さて、皆さんに一考して貰いたい。

言う事には責任を持てとは良く言うもので。
そりゃあ、たった一言で他人を大いに傷つけたり、悲しませたり、怒らせたり、笑わせたり、喜ばせたりと、言葉には、それはもう大袈裟なほど
神秘的魔力があると言っても過言ではない。
しかして、だ。
人はこの理を理解しているとはいえ、おいそれとそればかり気にしてばかりいられない。

ただの世間話もすれば、馬鹿げた話だってするものだ。
相手が親しい友人や家族なら尚更それに当て嵌まる。
だからこそ、そんなことに気にしてばかりいれば堅い事しか言えず、悠長に笑い合うことさえ出来ないなんて息苦しいことこの上ない。

だからこの場合、それは状況に応じて臨機応変に使い分けることが無難なわけだと思う。

ここで、一考していただけた人には肯定的な意見もあれば、否定的意見もあるだろう。
残念ながら今回重要なのは俺の独白に対する議論ではない。

俺は戦況を見誤ったかどうかなのである。

「ほれほれ、あーん。」

ええぃ、これ見よがしに唐揚げを突き出すな。
パブロフの犬の如く、条件反射で喰い付いてしまうところだったぞ。

さてさて、今度は皆さんの思い出を掘り返して欲しい。
一度ぐらいは経験はお在りだろう、『恋愛話』についての談笑を。
決して、『恋愛事』ではない、『恋愛話』である。
前者は己が体験談などを交えたものに対し、後者はオールマイティーと言えるほど幅は広い、体験談が無い者にとっても理想やらなんやらを語れるものだ。
似て非なる、なんてものではなくそれはもう、雲泥の差に等しい。

それほどの差が生まれるこの件に関し、自分は体験談など一切ないわけであり、相手は相手で体験したと言えるのか甚だ疑問を感じるしかない、奇妙な男性とのお付き合いをしていたハルヒである。
つまりは必然的に、そのような会話の流れになった場合、『恋愛話』へと身を預けるしかないのだ。

「ほんっと解んないわ。」

机の上に両腕を置き、どっしりとそこに頭を乗せながら視線はどこぞへと向けられる。
何がだ?なんて疑問を投げ掛けながらストローを銀色の膜に刺すタイプの紙パック、それに入ったコーヒー牛乳を飲み下す。

「あれよ、あれ。」

顎で『あれ』とやらがある方向をくいっと示す。
取り留めて何の気なしにそちらへと目線を向ければ、名のみぞ知るクラスメイトの男女が仲睦まじく談笑なんかして、正に青春を謳歌している図が見える。
何とも言えぬ眩しい光と桃色の危ういオーラが、目を細めれば見えるのではないかと思ってしまうのは、敏感だからか馬鹿だからか。

内容物が空になったことを知らせる不愉快な音色を奏でながら、あれがどうした?と続けてハルヒに疑問をぶつける。

「なに?異性と付き合うってことはそんなにおもしろいことなの?」

体験の1つもない俺に聞くのはお門違いと言うものだが、ここは無難に、悪くはないんじゃないか、と答える。

「清く健全なお付き合い?馬鹿みたいな真面目なものの何処に、興味を惹かれる部分があるってのよ。」

底に密着していたストローを少しだけ引き、空気を吹いては吸ってを繰り返しながら、そんなハルヒの言葉を真摯に受け止め、右から左へと誘導していた。

「一種の精神病よ?気の迷いって言っても過言じゃないじゃない。」

ぷんすかぷんすか、と、どうやったらそんなに怒れるのか是非ともご口授願いたい。差し当たって、まずはカルシウム不足からか。

「動悸、息切れ、微熱、体の火照り、不眠、妄想症、鬱、胸痛等々。そんな症状を抱えてまで『好き』って感情を抑えられない気が知れないわね。」

コイツ、素晴らしき『恋』というものを病名に直しやがった。
興味無しの者だからこそ出来ることなのか、はたまた本やテレビから得た知識で想像した産物なのか。
どちらにせよ、事細かに症状をこうまで言えるもんかね。

しかし、これ以上不機嫌でいられるのには自分としてはあまりよろしくない状況だ。
おまけに年頃の女の子が恋愛に関してこうまで否定的なのも、男からすれば妙に切ないもの。
なのでここは、説得しつつ、それに納得するだけの調味料を加えてやれば、ハルヒとしてもこの件に喰って掛かることもなくなるかもしれん。

「いや、しかしだ、人を好きになるというのは理屈じゃない。仮にあの2人にどうして相手を好きになったか聞いてみたとする。
それは俺らからすれば、『たったそれだけ?』と思うことでも当人にとっては大切な要素であったりする。
下手すれば解らないなんて答えが返ってくるかもしれん。だが、それぐらい言葉にするのも難しいことでもあるのだ。」

ここまではまぁ、普通の語りだろう。普通だよな?お前だけだ、とか言われたら夜、ハンカチを噛みながら枕を涙で濡らすぞ。

しかし、ハルヒ的には普通の回答と捉えられただけ良しとしよう。目と眉を吊り上げて不機嫌さが更に際立っているのだから。
それでは、ここいらで納得するだけのスパイスを込めますか。

