──驚いた。
なんでお前が昨日の俺と長門の事を知っている?


俺の心臓がドクン、ドクン、と大きく高鳴っているのがわかる。

「答えなさいよ」

あくまで俺に視線を向けず、ハルヒは俺を急かすように言った。

「……あいつの風邪がひどくなってたんでな。病院に連れて行っただけさ」
「なんで私達を呼ばないのよ!?」

ハルヒの声に怒りの感情が篭っているのがわかる。ここは冷静に答えないとな。
いや、俺としてはどこで見られたのかがすごく気になっているんだが。

「お前、昨日用事あるって言ってたじゃないか、だからだ」
「みくるちゃんも古泉君もいるでしょうが。なんであんた1人で行く必要があるの?」
「病人の家に、毎日大勢で押しかけるもんじゃないだろう?」
「……」

ハルヒは黙り込んでしまった。しばしの沈黙。
そのまま前を歩き続ける。いつかの朝倉の家を訪ねた時のようだね。

コイツがどこまで歩いても、前回使った、帰ってもいいか? は言えないな、とか考えていると

「──あんたさ」
ん?


「有希のこと、好きなの?」

いつしかハルヒは俺に、矢のような目を向けていた。

なんでそうなるんだ?そりゃ、嫌いなわけはない。
好きか嫌いかで言われれば、もちろん前者だ。しかし、しかし、だ。

「何よ!? 言えないの!?」

ちくしょう、お前にそういうことを言われるとなぜか無性に腹が立つ。

「そういうんじゃないだろ!?それに、俺は──」
「なによ?」

ふと我に返る。
「いや、なんでもない」

……俺は、何を言おうとしたのだろうか?

「言いかけてやめるわけ?」
「とにかく。病院連れて行っただけだ、あとはなにもねーよ」
「うそ。じゃあ2人で楽しそうに手を繋いでたのは?」

くっ、やはりそこを見られていたか。それにしても、だ。
楽しそうにだと?あれは長門が歩くのも辛そうだったから、手を貸してただけだ。

「有希はまんざらでもなさそうだったわよ?」

そんなはずはない! あいつは立ってるのも精一杯だったはずだ。
だいたい、最初からそんなつもりで繋いでたわけじゃない。

「じゃあ詳しく昨日の事を洗いざらい話しなさいよっ!」

なんでだ? どうしてこんな熱くなっちまうんだ?
どうして冷静に返さない!? 落ち着け! 俺!!

「──ああ、かまわんぞ」

そう言うと、ハルヒは周囲をキョロキョロし始めた。落ち着いて話せる場所を探しているらしい。
また、ずんずんと前を歩き出す。

結局ハルヒが街外れの喫茶店を見つけるまで、俺達は一言もしゃべらなかった。
なんでこんなギクシャクしちまってるんだろうね。


先週、こうやって2人で歩いてた時は、あんなに楽しかったのにな───

「朝と比べ、あまり顔色がよろしくないようですが、何かあったんですか?
よろしかったら相談にのりますが」

あの後、ハルヒに昨日のことを詳しく話し、集合場所に赴いた。
ハルヒは、俺の話を聞いてもまだ納得いってないような表情をずっとしていた。

ファーストフード店での恒例の楊枝くじの結果、午後は俺と古泉と長門の3人になった。
図書館に行くことになったのだが、その道すがら、今のセリフを古泉に言われたってわけだ。

お前が気にしてるのは、本当は俺ではなくて、どうせハルヒの機嫌なんだろうがな。
まぁいい、図書館に着いたら話してやろう。1人じゃどうにも考え込んでしまってよくない。

「そうですか。その時はあなたの気持ちが少しでも晴れるよう、努力させていただきます」

ほぅ。その調子で将来カウンセラーにでもなればいいさ。
「それもいいかもしれませんね」

などとくだらない冗談を言いあっているうちに、図書館に着いた。
ずっと俺達の前を歩いていた長門は、俺達が中に入る頃には
どこに行ったか、もうわからなくなってしまっていた。

「それじゃ外で話すぜ。少し長い話になるし、なにより図書館で会話はマズイからな」
「わかりました。缶コーヒーでも飲みながら、じっくり聞かせていただきましょう」 

そのまま踵を返し、図書館の外の自販機コーナーに俺達は移動した。
120円を投入口に入れながら、俺は話を始めた。

古泉は、この時ばかりは真剣な顔で、黙って聞いていてくれた。
礼を言っておくよ古泉。心の中だけでな。

………

……




「そうですか、そんな事が」
「ちゃんと何をしたかも話したんだが、まだどこかギクシャクしちまっててな」

いつの間にかいつもの笑顔になった古泉は、
「なぜ、まだギクシャクしていると、感じるんですか?」

決まっているだろ、ハルヒの機嫌が悪いからだ。
「では、どうしてまだ、涼宮さんの機嫌が悪いとお考えですか?」

……それがわからんからお前に話したんだ。
「なるほど。そういうことですか」

古泉は右手の人差し指で、前髪をピンとはねてから
「ではもう1つ質問させていただきますね?」

ああ、この際だからなんでも言え。
そう言うと、古泉は真顔になり、真剣な目をこちらに向けた。

「長門さんが好きかどうかについての質問をされた時、
あなたは涼宮さんに、何を言おうとしていたんですか?」

ハッとした。

古泉は無言で、俺の返事を促している。


……わからん。今、自分の心に訪ねても、わからんとしか本当に返ってこないんだ。

「──涼宮さんは、ひょっとしたら、それが聞きたかったのかもしれませんね。
それを、あなたはなぜか『なんでもない』とごまかした。
自分に言えない何かがあるんじゃないのか、そう思ってもおかしくはありません」

今度は肩をすくめながら
「と言っても、所詮は僕の憶測にしかすぎませんので、真実はわかりませんが」

そうか、ありがとよ、古泉。
あ、くそ。思わずありがとうって言っちまった。

「いえ、僕もあなたの心情の吐露を聞かせて頂けるくらい
あなたの信頼を得たのかと思うと、嬉しい限りですよ」

それはそれは、出世できてよかったな。
「憶測ついでに、もう1つ聞いていただきたいことがあるんですが」

時間はあるし、かまわんぞ、今なら聞いてやる。

「昨日、一昨日と、長門さんは風邪をひいていましたよね。
彼女の場合、本当に僕達と同じように、風邪などひくのでしょうか?」

また長門の風邪の話か。今日はよくこの話題が出るな。俺といいハルヒといいコイツといい。

「空間の修復は実際に見せていただいたので間違いないですが、
その気になれば自己修復すら一瞬でできるのではないかと僕は思うのですが」

その場面は俺自身がこの目で見たな。それは口には出さんが。


「逆に考えると、その自己修復すらできない、つまり、ひくはずのない風邪をひくほど
彼女の宇宙人的力が弱まっているのかもしれないということになります。
または、僕達の知らないところでその力を使っていて、自分の体調にまで
それを回すことができなかったか──」

なるほどな、長門なら平然とそのくらいは黙ってやりそうだ。
図書館を出たら、それとなく聞いてみようか?

しかし古泉の語りはそこで止まらず、さらに続きがあった。

「あと思いつくとすれば…」

一呼吸おき、また俺の目を見て古泉は続けた。

「長門さんは最初から、風邪などひいていなかったのではないか」

──それはないだろう。長門が仮病など使う理由などどこにもない。

古泉は、はぁ~っと大きなため息をついた後、少し呆れたような顔をして

「やはり、あなたはかなり、鈍感な方のようですね」

空を見上げながら、小さな声でそう言った。



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