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9月11日

いつものように朝が訪れる。
朝比奈さん(長門)が言っていた元に戻せるようになる時まであと24時間を切った。

俺は鏡の前で最高の笑顔を作ってみた。
鏡に写る例の古泉スマイルともようやく今日でお別れである。

天候は快晴。
この調子なら今夜の満月はきっと綺麗なことだろう。
俺は軽快なステップで学校へと続く長い坂道を登っていった。

昼休み。
いつものように古泉(俺)の周りに集まる女子の群れ。
当然今日も俺は弁当など用意していない。
だが食いきれないほどの昼食が俺の目の前にある。
なんで古泉がこんなにモテるのかは知らないが、
これは古泉が特定の彼女を作っていないことも原因の1つであろうだろう。
谷口にこの状況を分けてやりたいぜ。


特に何事もなく時間は過ぎていった。
俺は古泉として振舞うことにもうそれほどの苦痛を感じていなかった。
もうこれで最後と思えばこそ最後くらいより古泉らしく演じてみようという気にもなっていたからだ。

放課後──。
部室に委員長を連れていき今日参加するメンバーを待った。
長門(古泉)、朝比奈さん(長門)、鶴屋さんが来て、
最後にハルヒ、俺(朝比奈さん)の後から
谷口、国木田までついてきた。
「す、すいません……どうしても来たいって言ってたので……」
俺(朝比奈さん)がとてもすまなそうに委員長に謝っていた。
「いえいえ、お友達の方もぜひ一緒に来て下さい。
人数が多い方がきっと楽しいでしょうから」
委員長の人の良さには頭が下がる。
「あら、あなたがわたしたちSOS団を今日のパーティーに招待してくれた子?
でかしたわ! じゃんじゃんお呼ばれしてあげるわ!」
ハルヒは遠慮というものを知らないのか、
初対面の委員長の頭をなでなでしながら喜んでいた。

「いや~、朝比奈さん今日の制服も素敵ですね。
あ、僕谷口です。いつぞやの野球大会のときのことは覚えていますか?
そう、あのとき貴重なホームランを打ったあの谷口です!」
朝比奈さん(長門)は少しだけ谷口の方を向いたが、
何も得るものがないと判断したか、完全無視という選択肢を選んだ。

「ちょっとキョン。
わたしたちはこれから浴衣に着替えるからあんた達は外に出てなさい」
ん……お、おい!
長門(古泉)! お前もまさか一緒に着替えるとかいうんじゃないだろうな!
「あったりまえでしょ。 みんなで着なきゃ着付けるのも難しいんだからね」
そうじゃない……その長門の中身は古泉なんだ……
ハルヒは俺達男供を投げるように追い出した。

「おわーっ! 相変わらずみくるのおっぱいすっごいねぇ~。
こんなに大きくしていったい地球をどうするつもりさ~?」
「……」
「こらー有希! なんでそんな端っこで着替えてるの!
もっとこっちで着替えなさいってっば!」
「え、いや……わたしはここでいい……、あ、ダメ。
ちょ、じ、自分でやる……自分でやるから……」

官能的なやりとりが扉の向こうで繰り広げられているのを、
谷口がじっと耳を凝らしながら聞いていた。
俺もひそかに聞き耳を立てていたのは別に男として自然なことだろう。

「じゃーん! どう?」
数分後、浴衣姿でハルヒが登場した。
「とてもお似合いですよ」
別にお世辞ではない。
ハルヒの浴衣はつい先日の夏休みのときの物であった。
鶴屋さんの浴衣もスレンダーな体にピタッと合っていてこれまた絶品である。
委員長の浴衣も質素な色合いでありながらよく持ち主を引き立てている。
いかにも和服美人といった様相でお似合いである。
長門(古泉)の顔がかなりのニヤケ面で固まっている。
さすがの古泉でも応えたか。
この話はあとで詳しく取り調べさせていただこうか。

「月見といったら浴衣よね。
でも月見には餅つきをするウサギさんも欠かせない要素だと思うの」
そう言われて最後に現れた朝比奈さん(長門)だけは
なんとバニーガール姿である。
「………」
朝比奈さん(長門)は自分の大きく開いた胸元のあたりがスースーするのを気にしている様子である。
「うおぉぉぉぉ~~!」
谷口の鼻の下がみるみるうちに伸びていった。

「うぅぅ~……」
俺(朝比奈さん)だけが何か言いたそうにしていた。
これから委員長の家まで歩いていくのにその格好はないだろ……
でも……正直たまりません。

それにしてもハルヒが大きな2つの袋を持っているのが気になった。
「涼宮さん、その2つの袋はいったい……? もう片方はさっき着ていた制服でしょうけど」
「ああ、これ? これはね、うっふっふっふ……内緒よ! 気にしないで。
それでは…レッツゴーーー!!」
「お、おー……」

案内された委員長の家はそれはそれはわかりやすいくらいの大金持ちって感じの家であった。
庭は俺ん家が200個くらい入りそうなほどでかく、
広大な池の中には100匹ほどの色とりどりの錦鯉が泳いでいた。
遠くに見える洋風の屋敷もなかなか壮大な雰囲気である。
なるほど、これならパーティー会場にはもってこいといった感じだ。

一瞬たじろぐメンバーたちを尻目に、
ハルヒと鶴屋さんはいかにも自分の家のようにスタスタと中へ入っていった。
なんであなたたちはこんな屋敷に無料で招待されて平気な顔が出来るんだ。
それに呼ばれたのは古泉(俺)だろうが!
それを差し置いて入るなっつの。