「言うならば、そんな感情を持たない俺ら常人には理解し難いものってことになる。
ある種、恋する人ってのは魔法以上に愉快な、超能力以上の不思議と宇宙人以上の興味がある非日常を求めてるってことになると俺は常々思う。」

どうだろう、俺特製のスパイスは。
言わなくても解っている、俄然無理がありすぎたか。こんなスパイスを込めていたら、この洗いを造ったのは誰だ!?なんて厨房にどやしに来られるだろうな。
まぁ、人それぞれ『恋』という解釈があるわけで、強ち述べたこと全てが自分の中の定義と違うわけでもない。
例えが、ハルヒを説かす為だったと言うことだ。

「ふーん。」

なるほど、そういう考え方もあるのか、みたいな表情でハルヒはこっちを見る。
まさか納得して頂けるとは、感謝の極み。

「じゃあ、あの2人はその魔法以上に愉快な、超能力以上の不思議と宇宙人以上の興味がある非日常を得てるってこと?」

いつ、どんな時でもそれらの単語が出て来たら何でもかんでも信用するんじゃないだろうな?
『この壺を買えば、宇宙人に出会えるよ!』なんて悪徳商法があればひょいっと餌に喰い付きそうで怖い。

「だろうな。なんたってそこには未来人以上に素敵な相手がいるんだから。」

むっ、上手く纏められたんじゃないか?座布団3枚級だな。
仮に相当上手く纏めてたとしても褒めてくれるのはこの学校で3人しかいないのが癪だが。

ほおほお、と何時の間にか突っ伏した状態から体を起こし、顎に銃型の手をやり、何やら考え事をしているようだ。

「それは、あれね。不思議を追い求めるSOS団・団長としては、それを感じたことが無いと言うのはあれよねぇ?」

うんうん、と体勢を崩さず大袈裟に2度頷いて見せる。
何が言いたいのか、結論が見えてこない。

「と言う訳で!!」

そこまで抑えていたテンションが一気に爆発したかの如く、突然こちらに向けて大声を上げる。
普段のハルヒの大声は慣れていたが、気を緩めば何時でもそれは不慣れなものへと変化するものだ。
実際、その出来事に驚いて、ストローへ有りっ丈の二酸化炭素を送り、容器をボンッ!って音がさせるぐらいに膨らませたのだから。

「SOS団・団長としましては、不思議と名の付くものは見過ごすわけには行きません。
正直な感想を述べましても、不本意ではありますが、『恋愛事』に身を投じてみようと思う次第であります。」

まん丸に肥えた容器を眺めながら、そんな言葉が聞こえてくる。出来るだけ容器に目を遣りたいのはハルヒにも、大声に反応し、こちらに注目しているクラスメイトにも目線を合わせたくないからだ。

「更にもう一度、と言う訳で!!」

ずびしっ!!と、テレビ番組か何かだったら1から3のカメラで撮影されたそれぞれ異なる角度の映像を連続で見せられそうなぐらいに素晴らしい指差しだ。
それがこちらに向いてなければ、20点の減点も帳消しだぞ。

「キョン、あんた手伝いなさい。」

ぷしゅー、と容器をほんの少し力を込めて握ってみれば、可笑しな音を立てて空気が抜ける。
可笑しいと言えば何を言っておられるのかね、このお方は。
俺に何を手伝えと言うのか。

しかし、ここで思考してみた。
計らずとも、あの涼宮ハルヒが恋愛という事柄に関して興味を示し、それに身を投じると言っているのである。
これはもしかすれば、俺がハルヒに求めて止まない、普通の女子高生としての生活を送って欲しいという願望が叶う可能性があるかもしれない。
差し当たって、俺が手伝うとすればこいつのお相手探しと、経験は無いが異性との交際の仕方か。

はるひ「ああ、あいしてるわ!!」

おれがみつけたあいて「おれもだ、はるひ!」

おれ「おめでとう、ふたりとも!」

はるひ「ありがとう、きょん!これからは、このあいするひとのためにふつーのじょしこうせいとしていきるわ!でもSOSだんはかいさんしません!」

みんな「おー!!」

はるひ「さぁ、みんな、きょうもふしぎをさがしにいくわよー!」

―きょんせんせいのじかいさくにごきたいください―

即興で考えたので漢字に直す暇も無く映像も読者に想像という概念をフルに活用してもらう真っ白な原稿のようになっているが、こんな理想の終わり方も、可能性は無きにしも非ず。
悪か無いぜ?
ちなみに俺の理想郷はハルヒに極一般の女の子のように恋愛を楽しみ、少々、傍若無人振りが穏和され、且つ、SOS団はそのままというもの。上記にある陳腐な物語でお解りだろうが。
けれど、それが素敵とは思わんかね、ワトソン君。ま、この理想郷を叶えるにはハルヒ自身を変えなきゃならんわけで、今はそれを試みてるわけだ。

