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「長門?!」


秋がこれから到来する季節に埋もれ始める今は11月9日。
そしてここはいつもの文芸部室と廊下の境目。ちなみに俺は一人でここに立ちつくしている――



放課後すぐに部室へ向かおうと教室を後にしたところ、古泉と朝比奈さんをサルベージしたハルヒにつかまり
消防の日を不本意ながら満喫させられていた。
しかし、119に書けたときのオペレーターが「救急ですか?火事ですか?」というテンプレートを寄越した時
「はい、火事です」「はい、救急です」と返答する自分を想像して、妙にナンセンスな気持ちになった。
古泉が事態の収拾に動いて、朝比奈さんは気絶したハルヒの横で賢明に声をかけ、俺のに回った役割は予想通りのものになった。
ハルヒの顔を赤色灯のように染め上げた、といえばよいか。まぁ、些末な出来事だ。詳しく語るまでもあるまいて。

ハルヒを保健室に運び、朝比奈さんがそれに付き添い、古泉は相変わらずバタバタと走り回っている。
「涼宮さんが落ち着いたら部室に向かいますから……キョンくんは先に部室にいっててください。女の子も色々と――」
俺もそこまで無粋じゃないし、方々走り回ったせいか少し疲れていたので、お言葉に甘えて一人で部室に向かった処で冒頭に至る。



――とりあえず、どう現状認識をしたらよいのだろうか。今日のイベント参加表を空欄にしていた長門が映る。
人は古きを学び新しきを知る、ギリシャの政治と現代の政治のうわべ的相違はすぐに戦争に至らずに対話し折衝することだ。
最近は例外が続いているようだが。ここは音便に会話をしてみようじゃないか。

なぁ、長門――声をかけると軽い会釈が作った5ミリの傾斜が夕の陽を反射させ、柔らかな猫っ毛と目元の物体を輝かせていた。

「……何」
いや、確かに俺も昔を思い出したりするし、時期的にもそんな季節だ。

「……大丈夫。今はあの時のバグを内包し、処理することが出来るようになってきた。理解できるが納得できない
情報は存在するがそういった情報の処理にも心地良さと感じるようになった。
私は私自身のアプローチでプロセスを構築していきたいと思っている。
他者の自律進化を妨げることなく未来を作っていきたい。私は負けず嫌いということも自覚した」

珍しくはっきりと心情を吐露したこいつに驚きつつ、大規模改編が行われていない事を確認し、とりあえず胸をなで下ろす。
しかし、普段であればこいつの口から成長の便りをもらえば素直に喜ぶのだが
俺の今の笑顔は、口に飛び込んでしまった虫を気の迷いからか味わおうと
してしまった瞬間の…いや、正直どうしたらいいのか分からないってことなのだが。

ただ、ハルヒの踏切での独白の時に俺がすれば良かった行動をする事にした。目の前に立って話しをしよう。
そして話を聞こうじゃないか。幸いながらここであれば、背中を追いかけて引き留める必要は無いからな。

「なぁ……いやええと、んーあーえー、ふぇぇ」
禁則か?!クソッ、よくよく考えたらかける言葉が見つからん。というか俺の中にある地球の辞書をいくら引いてもわからん。
ジーっという擬音すら聞こえてきそうな視線をこちらに向ける宇宙書庫。…普通につっこみ入れるか。
そうさ、人によって普通とか当たり前なんて違うんだよ。色々事情があるんですよ。
分からないってだけで他人を異常者扱いするなんざありえないんだよ。長門だってそうさ。

「長門、何で眼鏡……に類する何かをかけてるんだ?お前なら視力だろうかなんだろうがどうにでもできそうだが
いや、すまん。失礼な物言いだとは思うんだが、いや、聞きたいのはそこじゃなくてだな……」
そういや長門はなんで眼鏡をかけて生み出されたんだろう。いや今はそれより確認しなくては。お前を疑う分け
ではないんだが。よく考えたら改編されてたらこいつがそれを自覚しないだろう、と1人で戦々恐々としている所に
あまりに人間的な回答が帰ってきて、俺の口は、真空状態で空気を探すような仕草を始めた。




「……目が悪くなった」


―――――――嘘だろ?

「本当」


俺は疑った。全対有機生命体コンタクト用ヒューマノイドインターフェイスを。人類とは違う視覚能力か?
普段のこいつらは昆虫か?昆虫人間か?トンボとか、もしかして魚の目みたいな世界を観ているのか?
いやいや、待て待て待て。一応、有機生命体(人類)の性能を副次的に使って得られる情報も観察してるんじゃなかったか?
今日は宇宙能力Only Day?何故直さない。もしかしてそれがこいつらにとっての普通なのか?

