態』
「誤射する可能性はどのくらいあるんだ?」
 長門は考えているのかしばらく沈黙した後、
『3%以下』
「……そうか。ならやめておいたほうがいいな」
『やめてたほうがいい』
 俺はしばし考える。たかが3%とはいえ、それが見事的中してしまえばしゃれにならない事態だ。
ハルヒにかける精神的負担も今までの比ではない。わざわざ敵の目的に荷担するようなものである。
「まだ時間があるが、日が昇るまで待つってのはどうだ? それなら確認もしやすくなるはずだ」
『無理。敵性戦闘物体は攻勢を強めている。今のままではあなたたちは朝まで持たない。確実に全滅する』
 長門の言葉を証明するように俺の近くにいた生徒が銃撃を受けて倒れる。一体この数時間でどれだけの生徒がやられた?
ひょっとしたらもう俺とハルヒぐらいしかいないんじゃないか。どのみち、このままでは持たないのは確実だろう。
ならばどうにかして長門に攻撃位置を知らせる必要があるが、激戦状態の前線基地に来させるわけにもいかない。
「……待てよ。俺とハルヒの位置は確実に特定できるんだよな」
『そう』
 俺はぴんと来て、長門に作戦の概要を説明する。長門は少し考えるように黙った後、
『わかった。あなたに任せる』
 そう了承した。さてと、問題はハルヒだな。
「おいハルヒ」
「有希は何か言っていたの!? はやく、空爆でも何でも良いからやってくれないとこっちが持たないわ!」
 M14をひたすら撃ちまくりながらハルヒ。俺はとりあえず長門が攻撃できない理由を端的に説明してやる。
ハルヒは眉をひそめて、
「それじゃ仕方ないわね。あーうまくいかないもんだわ! また別の手を考えないと!」
「そこで一つ提案があるんだが」
「何よ?」
 ハルヒが疑惑の目を向ける。今までハルヒ総大将の意向を無視してやりたい放題だったおかげで
すっかり警戒されちまっているな。
「俺が敵の位置を知らせるために、敵の居場所につっこむ。そこで銃を上空に向けて長門に位置を知らせる。
そして、俺が戻った後に長門がそこにめがけて攻撃するってわけだ」
「ダメよ! ダメに決まっているじゃない!」
 やっぱり反対しやがった。
「どーしてもそれしかないってなら、あたしが行くわ! それならいいけど!」
 俺はいきり立って眉毛をつり上げるハルヒの頬をそっとなでてやると、
「お前は総大将だろう? ここにいて他の連中を守ってやる義務がある。こういう突撃役は俺みたいな下っ端の仕事さ。
心配すんなって。死ぬつもりはねぇよ。お前の援護次第だがな」
 俺の言葉にハルヒは口をへの字に曲げて抗議の表情を見せていたが、
「わ、わかったわよ……! 任せるからしっかりやりなさい! こっちもしっかり援護するから!」
 なんだかんだで了承するハルヒだ。他に方法がないことを理解しているのだろう。
 俺は無線機を背中に背負う。目的地に到着次第、長門に連絡しないとならないからな。
「ハルヒ! こっちはいつでもいいぞ!」
「わかったわ! いいみんな! 合図とともに一斉射撃よ。とはいってもでたらめに狙っても意味がないわ!
屋根の上とか窓とかにいる敵を確実に仕留めなさい! いいわね!」
 了解!と周りの生徒たちが返事する。頼もしいぜ。
「行くわよ――キョン行って!」
 ハルヒとその他生徒たちが一斉に前面の民家に向けて射撃を開始する。窓やら屋根やらにいたシェルエット野郎が
次々に飛散していった。それを確認すると俺は前線基地の建物から飛び出し、前方の住宅地帯に飛び込む。
 俺は叫びながらひたすら路地を突っ走った。とにかく、敵の注意をこっちに引きつけなけりゃならん。
そうすりゃ長門の空爆もやりやすくなるってもんだ。
 そこら中から放たれる銃弾を奇跡的にもかわし続け、俺は住宅地帯の真ん中あたりに到着し、
適当な民家の中に飛び込む。どたどたと中にいた敵が驚いて撃ちまくってくるが、俺は的確にそいつらを仕留める。