大体、この場合どう転んでも悪い方向に向かうことはないだろうしな。
今回は心から応援してやろうかね。問題は本当に俺が役に立つかどうかだが。

「ま、こんな俺で良ければ、幾らでも手伝ってやるよ。」

そんな、良い人キョンは優しい言葉を掛けるわけであって。

どうして、にんまぁー、と嫌らしい笑顔を向けられるのか理解出来ない。
あ、コイツ、言いやがった、みたいな表情も戴けない。更に10点減点だ。

「男として、武士として、その言葉忘れるな!」

言いたいことだけ言い放ち、この話を始めた時の体勢に戻る。
普段ならそれで寝ているとも取れる体勢であり、もし起きていたと解っても不機嫌だと感じる。
しかし、今は鼻唄なんかを演奏しながら、大層ご機嫌だ。それほど、楽しみかね?
俺としても、色々と言いたいことはある。というか今聞かないと後々何をさせられるのか解らないだけ恐怖心も常駐してしまう。
ま、しかしだ、何にせよ、ハルヒの恋愛事に関してなら何時ものような大層心に厳しいものは訪れはしないだろう。
今回は表舞台に立つことなんてない完璧な裏方の存在だしな。

それでも、1つだけ言っておくことがある。

「武士じゃねぇよ。」



退屈というものは、存在するべきなのか葬り去られるべきなのか。

退屈と平和は密接に関係しているだろう。イコールという方程式で成り立っていると思っても間違いではないはずだ。
何も無い、何も起きない時間は平和であり、故に退屈である。

逆に何か起き、何かがあれば良くも悪くも退屈という単語は自分の辞書から当分の間、消去される。
ま、そんなもんなんだよ、人間は。

話は変わるが、お寺とかの修行で『無心になれ』と言う言葉が連想される。されることにしてくれ。
そこで、だ。
何かに夢中になった経験はあるはず。それを思い出して欲しい。
その時、実は無心だったのではないだろうか?
多分、曖昧程度に、楽しんでたと思うなぁ、と気持ちを思い出していることだろう。
その実、その瞬間は何かに追われるように無我夢中になり、心で感情を抱くのも忘れているのではなかろうか。
まぁ、個人的見解ではあるが、人間気付かないところで既に成し遂げていたりするもんだ。
そんなもんなんだよ、人間は。


でだ、取り留めてこの退屈と無心を、話題に出したのも別段理由は無い。
心の中だけで語る、独白だ。誰にだってあるだろう。

強いて言うなら退屈で仕方ない授業が中々終わりを見せず、ふと外を眺めていたら何時の間にか授業は終了していた、ってことぐらいか。

「午前の授業も終了。」

誰に言った言葉じゃない。自分で、良くぞ耐えました、って褒め称えてるだけ。

首を肩に付けるように左右に振れば、コキコキと関節が鳴る。何をしたというわけではないが、疲れるものは疲れる。
早いところ在り難い茶を頂き、日本人としての癒しを得たいところだ。
もちろんそれは、あの部室で。が、その癒しを得る前に、眼前の癒し。
ほど良いこの空腹という感覚を満たして、午後の授業に備えるとしますか。

んー、と両手の指を絡め前へと伸ばし、これからの行動に対しての準備運動を行う。
またしてもコキコキと鳴る関節に、疲れてるのか、と思いながらその準備運動を終了させ、鞄から弁当を出そうとしたわけだが。
刹那。
世界が揺れる。

「訳が解らん。」

当然である、至極当然である。
あの後、世界が揺れた原因が何かと思えば、俺の中では良くある風景で。
俺の腕を引っ張り背中を見せるハルヒがいたわけだ。
それが放課後なら特に気にも留めないが、まだ日が丁度真ん中に立つことを意味する真昼間だ。
それを不可思議に思い、引っ張られながらも抗議の声を上げるのだが、馬の耳に念仏で当然ハルヒには効果が無い。

ま、効果がまったく無かったわけではない。
俺の抗議の声にピタリと脚を止め、この行動の理由を語るのか、それとも謝罪の言葉を掛けるのか、パーセンテージで言えば、後者は0に等しい数字ではあるが、そのどちらかの行動に出ると思われたが

ああ、そっか

と、こちらに背中を向けたままポツリと呟き、引っ張られた腕を離し、手を握られる。
違う、そんな抗議の声を上げていない、と抗議の上に更に抗議を重ねて言う。

ああ、そっか

と、ついさきほど体験したばかりなのに既視感に似た感覚を覚えながら、また次の行動を待つ。
さすれば、ハルヒは握った手をまた離し、今度は指を絡めて改めて手を握る。
全然違う、お前は馬鹿か?という抗議中の抗議の声を上げた。

ああ、そっか

三度目の正直と言うやつか。
が、世の中どこまでも良く出来ておりどんな行動も言葉に出来るもんで。
二度在る事は三度在る、やっと手を解放されたかと思えば、しゅるりと頭のカチューシャを解き鏡も無いのに手馴れたもので、揺れる一束を造り出しまた指を絡める。
次元が違う、お前はアホか?と抗議の声を上げるのもほとほと面倒なのだが、兎に角止めるわけにはいかなかった、わけだが、そこでもうその言葉が何の意味を持たないことを教えるように、またハルヒは歩を進めた。