でっかい洋間に通された俺達ではあったが、
まだ夜までは時間が少しあった。
俺達はゲームをしたり、
パーティー用の食事を作るのを手伝ったりして時を過ごした。

「……そして、こうしてピンポン玉くらいの大きさに丸めるんです」
委員長に習いながらみんなでお月見団子を作ってみたりもした。

ハルヒはごつくてデカいだんごを作り、
朝比奈さん(長門)は完全に均一性の取れたまんまるのおだんごを作った。
俺(朝比奈さん)は小さくてかわいいおだんご。
長門(古泉)は普通のただの丸いおだんご。
鶴屋さんは一つ一つのおだんごをウサギさんやらネコさんやらの形にしていた。

みんなで無計画につくるもんだから
形もバラバラでとんでもない数のおだんごになった。
どうやったら食べ切れるんだろうか。

そして全部の準備が整って、
空に満月が浮かんだのを確認していよいよパーティーが始まった。
庭に置かれた大小のテーブルの上には豪華絢爛、
目を奪わんばかりの食事が所狭しと並べられていた。
「じゃあ、みなさんどうぞごゆっくりご自由にお楽しみください」
委員長の一声と共にいっせいにみんなが料理へと飛びついた。

まず長門(古泉)が手始めとして場を盛り上げると言い出した。

長門(古泉)はコインマジックを披露した。
長テーブルの上にコップを置いてその中にコインを二枚入れる。
その上からさらにコップをかぶせ、上から布で覆いつくす。
長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、
「……物質転送完了」
の声と共に布とコップを1回転させ、布をはずすと……
なんと2つに重ねられたコップの上の段と下の段に1枚ずつのコインが入っている。
コインが一枚上のコップの中へと移動しているのだ。
「すっごーい!
有希って実は超能力者か宇宙人!?」
ハルヒは素直に感動して大きな拍手をしていた。
よくある手品なんだろうが、俺もどういう仕掛けになっているのかわからないのでこれは素直に凄いと思った。

次の手品はスプーンマジックだった。
ハルヒにスプーンを持たせ、その上から布をかぶせる。
また長門(古泉)が口元でボソボソと呪文を唱え、
「……マッガーレ!」
の声と共に布を取るとハルヒの持っていたスプーンが手も触れていないのにくにゃりと曲がっていた。
「すごぉっ!!」
会場にいたみんなが拍手喝さいを長門(古泉)に送った。
俺(朝比奈さん)が手品に使った布を何度も裏返しながら不思議そうな顔をしていた。

谷口と国木田のくだらない即席漫才を聞きながら、
少し落ち着いた場の空気を尻目に朝比奈さん(長門)が俺のそばで問いかけてきた。
「今回の涼宮ハルヒの行動の意味がわからない。
食事を取らなければ人は死んでしまうと聞いている」
昨日までのハルヒのダイエットのことだろう。
「わたしも食事という形でわざわざ栄養を取る必要は無いが、
人間の生活形態にあわせていつも食事をとることにしている。
少なすぎるといけないから体の容量よりも常に多めに取っている。
それなのになぜ涼宮ハルヒはわざわざ食事を制限していたのか」
「ハルヒはな……痩せたかったんだよ」
「だからそれはなぜ?
痩せるということは飢えるということ。
彼女にとって得るものは何も無い。
それに彼女の体型は人種の平均値から見ても痩せ型といえる。
なぜ?」

うーん、なぜって言われてもな。
俺にはわからんよやっぱり。
女心ってやつは。
宇宙人製アンドロイドのお前だっていつかはわかる時がくるさ。

朝比奈さん(長門)の順番が回ってきた。
女の子達は別にやらなくてもいいと言ったが、
「やる」
といって聞かなかったのでやらせてみることにした。
長門(古泉)がさっき手品をやったようにこいつも手品(ズル)でもやるのかと思いきや、
「少し準備する」
といって朝比奈さん(長門)はさきほど自分たちで作ったおだんごを大量に机の上に並べ始めた。
大皿に山と積まれたおだんごの前に座り、
「全部で300個ある。
5分で全て食べきる」
と言ったとたん、だんごを口に入れ始めた。
ひとつずつ着実にではあるが、
掃除機のような物凄い勢いであの朝比奈さん(長門)の小さな口に吸い込まれていく。

俺(朝比奈さん)がそれを見て少し青ざめている。
明日朝比奈さんが体調を崩してなければいいのだが。

見事4分58秒で全て平らげた朝比奈さん(長門)は誇らしげに少しだけうなづいた。

それをみた鶴屋さんはまたなぜか大爆笑していた。
「あっははははっ! み、みくる~~っ! あんたそんなキャラじゃないさ~!
無っ責任だな~! あっははっ! あーっはははーっ!」
どうも鶴屋さんの言動はところどころに意味不明な点がある。

「まだまだお料理はたくさんありますから皆さん遠慮なく召し上がってくださいね」
委員長が庭に置かれた大きなテーブルの上に新たな料理やおだんごを並べに来た。
ハルヒは目の前にうず高く積まれたおだんごの山を見て何か躊躇しているような仕草であった。
俺が少し助け舟を出してやるか。
「涼宮さん。食べた分は動けばいいんです。
明日はスポーツの秋を楽しみましょう。
卓球でもバレーでもサッカーでもアメフトでも受けて立ちますよ」
「言ったわねぇ。古泉くん!
その発言にはきちんと責任取ってもらうんだからね!
そうね、明日はプロレスなんてどう?」
責任取るのは古泉だからな。
俺はもう知らんぜ、へっへっへ。
ハルヒはおだんごを1つつまんで豪快に一口で飲み込み、
晴れ晴れとしたいつもの笑顔をして親指を立てた。
そして堰を切ったように次々とおだんごへと手を伸ばしていった。
俺も負けじと手を出す。
こういうものは得てして大してうまいものではないのだが、
ハルヒの嬉しそうな表情を見ているだけでなんとなくおいしいような気がしてくる。