やれやれ、ずいぶん射撃もうまくなっち待ったもんだ。
 俺は敵がいなくなったのを確認すると無線機を取り、
「おい長門! 目的についたぞ。俺の位置は把握できているか?」
『問題ない。はっきりと確認できている』
「よかった。じゃあ、ハルヒのいる位置と俺のいる位置がわかるな? そこが味方のいる位置で、
俺が敵のいる位置だ――と!」
 また一人のシェルエット野郎が民家に乗り込んできたので射殺する。長居はまずい。
「ハルヒのいる位置から俺のいる位置の間は攻撃するな。敵はいるが味方に近すぎで誤射の可能性がある。
俺よりも北側ならどれだけ攻撃しても良い。派手にやってくれ!」
『わかった。即刻そこから涼宮ハルヒのいる位置まで戻って』
「言われんでもわかっているさ!」
 俺は無線を終了させると、外に飛び出そうとするが――
「うわっ!」
 俺は悲鳴を上げて、民家の中に逃げ戻った。何せ民家の窓、路地の陰から俺にAKを構えているシェルエット野郎が
見えたからだ。それも数十人規模で。ほどなくして、俺にめがけて乱射が開始される。
 必死に頭を抱えて室内の壁に身を寄せて、銃撃に耐えるもののこのままじゃいずれ民家内に侵入される!
「どっちみちかわらねぇなら……!」
 俺は無線を取り、
「長門! 俺の位置ははっきりとわかっているんだな!?」
『わかっている。だから早く逃げて』
「すまんが、今のままじゃ逃げられそうにねぇな。だから、俺に構わず撃て。といっても俺に当たらないようにな!」
『……危険すぎる。できない』
「いいからやれ! このままじゃやられるだけだ!」
『…………』
「おまえならできるさ。十分信頼できると思っている。だからやってくれ」
 長門はしばらく黙っていたが、やがて絞り出すような声で、
『わかった。今から空爆を実施する』
「ああ、悪いな」
『有希、待ちなさい!』
 突然割り込んできたのはハルヒの声だ。こいつ、盗み聞きしてやがったな・
『やめて有希! キョンが……キョンが死んじゃう!』
『大丈夫。当たらない。絶対に当てない』
『無理よ! こんな乱戦じゃ!』
「ハルヒ!」
 俺の一喝でハルヒの叫び声が止まる。
「……長門を信じてやれ」
 そう言ったが、ハルヒはこれ以上何も言ってこなかった。俺はそれを了承と受け取ると、
「長門、頼む」
『了解』
 長門からの返事とともに敵からの銃撃がやんだ。そして、一瞬辺りが静まりかえったと思いきや、
突然、耳をえぐるようなブオオオオという回転音ようなものが響く。
「――うおぁ!?」
 情けない声を上げてしまったが勘弁してくれ。何せ窓から見えていた隣の民家が根こそぎ吹っ飛ばされたんだからな。
爆弾じゃないぞ。何だ今のは!?
 疑問に思っている暇もなく、また同じ轟音が響き今度は別の民家が消し飛んだ。あれに当たったら12.7mmどころじゃない。
跡形もなく消し飛ぶぞ!
 しばらく長門の空爆らしき攻撃が続いたが、
『あなたの周辺の敵は一掃した。今の内に前線基地まで戻って』
「助かった。ありがとうな!」
 俺は長門に礼を言うと民家から飛び出して、
 ――愕然とした。何せ俺のいた民家の周りの家がことごとく木っ端みじんに粉砕されているからだ。
長門の奴、なんて容赦のないものを持ち出してくるんだ。
 しかし、それでも敵はしつこい。がれきになった民家の陰からしつこく銃撃を加えてきやがる。
俺はそれに撃ち返しつつ、前線基地に走り出す。見れば、また俺の頭上を1機のあの奇妙な飛行機が飛んでいった。
そして、息も切れ切れになりながら、ハルヒのいる建物に飛び込む。
 そのまま大の字で仰向けに酸素補給活動をしていたが、隣にハルヒが立っているのに気がついた。
ああ、あの眉間のしわ寄せ具合を見ればどれだけ頭に来ているのか、すぐわかるな。
「この――バカ!」
 ハルヒの罵倒がなぜか心地よかった。
 