やって来たのは食堂の屋外テーブル。
どこぞのにやけた青年を思い出す場所でしかないそこに何故自分は連れて来られたのか、その理由をやっと語られるのだろうと思っていたが。

「ここで、待ってなさい。」

その一言だけを残して、食堂へと消えていった。


「わけが、わからん。」

もう一度、今度は言葉を区切って漏らしてみる。
よもや放課後だけでなく、ランチタイムまでアイツに付き合わされることになるとは。
ただでさえ嫌いな『運命』って言葉が反吐が出るくらい嫌悪したくなる。

今度は一体何を思いついたと言うのやら。
ここで考えられる可能性は、やはり午前中に語ったあれの事。
今まであまりしたことのない会話で、乗り気じゃないと自称しながらもそれに身を任せると言ったハルヒ。
2つの奇妙だけで十分なのに、ここに俺がいることでもう1つプラスされるわけだ。

となれば十中八九、それが原因なのだが、問題なのは自分がここに連れられた理由。そこだけだ。
幸いにも、あれだけ突然の事にも本能は悟っていたのか、弁当を共に連れ歩かせたのは自分の能力が開眼された印か。
考えたくはないが、ハルヒという人物と付き合ったから出来た能力なのだがな、きっと。それも超能力とかそういう類じゃないのが泣けてくる。

さてはて、どこぞへ消えたハルヒが何時戻るかも解らんし、お先に食事とさせて頂きますか。

しゅるり、と弁当を包む袋を解く音は、何度聞いても心地良い。
ま、満腹の時に聞いたら、気分を害するものに変貌するんだろうな。
ほとほと、人間とはそういうものだ。

かぱっ、と弁当の蓋を開けてみれば、昨晩の残り物であろう唐揚げが数個、主演男優として輝いている。
残り物があーだこーだと言うつもりは一切無い。
あーだこーだと言う奴は子供にとっては神様的存在である母親と代わって、弁当作りだけでもしてみるが良い。
日々の有り難味が痛いほど心身で感じること請け合いだ。

箸を弁当の前に置き、手を合わせる。

「いただき―「待てって言ったでしょうが!!」

どんっ、なんてもんじゃなく、どかんっ!と鳴るぐらいの擬音が地力強く置かれたお盆と机の間からするりと流れ出る。
どれだけの勢いで設置されたかはその音だけで十分だが、お盆に乗せられた丼から液体が宙に舞い、ちゃぽん、と演奏者が愛して止まない不思議な音色を残して、また元の位置に戻るのを見ても良く解ることだ。

お前はタイミングが悪いのか良いのか解らん。良い意味でも悪い意味でも空気を読むことをお勧めしよう。

「待てと言われたら待て!」

ぶつぶつと文句を垂れながら、椅子を引っ張り俺の隣へと陣取る。
丸いテーブルなんだから対面に座るのが普通だろう、と当然のことを考え、少し不安が募る。
まさか、こういう普通のも、嫌だから、って言うつもりじゃなかろうね。
それならそれで問題は大有りなのだが、ここは敢えて何も聞かないのが得策だろう。
そうよ、悪い?なんて答えが返ってきたら、胃の痛みを抑えられる自信がないからな。

「はい、それじゃあいただきます。」

指で箸を挟みながら両手を合わせ突然そう告げる。
いや、まぁ別に俺に断りを入れる必要性なんてこれっぽちもないが、それを言おうとしていた所でお前に遮られたと思うと何だかね、切ないよホント。

そんな俺の心の声を見透かしたのか、キッ、とキツイ目をこちらに向ける。
良いじゃねぇか、心の中ぐらいそう思っても。

「アンタも一緒に言うのよ!」

どうやら、心を見透かされたわけではないようだ。
しかし、怒る原因はたったそれだけか?
本当にカルシウム不足なんではなかろうか、骨粗鬆症が心配である。

ま、言うこと事態、別に嫌じゃない。どうせ言わないといけないことだしな。
ただ、一緒に言う必要性なんてあるのかねぇ。

「はい、それじゃあもう一度。さん、はい!」

いただきます、と2人して手を合わせ、素材となってくれた生き物達と造ってくれた人々に感謝の念を2人で言葉に表す。

しかし、周りの人間からすれば、俺達2人の姿は、宗教団体の儀式に捉えられていそうで怖い。
有名な怪しい団の団長と団員だもんな。

そんなことを気に留めても、周りの人間の心の声なんて聞こえてくるわけでもなし。
結局、思ってみるだけで後は何時も通り弁当を平らげていくだけだ。
ふむ、サクッ、としなくとも唐揚げはやはり上手い。

「あ、良いな。1つ頂戴。」

ふーふー、と猫舌でも無いのに懸命に蕎麦に向かって息を吹きかけていたが、俺の口にする唐揚げに心惹かれ、1つくれ、と懇願する。
構わんよ、俺はそれほどケチじゃない。土曜の財布の痛みに比べたら屁でもないしな。

