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俺はホテルで朝を迎えた。
まず最初にすることは決まっていた。
昨日の出来事が夢でなかったかどうかだ。
洗面台へ行き、顔を確認する。
細い目をした二枚目がそこにいた。

9月9日
俺が古泉に替わって二日目。
昨日と同じく俺は古泉のままだ。
この調子ならおそらく古泉は長門に、長門は朝比奈さんに、朝比奈さんは俺になったままだろう。

地下の食堂でバイキング形式の朝食を取り、
早めにチェックアウトを済ませた。
普通、高校生が独りでこんなビジネスホテルに泊まっているところを見られたら
家出人として警察へ通報されそうなもんだが、
ホテルの従業員たちはとても丁寧な対応をしてくれた。
古泉の紹介のホテルだ。
きっと古泉のいう『機関』とやらが関わっていると思って間違いあるまい。
ホテルの玄関からでたすぐのところに、
小柄な女の子が柱にもたれかかりながら立っていた。
長門有希・・・今は古泉がその体に宿っている。

「よく眠れましたか」
「ああ、昨日はなんだか疲れたからな」
長門(古泉)と一緒に学校へ向かう。
一見他から見ると美男美女の組み合わせだが、
中身は男同士である。
「昨日はあの後大変だったんですよ。
あなたに電話した1時間後にですが・・・閉鎖空間が発生しました」
一瞬頭の中にあの灰色の空が浮かび上がる。
昨日古泉からの電話を受けて、一番に考えた「最悪の事態」を思い浮かべる。
誰もいない空間で複数の青い光の巨人がビルを壮大に破壊している。
灰色の空間は瞬く間に広がり、空と大地と海を覆いつくしていく。

「小さな規模でしたが出動は久しぶりのことでした。
僕……いや私もこの体で動けるのか少し不安でしたが、
やはり能力的には変化がなかったようで、無事神人を退治することが出来ました。
ですが、ことはそれだけでは収まらなかったのです。
今朝方……つまりつい先ほどになるんですが、
また閉鎖空間が発生したのです。
……今度は少し大きめでした」
長門(古泉)が眉を下に下げてワンパクな子供に手を焼いている母親のような表情を見せる。

「ここのところは大変落ち着いていたはずだったんですが、
急にまた様子がおかしくなってきたのです。
数時間おきに閉鎖空間を生み出す……まるで中学生時代の涼宮さんを見ているようです。」
中学時代のハルヒがどうだったかは知らないが、
その頃の古泉の睡眠時間はだいぶ削られていたことだろう。

「おかげで今日も朝ごはん抜きです」
長門(古泉)は昨日のハルヒの言いつけを律儀に守ったといえる。
俺はそんな約束を今頃思い出しながら長門の姿で青い光の巨人と戦う古泉を想像していた。
そんなことがあったにも関わらずホテルのベッドでグースカ寝ていた俺こと古泉一樹の体は、
やはり超能力の素質はないと考えられる。
これでは閉鎖空間に閉じ込められてもあの巨人を倒すことは果たして出来ないであろう。

「ご飯といえばそうでした。昨日のお昼はきちんと食べられましたか?
お金を渡すのを忘れていましたね」
といって長門(古泉)は定型封筒を手渡してくれた。
中には千円札が3枚ほど入っていた。
昼飯代にするには十分すぎるくらいだ。もちろん余ったお金は俺のものにすることにした。
このくらいの手当てをもらったところでバチは当たるまい。

クラスについて鞄を置く。
ホームルーム前の時間は朝の挨拶やら昨日のテレビ番組の話やらでくだらない賑やかさを演出していた。
特待生クラスといってもこの辺は俺のいた5組と同じだった。

こうしてみるとこの9組も5組もクラスの雰囲気は変わらないようだ。
目を瞑れば5組にいると錯覚してもおかしくはない。
どちらもどこにでもよくあるクラスといった感じで、
全国を探せば同じようなクラスは雨後の竹の子のように探しあてることが出来るだろう。
ハルヒが前に言っていた「自分が世界で一番楽しいと思っていたクラス出来事も、
日本の学校どこにでもありふれたものでしかない」というのも間違いではないのだろうな。
だがなぁ、ハルヒ。
お前がもし俺の体に乗り移ってみたらわかることだろうぜ。
お前のいるこのクラスにはいつも突拍子のない言動をするヤツがいて、
全く先の読めない思い付きでいつも周りを巻き込む事件を起こしていることをな。
しかもそいつは我侭で自分勝手で他人のことに一切関心をもたないくせに、
自分の願っていることを全て叶えながらも、
自分ではそのことに気づいていない変なヤツなんだ。
1年5組は世界で一番楽しいクラスではないかもしれないが、
世界で唯一お前がいるクラスなんだぜ。

2時間目の授業は物理だった。
なんと読んだらいいのかわからない記号が黒板にズラズラと陳列し始めた。
これでは授業を見ていても仕方がない。
外の景色を眺めてみると5組の連中がグラウンドを走っていた。
今日の体育は陸上か。
こうして自分のクラスを見学するのは初めてだな。
その中で一番目立つのはやはりこの女だろう、涼宮ハルヒ。
いつものように豪快なステップでハードルを……なぎ倒していた。
100mの間にあるハードル10個全てをなぎ倒してスタスタとベンチへ向かう。
普通、倒したハードルは自分で直すものだろうに……
この様子ならタイムを計るまでもなくクラスで一番だろう。
でもな……ハードルは倒さないで飛び越したほうがずっと早く走れることを知らないのか?
春にやった体力測定のときはうまく飛んでいたように記憶していたが気のせいだったか?
それともアメリカのなんとかという選手を真似て走法を変えたのだろうか。。
その後を走っている男子も……今日は目立っていたな。
俺の中では今一番気になる存在だ。
「うんしょっうんしょっ」と掛け声が聞こえてきそうなおぼつかない足取りで、
今にもこけてしまわないか心配である。
ハードルの前に立つとハードルに手を掛け、
大きく足を投げ出しゆっくりと跨いでいく。
ハードルって飛び越す物じゃなかったっけ?
100mのハードルを50秒くらいかけて歩いているんじゃないだろうか。
周りの女子からはクスクスと笑い声が、男子からは野次のようなものまで飛んでいた。
ああ、こんな姿見たくない!
長門の力でこの数日間の記憶はなかったことにできないだろうか。
少なくとも野次を飛ばしていた男子は今後朝比奈さんに好かれることはないだろうがな!