◇◇◇◇
 
 さて、帰ってきたとはいえまだまだ戦闘は継続中だ。前線基地周辺にいる敵は長門の空爆対象外だからな。
こっちでつぶさなきゃならん。ちなみに空を飛ぶ攻撃機はしばらくガトリング砲らしきものを撃ちまくっていたが、
続けてミサイルやら爆弾の投下が開始された。
「その調子よ、有希! 徹底的にやっちゃって!」
『了解。しかし、補給が必要。攻撃機の入れ替えを行う』
 さすがに弾切れを起こしたのか、2機の攻撃機があさって方向に飛び去っていった――と思ったら、
今度は8機出現だ! 長門の奴、本気で容赦する気ねぇな。
『敵の新手が何かしてそちらに向かっているのを確認した。これから攻撃機の半数はそちらの迎撃に向かう』
「新手!? 今度はいったい何なのよ!」
『……確認した。T-72戦車数十両』
 長門の報告に顔を見合わせるハルヒと俺。やつら、切り札を残してやがったな。
「冗談じゃねえぞ。そんなもんがここに来られたら対抗手段がねえ」
『任せて、あなたたちのところへは一両も到達させないから』
 長門航空部隊の半数が北上し、ミサイルなどで敵の戦車部隊がいると思われる場所へ攻撃を開始した。
しかし、敵も猛烈な対空砲火で応戦を開始する。攻撃機と戦車のガチンコ勝負だ。身近でみたいとは思わないが、
かなり痛快なシチュエーションだろう。
「ちょっと有希大丈夫なの!? あんなに攻撃を受けたら撃ち落とされるんじゃ――」
『大丈夫。この機体は数十発程度の被弾では落ちない』
 長門、おまえ一体何を持ち出してきたんだ? とにかく、そっちは任せるぞ。
 俺たちはしつこく迫るシェルエット野郎に応戦を続ける。しかし、こっちの負傷者増大でもはや限界だ。
長門の空爆で敵の戦力は格段に落ちたが、それでもまだ向こうの方が有利だ。
増援がほしいがこれ以上は無理と来ている。
「ハルヒ! もう持たないぞ! どうするんだ!?」
「…………」
 ハルヒはあからさまに苦悩の表情を浮かべて迷っていた。学校まで戻るか、それともここで徹底抗戦か。
前者ならもう少し粘れるかもしれないが、学校への直接攻撃を許すことになる。
おまけにここにいる負傷者を回収するのは無理だ。置き去りにするしかなくなる。しかし、後者ではもう持たないのだ。
 と、そこでまた長門からの連絡が入る。
『そちらに新しい戦力を送った。3人ほど。操縦が可能な車両も供与してある』
 3人? 何でそんな中途半端な増援なんだ?
 しばらくすると猛スピードでジープぽい車両が俺たちの前に現れた。そして、その座席から現れたのは、
「森さん? それに新川さんも」
 ハルヒが素っ頓狂な声を上げる。そう現れたのは古泉と同じ「機関」なる組織にいる二人だ。
どうしてこんなところにいるんだ?
 そんな俺の疑問にも答えず、迷彩服に身を包んだ森さんは、
「救援としてやって参りました。古泉のことは聞いています。彼の代わりとしてあなたたちを援護します」
「短い付き合いになりますでしょうが、できるだけの事はしますので。指示をお願いできますかな」
 新川さんも同調する。いや、もう何でとかはどうでもいい。長門が何とかしたんだろということにしておこう。
とにかく、今は乗り切る方が最優先だ。ハルヒも特に深く追求するつもりはないらしく、
森さん新川さんにせっせと指示を出している。ところで、やってきた車両の銃座で12.7mm機関銃を撃ちまくっているのは誰だ?
 どうも女性らしいその人はさっきからハルヒの方をしきりに気にしつつ、近くにいなくなったことを確認してから
俺の方に手を振った――って、朝比奈さん(大)かあれ!
「キョンくん、こんにちわ」
 くいっとヘルメットを持ち上げて見せたその顔は間違いなく朝比奈さん(大)だった。
あの長い髪の毛をヘルメットの中にしまっているらしく、全然気がつかなかった。
「驚きました。だって、全然こんなことをやった覚えがないんですから」
「……どうやって、ここに来たんですか?」
「それは禁則事項です」
 とまあいつもの秘密主義者ぷりを発揮すると、また12.7mmを撃ちまくり始める。全く何がどうやっているのやら。
 北方での長門航空部隊と敵戦車部隊の死闘はさらに激しさを増しているらしい。
いつのまにやら10機以上に増大した攻撃機が爆撃を続けている。
 一方の俺たちは、何とか3人の増援を手にしたおかげで少しばかり――どころか圧倒的に状況が改善した。
特に森さんと新川さんがすごい。どこかで特別な訓練でも受けているのか、狙った獲物ははずさないモードだ。
次々と敵を打ち倒していくんで俺のやることがなくなったほどだ。ちなみに朝比奈さん(大)は
とにかく12.7mmを撃ちまくっているんだが、いっこうに敵に命中しないのはらしいと言ってしまって良いのかな?
 それから数時間、激闘が続く。眠気すら起きず、汗もだくだくで俺はひたすら撃ちまくった。
ハルヒも森さん、新川さん、朝比奈さん(大)、そしてその他の生徒たちも。
 そして、もうすぐ日が上がろうと空が黒から青に変わろうとしていたとき、
『敵性戦闘物体の完全消滅を確認。同時にこちらはUPDATEとDELETE権限を確保した。
もう攻撃してくるものは存在しない』
 長門から入った連絡。それを聞いたとたん、俺は力が抜けて座り込んでしまった。終わりか。やっと終わりなんだな。
 ハルヒもM14をほっぽり出して、地面に大の字になる。他の生徒たちもがっくりと力尽きたように座り込み始めた
「キョン、ねえキョン」
「何だ?」
「……終わったのよね」
「ああ、もう終わりだ」
「そう……」
 ハルヒは呆然言った。なんてこった。何かをやり遂げた後は大抵爽快感とか達成感とかが生まれるもんだと思っていたのに、
今の俺たちにはただ終わったという感想しか生まれてこなかった。ただ――虚しいだけだった。
 