ついに俺の宴会芸の順番がやってきた。
俺(朝比奈さん)を連れて前に出る。
演目は昨日決めたばっかりのアレだ。

「えー、彼には朝比奈さんの物まねをやってもらいます。
さあ、どうぞ」
「え、え、う、あ、あの~ふえぇぇ~」
俺(朝比奈さん)がみんなの視線ですっかり赤くなり、
ついにはしゃがみこんでしまった。
それを見てみんながどっと笑う。
特に鶴屋さんは腹を抱えて笑っている。
こういうのは笑いにつられるというものがあるから、
たとえつまらなくても彼女のように大笑いしてくれる人がいると助かる。
いや、それにしても本当にこの俺(朝比奈さん)の物真似は完璧だね。
なんせ本人がやってるんだからな。
それにこうすることによって最近の俺(朝比奈さん)の挙動のおかしかった点の言い訳が成り立つ。
つまり物真似の練習だったといえばいい。

ハルヒはそれを見てニンマリと笑い、
さきほどから気になっていた袋から衣装を取り出して俺(朝比奈さん)に渡して命令した。
「なんとなくこう来るのは予想してたのよね。
キョン! これを着てもーっとみくるちゃんに近づきなさい!」
ハルヒが取り出した衣装。
それは見たことのある形状をしていた。
赤くて小さい布地、網タイツ、蝶ネクタイに、シッポおよびカフス、そしてウサギ耳。
待て待て待て待て待て!
どこからどう見てもバニー衣装だ。
おかしい。さっきから朝比奈さん(長門)が赤いバニー衣装を着ているから、
同じタイプのバニーは部室にはないはずだ。
「ああ、これ買ったの。この前の大食い大会の商品券で」
こんなことに使われるとは思いもよらなかった。
ハルヒが右手にデジカメを構えて100Wの笑顔を見せた。

やれやれ。
こういう笑顔のハルヒには逆らえん。

「あ、古泉くんの分もあるからね」

……はい?
古泉の物真似と関係ねえだろ!
それを聞いて長門(古泉)が少し青ざめた表情をしていた。

見ると俺(朝比奈さん)はすでにハルヒに無理やり着替えさせられていた。
大きめのサイズにしてあるといってもそこは女性用だ。
あきらかに胸の部分の布地が足りず、
エロティックがあふれ出ていた。
股間のモッコリも目に余る醜態である。

「さあ! 早く着替えて!
なんならあたしが着替えを手伝ってあげようか?」
ウサギ耳を振り回しながらニヤニヤとハルヒが笑った。

その後の展開は言うまでも無いだろう。
バニーガールの衣装を着た古泉(俺)と俺(朝比奈さん)が、
二人仲良く物真似芸を披露しながら周りを爆笑の渦に巻き込んでいた。
恥ずかしさと情けなさで涙が出そうだ。
実際俺(朝比奈さん)のほうはとっくにもう泣きじゃくっている。
その姿がまた朝比奈さんらしくておかしさをかもし出している。

最後に全員で記念撮影し、
俺たちの恥辱は歴史に永遠に刻まれることとなった。

そうこうしているうちに時間が経ち、
お月見パーティーはお開きとなった。

委員長とその家族にお礼を言って俺達は帰路についた。

ハルヒは歩きながら丸く空に浮かぶ満月を見て何か哀愁のようなものを漂わせていた。
こうして黙って上を見上げている仕草を見ると、
なかなかのいい女に見えてくるから不思議だ。
「あたしさぁ……昔、月面にはきっと何か生物がいるって信じてたのよね」
「おや? 今は信じていないんですか?
涼宮さんにしてはずいぶん一般常識的な意見ですね。
よく月にはウサギが住んでいてオモチをついているというじゃありませんか」
ちょっとハルヒをからかってみる。
「何言ってるのよ! 子供じゃないんだからね!
月面に生物がいないことくらいは見ればわかるじゃない」
少しムキになりながらハルヒが反論してきた。
そうか、いくらハルヒでもそのくらいの常識はあるんだな。

「月面じゃあ生き物は生きていけないわ! 空気も水もないからね。
だから月の地面の下じゃないとダメなのよ!
あれだけの広さだもの!
月の内部にはきっと何かいるはずよ!
月星人は地底に都市を作ってそこで生活してるのよ。
そしていつか地球を我が物にしようと虎視眈々と狙っているに違いないわ」
前言撤回。とことんバカだこいつは。
だが、ハルヒがそんなことを本気で願っているとそんなことが現実に起こりうるから怖い。
もし、月星人とやらがいたとしても俺たちの目の前に現れるのだけは御免こうむりたい。

ハルヒが家に帰るのを見送って、長門(古泉)が話しかけてきた。
「今日は一度も閉鎖空間は出ませんでしたよ。
どうやら僕たちは最悪の事態を乗り切ったようですね」
そういうと俺にホテルの鍵を渡して長門(古泉)は帰っていった。
今日もこのホテルか。
まあいい。早く疲れを取って寝たい。