背中に何かが当たるような違和感を感じふと脇のほうをみると、
後ろの席から左手がこっそりと伸びている。
小さな手につままれているものは、ノートの切れ端のようだった。
じゃあ、次のところを。と物理教師が言ったところでようやく理解できた。
さきほどから前の席から順番に問題を当てられている。
まさしく今前の席の女子の発表が終わり、
次は古泉一樹の番である。
って俺じゃないか!
そう、もらったノートの切れ端には記号が並べられていたのだ。
しかもその記号にフリガナまで振ってある。
だから瞬時にこの状況を理解できた。
俺はすっと立ち上がりノートの切れ端の記号をさらりと読み上げ席に着いた。
もらったノートの切れ端を裏返し「ありがとう」と書いて
そっと後ろの席へ返した。
後ろの席の人間に感謝したのは高校に入ってからは初めてのことだった。

4時間目の授業も無事に終わり昼休みになった。
俺はこの学校の食堂で飯を食ったことがなかったが、
食堂常連のハルヒいわく、
人気メニューは早い段階で売り切れるから最初のダッシュが肝心なのよ!だそうだ。
それではと立ち上がろうとしたとき、
右隣に座っていた女子からの視線に気づいた。
じっとこっちを見つめ何か言いたそうだ。
「……あ、あの、い、一緒にお弁当食べませんか」
見ると両手で抱えるような大きな弁当箱である。
その合図待っていたかのように周りの女子たちもさっと集まり始め、
みんなでお弁当交換会をしましょうという流れになった。
俺は何も持っていないのだから交換ではなく単なる譲渡だ。
ここからの流れは割愛する。
俺自身、古泉の自慢話ほど聞いていて腹の立つ話はないことをよく知っているからだ。

「もう元の体に戻らなくてもイーンダヨー!」
そんな天の声が聞こえてきても誰が俺を責めることができるのであろうか。

放課後、クラスの女子の全員とさよならを交わして部室へと向かう。
この後、大食い大会とやらに出なくてはいけないのはわかっているが、
朝も昼も食べてしまった俺は優勝候補から最も遠い存在だ。
部室の扉をノックすると俺(朝比奈さん)の声がした。
中に入ると俺(朝比奈さん)が朝比奈さんの定点、お茶汲みポジションに座っていた。
見ると破産宣告を受けた債務者のように暗い表情をしている。
「キョンくん……ごめんね……」
俺(朝比奈さん)の表情がどんどん暗くなる。
「ごめんね、わ、わ、わたしがうまくできなくて……その、
キョンくんに迷惑をかけちゃって……」
最初から潤んでいた目はついには大きな水溜りとなって流れ落ちた。
「わたし……男の子になるのは向かないみたい……
クラスで変なあだ名がついちゃいました。
……オカマって……うぅ……」
ああ、なんとなくわかっていたさ。
だが誰と誰が言ったのか後でたっぷり谷口に聞き出すとして、
今つらいのは朝比奈さんの方だ。
俺の替わりにトイレや風呂など、嫌でも男の体を意識しなければならない時間を強制されるのだ。
さっきの体育の時間だって6組に移動して男子の中で着替えるのは耐え難いものであっただろう。
男の体になったからといってそれをいじくって楽しむような趣味は朝比奈さんには絶対にないと言い切れる。
「もう私……ぐす、つらくて……ごめんなさい。
キョン君の体なのにこんなことを言って……本当に……ごめんなさい……ごめんなさい」

この人は感情を全て感情に出してくれる。
こんな人が未来の組織からの指示で、
俺の体を使って何かを企むことなんて出来るわけがない。
そんなことをしたらすぐにハルヒにバレるだろう。
肩を両手で支え、そっとハンカチを差し出す。
早く元に戻りたいね、と言いながら涙を拭う仕草は、
紛れもなく朝比奈さんのものであった。
俺(朝比奈さん)の姿に元の朝比奈さんの姿が投影して、とてもいとおしく見えた。
それからじっとこちらを見つめながら何かを言いたそうにしている。
口元がかすかに震えて潤んでいる。
これは我ながら可愛い……のかもしれない。
肩に置いた両手がずっと離したくない気持ちになる。

ドサッ
何かが扉の方で落ちる音がして2人の体がビクッと反応し、とっさに離れる。
いつのまにか扉は開いていた。
音もなく扉を開けてそこに立ち尽くしていたのは朝比奈さんに扮した長門でもなく、
長門に扮した古泉でもなく。
ああ……ハルヒであった。

「へぇ~~~~~」
ハルヒの左右の眉がピクピクと痙攣を起こしているのを見て、
中学のときにやったカエルの解剖の実験のときの、
あの太ももの筋肉の動きを思い出した。
ハルヒは怒っているのか驚いているのか笑っているのかよくわからない表情で立ち尽くしていた。
朝比奈さん(長門)の顔がハルヒの肩越しに覗いている。
ハルヒと一緒についてきていたのだろうか。
こちらを見ながら首を傾け、何か不思議そうな顔をしている。