ん、と了承の返事を軽く省略して、弁当をハルヒが取りやすいように2人の真ん中辺りへと移動させる。
だが、怪訝そうな表情を浮かべるだけで結局、唐揚げに箸は進まない。
なんだ、いらないのか?なんて言ってみても、はぁー、と溜め息を上げて一口蕎麦を啜る。

「あーん。」

あーん?なんだ、その旧時代の不良が言う、文句あっか?みたいな台詞は。仮にも女子高生としての自覚を持つべきだ。

「あんたふざけてる?」

がしっ、と頭を捕まれ、ぐぐぃ、と顔を無理やり近付けさせられる。
ハルヒの目に、漆黒の炎が上がっているのが、妙に綺麗で怖かった。

「食べさせろって意味よ。」

そう言って今度は口を開けるだけで、あーん、とは言わなかった。
箸で取るのも億劫か、どんだけ大ちゃく者だ、お前は。
とは言え、どうせ止めはしないんだろうから、仕方なしに唐揚げを掴みハルヒの口元へと持っていく。

「あーん。」

条件反射みたいなもんだろうね、俺が、あーん、なんて言うのは。
実際やった相手は妹ぐらいで、それもたまにだ。精々、風邪をひいた時にお粥を喰わせる程度。
そんな数少ない経験でもどこぞで植え付けられた記憶と混ざり合って、するりと口から零れさせた。
嘘だと思うならやってみれば良い、存外、馬鹿にできないだろう。

「ん、おいし。」

どこか幸せそうに唐揚げを謳歌している。
その台詞、母親に聞かせれば大層喜ぶだろう。その母親の息子としても少々鼻高々になってしまうのも仕方ないものだ。

「いいわよねー、そんな美味しいお弁当造ってもらえるなんて。」

だったらお前も造って貰ったら良いだろ?なんて言葉を喉元で押し潰す。
別に理由は無い。ただ言わなくても良いと思っただけ。

「それにしても、あんたさっきのと言い、もうちょっと協力しよう、っていう気持ちは無いの?」

何のことだよ?と言いながら弁当を手元へと戻そうとする手をぺしっ、と叩かれる。
お嬢様、はしたないですわ、とレディーの躾をする貴婦人かお前は。

「アホキョン、もう朝の事忘れてるの?」

忘れられる訳が無い。天変地異の前触れだぞ。
言うならば、地震の前兆を感知してじたばたと暴れる鯰のような奇奇怪怪さだ。
ま、お前の場合、天変地異は閉鎖空間という名のものに変わるがな。

自分で言っておいてなんだが、笑えんな、底なしに。

「覚えてる、が、今のこれとまったく繋がりが無い。」

「あれね、あんたって私以上に疎いわよね。」

さっぱり話の真髄が見えて来ない。何が言いたいのだろう?

「何が言いたい?」

「そりゃあ、一時の気の迷いって言ったけど、あんたは恋愛感情が欠如してると言っても過言じゃないわね。」

「まぁ、それほど敏感って訳じゃないだろうな、経験談の1つでさえ雑巾みたいに絞っても出てこないし。」

確かに、自分でもハルヒの意見には同意せざるを得ない。
彼女は欲しい?と聞かれればまぁ、いれば良いんじゃないの?と疑問文を疑問文で返すぐらいの事でしかない。
好意を抱く相手など、それこそまだ現れてなどいない。ま、そんな奴なんですよ、俺は。
しかし、ホントに何が言いたいんだコイツは。

「いや、だから何が言いたい。」

まだ解んないの?とジト目でこちらを貫いているが、解らないのは解らない。
別に惚けているわけでもないので、早いとこ明確な答えが欲しいのだが。

「手伝ってくれるんでしょ?私の『恋人』役として。」

はっはーん、そう来たか。そう来ましたか。そう攻めてきましたか。
俺の『手伝う』って意味をそういう風に受け取りましたか。

「愚か者。俺は相手を探す手伝いと交際の仕方を手伝うというつもりで言ったんだ。」

レタスで覆われたポテトサラダのポテトを口に運び、心底呆れた。
なんで俺がそんなことしなければならないのか。猛獣の餌係から飼育係に昇格して誰が喜ぶと言うのだろう。

「ふーん。じゃあ、探して来て私の目の前に連れて来て。10秒以内ね。」

できるか、とあいつのおでこをぺちんと叩く。
もちろん軽めに。ま。ふざけ程度だ、仮にもこいつだって女の子なわけだしな。

属に言う『女に手を挙げる奴は、如何なる理由があっても男じゃない』と言われるが、それこそふざけた定義だと常々思う。
じゃあいけないことをしてもそれをぐっと押し堪えて耐えろ、と?
冗談じゃない、だからこそ俺は『女、子供だろうと言ってはいけないこと・してはいけないことをしたら本気で殴る』ということにしている。
差別はしない、誰だって平等に怒ってやるさ。
怒りに任せた暴力でも、他人に罵られようと変わらないだろし、変える気もない。
ただただ、その時が来ないことを祈るぐらいだ。