◇◇◇◇
 
 学校が見える。何かやたらと懐かしく見える北高の見慣れた校門だ。
 俺たちは前線基地からようやく学校に戻って来れた。何せ、負傷者やらなんやらを担いでの移動だ。
さすがに時間がかかる。おっと、トラックを使わなかったのは、全員歩きたかった気分だからだ。特に深い理由はない。
 そして、そんなぼろぼろな俺たちを校門で迎えてくれたのは――
「キョンくーん!」
 真っ先に俺に抱きついてきたのは朝比奈さん(小)だ。俺に抱きついて泣きじゃくり始める。
「ふえっ……よかったです。古泉くんまで……死んじゃってキョンくんまで……ふえええ」
「何とか乗り切れましたよ。朝比奈さん」
 俺がいくら言葉をかけてもひたすら泣き続ける朝比奈さんだった。
 ふと、長門と喜緑さんがいることに気がつく。
「よう長門。助かってぜ。ありがとな」
「……そう」
 相変わらずリアクションの少ない奴だな。
「ところでだ。森さんや新川さんとあ――は何で突然この世界に出現したんだ? って、あの3人もういねえし!」
 振り返ってみれば、森さん、新川さん、朝比奈さん(大)の姿が完全になくなっていた。
まさか、あれは全部俺の妄想とかいうオチじゃないよな?
「あの3人は、この世界に入ろうと試みていた。だから、私が招き入れた。絶対的な人員不足を解消するためには、
少しでも人手が必要だったから」
 長門の淡々とした説明を聞く。全く風のように現れて、あっという間に去っていったな。昔のヒーロー番組かよ。
ま、おかげで乗り切れたからいいけどな。
 代わりに目に入ったのは、ふらふらと力なく歩く一人の人間――涼宮ハルヒだった。あの威勢のいい早歩きの面影もなく、
まるで水も食料もなく沙漠をさまよってはや数日な状態の歩き方だ。
「おいハルヒ。どこにいくんだよ」
「……ゴメン。一人にさせて」
 それだけ言うと、ハルヒは校庭の方に去っていってしまった。精神的負担は想像以上なのかもしれない。
その背中は真っ白になって力尽きてしまっている。大丈夫なのか?
「この空間から元の世界に帰還できるまでしばらく時間がかかる。今は負傷者の手当を優先すべき」
 長門の言葉に俺はうなずく。ハルヒのことも心配だが、今はけが人からなんとかしなきゃな。
 