駅前の公園前の広場についたとき、
隣にいるのは朝比奈さん(長門)だけとなった。
別れ際に朝比奈さん(長門)に確認した。
「長門、明日のいつぐらいになれば元に戻せるんだったっけ?」
「明日の午前6時12分48秒が来ればわたしの情報操作基礎分野と物質転換分野の能力はほぼ完全に修復する。
わたしたちの体に乗り移った情報と機能を全て元の肉体へ転送する。
それを用いればわたしたちは全てを元に戻すことが出来る」
「ってことは明日起きたら俺は自分の家で目を覚ますってことか。
じゃあ、その時間がきたらすぐに戻しておいてくれよな」
朝比奈さん(長門)は小さくコクリと頷いた。

俺は今日も長門(古泉)指定のビジネスホテルで一夜を過ごした。

今日は楽しかった。
ただ、楽しんでいただけだった気がする。
でもこれでよかったんだろう。
そしてやっと古泉の体とおさらば出来る。
短い間だったがご苦労さん。
二度とこんなことは起きないことを願っているよ。
明日になれば俺は自分の部屋で目覚めることだろう。
そしていつもの俺の生活が待っているのだ。

───…
「うぅ……」
俺は窓から入る強い日差しで目が覚めた。

ホテルの一室にいた。
手元の時計を見ると時間は午前7時を指していた。
いつもならもう一寝入りするところかもしれないが、
俺はそこに一つの疑問を感じていた。
「おいおい……」

なぜ俺はホテルにいるんだ?

急いで洗面所に行き、鏡の前に立つ。

「長門……どういうことだ」

鏡の中に古泉一樹のしょぼくれた顔があった。

朝比奈さん(長門)が言っていた能力の制限は9月12日の午前6時12分に切れるはずだ。
もうその時間をとっくに過ぎている。
まさか朝比奈さん(長門)がまだ寝ているとかそんなオチじゃあるまいな。
どちらにしてもそろそろ俺たちを元に戻してもらわないと今日という一日が始まってしまうんだが。

朝比奈さん(長門)の携帯に電話したが繋がらない。
いつもならすぐに取るくせに。
もしかしたら長門に何かあったのかもしれない。
嫌な予感が頭の中をよぎる。

このホテルは長門のマンションに程近い。
急いで着替えて長門のマンションへ直行した。
オートロックの扉の前で708号に呼びかける。
すぐにプツッという音がして相手に繋がった。
「………」
「長門! 起きてるのか?
どうして俺たちがこのままなんだ?」
「………」
「もうお前の言ってた時間は過ぎただろ?
もし忘れてたのならすぐに俺たちを元の体に戻してくれ」

「………」
相変わらず朝比奈さん(長門)からの返事は無い。
まさか………

「長門……まさか元に戻せなくなったとかいう話は無いよな?
 あの0.0004%がまさに現実になったとかそんなバカなことをいうわけじゃないよな?」
「………」

しばらく無言の空気が流れたあと、
ついに長門の部屋との通話プツッという音と共に切れた。

それ以降何度長門の部屋の番号を押しても繋がらなかった。

どうなってるんだよ長門!
お前のその態度は明らかにそれを肯定してるみたいじゃないか!
昨日の話はなんだったんだ。

こうなったら最終手段だ。……早いな最終手段。
幸い今の時間は朝の通勤に出かける人が少なくない。
すぐにサラリーマンらしき中年男性が扉を開けて出てきた。
まるで互いにここの住人であるかのように軽く会釈し、
閉まりそうになった扉にすばやく足を突っ込みストッパー代わりにした。
俺ももうハルヒのことをとやかく言えないな。

708号室の扉は固く閉ざされていた。
明らかにここにいるくせにインターホンを押しても長門は出てこなかった。

何度も扉にこぶしをドンドンと叩きつける。
「長門! 開けてくれ! いるんだろ!?」
ドアを叩きながら大きく叫ぶ。
そのうちに隣の住人が出てきてこちらをじろじろと見てきた。
こんなことに構ってはいられない。
「長門! 長門!」
こぶしが赤く染まり、少し皮がむけてきたところで
ようやくカチャリという音がして小さく扉が開いた。

「……入って」
朝比奈さん(長門)がうつむき加減で俺を部屋の中へと誘導した。

「長門、これはいったいどういうことなんだ?
なんで俺がまだ古泉のままなんだ。
お前にしてもそうだ。朝比奈さんになったままじゃないか。
昨日約束しただろ? 時間がきたらすぐに元に戻すって。
本当に俺たちを元に戻すことが出来なくなったのか?」

朝比奈さん(長門)は何も答えず、無言のまま奥の部屋へと進んでいく。
後をついて行きながらも、俺はさっきから目のやり場に困っていた。
朝比奈さん(長門)はなんと昨日の夜と同じバニー姿だった。
しかもきちんとウサギ耳まで頭に乗っけている。
よっぽどこの服を気に入ったのか、
いや、もしかしたらただ単に昨日から着替えていないだけかもしれない。
それもそれでどうかと思うが。

俺はリビングのコタツ机の前に座った。
バニー服の朝比奈さん(長門)は台所から持ってきた急須で茶碗にお茶を注いで俺の前に差し出した。
俺はお茶には手をつけず朝比奈さん(長門)の答えを待った。
しばらくして、朝比奈さん(長門)はゆっくりと話し出した。

「朝比奈みくるから来るエラーの蓄積量については予想される範囲内で収まった。
制限されていたわたしの能力は同期に関するごく一部の能力を除いてほぼ完全に修復した。
わたしたちを元に戻すことは可能」
よかった……。
元に戻ることはできるのだそうだ。
この朝比奈さん(長門)が言うんだからそれは嘘では無いだろう。
だがそれでも元に戻そうとしないのは朝比奈さん(長門)の意思であるのに相違ない。
いったいなぜ?