なんてこと、カウントダウンしているこいつは知りようもないだろうな。

「はい、タイムアップ。」

律儀に10から0まで数えて、時間切れと相成ったことを教えてくれる。
どうせ間に合わないのだから、どうでも良いがな。

「で、連れて来た?なるほど、私の目の前にいるのはあんたね。じゃあ、これから『恋人』役として宜しく。」

一気に捲くし立てたが、ありかそれ?
端が駄目なら、真ん中を渡れば良いじゃない的な頓知だぞ、それ。
新右衛門さん、あなたが怒らないでどうするよ。

ほとほとこいつの考えること、やる事には毎度毎度呆れるが、今日は今までの中でも呆れ度ランクトップ3には入るだろう。
そんな呆れを運んで来てくれる張本人は、何にも気にせず俺の弁当から唐揚げを摘む。
まだ、喰うのかよ。なんて思っていたが、突然それを俺の顔の前まで持ってきて、予想外の一言を漏らす。

「ほれほれ、あーん。」

ええぃ、これ見よがしに唐揚げを突き出すな。
パブロフの犬の如く、条件反射で喰い付いてしまうところだったぞ。
言うならそれは俺の唐揚げであるからして、お前にあーんをしてもらう必要性は皆無だ。

「頑張んなさい、恋人でしょ?あーん!」

あのなぁ、と抗議するつもりで口を大きく開けたのがいけなかった。
その中に、ずぼっと言うぐらいの勢いで唐揚げを摘んだ箸を入れられる。

「危ないからそういうことするな。」

他人に喰わせて貰ったからって味など変わりはしない。美味いよ。

「だったらちゃんと自分から食べなさい。」

ご機嫌麗しゅうハルヒは、よっぽど楽しいのだろう、ニコニコ顔だ。
かたや自分の表情は今どうなっているのかねぇ。
こういう時、第三者の目になりたいと思う。多方面で。

「ねぇねぇ、喉か渇いた。」

くいくいっ、と袖を引っ張るがそれも恋人としての演技かね。
ま、喉が渇いたならその丼の中の汁でも啜っていれば良い。余計に喉が渇くだろうが知ったこっちゃない。

「よろしくね、キョン!」

ちょんと俺の鼻先に人差し指で触る。
似合わんよ、ハルヒ。お前にも俺にも。
それが居た堪れなくなって、足早に自動販売機の方へと向かってしまう。
あいつから金を受け取ってない事もどうでも良いぐらいに。

まさかこうやって俺から金銭をせしめようと言うのではなかろうね。
存分に在り得る可能性であり、堪らんよ、と溜め息を零すのも致し方ないことなのだ。

「お困りのご様子ですね。」

やっと1人になれた状況だ、もし『あれ』関係だとしたらそろそろ現れる所だとは思っていた、それだけに驚くという感情などどこにも無かった。
気にせず、自動販売機のボタンを押すと、ガタン、と紙コップが落ち、30秒間の異世界を作り出す。
その異世界が終わりを告げる頃に、話を終えるのが一番理想的などと思いながらくるりと踵を返し、そいつへと声を掛ける。

「何とかしてくれ。」

「それを僕が言いに来たのですが・・・。」

相変わらずの笑顔がべったりと張り付いているが、少々困っているのが解る。

「本来なら喜ばしい出来事、とは言えませんが、貴方には救いの情報とも言えることがあります。」

ふーん、と感情無くそう口も動かさず呟く。
今まで良い情報など古泉の口から聞いた例が無い。期待するだけ損というものだ。

「改変された世界です。この世界は。」

驚いた、何時の間にそんなことになっていたのだろうか。
しかし、問題なのは『何が』である。それに気付かないのだから、よっぽど小さいことだと思うが。

「改変された時刻は、すいません、不明です。気付いたら、というのが妥当でしょう。」

別に時刻を聞いたところで、なんだってあの時間にそんなことが!?なんて展開になるわけでもない。
さっさとその『何が』変わったのかを教えて欲しい。

「貴方と涼宮さんとの関係ですよ。と言っても貴方達では無く周りの人間が、ですが。」

口を挟むだけ時間の無駄。ここは黙って聞き手になるのが一番の最善手。
そうすれば、回答も早く得れるわけだしな。

「僕達周りの人間は既にお二人が付き合っているということが真実になっているんです。」

なんだ、それ。何時もあいつに付き合っているじゃないか。
どこが改変されたっていうんだ?

「『交際』ですよ、『交際』。男女としての『お付き合い』をなされていることになっているんです。」

おいおい、冗談じゃないよ。
ゴルフボールを力一杯、家の壁に打ち付けられた気分だ。

「ですから、それが改変されている部分なんです。」

苦笑しながら、答える古泉の言葉は、正直理解したくはないが理解した。

この件については出来るだけ藪を突っつきたくはない。
理由は簡単だ、ここでこれ以上の詮索をすれば周りの人間が見てきたー正確に言えば創られた―俺とハルヒの交際風景をぺらぺらと解説しだすだろうからな。
で、問題はどうしてそれが俺にとって救いとなるのか。