◇◇◇◇
 
「飲んで」
 俺は長門から差し出されたペットボトルの水を飲みほす。
 すっかり日が高くなり大体負傷者の手当も終わった。死者117名、負傷者75名。
これが俺たちが出した最終的な犠牲者の統計だ。ようやくこれ以上数えなくて良くなったことはうれしいが、
これだけの生徒たちが傷ついたんだから、手放しで喜べるわけもなかった。
 校庭に降りる階段に座り込んでいる俺の隣では朝比奈さんがすーすー寝息を立てている。
何でもこの異常な世界に放り込まれてから、一睡もしていなかったらしい。
この狂気の世界じゃ眠る気にもなれなかったのだろう。
「で、いつになったら俺たちは元の世界に戻れるんだ?」
 俺の質問に長門は、
「もうすぐ。この世界との情報連結状態の解除が完了する。第1段階として、涼宮ハルヒたちに関わりの薄い生徒たちから
元の世界に帰還することになる」
 そう言いながら長門も俺の隣――朝比奈さんの反対側に座り込んだ。そして、続ける。
「それが完了次第、次に私たちが帰還を開始する。現在のところ問題ない」
「……犠牲になった生徒たちは?」
「問題ない。生命活動が停止した時点で元の世界へ帰還されていた。この世界で起こったことの記憶をすべて消去した上で」
「そうかい」
 俺はすっと空を見上げた。雲一つない快晴だ。この世界で唯一まともだったのはこの青空ぐらいだったな。
「結局、こんなばかげたことをしでかした奴の目的は何だったんだ?」
「はっきりとは不明。ただ、当初予想していたように涼宮ハルヒに対して精神的負荷をかけることが目的だったのは確実」
「やっぱりそうなんだろうな」
「相手のシナリオはこう。1日目は涼宮ハルヒに近い人間には手を出さず、関わりの薄い人間への攻撃を強める。
2日目午前、いったん危機的状態に追い込む。この時点で近い人間を殺害する」
「そりゃ鶴屋さんのことか? しかし、実際には鶴屋さんはハルヒの命令を無視して戦死してしまったけどな」
「そう。そのためある程度の軌道修正を加えたと思われる。だから、2日目午前の攻撃は規模が大きくなかった。
そして、午後あなたの生命活動を停止させない程度の負傷を追わせた後、古泉一樹を殺害する」
「……前線基地の最西端に俺が移動したのも敵の思惑通りだったてのか。全く陰険な連中だぜ。
んで、古泉は予定通りヘリごと撃ち落としたと。まるで敵の手のひらで踊っていただけじゃねえか」
 長門は少しだけ首を傾けて、
「仕方がない。主導権のすべてを握られていた。抗うことはまず不可能。その後、3日目朝にあなたたちを学校まで撤退させてから
戦車部隊で攻撃開始。そこで、朝比奈みくるとわたしが生命活動停止状態になる。
あとは、期限直前にあなたを殺害し、残るのは涼宮ハルヒ一人だけになるはずだった」
 後半はほとんど敵のシナリオ通りにならなかったな。長門が超パワー発動で戦車を片っ端から撃破してくれたし、
俺たちも森さん、新川さんの活躍で――ああ、朝比奈さん(大)もな――敵を打ち負かせた。
「長門さんが情報操作能力を取り戻すことは明らかに想定していなかったんですね」
 背後から聞こえてきたのは喜緑さんの声だ。長門は彼女に振り返ろうともせず、
「感謝している。一人では不可能だった」
「いえ、お互い様です」
 礼を言いながら決して顔を合わせないところを見ると、どうもこの二人には決定的な溝があるらしい。
今回の一件では共同戦線を取ったが、あくまでも利害が一致したという理由から何だろうな。
今後二人が衝突なんて言う事態にはなってほしくないんだが。
 と、喜緑さんが俺の前に立ち、
「そろそろ時間のようです」
 そう言って校庭で疲れ切って寝そべっている生徒たちを指さした。彼らはまるで原子分解されるかのごとく、