今俺は何をしていた?
そう、俺こと古泉は今俺(朝比奈さん)の肩を揉んでいただけだ。
お互い向き合ってだがな。
別にやましいことをしていたわけではないぞ。うん。
……こんな言い訳では余計誤解を招く。
何も言わない方がまだ被害は少なくて済む。
俺(朝比奈さん)は血の気の引いた顔で震えていた。
さっきまで泣いていたので目も赤く充血している。
俺(朝比奈さん)の方に向かってそれとなくアイコンタクトを送るが、
それをどう受け取ったか、戸惑いながら「ち、違うんです……」と言った。
ハルヒの方へそっと目をやるとさっき落とした自分の鞄を拾いながら、
汚いものを見るような目でこちらを見ている。
「へぇ~~~~~~~~」
2へぇをもらった。さきほどから送っているアイコンタクトはむしろ逆効果か?
「なんか昨日からキョンの様子がおかしいとは思っていたのよねえ」
俺(朝比奈さん)の体がビクッと反応する。

ハルヒは昨日から俺(朝比奈さん)の様子がおかしいって気づいていたのか。
そりゃそうだわな。
気づくに決まってる。
朝比奈さんは絶対映画女優には向かない。
見た目は大変よろしいがこの人を女優にしようという監督などまずいまい。
せいぜいハルヒが監督する映画くらいだろう。
いつかハルヒが映画を作るなどとふざけたことを言い出さなければいいのだが。
「こういうことだったのね」
どういうことだ。
変な納得をしないでほしい。
俺は朝比奈さんが心配なだけだ。
古泉だったらもっとうまい言い訳を考えられるんだろうが、
その点、俺はまだ古泉になりきれていない。
「ま、いいわ」
よくない。非常によくない。
「恋愛は自由よ」
性の垣根を飛び越えるような自由はいらない。
ハルヒはわざとらしく俺たち2人を軽く避けるような仕草をしながら
団長机に歩いていき、足を投げ出して座った。
デスクトップパソコンに電源を入れてからもずっと不機嫌な顔をしている。
「こ、古泉くん。古泉くん」
俺(朝比奈さん)が服の袖を必死に引っ張っている。
今くっつかれるとまた怪しまれると思いつつも振り向くと、視線の先に淡い肌色が映った。
朝比奈さん(長門)が制服を脱いでいた。
もう下着に手を書ける寸前であった。
あわてて2人で廊下に出る。

朝比奈さん(長門)も一言くらい言ってから着替えろって。
そもそもなんで朝比奈さん(長門)がいきなり着替え始めてるんだ?
これから5時に駅前の大食い大会に出るというのにわざわざ着替える意味がわからない。
扉の前で待機していると、廊下の向こうから長門(古泉)が歩いてきていた。
「今、朝比奈さんが(長門)着替え中だ。もちろんお前でも中に入っちゃダメだぞ」
無表情でコクンと小さくうなずく。
無言のまま昨日と同じホテルの鍵を古泉(俺)に手渡す。
こいつ、だんだん長門の真似がうまくなっている。
「12時30分、閉鎖空間発生。本日二回目」
廊下の壁に背をつけてまっすぐ遠くを見ながら長門(古泉)がつぶやいた。
「ついさっきおわった」
恐ろしいことをさらっと言ってのける。
「今までで最大級」
真剣な瞳がこちらを貫く。
今ハルヒの身に何かが起きているのは間違いないらしい。
それは俺たちの態度の変化に対してなのだろうか?
それとも他に要因があってのことなんだろうか。
変な様子がなかったか俺(朝比奈さん)に聞いてみる。
「う~ん……変な様子といえば涼宮さん今日はずっと不機嫌でしたねぇ。
あと……あ、そうだ。今日私、お昼食べてないんですよ」
はい?
意味が今ひとつ掴めず、目が点になる。

「あ、あ、違うんですよ。
お昼休みに涼宮さんに大食い大会に出るんだから食べるなって言われまして……
それでずっとお昼は涼宮さんに連れられて校内不思議探索をしていました。
探索中もずっと不機嫌でその途中でもあの空間を発生させていたわけです……」
なるほどね。ハルヒ監修の元、お昼を堂々と取るのは難しかったかもしれない。
「でも、不思議なんですよねえ。
涼宮さんもお昼取らなくて良かったんですかね?
今日は涼宮さん大食い大会に出るつもりないみたいなこと言ってませんでしたっけ」
そういえばそうだ。
ハルヒは昨日大食い大会に4人は登録したが、
自分は監督だから出ないと言っていた。
もしかしたら俺達が昼メシを抜くのに自分だけ食べるわけにはいかないという、
ハルヒなりの優しさとでもいうべきなのだろうか?
すまんが古泉(俺)は昼飯は食べてしまっている。
あるいは急に気が変わってハルヒ自身も参加するつもりなのかもしれないな。
あの大食い王だ。
自分で優勝をかっさらいたい欲求が出てきて不思議はない。

「もーいーわよ」
中からハルヒの投げやりな声が聞こえて部屋に入る。
朝比奈さん(長門)がピシッとメイド服を決めてお茶を入れるためのお湯を沸かしていた。
少し、いつもの朝比奈さんっぽい仕草に見て取れる。
「もう少ししたら行くからね」
時計をちらりと見ながらハルヒがぶっきらぼうにつぶやく。
お前は今何を考えているんだ?
そんなに気に入らないことがあるならみんなにぶつけてくれた方がまだマシだ。