「元に戻すことは出来る。
ただし、もし元に戻すとこれから先、
わたしの身に起こる異常事態に私自身が対処することが不可能になる」
「異常事態?」

「わたし内部に今膨大なエラーが蓄積された状態になっている。
12月18日にこれらが引き金となって異常動作を引き起こすことが確実となっている」

これから先に起こる自分の異常動作まで知っているのか。
しかも日付まできちんとわかっているらしい。

「わたしのこの異常動作により、あなたは元よりこの世界の全ての事象に多大な影響を及ぼすだろう。
特にあなたは世界でただ一人その時空改変から取り残された者として、
その時空改変の修正を行わなければならない」

俺だけ取り残される時空改変?
しかも俺がそれを直さなければいけないというのだから、
全く想像もできない。
長門の力も借りずにどうやってそんな時空改変とやらを行えというのだ。
俺にそんな力は無いぞ。

「それはいったいどんな出来事なんだ?」
「詳しくは説明できない。
その時代のわたしには同期できないので詳細は不明。
説明したところであなたの記憶を消去しなくてはならない。
なぜならこれはこの世界における不可避な規定事項であるから。
たとえ今消去しなくてもいずれ異常動作を引き起こしたわたしにより、
あなたの記憶から消去されるであろう」
長門は人の記憶もあっさりと消したりできる存在だったのか。
相変わらず恐ろしい能力の持ち主だ。

「その異常動作はすでに未来からの情報により知りえていたが、
どのような原因で引き起こされるのかは不明だった。
過去それについての回避行動が、
考えられる全ての原因に対してさまざまな方法で施されていた。
しかしどのような方法を用いてもその異常動作を回避するに至らなかった。
なぜならそもそもその異常動作が引き起こされる可能性すら見つけ出すことが出来なかったから」
つまり長門はだいぶ前から未来との通信で異常動作が起こることに気づいていて、
それではまずいと思い、いろいろと考えてきたわけか。
でも未来でそうなるのならどうやっても同じ結果にしかならないんじゃないのか?

「わたしがこの4日間、能力に制限が設けられていたのも実はこの回避行動の一環。
過去の自分によりそのように制限されていたからであった。
あの9月8日、涼宮ハルヒの力によってこの改変が行われたときに、
9月12日までの4日間朝比奈みくるとなって過ごさなければならないように、
自動的に能力を制限するよう時限プログラムが施されていた。
先ほど制限の解除と共にその記憶が蘇った」

なんだって?
長門は自分の力を自分で制限していたというのか。

「朝比奈みくるの姿になることで蓄積されるエラーの中に、
異常動作を回避する可能性を見出していたから。
そして今一つの結論を得るに至った。
いまのわたしはこの朝比奈みくるの姿のままであれば、
蓄積されたエラーが引き金となって異常動作を起こしたくても起こせない。
情報統合思念体との同期による連絡が直接できないというこの状態では、
わたしの能力に限界があるから」
朝比奈さん(長門)は俺から視線を離さずまっすぐと前を向いて話し続けた。

「だがわたしはこの体において能力の制限を受けていたことによって、
逆に本来持つべきではない知識を得た。
それは情報統合思念体より独立することによる可能性。
それによって逆にこれから先のわたしの異常動作はほぼ確実なものとなった。
なぜならわたしは情報統合思念体より独立して行動を起こし、
世界を改変する方法を発見してしまったから。
つまり、今回の騒動こそがわたしの中に積み重ねられていたエラーの引き金となって、
12月18日の異常動作を引き起こすに至る直接的な原因となった。
そしていまが最後の分岐点に来ていることに気づいた」
つまりその12月18日の異常動作を避けようとして逆にそれが避けられなくなったって訳か。
まるで急に道路に飛び出してきて車の目の前で動かなくなるネコのような間の抜けた話だ。

「だが朝比奈みくるによりもたらされた影響により、
わたしの決断がどちらを選んでいいものか揺らいでいる。
世界を元に戻すべきか、それとも元に戻さず12月18日のエラーを回避するべきか」

「なあ、長門……。
朝比奈から受けたその影響ってのは具体的にどんなものなんだ?」

「……朝比奈みくるの中に内存する、
異性としてのあなたに対する気持ち」
一瞬頭の中が凍りついた。

朝比奈さんが俺をいったいどんな気持ちで見ているか知らないが、
あの冷静な長門がここまで混乱を覚えるほどの気持ちを俺に対して抱いているというのだろうか。
しかもその中に異性として俺を意識している部分があると……。
これは非常に気になるところだ。

「あなたに選んで欲しい。
危険を犯してもこの世界を完全に元の姿に戻すか、
あるいはこのままにしてわたしの異常事態を回避するか」
朝比奈さん(長門)が俺に何かを委ねるような視線を送ってくる。

「長門……そんなもの迷うことは無いんだ。
俺や古泉や朝比奈さんは自分の体を持って生きてきた人間なんだ。
長門にはあまり人間体に対する執着はそんなに無いかもしれないが、
俺たちは自分の体というものを持っているんだ。
それは俺たち人間にとっては唯一のものなんだ」

「あなたはこの異常動作の危険性がどれほどのものか知らない。
あなたはその事態に陥ったとききっと後悔……」
「長門!」
俺は朝比奈さん(長門)の言葉をさえぎった。

「お前の言い分はわかった。
でも俺は本当の自分に戻りたいんだ。
朝比奈さんの体だってお前のものじゃない。
古泉だってそうだ。
お前や俺の一存で勝手に決めていいことではないんだ。
それにお前がどんな異常動作を起こすのかは知らないが、
規定事項だってわかっているなら元に戻すしかないじゃないか。
どうせ避けられない事態なんだろ? それはわかっていることじゃないか。
任せとけ。
そのときが来たら俺がなんとかしてやる。
異常動作? 世界改変?
なんでもこいだ。
俺が一人で背負わなければならないならその運命さえも背負ってやる」