「お前らは普段そういう視覚情報を捉えているのか?それでそんなものを付けて対応してるのか?」
「……不具合のある視覚に対して適切な処置を模索している。これは新鮮」
鮮度が良すぎて俺の頭の中で飛び跳ねまくってる。
いや、確かそういうものが目を良くする、なんていう雑誌の裏にでも載ってそうな信憑性のない話も記憶にあるが。
そうだ。一歩進もう。対話で得られなかったものを対象と共に実体験し、更に、会話する事で昇華させ獲得しよう。

「……飛び出さないだろう?」
「そうでもない」

「少しの間、貸してくれないか?」
「いい。是非体験するといい――」
音も立てずに立ち上がり俺の顔に不思議眼鏡をセットした。俺はこいつが首を傾げる前に首を傾げた。
俺に向かって少しつま先立ちになる長門の姿勢が端からどう見えるのか、なんて事は一切考えつかなかった。
今、目の前にある視界があまりにも……当然のものだったからだ。宇宙的要素0。

ただ青く、ただ赤かった。


しばらく考え込んだ俺は――俺は何をしているんだろう。
青と赤に染まった視界に朦朧としながら、どこからかもう一つ同じ眼鏡を取り出し装着した長門を呆然と見つめた。
「どう?」
どうと、言われましても。何も変わらないな。
「……そう?」
そうと、言葉を返して、俺はとりあえず自分の定位置に戻ることにした。眼鏡をそのままに。

てっきり、とんでもパワーの仕込みを想定していた俺は、肩すかしを食らうと同時に何故こんなアイテムを
嬉々として装備している長門のかと、頭を抱えざるを得なかった。


とその時だった。


ふいに頬の当たりに暖かい物が触れる感触があった。思わず手をそこに触れると何もない。
周りを見渡す間に二度三度と繰り返されたところで俺は気が付いた。
本に目を落としている長門の口元が何かをついばむ小鳥のように動いていることに。
そして、その小さな唇の動きに連動して俺への感触が伝わってくる事に。

飛び出すってまさかお前――

「長門」
「……………とびだす」

私は知りません、悪い事してません、みたいな顔して首を傾げちゃいけません。パパは分かってますよ。ああでも
これがあれば朝比奈さんに――ロクデナシまっしぐらな妄想を振り払い長門の便利道具を無効化させることにした。
これもこいつの成長の一途なんだろうと少し満足感を覚えた自分が微笑ましかった。

たまになら……いいかもな。インチキも。

この後、無効化の方法がナノマシンの注入以外無いと言い張る長門が
俺の静止を振り切って、目の前まで幽霊のような足取りで近づくやいなや
本日2度目のつま先立ちをしたとき、先程の失念を恥じ、必要以上に赤面しているところに非常にまずいタイミングで
躍り込んできた人間がいた。いや3人一緒だった――


修羅場を予想したが、俺達がハルヒに振り向いた瞬間にで大爆笑された事、長門に眼鏡が必要だとフォローしたこと
ですんなりとその場は収まった。
どこから取り出したのか分からない、あちこち向いて大小入り乱れているCマークと
明らかに手書と分かる大きさの違う文字のたくさん描かれた用紙と、保健室から盗んできたであろう
「黒いアレ」で、視力測定会が始まった。長門が「アレ」の使い方が分からずに、カレーを食べる素振りをしきり
に見せていたが、その仕草の誘惑に負けた朝比奈さんとハルヒが長門に抱きついたあたりで
本日はお開き――とはならなかった。


鷹揚な態度ひとしきりの団長様が、土曜日の探索の際に、先程の立体眼鏡の装着を義務付け
朝比奈さんが未来に視力検査を受けに行くからと言って泣きながら拒絶し、古泉もそこに便乗して逃走するかのように
「朝比奈さん、いつぞやのカラーコンタクトはお似合いでしたねぇ、よろしければ僕も……」
と明らかに隙だらけの台詞を吐きながら笑顔を引きつらせていた。

俺はその横で、はじける太陽のように笑顔を振りまくハルヒから目を逸らしつつ
その当日に黒いサインペンを持参して、この忌々しい眼鏡をサングラスよろしく塗りつぶしてやろうと思惑するのであった。

今思えばこれは長門なりのネタ振りだったんだろうか。
もう一度眼鏡をかけようと思ったんだろうか。それとも、俺が今日ここへ来る前の顛末を、やっぱり観ていたんだろうか。
負けず嫌い……か。やっぱ俺のせいだよな。詫び以外の行動を考えなきゃまずいよな。



「おや?そこまでして太陽を眺めたいとおっしゃるのですか――」

ハルヒ、次の探索は眼鏡でいこう。無いなら眼鏡を買おう。全員眼鏡だ。眼鏡でいい。少しお洒落な普通の眼鏡で。

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