重い空気の部室でハルヒの方を見ないようにしながら朝比奈さん(長門)の入れてくれるお茶を待った。
「お、とっとっと……」
突然お盆を持った朝比奈さん(長門)がゆっくりと棒読みのようなセリフを吐いた。
お茶の載ったお盆を左右に振り子のように振りながら、
スローモーションのようにこちらに倒れ掛かってきた。
ガッシャーン!バシャ!
熱熱熱あつあつあつーっ!
豪快にお盆の上のお茶がこぼれ机の上に散らばった。
熱気を帯びた湯気が一瞬部屋を白く覆った。
異変を感じ、とっさによけたが足に少し掛かってしまった。物凄く熱い。
上靴を脱いで足にふーふーと息をかける。
あわてて俺(朝比奈さん)が雑巾を持ってきて床を拭いた。
「ドジだから……」
朝比奈さん(長門)が割れた茶碗を拾いながらポツリとつぶやく。
えええ?まさか……まさか今のわざとか?
「あーっはっはっは、みくるちゃんサイコー!
あはは、あはは、いい!いいわ!そうよ、みくるちゃん。
やればできるじゃなーい! それこそメイドでドジっ娘! 萌えの最強な組み合わせパターンよ!
これであなたは無敵の萌え娘に一歩前進よ~!」
そう叫ぶとハルヒは机のどこからか腕章を取り出しマジックで「メイド長」と書きなぐった。
「喜びなさい! 今日からみくるちゃんはメイド長に昇進よ!
そうだ!もう今日はどうせだからその格好で大食い大会に出場よ! いいわね?」
朝比奈さん(長門)が腕章を受け取りながらこくりと首を縦に振った。
俺(朝比奈さん)が露骨に嫌な顔をし、がっくりとうなだれる。
だがおかげで男2人の怪しい空気を吹き飛ばしてくれたのだ。
朝比奈さん(長門)が機転を利かせてくれたのかもしれない。

長い坂を下る。
いつもなら帰り道だが、これから俺たちは大食いの大会に出なければならないらしい。
開催場所の北口駅はここから歩くと結構な距離がある。
ハルヒは先頭を軽快に歩きながらドン・キホーテのテーマを歌っている。
その後を右腕にメイド長と書かれた腕章をつけたメイドがシャキシャキと歩き、
高校生3人が後に続く。
俺(朝比奈さん)の足取りが少し重い。足元がちょっとふらふらしている。
「ちょっと貧血気味で……大丈夫です。なんとか歩けますから……私をあまり心配しないで……」
体を支えようとしたところで前のハルヒが振り向いて不機嫌そうな顔でこっちを見ていた。
あわてて離れる古泉(俺)
俺は何をやってるんだほんとに。
俺(朝比奈さん)の話だとハルヒも昼飯を食べていないはず。
ならちっとは元気を落とせ。まったく。
「本当に……私なら大丈夫ですから心配なさらずに」
にっこりと俺(朝比奈さん)が微笑む。
この俺(朝比奈さん)はあまりしゃべらないほうがいいかもしれない。
ちっとも俺らしくする素振りなんてない。
これじゃあオカマといわれても仕方ないか……
でもそれだけ本当の朝比奈さんは女らしさに満ち溢れているということなのだ。
体が男になろうとも女らしさを失わない。
ハルヒも一度朝比奈さんに乗り移ってもらえ。
一日で今までの評価を一変できるぞ。

駅前広場についた。
大会種目はカレーライスのようだ。
昨日チラシをよく見てなかったからよく覚えてはいないが、
北口駅前の広場には異常なまでのカレー臭が漂い、カレーの街と化していた。
夕飯の支度帰りの主婦や、会社帰りのサラリーマンなどが野次馬になってごった返している。
この様子だと北高の生徒もかなり見ていることだろう。
隣にいる俺(朝比奈さん)の顔がまた暗くなっていく。

大会受付本部には大きなテントが張られ。
カレーライスの大食い大会を知らせるでっかい垂れ幕が堂々と掲げられている。
TV局も来ているらしく、
意外に大きい大会らしい。
TVカメラマンがメイド姿の朝比奈さん(長門)を見つけてカメラを回していた。
ニュースの時間にでも流すのだろうか。
この映像が使われないことを祈る。
ハルヒが受付からゼッケンを4つ持ってきた。
「じゃ、頑張るのよ!
SOS団のメンツにかけても絶対に優勝すること! いいわね!」
それだけ言い切ると手刀を切るような仕草をして、
観客席の見やすいほうへとずかずかと人を掻き分けていった。
本当にハルヒはこの大会に出ないらしい。
出れば優勝候補になれると思うんだが。

控え室となるテントの中へ移動する。
みれば相撲取りのように太っている選手もいれば、
ガリガリにやせている選手もいる。
全部で20人くらいいるだろうか。
優勝しても商品券程度の物しかもらえないというのに良くやることだと関心する。

大会開始10分前になった。
舞台のテーブルに一列に並び、観客の視線を大量に浴びる。
かなり恥ずかしい状態だ。
司会者が一人一人名前を読み上げていく。
前回の優勝者が先ほどのガリガリ君だというから意外だ。
俺たちの登録名はSOS団団員1号、2号、3号、4号であった。
ハルヒのネーミングセンスの男らしさにはいつものことながら頭が下がる。
朝比奈さん(長門)がSOS団団員3号として紹介されると、
会場からへぇーとかほぉーといったため息交じりの歓声が沸き上がった。
やはりメイド服の美少女はかなり目立っているようだ。
その歓声を聞いて団員1号の俺(朝比奈さん)が顔を真っ赤にしてうつむいている。
ちなみに古泉(俺)の名前は4号。
数字は入部した順番である。

