「ねぇ、いつものやってよ」
「おいおい、ここでかよ。人メチャクチャいるんだぞ」
ハルヒの言う《いつもの》とは、俺が抱き締めて、『好きだ』と言いキスをすることだ。
そう、俺はハルヒと付き合っている。今日で二か月目になる。
俺は「やれやれ」と言い、抱き締め、『好きだ』と言い、キスをした。
これをするといつでも満足そうにハルヒは微笑む。メチャクチャかわいくて、俺もハルヒが大好きなんだ。大好きなんだが……。

ハルヒは俺と付き合いだしてからは人が変わった。ほとんど怒ることもなくなり、ずっとベタベタしている。
しかし、付き合うってこんなものか?ケンカも、口論もせずにただベタベタするだけの関係。
幸せではある。だが、いつからか俺は嫌気も同時に覚えていた。
付き合い始めのあの頃はこんな風になるなんて思いもしなかったんだ……。
………
……



「あたし、精神病になっちゃった……。キョン、あたしと付き合って……ください」
そう言われたのは、朝のHR前だった。

部室に呼び出され何事かと思い行ってみると、いつもと違う態度だったハルヒに告白された。
俺もハルヒが好きだったから二つ返事でOKを出した。
二人で手を繋ぎながら教室に行き、休み時間も前後の席でどこにデートしに行こうとか、他愛のないことを話していた。
昼休みの昼食時間、ハルヒは教室で俺と一緒に食事を取るために、学食に行かないことにしたらしい。
「お前ら、今じゃ目も当てられないくらいのバカップルぶりだな」
俺とハルヒにちょっかいを出してくる唯一の人物、谷口だ。
「余計なお世話だ。お前は彼女すらいないくせに」
谷口は余裕の笑みを浮かべながら雑誌を手に取り、反論してきた。
「ほら、お前の星座の所を見てみろ。せいぜい頑張るこったな」
谷口が見せてきた雑誌の占いコーナー、俺の星座の所にはこんなことが書かれていた。
《今月に作った恋人とは長続きしない。告白をするならまだ、しばし待つべき》
俺はハルヒと顔を見合わせた後、二人で笑い、谷口に雑誌を突っ返した。
「バカ。今時こんな占いを信じてるのはお前くらいのもんだよ」
谷口はそれでも何かを言おうとしたが、ハルヒがそれを制した。
「心配ありがと、谷口。あたし達は大丈夫だから」
皮肉っぽく言われて、谷口はすぐに国木田の席へと飯を食いにいった。
お互いに好きで、俺達はすべてが上手くいっていると思えるくらいに恋人同士を満喫していた。
まだ、付き合うという行為が新鮮だったこの時まではな……。
………
……



ハルヒは今だって幸せを感じているのかもしれない。
しかし、少なくとも俺は《飽き》や、《マンネリ》というものを感じていた。
これらを感じ始めた頃は、『またすぐ近くに幸せが来るさ』などと言い聞かせて過ごしていた。

しかし少しずつ、ほんの少しずつだが俺の気持ちは冷めていっていたのだろうな。
ハルヒが俺に文句や無茶を言わなくなった。俺はそれを心地よく思い、慣れてしまった。
お互いに傷つくようなこと……ケンカや、口論などをめんどくさがって俺はしなかった。
今思うとそれがマンネリの原因だったのかもしれない。
《恋人》という形に収まって、ただベタベタしていただけの俺達。
そんな関係は俺の求める所ではなかったのだ。
付き合う前のハルヒ。無茶を言って、ぶっ飛んだことを俺達にさせて、ことあるごとに俺と口げんかをするハルヒを俺は好きだったんだ。
そんなあいつを取り戻すために、俺はある決意をした。

『ハルヒと、別れる』

俺は今でもハルヒのことが好きだ。恋人同士じゃなくなったとしても、あいつのことばかりを思うだろう。
それでも、今のハルヒと付き合っていくのはこりごりなんだ。
俺は団活が終わった後、部室でそのことを伝えることに決めた。
その結果いろんな奴に迷惑をかけるかもしれない。だが……それでも、俺はそうせずにはいられなかった。
我ながらわがままなやつだな……。