霧状に身体が飛散し始める。
「帰還の第1段階が始まった。これが終了次第、わたしたちが続くはず」
「はず?」
 長門の言葉に違和感を覚えた。まるでそうならない可能性が存在しているみたいじゃないか。
 そんな頭の上にはてなマークが浮かぶ俺に、喜緑さんはいつものにこにこ顔で、
「最後に一つだけ問題が出ているんです。それはひょっとしたらこの世界を構築した者の目的が達成しているという可能性です」
「んなバカな。長門や喜緑さんのおかげで敵のシナリオは完全に狂ったんだろ? さぞかし、敵もあわてただろうよ。
目的が何だったか知らんが、これじゃ完全にご破算に決まっているじゃないか」
 俺が抗議の声を上げると、今度は長門が立ち上がりながら、
「この世界から【彼ら】が去ったときに少しだけ意志を感じ取れた。間違いなく【彼ら】は目的達成を確信している」
「負け惜しみか、ただの強がりなんじゃねえか?」
 俺の反論に喜緑さんは首を振りながら、
「今、帰還の第1段階が終わりました。続いて第2段階に入ります。ですが」
「わたしたちは帰還プロセスが開始されているが、あなたには適用されていない」
 はっと気がついた。今、長門と喜緑さん、そして隣で寝息を立てている朝比奈さんは、
先ほどと同じように身体が霧状に飛散し始めていた。だが、俺の身体には全く変化がない。これはまさか……
「今、この世界の制御権限はわたしにはない。別の人間によって完全に制御下に置かれている」
 その長門の説明で俺は確信を持った。ハルヒだ。あいつが何かしでかしている。この後の及んで何を考えてやがるんだ――
「――そうか。そういうことか」
 俺は唐突に理解した。こんな最悪な世界を作り俺たちを放り込んだ連中の目的をだ。どこまでも陰険な奴らなんだよ……!
「あなたに賭ける」
 ちりちりと消えつつある長門はいつぞやと同じ事を言った。あの時は何の事やらさっぱりだったが、今ではわかる。
やらなきゃならんことをな。そして、それは俺の意志でもあるんだ。
 俺は隣で眠っている朝比奈さんを抱えると、長門に預け、
「朝比奈さんを頼む。それから元の世界に戻る過程で俺たちの記憶も消去されるんだろ?」
 俺の問いかけに長門はこくりとうなずく。
「それはありがたいね。こんなばかげた記憶なんて頼んででも消してもらいたいぐらいだったし。
あと、長門自身の記憶も消去されるのか?」
「する。ただし、帰還後に何らかの形で情報統合思念体よりここであったことの情報共有が行われる可能性がある。
それをわたしが拒否する権限はない」
「拒否しちまえよ。何よりもお前の意志を最優先に考えればいいさ」
「…………」
 長門は何も答えない。そんなに単純な話じゃないんだろうな。だが、聞きたくないことに対して耳をふさぐぐらいの権利は
認めてもらって当然だと思うぜ? ああ、それから、
「あと、万一元の世界に戻っても俺が違和感とか記憶の断片とかが残っていて、長門に何があったとか聞いていたら、
教えないでくれないか? ここの事を知って入ればの話だけどな。ま、俺がそう言っていたと言ったら、
そのときの俺も納得するだろ。こんなことは中途半端に知ってもつらくなるだけだからな」
「わかった。そうする」
 もう長門の身体は完全に消えようとしていた。そして、最後にかけられた言葉。
「また部室で」
 それだけ告げると、長門、朝比奈さん、喜緑さんは消滅した。
 全く、鶴屋さんはまた学校で。古泉はまた部室で。長門もまた部室で、か。
 俺は辺りを軽く見回して見たが、他には誰もいなかった。今この世界にいるのは俺と――
「ハルヒだけか。とりあえず、あいつを捜すとするかな」
 