でもそれは違うんじゃないか?
お前は言い訳してるんじゃないのか?
本当はお前は元の姿に戻りたくないんじゃないか?
朝比奈さんの姿が実は相当気に入ってしまったとか言うんじゃないだろうな。

朝比奈さん(長門)は頭の上に乗せたウサギの耳を指でつまんでまた離した。
ピョコンとウサギ耳が頭の上でかわいく揺れる。
「……わからない。
でもわたし個人は元の自分の容姿に戻りたく思っていない」
やっと長門が少し素直な一面を見せた。
自分個人の意見を長門は許されていないのだろうか。
こうやって会話して意思の疎通をするのが本当に疲れる。
「なんでそんなふうに思うんだ……?
お前だって自分の体に戻りたかったはずじゃないのか?
その体ではいろいろと不便は無いのか?」

一瞬朝比奈さん(長門)の目線が俺の方を向き、
また俺から目線を離してうつむきながら答えた。

「あなたがこの朝比奈みくるの容姿を好んでいるから」

な……なんだって?
俺が朝比奈さんのことが好きだから朝比奈さん(長門)は元に戻りたくないという。
それってつまり……つまり……
この朝比奈さん(長門)は俺に好まれたいと望んでいるわけで……
……これってある意味遠まわしな告白ってやつか?
俺はこの朝比奈さん(長門)から朝比奈さんと長門、一度に二人分の告白を受けてしまった。

「長門……」
なぜか俺は朝比奈さん(長門)の顔が見れなくなっていた。
だからといって違うところに目をやろうとすると
朝比奈さん(長門)の大きく開いた胸元やふとももに目が奪われそうになる。

「えっと……なんだ。
そ、その……長門にはあのいつもの長門の姿の方が似合うんだよ。
読書好きな寡黙な少女っていう子ならあの姿の方が自然なんだ。
俺はあの長門の方が……そうだな……
わ、わりと好みなんだよ。うん!
俺は断然あっちの方の長門を推すぜ!」

精一杯の言い訳に聞こえるかもしれない。
実際俺は長門の意外な告白にかなり戸惑っていた。
たしかに俺は朝比奈さんのことが好きといえば好きかもしれない。
でも長門のことだって、ハルヒのことだって好きといえば好きなんだ。
あくまでLOVEという意味ではなくLIKEと言う意味でここは考えている。
ああ、俺はいつまでも優柔不断でこんなときになんと答えたらいいかよくわからないバカ男なんだ。
自分の本当の気持ちには気づいているくせにとことん正直になれないんだよ、俺ってヤツは。

長門がうなづいて少しだけ残念そうに答えた。

「そう。
わかった……元に戻す。
しかし、この会話記憶は全て消去する」
「え……!?ちょ…」

長門の声が微かに聞こえたかと思った瞬間、
気づくと俺はベッドの上にいた。
目の前にはよく見慣れた天井。
近くの壁に貼られたポスターは俺が張ったものだ。

そこは俺の部屋だった。

さっきまで俺は長門の部屋にいたような気がするが気のせいだったのだろうか。
起きる寸前朝比奈さん(長門)の声が聞こえたような……。

いや、気のせいだろう。
きっとそんな夢を見ていただけに過ぎない。
現にもう、その夢の内容なんか覚えちゃいないしさ。
今は俺はそんなことより重要なことがあるだろう。

急いで階段を降りて洗面台へと向かう。
眠たそうにハブラシを咥えている妹をどかして、
鏡の正面に立つ。
「ふぇ……ふぉんふんふぉうはひふぁあほ?(キョンくんどうかしたの?)」

ああ、4日ぶりに鏡の中のこの顔に会うことが出来た。

ついにようやく俺は俺の体を取り戻すことができたのだった。



~~エピローグ~~

「なあ、あいつらってできてるのか?」
ようやく訪れた俺にとってのいつもの昼休みの時間。
谷口はじーっと2つ隣の席の二人を恨めしそうに横目で見ていた。
後藤と葉山が仲良く1つの机で仲良く弁当を広げていた。
「ああ、あの二人……最近付き合いだしたんだよね。
元々葉山さんは後藤のこと好きだったっみたいだしお似合いのカップルだと思うよ」
そっけなく答えるが、国木田はこういう情報にはやたらと詳しい。
実は谷口以上に男女交際には憧れを抱いているのかもしれない。
それとは対照的に俺たちは男三人で仲良く1つの机を囲んで弁当を食っていた。
昨日までの古泉(俺)のハーレム状態が嘘のようだ。
実際嘘でもなんでもなく今日も古泉はあのハーレムを形成していることだろう。
「はぁ……俺もハーレムとはいかないが、せめてあの二年の朝比奈さんと一緒に弁当を囲んでみたいぜ。
一生に一度でいいからさぁ……」
谷口が弁当の玉子焼きを箸で突き刺して空中でクルクルと回していた。
谷口は知らない。
つい昨日まで、俺の中身がその朝比奈さんであったことを。
よかったな。お前の一生に一度のお願いはもうすでに叶っているぞ。
「ところでキョン。お前は涼宮とは一緒にメシ食ったりしないのか?」
「なんで俺があの女と一緒にメシを食わなきゃならん」
だいいちアイツはほぼ毎日食堂でメシを食う。
俺は弁当組だから一緒に昼飯を食ったことはない。
……いや、朝比奈さんが俺になった初日に一緒に食堂で食ってたらしいが俺の記憶にはないことだ。
「キョンの俺って一人称……なんだか久しぶりに聞いた気がする。
ここんところずっと女っぽかったのに」
国木田の的確な指摘には何も答えず、
さっさとメシを食い終えた俺は弁当を鞄の中に突っ込み教室を出た。