机の前に大皿に盛られたカレーが並べられていく。
ルールは20分で何杯のカレーライスが食べられるかという単純なもの。
一杯500gと言っていたので結構な大皿だ。
食べる前からお腹イッパイだな。
ま、こういう大会に一生に一度くらい出るのもいいだろう。
開始の合図を待ちながら俺の心はもうすでにギブアップしていた。
そのとき団員2号の長門(古泉)が素早くポツリとつぶやく。
「……閉鎖空間発生」
………。
なんだって?
横を振り向くと俺(朝比奈さん)は左耳を手で押さえ、
朝比奈さん(長門)は右手にスプーンを握り締めたまま虚空をじっと見つめている。
いつかみた光景そのままである。
この真剣な顔つきはカレーの大食いにかける意気込みとは違うようだ。
いつぞやの野球大会みたいに優勝しないと世界が大変なことになるとかそんなんじゃないだろうな?
「わからない。前回と違い、始まる前から発生している。
この大会との因果関係が不明。とにかく急速に拡大中」
おい長門(古泉)、お前本当に中身が古泉か?
一人だけ元に戻っているようなしゃべり口だ。
すぐにでも長門(古泉)に駆けつけてもらいたいところだが、
これから大会が始まろうとしている段階で抜け出すわけにはいかない。

「こらー! キョーン! 絶対優勝するんだからねー!!
みくるちゃーん! 頑張ってテレビにガンガン映るのよー!!」
観客席の一番前に陣取ったハルヒが大声で叫んでいる。
こうして見る限り、ハルヒは非常に元気である。
それにこれからみんなの試合が始まるというのだ。
こいつが本当に今閉鎖空間を広げているのか?
とてもそうは見えない。
本当はハルヒと違う人物が閉鎖空間をつくっているんじゃないのか?
そう思えてきた。

長門の魔法のような力を使えば簡単に優勝できるかもしれない。
しかし、テレビも回っている大勢の観衆下の元でそれを使うのは余りにも危険である。
出来る限り実力でケリをつけるべきである。
今この4人の中で一番この競技に向いているのはSOS団1号の長門(古泉)であろう。
得意のカレーライスとなればかなりのものだ。
物理的な胃の容量が違うとしか思えない。
ただ、心配なのはこの長門はいつもの長門と違って、
中身が古泉だということだ。
これがどのように影響するかはわからない。
とにかく長門(古泉)! 頼んだ!
お前の食いっぷりに任せた!
さっさと優勝して光る巨人を倒しに行ってくれ!

運命の開始のブザーが鳴った。

15分が経過。
自分の胃の領地は全てカレー色に占領されていた。
2皿食った。もうお腹一杯だ。
朝比奈さん(長門)は4皿の目の中ほどまで食べたところで、
スプーンに乗せたカレーを凝視している。
長門にとって大好きなカレーもさすがに朝比奈さんの体には応えたか。
「こら、バカキョーン!!
休んでる場合じゃないでしょー!
カレーなんて口の中に全部詰込んじゃえばいいのよ!
食べるんじゃなくて全部飲み込む感じよ!
こうやって、があぁーって! ああ!んもう! みんなしっかりしろー!」
ハルヒは見てるだけのクセになかなか無茶ばかり言ってくれる。
俺(朝比奈さん)はなんとか2皿完食していたが、
3皿目には手もつけず、グッタリとしていた。
もうみんな限界が近い。

それでも長門(古泉)は頑張っていた。
自分の背負った使命の重さは地球の重さである。
その顔には必死さと真剣さが伝わってくる
この大食い大会の結果次第では世界の破滅もありえるのだ。
ガ・ン・バ・レ・長・門(古泉)!
その一口には人類の明日が掛かっている!

コップの水を口に含みながら隣の席の朝比奈さん(長門)がため息混じりにつぶやいた。
「閉鎖空間の拡大が加速している」
なんだって?これでもダメなのか?
長門(古泉)の前には空の皿が7枚積み上げられている。
たしかにこれは女子高生としてはすごいのかもしれない。
だが、前回優勝者の意地か、ガリガリ君の食べる速度はそれ以上のものがあった。
すでに10枚。もうすぐ11枚目のお皿が積まれるところだ。
長門(古泉)は負けているなりにも立派に健闘している。
これに勝たないとハルヒのイライラは収まらないのか?
ハルヒの方を見ると爪を噛みながら恨めしそうな顔でこちらを睨んでいる。
さきほどとは違ってまるで鬼気迫る表情だ。
なんとなく閉鎖空間の拡大もうなずけるような気がする。
今勝つための最低ボーダー、カレー12皿は女性の一日辺りの消費カロリーの3倍に達している。
ここまでやらせると危険である。
長門(古泉)の手が急に止まった。
額にはすさまじい量の汗が溜まり、目は充血していた。
いかにも苦しそうな表情を浮かべた長門(古泉)は口パクで「無理」と言っているようであった。

こうなったら仕方ない。
頼む。なるべくばれない方法を使ってくれよ……
朝比奈さん(長門)の口元が素早く何かをつぶやいたかのように見えた。
一瞬動きが止まったかに思えたが、
そこからいきなりスプーンの回転速度が加速した。
4皿目を一気に流し込んだ朝比奈さん(長門)は
5皿目から皿を持ち上げてそのまま一気にサラサラと口の中へ放り込んだ。
食べているというよりもほとんどどこか異空間へ捨てている感じである。
現にお腹が膨れていく様子もない。
よく見ると朝比奈さん(長門)の喉が全く動いていない。
だがそこはうまく皿を持ち上げることで周りから見えないようにカバーしている。
会場は壮絶な盛り上がりを見せた。
メイド服を着た上品で可愛い女の子がすさまじい食いっぷりを披露しているからだ。
朝比奈さん(長門)のその姿はメイドとしてはあまり上品な食べ方とは言えないだろうが、
この際贅沢は言っていられない。
こうなると次の皿にカレーを盛るのが間に合わないくらいである。
司会者が残り一分を告げたところで、
朝比奈さん(長門)があっという間に20皿目のカレーを異空間に流し込み
それを見たガリガリ君はついに諦めたか、手を止めた。
会場はの歓声はヒートし、大盛り上がりを見せた。