「おや、またですか。珍しいですね、あなたのポカで僕が勝つなんて」
古泉との将棋には身が入らなかった。これで3連敗目。
「キョンくん、なんか悩みごとですかぁ?はい、お茶のおかわりです」
朝比奈さんにでもわかるくらい、俺は悩んだ顔をしているのだろうか?
俺は今できるだけの笑顔でお礼を言って、お茶を一口含んだ。……そろそろか。
『パタン』と音を立てて長門が本を閉じた。

長門、古泉と部室を出て、今日は洗濯中で着替えていない朝比奈さんもそれに続いて俺とハルヒは二人になった。
「どしたの?早く帰りましょう」
ハルヒは心配そうに俺に声をかけてきた。俺の決意を揺らがす声、表情。
これ以上悩む前に、俺は別れを口にすることにした。
「ハルヒ。俺達……別れよう」
ハルヒは何を言われたのかわからないような表情をしていた。しばらくの沈黙の後、ハルヒは口を開いた。
「な、なん……で?嫌、嫌よ!あたし達あんなに幸せだったじゃない!」
目からは大粒の涙を零していた。自分でやったこととはいえ、好きな奴のこんな顔を見るのは辛い。
「やだ、やだよぉ……そんなこと言わないでよぉ……」
俺の胸に顔を埋めて、号泣しだしたハルヒを俺はしばらく、落ち着くまで抱き留めてやった。


「よく聞け、ハルヒ。ベタベタするだけが付き合うってことじゃないんだよ。愛の形って……愛し方ってもっと自由なもんなんだ」
泣きやんで、ぐちゃぐちゃな顔で佇むハルヒに俺はそう告げた。
「なによ……それ。全然わかんないよ……」

また泣き出しそうになっていた。あんまり泣いてるのを見ると俺の決意が鈍るから、早めに話を切り上げるようにした。
「お前ならいつか、俺がどんな関係を求めていたかに気付くさ」
「……それ、教えてよ。今すぐにでも直すから。別れたくないよ……」
「俺の口から言うのは簡単だ。だけど、お前が気付かなきゃ意味がないんだ……また、同じことになるからな」
とうとうハルヒは泣き出した。俺は鞄を持ち、ハルヒの頭をポンッと叩き呟いた。
「ごめんな」
一人で椅子に座ったまま泣き続けるハルヒを置いて、俺は部室を去って行った。
最近ではまったくなかった、一人で下る坂道は新鮮だった。
いつも隣りにいた奴が、今日からはいない。そう考えると多少のセンチメンタリズムを覚えたのか、涙が流れた。
なんだ俺。自分からフっといてかっこわりぃ……。


家に帰ってからも、ただ機械的に日常生活をこなし、ベッドに寝転んだ。
鳴るはずのない携帯を眺めて、時折センターに問い合わせては《0件》という表示を何度も見た。
少しもの寂しい時間。昨日までは無駄にハルヒとメールをやり取りしていた。
しかし、そんな生活を打ち切ったのは自分自身だ。俺は携帯を放り投げ、机に向かって提出課題を始めた。
ハルヒが二度と俺と喋らなくても仕方がない。誰かと付き合っても仕方がない。
ただ、俺はそれでも俺の言わんとすることをわかって、ハルヒが話しかけてくれると信じておこう。
「だからその日まで……さよならだ、幸せさんよ」
一人きりの部屋にそう呟くと、俺は黙々と作業に取り掛かっていった……。