◇◇◇◇
 
「ハルヒ」
 学校の屋上で呆然と立ちつくすハルヒを発見できたのは、学校探索を開始してから数十分後。
全く滅多に来ないような場所にいるもんだから見つけるのに時間がかかっちまった。
 俺の呼びかけにもハルヒは答えようともせず、こちらに背を向けてただ学校周辺を見ていた。
とにかく、こっちから近づくしかないな。
「なにやってんだよ」
 俺はハルヒの横に立つ。だが、ハルヒは顔を背けてしまった。屋上をなでる風が髪の毛を揺らした。
 しばらく、そのまま時間が過ぎた。ハルヒはたまにしゃくりあげるように肩を動かしていたが、
決してこちらに顔を向けようとはしない。俺は嘆息して、
「なあハルヒ。辛いことはたくさんあっとは思うが、もう終わったんだ。これ以上ここにいたって意味ないだろ?
とっとと元の世界に帰ってまたSOS団で楽しく――」
 俺が口を止めたのは、唐突にハルヒがこちらに顔を向けたからだ。それは――なんというか――
 
 ……なんてツラしてやがるんだ……
 
 絶句するしかなかった。ハルヒのこんな表情なんて見たこともなかった。言語なんぞで表現できるわけもない。
それほどまでに絶望的に染まった顔だった。
 くそっ……忌々しい。ああ忌々しいさ! こんなばかげた舞台を作り上げた奴らが勝利を確信するわけだ。
ハルヒのこんな顔を見れば誰だってそう思うさ。なんて事しやがったんだ!
 ハルヒはしきりに俺に向かって何かを言おうとしているようだった。しかし、言葉にならないのか、
何かの思いが口の動きを阻害しているのか、口を動かそうとしてはまた手で押さえるという動作を繰り返した。
そして、ようやく口にできた言葉は、
「……自分が許せない……」
 無理やりのどからひねり出した声。あまりに痛々しいそれは聞くだけでも苦痛を感じるほどだ。
だが、一つ言葉をはき出せたせいか、次々と口から声がこぼれ始める。
「死者117人。負傷者76人。これだけ犠牲を出しておきながらあたしは傷一つ負っていないなんて!
あたしは何で無傷なのよ……」
 ハルヒが背負ったのはSOS団のメンバーだけじゃない。クラスメイトの生徒どころか、この世界に放り込まれるまで
名前も顔も知らない生徒の命まで背負っていた。俺たちみたいに頭の中をいじくりまわされていたならさておき、
素のままだったハルヒが背負った重圧はどれほどのものだったのか。想像することすら適わない。
「最初はみんなを守れるって思っていた! でも途中から守りたいになって――そのうちできないんじゃないかとか、
何でこんな事やっているんだろうとか、最後には自分がバカみたいになってきて……!」
 ハルヒの独白に俺はただ黙って聞いていることしかできなかった。
「これだけの犠牲を出しておいて、元の世界に戻った後にどんな顔をしてみんなに会えばいいのよ!
できるわけないじゃない! あれだけ――あれだけ信頼してくれていたのにあたしは……あたしは!」
「ハルヒ」
 とっさに錯乱寸前のハルヒを抱きしめた。それはもう強く強くだ。
 俺自身も耐えられなかった。こんなに苦しむハルヒを見続けたくなかった。
 抱きしめてもハルヒは全く抵抗もしなかった。ただ俺に身を預けてしゃくり上げ続けている。
俺は落ち着かせるようにハルヒの背中をさすりながら、
「もういい。もういいんだ。終わったんだよ。全部終わりだ。こんな悪夢を見続ける必要なんてない。
いい加減、俺も疲れたしお前も疲れただろ? そろそろ目を覚まそうぜ。起きれば、また何もかも元通りさ。
こんなバカみたいな悪夢なんてすぐに忘れるほどに遊べばいい。不思議探索ツアーでも何でもしよう。
俺はまだまだSOS団の一員でいたいんだ」
 すっと俺とハルヒの身体が発光し始めた。そうだハルヒ、それでいい。帰ろう。またあの部室に。
「また……また、一緒に……」
「わかっている。もう何も言うな……」
 意識が暗転し始める。ようやく終わってくれる。この地獄の3日間が――
 
◇◇◇◇
 
 これを仕組んだ者の目的。それは涼宮ハルヒという人間を精神的に追いつめ、この世界に閉じこめること。
それもハルヒ自らがそう望むようにし向けることだったんだ。今まで閉鎖空間を作り出し、
その中であの化け物を暴れさせていた時は、ストレスを外側に向けていた。だから、何かを破壊するという行動になっていた。
だが、今回はじりじりとハルヒは追いつめられていった。世界や他人に絶望する前に、まず自分に絶望するようになった。
最後にハルヒがたどり着いた先は元の世界への帰還拒否。こんなダメで無能な自分のせいでたくさんの人が傷ついたのに、
どうして無傷な自分が帰れるのか。一体どんな顔をして仲間たちに顔を合わせればいいのか。
そんな考えに陥れば、誰だって帰りたくなくなるさ。
 その後に奴らが何を考えていたのか知りたくもないし、どっちみちもうわからないだろう。
 …………
 でもな、甘いんだよ。ハルヒが帰ってこないと困る人間だっているんだ。俺はまだハルヒと一緒にいたい。
あのときに味わったような喪失感は二度とご免だ。どんな手段を持ってもハルヒを連れて帰る。
 ――それが俺の意志だ。
 

 

 ~~エピローグへ~~


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