「今回の件に関しましては、今日一日涼宮さんを満足させればそれで元通り、となるでしょう。」

それは在り難いことだ、俺とハルヒがそんな関係だと他人から見られるだけでも十分痛々しい。

「涼宮さんの事です、今日一日で、その、貴方には失礼とは思いますが、この関係も飽きると思われます。」

古泉よ、失礼でも何でもないぞ。既に俺が飽き飽きしているのだから。
ハルヒに取っちゃあ、こんなのが一日続けば良い方だろう。

「ふたつほど疑問がある。」

はて?と笑顔を消さずに右手を少しだけ前に出し、どうぞ、と俺の疑問を促す。

「一つ目は、これぐらいの改変、放っておいて問題は無いんじゃないのか?」

勿論当事者にしては問題大有りなのだが、古泉からすればそれほど問題視するものとは思えない。
これから先、幾度となく改変された世界へと放り出されるのなら、重要な理由が無ければ俺は面倒臭がって何もしない、ということにもなりかねん。

「今回の場合、涼宮さん自身も知らない、というのが問題ですね。どう願ってこういう世界にしたのかは、神のみぞ、涼宮さんのみぞ知る、というところです。
ですが、涼宮さんが記憶に無いものを第三者から真実として情報を与えられれば混乱し、最悪『閉鎖空間』なんてことも十分に在り得ます。」

そりゃそうだ、俺達が実は付き合っていまーす、なんて事になればハルヒだけじゃなく俺だって猛抗議したくなる。

「仮に今回の改変された世界の記憶が涼宮さん自身、変な例えですが、覚えていたとすると貴方だけが世界の改変に気付いたことになります。」

世界から見れば貴方だけが改変されているとも取れますが、なんて一言は余計だ。受け入れるつもりはこれぽっちもないぞ。

「ですが、塵も積もれば何とやら、極僅かの変化でも軌道修正しなければ、それこそ『閉鎖空間』よりも性質の悪い世界が生み出される可能性があるんです。
何よりその変化に気付いているのが貴方だけということになりますしね。」

なるほどね、不安の種は芽を出す前に排除する、ということか。何時新たな種を撒かれるかも解らんしな。
出来れば農民が種を撒く前に田を耕すところから止めて欲しいが、まぁ、無理難題を言っても仕方あるまい。

「二つ目は、どうしてお前、この世界の変化に気付いた?」

所詮理想は叶わんということか、既に出来上がったオレンジジュースを元・異世界の空間から取り出して右手に取る。
どうせ話はまだ終わりそうにもないのでもう一度、硬貨を入れて今度は珈琲をと、ボタンを押しまた異世界を生み出した。

「簡単です、普段のお二人とは全然違いますからね。もしかして?と思って貴方とだけに接触しようとしたら」

「堪らん、と俺が漏らしたからか。」

そういうことです、と頷きながら俺の物分りの良さに何時もの笑顔が2割は増しているように見えてしまう。

「で、だ。周りの者が俺達の関係を誤解している世界で、何が良いというのだ?」

「先ほども言いましたが、今回は涼宮さんを満足させれば終わりです。そうなると、貴方の協力が必要不可欠。」

やはりそうなるのか、解ってはいるのだが、遣る瀬無い気持ちが止め処なく押し寄せて来るよ。

「不本意でしょうがそれなりに『恋人』役としての態度を示して頂きたいのです。」

改めて言葉にされると、ずん、とくるな。心に。
変わってくれよ、なんて呟いてみるが、選ばれたのは貴方ですから、と体良く拒否される。

「で、救いとなるのが周りの視線でしょう。『あ、またやってる』という視線と『あいつら、何遣ってんだ?』という視線、どちらがマシか。」

どちらもマシじゃねぇよ、と言いたい。
だが、二者択一とするならばまだ前者の方が、無視される可能性もあるので、選ぶならそちらだろう。

「そういうことです。おまけに世界が元通りになれば、周囲の人間の記憶から今日の出来事は消え去るわけですし。」

はぁー、と自分の魂が出てくるんじゃなかろうかと言うほどの溜め息が口から出てくる。
上手く行けばお昼までには終わるかもしれませんよ、なんて無責任なことを言われて、腹が立つが、それさえも悲しくなる。

「まぁ、でも。」

何時もの笑顔と違い、何か嬉しそうにそう語る古泉はどこか始めて年相応に見えた。
何だかんだで、同学年だもんな。

「あんまり貴方から恋愛感情成るものを感じなかったので、これを機会に芽生えさせてみるのも如何でしょう?」

年相応の態度だから、余計にムカついてしまった俺は、ウルセェよ、とあいつに大袈裟なアクションの蹴りをお見舞いした。

「それでは、僕は部室に用があるのでこれにて。頑張って。」

するり、とそれを避けながら大層ムカツク笑顔を残しながら俺の視界から消えた。

まぁ、少しの辛抱さ、と自分を慰めながらハルヒの元に向かおうとして
コーヒーを出したままなのを思い出して、急いで自動販売機の前に戻って行った。

「遅いじゃない。」

見せ付けるようにぶっくり、と頬を肥やしながら非難の声を上げる。
悪かったな、と言いながらオレンジジュースを手渡し、元の席へと座り直す。

ふ、と気付けば何ら変わらない弁当と丼があったので、食べずにいたのか?と疑問をぶつけながら箸を手にする。

「あんたを待ってたんでしょうが。」

おーおー、在り難いねぇ。可愛い可愛い恋人を持ってオイラは幸せだよ、コンチクショウ。

「ささ、続き続き!」

手渡されたオレンジジュースを手元に置き、膨れ顔が一気に笑顔へと開花する。
ってか、飲めよ、オレンジジュース。わざわざ買って来たのによ。

「はいはい、あーん。」

おまけに続きってそっちかよ、突っ込みどころが多すぎて頭が痛い。
しかし、しかしだ、俺よ、おい、聞いているのか俺よ。今日一日だけの辛抱だ、頑張れば昼食時で終わるかもしれないんだぞ。頑張れ、俺。
だけど、俺。浮いた台詞だけは絶対に言わんぞ。