市内大食い選手権大会の歴史にSOS団団員3号朝比奈みくるの名が刻まれた。


「表彰状、SOS団団員3号朝比奈みくるどの。
あなたは第6回市内大食い選手権大会において……」
表彰式の最中、すでに長門(古泉)の姿はなかった。
あの満腹の体で閉鎖空間の巨人とどこまでやれるのか知らないが、
朝比奈さん(長門)の優勝により、
幾分か閉鎖空間の拡大は抑えられているということだったのでたぶん大丈夫だろう。
この優勝は無駄ではなかったと思いたい。
ハルヒには長門は急用で帰ったと伝えておくか。

それにしても朝比奈さん(長門)の食いっぷりは見事という他なかった。
見事すぎて逆に怪しまれないか不安である。
実際、前に野球大会でインチキを使ったときも相手チームにはかなり怪しまれたものだが、
今回も周りの選手たちからは疑いの目としか思えない視線が注がれていた。
これ以上SOS団という名前でこのように目立つことをするのは大変危険である。
しかし、ハルヒにはそんなことはどうでもよかったらしく、
「やったわ!みくるちゃん!優勝賞品の商品券でみくるちゃんの新しい衣装を買ってあげるからね!
そうだ!今度は女王様なんてどう?結構高いのよ、ああいう服は。」
と朝比奈さんにとっては何ともありがたくないであろう公約を掲げていた。
ハルヒは朝比奈さん(長門)の手から商品券を当たり前のように奪い去りながら自分の鞄の中に入れていた。
その横で俺(朝比奈さん)がぐったりとしながら、自分にはさも関係のない話のようにしている。
俺ももうしばらくカレーは食いたくない。

大会を終えた4人はすることもないのでそのまま帰宅の途についた。
辺りはすっかり暗くなっている。
「ねえ、キョン」
なんだよ、と返事をしそうになった。
そうだ。俺は今、古泉である。
キョンと呼ばれたら俺(朝比奈さん)が返事をする役目である。
道路のカーブにある反射鏡を見上げるとしっかりとそこに反射鏡を見上げる古泉(俺)の姿がある。
俺(朝比奈さん)は呼びかけに何も答えず、考え事をしていたのか黙々と足を進めていた。
「こら、バカキョン!」
「いたたたっ! は、は、はい! なんでしょう?」
左上腕部をぎゅっとつねられて初めてハルヒの呼びかけに気づいた俺(朝比奈さん)はあわてて振りむく。
「んもう、さっきから何ぼーっとしてんの?
どーせみくるちゃんのことずっと見てたんでしょうけど。
……言っとくけど、みくるちゃんはあたしの物だからね!
変な気起こさないでちょうだいね」
ハルヒは朝比奈さん(長門)に後ろから抱きつくと、
まるで自分のおもちゃを自慢する子供のような顔で朝比奈さん(長門)を軽々と持ち上げた。
持ち上げられた朝比奈さん(長門)は無抵抗なまま
ハルヒの右腕の上で一回転したところで放り出されるようにして着地した。
俺(朝比奈さん)はなにか言いたげな顔をしていたが、
今ハルヒの力で俺たちが入れ替えられているのであれば、
やはり俺たちはみんなハルヒの物といっても過言ではないのかもしれない。
……いや、そんなことはさせないぞ!
させたくないが…自分の体が自分の物でないこんな状態ではあまり説得力もない。

「あたしん家こっちだから、じゃあね」
とハルヒは一言だけ言い切ると、そのまますぐに十字路を左に曲がり暗闇に颯爽と消えていった。
ハルヒは本当に元気なままだ。
何か不機嫌な要素を残しているとは思えない。
そのことが余計こちらを不安にさせる。

俺(朝比奈さん)とも次の角でわかれ、
そこからしばらくは朝比奈さん(長門)と二人きりとなった。
朝比奈さん(長門)はいつものとおりの長門らしくずっと無言のままだ。
途中すれ違う人たちが朝比奈さん(長門)のメイド服姿に驚いていたが
そんなことはまるで目に入っていないようだ。
光陽園駅が見えてきたところで朝比奈さん(長門)は急にまま立ち止まった。
朝比奈さん(長門)の右腕についたメイド長の腕章が風にゆれ動く中、
体は1ミリも動かさず顔だけをゆっくりこちらへ向けてきた。
長門がこんな風な行動を取るときは必ず何か重要な意味がある。
あるのだが、その行動は少し遅い。
早く言えって。

「……わたしの家に来て」
突然心臓の音がドクンからドキンに変わったような気がする。
いつか本物の朝比奈さんにこんなことを言われる日が来てほしいものだ。
「なんで?ここでは話せないこと?」
「話したいことがあるの」
朝比奈さん(長門)の目は真剣そのものであった。

長門のマンションは昨日来たばかりだ。
あのときはだいぶ混乱していたな。俺も。
二日たって落ち着きは取り戻したが、肉体は取り戻せないままだ。
エレベーターに乗って7階を押す。
「何か食べたいものある?」
朝比奈さん(長門)が珍しく人の注文を受けようとしている。
「…冷凍庫にカレーしかないけど」
思わず驚いてしまった。
そして少し笑ってしまった。
長門、お前いつの間にか冗談がうまくなったなぁ。