それから一週間が経つ。
俺とハルヒは口をきくどころか、目線すら合わせなかった。

あいつは部室に来ることもなく一人で下校を続けて、俺はダラダラと部室に足を運び続けた。
古泉や朝比奈さんからはいろいろ言われた。しかし、何を言っても無駄な言い訳にしかならない気がするから黙り続けたまま、柄にも合わずに読書などしていた。
長門の本を閉じる音と共に部活を終え、皮肉にも慣れつつある一人での帰り道を下っていく。
家まで特に寄り道することもなく帰り、いつものように飯や風呂を終え、ベッドに寝転がって携帯を見た。
……やはり着信も、メールもなかった。
溜め息を一つついて、携帯を放り投げようとした時、着メロが流れ出した。
俺が一番好きな奴のためだけに設定した、あいつ専用の着メロ。
from《涼宮ハルヒ》
本文《明日、話があるから二人で会おうよ。12時にいつもの喫茶店ね》
明日は土曜日、俺はすぐさま了承のメールを送り、携帯を放り投げた。
どんな話をされるか見当もつかない。だが、それが何であれ俺はきちんと話を聞いてやろう。
それが、お互い幸せになれるような話なら尚更うれしいが……な。
俺は眠気に誘われるまま、瞼を閉じた……。

いろいろと思う所のある時の眠りは深くならないらしい。目を覚ました時はまだ暗く、時間は5時だった。
しかし、もう一度寝るのも億劫なので体を起こし、顔を洗い物思いに耽った。
俺とハルヒが今までにやった様々なこと。そんなことを思いだす時に先に頭に出て来るのはいつも、昔のハルヒだった。
しばらく物思いに耽った後、読み掛けの小説を読み、妹が来る前に部屋を脱出して朝飯を食べた。
平常心を装ってみてもどこか落ち着かない自分がいる。
いろいろなことを終わらせると、時間は10時をまわった。俺は歩いて出かけることにした。
いつもはすっ飛ばして流れる景色を今日はゆっくりと眺めながら歩いた。
道端の石ころを蹴飛ばし、道行く人に挨拶をして、ゆっくりと喫茶店へと向かった。

喫茶店についたのは11時20分だった。ハルヒはまだ来ていなかったから、先に中に入りコーヒーを頼んで待つことにした。
ブラックのコーヒーにミルクを入れる。ゆっくりとかき混ぜると白い渦を作った後に混じり合って茶色になった。

こんな風にゆっくりでいいからお互いを受け入れていくように言えばよかったのかもな……。
コーヒーとにらめっこしていると、客が入ってきて俺の向かいの席に座った。
「いくら見ても、コーヒーはコーヒーよ?」
ハルヒはそう言うと、店員にウーロン茶を頼んで俺の顔を直視した。
「……なんだよ、話って」
ハルヒに尋ねると、俺を直視していた目は逸れて、弱々しい顔になった。
「キョンにフラれてからいろんな本を読んだり、一人でずっと考えたりしたわ。……それでも、あんたがどんな関係を求めてるかなんてわかんなかった」
「そうか」
「それでも知りたかったからママに相談したら、あんたと同じこと言ったわ。自分で見つけなさいって」
なりふり構わずって感じだったらしい。様々な手を尽くして俺の言ったことを理解したかったということを言いたいのだろう。
「でも……もう、ダメ。なんにもわかんなくなっちゃった。どうすればいいのか教えてよぉ……」
頬を通る、一筋の涙。ハルヒはさっきまでの顔のまま泣き出した。
俺のためにここまで悩んでくれたハルヒ。今ならもう一度やり直して、きちんと付き合えるんじゃないかと思った俺は口を開いた。
「俺が求めていたのは、ありのままのお前と付き合うことだったんだ。ケンカもしない、俺の言うことに忠実なお前なんて俺の好きな《涼宮ハルヒ》じゃなかったんだよ」
ハルヒはハッとした表情を浮かべた後……少しずつ悲しみを顔にあらわした。
「なによ……それ。あたしが、あんたの為に優しくしようって思ってやってたことは……逆効果だったってことなの?」
ハルヒは俺の為に優しい人間を演じていたのか……。