廊下である人物とすれ違った。
「委員長……」
思わず口に出してしまった。
俺は今もう古泉の姿ではない。
月見パーティーのときに会っているから全くの初対面ではないが、
いきなり声をかけて相手が思い出せるほどの仲とはいえなかった。
「あら。昨日はありがとね」
なぜか頭を下げられる。
俺が何かお礼を言われるようなことをしたのかよくわからない。
むしろこちらこそお礼がしたいところなのだ。
俺は頭を下げてその姿を見送っていた。

食堂にハルヒの姿を見つけた。
ハルヒは大盛りの日替わり定食とカツどんとカレーにざるそばという、
見ているだけで胸焼けのしそうな組み合わせの昼飯をものすごい勢いでかっこんでいる。
「ふぁ、ひょん(キョン)。はんはもほうははふほふ?(あんたも今日は学食?)」
いや、もう食った。
それよりも物を食いながらしゃべるな。汚い。
「なによ。あんたに分けてあげる分は無いわよ」
ああ、そうしてくれ。

ハルヒはあれだけあった目の前の食事を綺麗に平らげて両手を合わせた。
「ふぅ、ごちそうさま」
だがまだ食い足りないのか食堂の券売機の方を見て買い足しに行こうか迷っているようなそぶりである。
本当にこいつがダイエットなんて考えたのか信じられないような様相だ。
「ハルヒ、何事も腹八分がいいと言うだろ」
「じゃあ、もう少し食べてもいいって訳ね」
ハルヒは嬉しそうに笑うと券売機の方へと向かっていった。
まだ八分に到達していないってのか。
やれやれ。

放課後、部室に入ると珍しく古泉が一人で本を読んでいた。
「やあこんにちは。
今回あなたにはだいぶ助けていただきました。
おかげでこうして元の姿を取り戻せました。
心からお礼申し上げますよ」

俺はこの前こいつの体に入っていたんだなぁと、
なぜか懐かしさを感じながらパイプ椅子を組んだ。
「なあ、古泉。長門になってみていつもと一番変わった点は何だった?」
「そうですねえ……スカートがスースーするってことくらいですよ。
せっかくの貴重な体験だったんですけどそれを楽しむような余裕はありませんでしたよ」
ハハッとわざとらしくハニカミながら答えて笑う古泉の姿を見て、
ようやく俺が古泉でなくなったということを実感できた。

「お前になってて感じたんだが、委員長はお前のことが好きなんじゃないか?
なんかそんな感じだったが」
「ああ、僕の後ろの席にいるあの子のことですか?
まさか……彼女は僕に好意など抱いていませんよ」
「なぜそんなことが言い切れる。
毎日お前の分の弁当を用意してくるし、
わざわざお月見パーティーにまで招待してくれたし、
俺が忘れた宿題だって見せてくれたぞ。
何の好意も持たない人間がこうまでするか」
「もしそう感じたのなら中身を好きになったのかもしれませんよ。フフ……」
んなわけあるか。
初日からあんな態度だったわい。

「じゃあ、彼女はもしかして『機関』の人間か?」
「ほほう……どうしてそんなことを考えるのですか?」
そうでなければおかしいだろう。お前が授業中に呆けていたりするようなキャラだったらわかるが。
「ふふふ、残念ながら違いますよ。彼女は『機関』の人間ではありません。
ですが『機関』とは全くの無関係とは言えないかもしれませんね
『機関』の知り合いの知り合いというだけで莫大な数の人間がその範囲内に入るのですから。
それだけ僕の所属している『機関』は無関係という関係はありえないくらい巨大な包囲網を持っているのですよ
本当のことはこれ以上言えません。でもどうしても知りたいですか?」

どうせ聞いても本当のことは教えてくれないんだろ。だからあえてこれ以上は追求しないよ。
「たとえば……そうですね。こんな風には考えられなくは無いですか?
……昨日の日付は覚えてますか?」
「9月11日だろ」
「それです。その日付がどんな意味のある日であるかはあなたもよくご存知のはずです」
9・11……もしかして……。
数年前、あのアメリカで起こった歴史的出来事の日。
おそらくこれから先の現代史の歴史の教科書には深々とその名が刻まれるであろうあの事件の起こった日が、
偶然にも昨日の日付とぴったりと同じであった。

「その日がたまたま世界最後の日と重なるということも考えられなくはありませんでした。
涼宮さんの考えそうなストーリーですから」
「それで委員長にも協力を要請したってわけか。
そうやって俺をうまくハルヒに誘導させようとした、と」
「いえ、別にそうとは言ってません。
もしかしたらそんな風な考え方もできなくはないのでは?と言いたかっただけなのですよ。
そう簡単に僕が本当のことを言うと思いましたか?
どっちにしてもお月見パーティーが今回の解決のきっかけにはなりませんでしたしね」

