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コンコン。
俺は心臓が飛び出る程驚いて、飛び起きた。今、夜の11時だぞ?
そんな時間に窓からノックされたら、悲鳴をあげるやつがいたっておかしくない。

いや冷静に考えろ俺。こんな時間に窓をノックできるやつがいるとすれば……

「長門か?」

これで亡霊とかだったらどうしようか?
俺の人生、悔い残りまくりだぞ。そんなのが出て喜ぶのはウチの団長様くらいなんだ。
わざわざよりにもよって、俺のところに出なくてもいいだろう?



俺は、意を決してカーテンをひいた。

──窓の外には、小柄で灰色のショートカットが立っていた。
今日はカーキ色のトレンチコートに黒スカート姿だ。小さな黒いポーチを肩に下げている。
頭がフラフラするが、できるだけ平然を装い、窓を開けてやった。

「よぅ、どうした?」
「お見舞い」

そう言った長門の顔には、風邪特有の雰囲気はなく、いつもの無表情に戻っていた。
「お前はもう、すっかり風邪治ったみたいだな、よかったな」

コクンとうなづいたのを見て、とりあえず部屋に招き入れる。

「今度は俺が風邪ひいちまってな、情けない話だ」
「わたしが、うつしたかもしれない」
「なにがだ?」
「わたしの不手際」

ひょっとして俺の風邪に責任感じてるのか??なら気にすることないぞ?
勝手に俺がひいただけだしな。
勉強机の椅子をひいて、座るように促す。

長門はそこにちょこんと座ると、早速ポーチから何か取り出した。
なんだそれは?
「冷えピタ」

……これまた驚きだな。この間、朝比奈さんに張られて、気にいったのか?
長門は俺の前髪を片手でひょいっと上げ、丁寧に張ってくれた。
おでこがひんやりとする。

「ありがとよ、長門」
「お礼ならいい、気にしないで」

──しばしの沈黙、うーむ、何か話題を出さんとな。

「今日のSOS団はどうだった?ハルヒがまた無茶言わなかったか?」
「涼宮ハルヒは今日学校が終わってすぐ帰った。問題ない」

あいつ部室にも顔出さずに来たのか。
「そう。張り紙が張ってあった」
本日自主休日とか書かれたアレの事だな。

「じゃあ今日は誰とも会ってないのか?」
「部室に朝比奈みくるがいた。2人でお茶を飲んですぐ帰った」

そうか、古泉はこなかったんだな。またアルバイトか?

「……最近はどうなんだ?お前のハルヒ観察とやらは」
「特に大きな出来事はない。現状維持が最優先」
「そうか」
「そう」

いいぞ長門。そのまま普通の高校生活を送ってくれ。

「コンピ研のほうはどうだ?たまにハルヒがなんだかんだと邪魔しに行ってるみたいだが」
「……」

返事が返ってこない。気がつくと長門は、下を向いていた。どうしたってんだ?

「…あなたはいつも……」
ん?なんか言ったか長門?
「ぁの人のことばかり……」
おーい?長門?声が小さくて、よく聞こえんのだが。
「やっぱり……」


足の上に組んだ両手を見ているのか、こちらから顔は見えない。
「どうした?長門?」
「……」

俺、マズい事言っちまったかね?
静寂が空間を支配する。見舞いに来てもらったのに、気の利いたこと1つも言えない
自分に少し腹が立ってきた。
……なんか、空気が重い。

ここ、俺の部屋のはずだよな?

──そのまま何分経っただろうか?
長門はフイに椅子から立ち上がり、こう言った。

「あなたの風邪を、治す」
できるのか?そんな事。お前の力で。

小さくうなづく長門。やれやれ古泉、お前の予想は外れたな、ざまぁみろとでも言うべきか。
コイツの宇宙的力はまだまだ健在のようだぞ。

「ただ──」
なんだ?
「少し痛みを伴うかもしれない」
うげぇ、マジかよ。このいまいましい風邪が治るのはとてもステキな提案だが、
あまり痛いのも勘弁だぜ?

「大丈夫、そこまでの痛みはない」

もしかして、前にやった、ナノマシン注入ってやつか?
あれは痛くはなかったんだがな。自分が全然理解不能なものを、
何かあるたびに身体の中に入れるってのも、あまり気分のいいものじゃない。
インフルエンザの注射じゃあるまいし。

「あれは時空改変からの対抗処置。特別」
「そうなのか、それじゃぜひ、よろしく頼む」

「じゃあ──」

と言ったまま、少し間を置く長門。
俺はどうすればいいんだろうかね。

「目を閉じて」
長門の大きな瞳が真っ直ぐこちらを向いていた。


……気のせいだろうか、俺の目が風邪のせいでおかしくなっていなければだが、
その大きな瞳の中には、悲しさと、あと寂しさ、そういう感情がこもっているような気がする。

「わかった」

気になったが、俺は何も聞かないことにした。
なぜかって?それは、なんというか、言いにくいのだが、長門の目を見ていると
聞いてはいけない気がしたから、とでも言うべきか。


俺はベッドの上に長門と向き合うように座り、言われるままに目を閉じた。
どうやるのかよくわからんが、あの三十倍早口をまた聞くことになるんだろうかね?

また静寂が部屋を支配する。視覚がなくなり、代わりに聴覚が研ぎ澄まされているので、
長門がこちらに近づいてきているのだろう、足音が聞こえる。
そして、俺の前でピタッと止まった。
時計の針が動くわずかな音が、チッチッといつにもまして大きく聞こえる。



──不意に、そっと俺の両頬に、小さくて温かいものが触れて来た。
なんだ?見えないから少し不安になってくる。
……ひょっとして長門の両手か?やっぱり小さいな、お前の手。

そう思った瞬間──


なにか、やわらかくて、でも温かい、小さな物が俺の唇に触れた。


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