部屋の電気をつけてコタツ机に座っていると、
朝比奈さん(長門)が台所から盆に急須と湯飲みを載せて持ってきた。
いつか最初にこの家に来たときと同じ状況なのだが、今ここにいるのは朝比奈さんと古泉だ。
周りから見たら全然違う風景である。
さきほどのようにドジッ娘発動でお茶をこぼさないうちに空中で茶碗を受け取った。
「話ってなにかな?」
こちらから切り出してもすぐに話し出さないのが長門の癖だ。
俺もとりあえず飲めといわんばかりに出されたお茶に口をつけて押し黙った。
朝比奈さんの入れたお茶と少し味が違う気がする。
だがこれはこれでおいしいと思えるから不思議だ。
朝比奈さんの体からはお茶をおいしくさせる成分が抽出されているのだろうか。

ふと、昨日長門(古泉)が言っていたことが気になった。
「ところでお前、朝比奈さんの体になってから、ハルヒに対する観測の視点とやらに変化はあったのか?」
昨日の長門(古泉)からの電話のときの話題だ。
長門はもしかしたら今回の事件を意図的に起こした張本人かもしれないというものだ。
今日のハルヒの様子を見ていると、もしかしたらこの長門という線も考えられなくはない。
人間を入れ替えるなんてことが出来るのはあとは長門くらいのものだからな。
朝比奈さん(長門)はうつむいたまま何も答えない。
何か心の中で葛藤しているのか。そしてようやく口にしたことばは…
「もしかしたら私たちは……元の体には戻れないかもしれない。」
な、なんだって?
「私を含め団員の4人は恒久的にこの体のまますごすことになる可能性がある」
衝撃的かつ無責任な発言だ。
古泉が言っていた最悪な予感の一つを自ら宣言したのである。
そのくせ俺の質問には何も答えていない。
…待ってくれ長門。昨日と話が違うぞ。
お前が俺たちの体を元に戻せないとなったら俺たちはどうすればいいんだ?
またハルヒのきまぐれで俺たちの体をシャッフルする日を待てというのか?
それともそうさせるように仕向けろというのか?
しかもハルヒには入れ替え事件を知らせずにだぞ?

話は長くなる、といったん前置きをおいた後お茶を静かにすすって答えた。
「今回の騒動の発端は涼宮ハルヒ。
彼女による小規模時空変換の際に、私の中にある変化がもたらされた。
それは人間が有機生命体である以上、体内細胞に微小ながら蓄積される思考情報の残骸。
…あなた達の言葉で言うところの残留思念ともいうべきものを解析したときに起こった」

残留思念などという言葉を使ったことなどないが、
とにかく体に残った記憶のようなものだろう。
そんなものがあるなんて気づかなかった。
じゃあ、この古泉の体にも残留思念があるというのだろうか。
しかしながら俺は今、古泉の使う超能力もなければ意識も記憶も何も持っていない。
「人間にはどのようなデバイスを用いてもこの残留データから情報を汲み取ることは出来ない。
このことは未来人である朝比奈みくるも同じこと。つまり私だけにできる…」
と言って朝比奈さん(長門)が急に隣に体を寄せてきた。
ドキっとして思わず体を反らそうとしたが朝比奈さん(長門)密着してくる。
そして右手の人差し指をゆっくりと古泉(俺)の額に伸ばし、軽く触れた。
いや、触れたのだろうか。触ると同時に感覚がなくなったのでわからなかった。

目の前が突然真っ暗になったのである。
いや、急に暗いところに来た時のフラッシュバックともいえる状態だろうか。
徐々にボンヤリと周りの状況が確認できる。
ぼんやりと明るい灰色の空、無音の空間、誰もいないビル群。
…閉鎖空間である。
だが不思議なことに今回の閉鎖空間は今までと感覚を全く別にしていた。
言葉では説明できない何かをたしかにそこに感じていた。
誰かがここにいる。わかる。
そして戦っている。あの光の巨人とだ。

そしてこの空間を生み出した主の存在をはっきりと感じる。
──ハルヒ。

急にまたフラッシュバックした。今度は眩しい。
気づくとまた長門の部屋にいた。
朝比奈さん(長門)の指がゆっくりと目の前から離れていく。
今の映像が古泉の体にあった残留思念なのだろうか。
やけに生々しい。今起こっている出来事のようであった。

「朝比奈みくるの情報を解析しているうちに、意識下における情報の中で、
今回の騒動の原因の因子とみえる意識の片鱗を捕らえた」
つまり、朝比奈さんに原因の一部があるってことか?
もしかしてそれを言うために俺をここへ呼んだのか?
「朝比奈みくるは自己の言動により涼宮ハルヒへ大きな影響を与えたことを無意識の元に自認している。
そのことが今回の入れ替え騒動を引き起こした原因になったかもしれないということも。
しかしそれは…朝比奈みくるとして、言ってはいけないことが含まれている。」
なんだそれは。
知っているけど教えてくれないというのだろうか。
朝比奈さん特有の禁則事項とでもいうのか?
朝比奈さん(長門)は押し黙ったままうつむいている。
「……以前の私なら言えたこと。
私は…朝比奈みくるの残留思念のもたらすエラーにこれ以上対処できない」
どうしても教えてもらえないのか?
「わからない。このことがなぜか朝比奈みくるにとっての意識の中で特別なカテゴリーを持ち、
その情報は身体における理解の分別の中にいくつかの情報とともにタブーを伴って存在している」
タブー…それは未来人としての特性なのだろうか。
とにかく長門の使う言葉がわかりにくく、理解が全てに及ばない。
こういうのをなんていうんだっけ?
長門は情報の伝達に齟齬が発生するって言ってたな。