「はいはい、恋人役として頑張りますよ。」

お、なんて一言を発し少しばかり目を見開きながらもまたまた唐揚げを突き出す。
ハルヒよ、せめてバランス良くおかずを提供してくれ。まぁ、喰うがな。

「あんたもやる気が出てきたみたいね。」

もぐもぐ、と唐揚げを味わっている俺を満足そうに見つめながら言うその姿は子供染みたものを感じる。

「ほれほれ、次は私よ。」

そう言いながら、ずずい、と丼を突き出してくる。
蕎麦だぞ?蕎麦で、あーん、なんて普通じゃない。

考えるのは止そう、普通なんて単語は金輪際考えないようにするべきだ。
取り合えずは蕎麦を摘んでみる。
はやくはやく、と急かすハルヒを尻目に少し冷めた蕎麦が姿を現す。

「そんなことしなくて良いから。」

言われて気付いた。
何時の間にか、蕎麦をふーふーしている自分がいるのを。
さっき、猫舌でも無いのに冷ます必要があるのかねぇ、なんてハルヒに対して思ったが、前言撤回、あーんと一緒で無意識にやってしまうものだ。
やってみれば解る、これも馬鹿にできない、ってことが痛いほど理解できると思う。

「しかし、あれだ。蕎麦をそっちまで持って行くのは正直今更だが、行儀が悪い。」

汁に漬されていた麺類を近いとはいえ距離があるとことまで持っていけば、ぽたぽた、と汁が零れるのは一目瞭然。
さすがにそこまでのことは出来ん、と声を上げ、出来ればハルヒ一人で蕎麦を食して欲しいと願う。

「それもそうね、じゃあ。」

そんな願いは所詮空しく、それどころかハルヒはぴったりと俺の隣に寄り添う形で引っ付いていた。
耐えろ、俺。これを耐え切ったら、1人で打ち上げパーティーだ。
っつうかよー、近くても麺類は喰わせ辛いんだよ、馬鹿。

そう思ってみるが、案外ハルヒは困りもせず簡単に蕎麦をズルズルと啜っていく。
人間の神秘はまだまだ解明されていないと言うが、これもその1つかね。くだらなさ過ぎて、解明する気にならんだけか。

「あれね、やっぱり食べさせ合うならお弁当が良いわよね。」

もぐもぐ、と口に物を入れたまま話すその姿は大層お行儀が悪いぞ。女性としえは嗜んでほしいものだ。
なんて、何時もの抗議を上げてみる。
どうせ、無視されること請合いだろうがな。
しかし今回はそうもいかないご様子で、何故かハルヒは笑顔を貼り付けたまま怒気の時に発せられる言葉を向ける。

「うっさいわねー、この!」

で、至近距離にいる俺はハルヒにイタズラされやすいポジションにいるわけだ。今更、それに気が付くとは、迂闊だね、相当に。
今は、それほど力を込めずに俺の右耳を引っ張って楽しんでいるご様子だ。しかし、耳は簡単に取れるのだぞ、決して力は込めないでおくれ。
うりうり、と言いながら小鳥が啄ばむような感覚で耳が引っ張られる。

「キョンの耳たぶって何か触ってると気持ちいーわねー。」

左手で俺の右耳を引っ張っていたが、今度は右手まで伸ばし、左耳を引っ張る。
ぷにぷにと触られる感覚が何ともこそばゆい。

「ぷにぷにぃー。」

けらけらと笑うハルヒ。
こんな世界になってしまったことを恨む気持ちはあるが、楽しそうに笑っているのだけは救いの内の1つだろう。
出来れば俺以外の男にそうしてくれれば良いのだが。

「私のも触ってみる?」

何時もの髪型では耳が隠れているが、今はポニーテールだ。
まぁ、俺が萌えるポニーにはまだまだ及ばないが、耳は髪に隠れずぴょこんと出ている。
だから、どうと言うことではないがここは満足させる為にも素直に従うべきだろう。
右手でハルヒの左耳を触ってみる。まぁ、確かに軟らかい。というか硬い奴なんているのか?
それでも俺の手に伝わる感触は、女の子特有の軟らかさが滲み出ている気がする。
左耳で自分の左耳を触って、感触を比べてみる。やはり、どこか違うものを感じてしまう。

「なんかキョンの触り方やらしぃー。エロキョン。」

冗談だろう?お前と同じ様に耳たぶをