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俺は一人部室に佇んでいた。目の前には真っ白な何も描かれていないスケッチブックと、鉛筆。
終了式が終わった後に美術担当教員に呼び出された俺はこんなことを言われた。
「スケッチブックを最低5枚以上埋めてこい。じゃないと単位はやらんぞ」
俺の中学時代の美術の成績は《5》だった。しかし、高校に入りやる気のないまま美術の時間を睡眠に当てていたらこの様な不測の事態になってしまったのだ。
ともかく、こんな教科で単位を落としたとなるとハルヒに何を言われるかわかったもんでは無いので、真面目に絵を書くことにしたわけだ。
しかし、何を描こうか。どうせなら成績を上げるために少し難しいのを描きたいな……。
「な~に一人で青春感じてんのよっ!」
大きな声とともにドアの開く音がした。ハルヒがやってきた。
「……あれ?それって美術?」
「あぁ。全部寝てたから少し絵を描いて提出しないと単位やらないだとよ」
俺がそう言うと、ハルヒは顔色を変えて俺の顔の近くまで自分の顔を寄せて大声をだした。
「SOS団員ともあろうものが単位取れなかったら死刑だからねっ!」
死刑は困るし、単位が取れないのも困る。しかし何を描こうかね……。
ふと、目の前にいる最高の被写体に俺の目は釘付けになった。こいつらを描いてみるのもいいな。
その時、静かに部室が開いて長門が入ってきた。と同時にハルヒがなにか思いついた時の声。
「そうだ!キョン、あんた有希を描きなさいよ!有希の読書してる姿は描きやすいでしょ?」
同感である。ほとんどページをめくる動きしかしないので、かなり描きやすい。
「長門、お前を描かせてもらっていいか?」

「……いい」
いつもの短い会話を挟んだあと、俺は体を長門に向けて鉛筆を動かし始めた。
単色で表現できることには限りがあるが、俺は可能な限り長門らしさが出るように鉛筆を走らせた。
物静かで、それでいて力強い意志を持ったような長門が無表情に本を読み続けるさまを俺はスケッチブックに描いていった。


「よし、出来たぞ」
俺は誰にともなくそう言った。
「キョンくん……すごいです」
「まさかあなたにこんな才能があるとは思いませんでしたね」
俺は驚いて振り向くと、そこに朝比奈さんと古泉がスケッチブックを覗きこんでいた。……と同時に今度はハルヒにスケッチブックを奪われた。
「へぇ……すごいじゃない。あたしより上手い……?」
ハルヒに褒められるとは珍しい。やっと一つだけ勝てるものが出来たみたいだな。
ハルヒからスケッチブックを受け取り、ゆっくりと長門に手渡した。
「こんな感じだ。なかなかのもんだろ?」
ハードカバーを膝に乗せたまま、しばらく長門は絵を注視していた。
「……これ、もらっていい?」
遠慮がちに……とは言っても無表情だが、そう言われたので「提出した後な」と答えたら、また読書へと戻っていった。
「キョンくん、次わたしも描いてくださいっ!」
朝比奈さんもはしゃぎながら笑顔で言ってきた。
元よりそのつもりである。こんなにかわいい笑顔をしばらくの間見ておけるんだぜ?
やらないわけがないだろうが。
そんなこんなで朝比奈さんを描き、成り行き上で古泉を描いた所で長門が本を閉じた。時間か……まだハルヒを描いてないんだけどな。
そう思いながらも長門、古泉と次々に部室を去って行く。順序的にも次はハルヒだ。

正直に言って俺はハルヒを描きたい。好きだからとかそんな感情ではなく、本能的に描きたいのだ。
ドアに手をかけ、出て行こうとした瞬間、俺はハルヒを呼び止めた。
「なによ、早く帰るわよ」
「あ~……なんだ。その……お前の絵、描かせてくれないか?」
ハルヒは勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「ふっふ~ん、あたしの魅力に気付いて自分から描きたいって言い出したわけね。いいわ、描かせてあげる」
まぁ多少間違った部分はあるが、訂正するのも面倒なのでそのままにしておく。
「でも、ここ閉めるのに何処で描くのよ」
もっともだ。もう二度と上げることはないと思っていたが俺の部屋を使うしかないか。
その旨をハルヒに伝えると、少し上機嫌になりながら俺に早くしろと言いながら部室から出ていった。
朝比奈さんに別れの挨拶をして、すぐに俺もハルヒの後を追った。