「私は現在、情報統合思念体と直接同期できない。
このことが個としての私本体の能力に限界をもたらすと同時に、
朝比奈みくるから受ける情報同期への回避行動を不可避なものへとさせている。
そして、朝比奈みくるによってもたらされた蓄積情報が、
排除できないデブリとなって私に大きなエラー情報を与えている。
いつか私にもたらされるかもしれない大きなバグが情報回路に形成されつつある。
それが発動したときの行動を予測できない。
きっとあなた達を元に戻すことは出来ないだろう」
長門は普段は全くの無言だが、しゃべるとなると一気にしゃべる癖がある。
お茶はすっかり冷たくなってしまっている。
頭の中もすっかり冷めてしまった。
長門にとって朝比奈さんの体でいることはいろいろと不都合があるらしい。
だからハルヒの能力による規制が外れても、
そのまま能力が落ちたままになる可能性があるということだろう。
ざっとこんな感じの意味だったと理解した。
これ以上は今の俺にはついていけない。
「ところで、長門の今の状態が徐々に変化していくものとして…、
9月12日になった時点で俺たちの体を元に戻すことのできる可能性はどのくらいあるんだ?」
「おおよそ…99.9996%」
ほぼ確実に大丈夫じゃないか。
たったの0.0004%がそんなに長門を不安にさせる材料となっているのか。
いや、長門のことだ。
この極少の確率がいずれ大きな可能になることを知っているのかもしれない。
だから俺にそのことを警告しているのだ。
そのときが来たら助けてくれと言いたいのかもしれない。

部屋から出たときに初めて気づいた。
俺は今まで、朝比奈さんと二人きりで一緒の空間にいたのだということを。
中身は長門にしろ、体はあの犯罪的なボディーである。
むしろ中身が長門であるからこそ間違いが起きても朝比奈さんにはわからないということで…
いや、間違いはないんだが、もちろんする気はないんだが、何言ってるんだ俺は。
せっかくの貴重な時間を何もせずにただ話を聞いているだけに終わってしまった自分を情けなく思った。
さっさと帰ろう。っと今日も泊まりはホテルだ。我が家が恋しい。

古泉が用意してくれたホテルは昨日と同じ、
部屋の番号だけが違う部屋であった。
部屋の配置などに変化もない、つまらないビジネスホテルの一室。
シャワーを浴びて横になると同時に携帯が鳴った。
長門(古泉)からだ。
「やあ、すいません。もう寝ていましたか?まだ大丈夫でしたらお伝えしたことがありまして」
すっかり口調は古泉だ。
昼間の長門(古泉)とは別人のような語り口である。
「いえいえ、あれは長門さんのフリですから。
うまくなったものでしょう?僕も俳優やらせたらなかなかの物になるんじゃないですかね?」
「疲れてるんだから用件だけ言え」
「ああ、すいません。もちろん他でもない涼宮さんの話なんですが」
長門の次は今度はハルヒか。
SOS団は問題ばかり発生する団ともいえるな。まさにSOSだ。
「閉鎖空間の発生が頻発しています。
あなたと別れた後もあれから二回も閉鎖空間が発生しました」

やっぱり原因はハルヒなんだろうか。
古泉がそう感じるだけで他の人が作り出した閉鎖空間ってことはないのだろうか。
さっき朝比奈さん(長門)は自分の力が制御できないと言った。
さらに朝比奈さん自身に原因の発端があるとも言った。
「いいえ、それはありません。
間違いなくこの閉鎖空間を発生させたのは涼宮さんです
わかってしまうのだから仕方がないのです。」
そう、それはさっき古泉の体とシンクロしたときなんとなく感じていた。
あの一瞬で今ハルヒの心の中に抱えている意識下ストレスの大きさがわかったのだ。
だから古泉の言いたいことはよくわかる。
「今までの涼宮さんの場合、閉鎖空間を広げるときは何か物事がうまくいっていないときでした。
そういうときの涼宮さんの様子であれば、顔色や態度からなんとなく読み取れるはずでした。
ですが今回は違いました。
あなたも目の前で見ていたでしょうが、
涼宮さんの提案した大食い大会に優勝しているにも関わらず、ストレスは増大していったのです
もちろん閉鎖空間の規模もどんどん大きくなっています。
今まではあなたの力でかなり涼宮さんのストレスを抑えることが出来ていました。
少なくともイライラの原因を推し量ったり、
涼宮さんの行動をコントロールしたりはできましたからね。
ですが、今僕たちは自分の体を離れ、各々の行動を制御できません。
あの朝比奈さんではあなたの肉体を使って涼宮さんのストレスをとめることは出来ないのです」
俺はもうハルヒの相方として離れることができない存在だとでも言いたいのだろうか。
俺はアンコウの雄と雌じゃない。
あいつの伴侶としていきるつもりは毛頭ない。
だが、このまま灰色の世界に飲み込まれて消えるのはもっと嫌だ。

「このまま行くと明後日くらいが持ちこたえられる限界です。
長門さんの力で元に戻してもらうにしても
少なくとも9月12日まではこのままでいなくてはなりません。
もしかしたら……」
もしかしたら?
「もしかしたら9月12日という日は人類滅亡の期限なのかもしれませんよ」
人類の滅亡だと?
そういうことを軽々しく口にする古泉の癖にはもううんざりする。
早く電話を切ってくれ。
「この調子では明日は学校に行けないかもしれません。
そのときは涼宮さんを頼みます。
とにかく涼宮さんのストレスの原因を探ってください。お願いします。では」
頼まれてもどうしようもない。
さっき古泉がいったように俺は今古泉になっているせいでハルヒに対して影響力が少なくなっているからだ。
そしてその体を動かしている朝比奈さんは今回の原因について何も話してはくれてはいなかった。
朝比奈さんの体に乗り移っている長門もだ。
細かいことは明日直接聞くしかない。
まずはハルヒのストレスの原因を探ることから始めなくては…
携帯を机の上に置き、ぐったりと横になって時計を見ると時間は12時を差していた。
明日は9月10日。
何をするのか具体的にはつかめぬまま、とにかく明日にかけるしかない。
古泉になって二日目の夜が更けていった。