明らかに関与を認めているようなくせしてきっちり最後にしらばっくれやがった。
まあ、その方が古泉らしくていいだろう。

それにしても、さっきから古泉が読んでいるハードカバーが妙に気になる。
「これですか?いえね、そこの本棚に置いたあったのですが、
読んでみるとこれが意外に面白いんですよ。」
すっと本を持ち上げてタイトルを俺に見せた。
睡眠薬のようなカタカナがゴシック体で踊っていた。
ああ……知っている。
これはSOS団創立当時に長門が俺に読めと渡してきたSF長編だ。
俺も2週間かけてそれを読んだが、
結局のところその本の真髄は全く理解することが出来なかった。
少なくとも高校生にオススメできる本ではないと思う。
「なあ、その本は特にどの辺が面白いんだ?」
古泉はちょっとだけ考えるような仕草をして答えた。
「う~ん、そうですねぇ。よくよく考えると変なお話なんですよね。
文章は説明不足でわかりにくいですし、話の構成も下手ですね。
あとこういうジャンルのお話は、僕はあまり好みとは言えないんですけどね。
でも読んでいると不思議と心が踊るといいますか……
懐かしい気持ちにさせてくれたりして。
そういえばなんで面白いんでしょうかね。
まあ、しいて一言でいえば……」

またしばらく悩んで一言だけ答えた。
「……ユニーク」

──数日後。
いつものように文芸部の部室に集まった5人は特にすることもなくただ個人個人の好きな時間を過ごしていた。
朝比奈さんがいつものようにお茶を入れてくれたお茶を飲む。
いつものあの朝比奈さんの味がする。

部室に飾られているハンガーラック。そこには今まで朝比奈さんが着た衣装の数々が並べられている。
そこに新たにブレザーが加わっていた。
そういえばあの入れ替え初日、俺たち四人が長門の家に集まったとき
『機関』が朝比奈さんに渡したブレザーが余っていたのだ。
もしかしたらいつかまた着てみる機会があれば着てみたいという気持ちがどこかにあるのだろうか。

朝比奈さんの方を見つめつつ俺は一つの懸案事項に頭を悩ませていた。
彼女は俺の秘密を知っている。
俺の秘密、それは男の秘密。
ベッドの下のダンボールの底の方に大事に隠されているビデオや本のことだ。
俺が元の体に戻ったその日、
それら全てが姿をくらましている事に気づいてしまった。
もしかしたら親が見つけたのかもしれないが、
うちの親だったらそのことで必ず俺に説教してくるはずだ。
どちらにしても朝比奈さんは俺の秘密を知ってしまったはずだ。
しかし朝比奈さんの素振りはそんなことはまるでなかったかのように俺に接している。
本当に俺のあの宝物を見たのか、それとも知らないのか。
なんとしても真相を知りたいがもちろん朝比奈さんにそんなことを聞くことなど出来ない。
一生朝比奈さんの胸のうちに仕舞っていてくれることを祈る。

「ようやく1キロ減ったわ。なんで体重って全然減らないのかしら」
結局ハルヒのダイエットは完全にやめさせることは出来なかった。
だが俺は一つだけ条件をつけるようにハルヒに約束させたのだ。
それは、隠れてダイエットをしないこと。
もしダイエットをしたいのならみんなで協力して痩せていこうという話だったのだ。
ハルヒも馬鹿正直なところがあるのか、
それとも自分の努力を認めて欲しいのか、
1キロ太っただの痩せただのという話をいちいち俺たちに聞かせてくるようになった。
体重の話題が普通の話題になったおかげで部室内では体重の話はそんなに禁句ではなくなった。
それにしてもいつもあれだけ昼間食っていてよく1キロも痩せるもんだ。
こいつは一日にいったいどれだけのカロリーを消費しているのだろうか。

「みくるちゃんはこの前量ったときは前よりさらに2キロも太ってたのよね。
だからみくるちゃんまであと1キロよ!」
「ちょ、ちょっとなんでバラすんですか~?
絶対言わないって約束したのにぃ~。
それにもうわたしそんなに太ってないです~」
「な、なあんですってー!
じゃあ今何キロなのよ! 教えなさい!
あ、こら逃げないの! ちょっとキョン! みくるちゃんを抑えて!
そこの体重計で量るから!」
「ふぇぇ~ん」

たしかに朝比奈さんが元に戻ったときは少しふっくらしていた。
もちろん本物の朝比奈さんには責任はない。
この前の大食い大会もそうだが、だんご300個の早食いをしたりしたのは長門の仕業なのだ。
それに長門のことだから普段の食事の量だってかなり多めになっていたのではないか?
たったの4日で2キロも太るのはなかなか出来ることじゃない。
長門の方を見ると自分のせいじゃないとばかりにひたすらに無言で本を読み耽っていた。

今回の騒動でまた最後は長門の力に頼ってしまったな。
元に戻れたのはお前のおかげだからな。
元に戻せないかもと言われたときはひやひやしたが
結局なんでもなかったみたいだしな。
いや、よかったよかった。

窓の外をみると外の景色が少し赤みを帯びてきていた。
この街にも本格的に秋が訪れようとしていた。


「あれ? おかしいわね。たしかに昨日冷蔵庫に入れたはずなんだけど……」

ハルヒはさきほどから部室の冷蔵庫の中の物を掻き出しながら『あるもの』を探していた。
その『あるもの』は卵、牛乳、砂糖、カラメルなどをたっぷりと含んだ
あま~く高カロリーなお菓子である。
「ちょっとぉ、どうしてないのよ! たしかにこの中に置いてたはずなのに!」
ハルヒのこの宝探しは徒労に終わるに違いない。
なんせお前の探しているものは俺の胃の中にある。
ハルヒが手を止めてじろっとこちらを睨んでいる。

むしろ感謝して欲しいぜ。
少しはお前のダイエットに協力してやったんだからな。

「ちょっとキョン!あたしのプリン食べたでしょ!?」


──涼宮ハルヒの中秋──
   ──完──