「いいか、絶対に入ってくるんじゃないぞ」
妹に言い聞かせて部屋のドアを閉めた。
現在ハルヒと部屋に二人きり。なんとも言えない珍しい状況に緊張してるのか、二人とも特に会話をしなかった。
俺はハルヒに椅子に座るように言って、スケッチブックと鉛筆を準備してベッドに腰掛けた。
「ハルヒ、ちょっとだけ柔らかく微笑んでみてくれないか?少し堅いぞ」
冗談混じりにそう言うと、深呼吸を一つしてハルヒは微笑んだ。
自分で指示しときながら俺はしばらく見とれてしまった。朝比奈さんに優るとも劣らない笑顔だった。
「何してんの?早く描きなさいよ、ずっと笑ってるの疲れるんだからねっ!」
一瞬だけいつもの明るい笑顔になったあと、また柔らかく微笑んだハルヒを俺は描き始めた。
《黙ってればまともな少女》
このキャッチフレーズが似合うような絵を描きあげたが、どうも納得がいかない出来だった。

「あたしは好きだけどな、こんな雰囲気の絵もさ。まぁいいじゃない、どうせ学校の課題よ」
ハルヒにはそう言われたが、俺は学校の課題だということ以上に満足のいく絵を描くことに心が向いていた。
「頼む。あと一枚だけ描かせてくれないか?」
諦めきれないよな。いつものハルヒを描きたいのだということに気付いた俺は頭を下げた。
「……いいわよ。一枚って言わずにあんたが満足するまで描きなさいよ。何回でも笑ったげるからさっ!」
そう言った時の笑顔、これを俺は描こうと思い、ハルヒにはシャミセンと遊んでもらうことにした。
動いている顔を描くのは難しい。だから所々で出るハルヒの明るい満面の笑みを頭に焼き付けながら、ちょこちょこと描いていく。
明るい笑顔でとんでもないことを言い出す、俺の大好きなハルヒの絵を……。
「出来たぞ、ほれ」
ハルヒにスケッチブックを投げ渡して、ベッドに寝転がった。
あ~、疲れた。もうしばらくは鉛筆なんて握りたくねぇな……。
目の前に出てくるハルヒの顔。いつの間にか上から覗きこまれていた。
「……なんだよ」
「あ……いや、ほら。なんか……ありがと。あたしってこんな感じなのかな?なんか恥ずかしい……」
どうやら俺の描いた絵に対しての感想らしい。自分でも快心の一作だったため、非常に喜んでもらえてうれしいもんだ。
「あぁ、俺の中でのハルヒはこんな風にメチャクチャ笑顔が輝いてる女だ。恥ずかしがることなんかないぞ」
こんな月並みなセリフしか言えないが、それだけでよかった。
俺は描いた絵に全部の気持ちを込めていたからな。
「……提出したらあたしにもちょうだいね?命令なんだからねっ!」
どこかうれしそうにスケッチブックを抱き締めながらそう言ったハルヒの笑顔も、俺は脳内フォルダにきちんと納めた。



課題の提出も終わり、部室でだらけながらも朝比奈さんのお茶を啜っていた。
ハルヒはネットサーフィン、長門は読書、朝比奈さんは編み物、俺と古泉はボードゲームという相変わらずの日常が過ぎていた。
春休みなのに何故部室にいるのかと言うと、うれしいことにみんな俺の描いた絵を心待ちにしているらしい。
15時に取りに来いと言われているが、現在13時。
みんながこんなに楽しみにしてくれているとは本当にうれしい。
とりあえず今はこの日常を堪能しよう。俺は今この時がとても幸せな時間なのだから……。
なんて俺の日常はまだまだ平穏を迎えることは出来ないらしい。
15時になり、美術担当教員にスケッチブックを受け取りにいくと、唐突にこんなことを言われた。
「お前、今度のコンクールに出品しろ。たぶん学校一上手いからな。……そうすりゃ《5》を付けてやるぞ、やらないなら《1》だ」
なんて教師だ……。やるしかないじゃねぇか。
俺はわざとらしく、美術教師に聞こえるように言った。
「やれやれ」……と。


おわり
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