「あんただってあたしの気持ちなんてわかって無いじゃない!あたしは付き合うまで強気な態度だったけど、ずっと……ずっと甘えたかったのよ!?」
「……なんだって?」
「あんたが自分の理想の関係にしようとしたように、あたしだって理想の関係にしようとしてたの!」
……俺はバカだ。ハルヒの理想の関係のことなんて聞かずに自分の理想ばかりを追い求めて、傷つけてしまった。
先にそれを聞いておけばお互いに少しずつ歩み寄ることだって出来たのに……。
「あんまりだよぉ……、あたしばっかり傷つけられて。あたしの気持ちだって考えなさいよぉっ!」
ハルヒは飲みかけのウーロン茶を俺にぶっかけた。……瞬間、パシンという乾いた音と共に俺はハルヒの頬をはたいた。
「あ……え?あ、あ……うわぁぁぁぁん!」
俺は机の上に二千円を置いて、ハルヒに目を当てずに店を出た。
畜生、俺だって泣きてぇよ。自分の過ちに気付いたんだからな。
お互いが求める理想の関係があまりに違いすぎた。それを話し合わないまま、わかり合ったつもりになっていたんだ。
そして今、心にもなくハルヒを叩いた。一方的に傷つけた俺が悪いのに……。
ぐちゃぐちゃになった思考を何も考えれない状態にするため、俺は走った。
自分の家までの道を、可能な限りの速さで。
……俺は馬鹿野郎だ。


ウーロン茶をかけられたのを風呂で洗い流し、俺はベッドに寝転んだ。
走って、風呂に入ると頭がスッキリして一つの結論が頭に出てきた。
『月曜日にハルヒに謝ってお互いに歩み寄ってやり直したいと言おう』
愛し方は自由だと言ったのは俺じゃないか。

ハルヒが自分を通そうとしたように、俺もまたハルヒに愛の形の押しつけをしていたんだ。
今なら、頭の冷えた今なら確実にわかり合える。……そんな気がする。
自分の中で結論を出し終えた俺は、今日の残った時間を消化し、眠りについた。
同じように日曜日もダラダラと過ごし、月曜日を迎えた……。

「行ってきます」
そう言って家を出ると門の前に北高の制服を着て、頭をポニーテールにしている女が立っていた。
「……遅い」
ハルヒは膨れっ面で俺を睨んだ。
「……わりぃ」
そう答えると、隣りに並んで歩き出した。
「一昨日はごめんな。……叩いちまってさ」
「ん~ん、あたしがウーロン茶かけたのが先だからさ」
ぎこちない会話が始まる。謝った後にすることは……。
「単刀直入に言おう。俺はお前と……やり直したい。もちろん二人できちんと話し合ってからな」
ハルヒは立ち止まった。惰性のまま俺が二歩程前に出た。
「あたし、甘えすぎないように努力するから。いつだって、あんたの好きな《涼宮ハルヒ》でいられるように努力するから……付き合お?」
「俺も愛の形の押しつけなんか二度としない。だから……二人で一緒に愛の形を作り出していこうぜ?」

ようやく……歩み寄れた。お互いに近付いて、わかりあうことが出来た。
長かったけど決して無駄ではなかった寄り道。それを思い、俺は今までで一番強くハルヒを抱き締めた。
「い、痛いよ……キョン」
「大好きだ、ハルヒ」
道行く小学生、中学生、高校生、大人……。様々な人間の目を無視して、俺はハルヒに強く、強くキスをした。
長いキス。息苦しくなったら口を離して、またつける。そんなことをしばらくの間繰り返した。
「も、もういいから!恥ずかしいから!」
ハルヒは慌てて俺から離れた。頬を赤らめている。
「すまん……が、これが今の俺の精一杯の愛の形だ」
「次……勝手にやったら罰金なんだからね?」
二人で相手に指摘されたことをぎこちなくこなした。
そう、俺達の恋愛なんてこんな風にゆっくりと進めて行けばいいさ。
どちらからともなく、手を握り合った。
お互いの存在を確認しあうように二人とも強く握って、学校に向かい歩いていった。
俺はもう二度とハルヒを離しはしないと心の中で誓い、手をつないで歩いたまま優しく、短いキスをした。


おわり

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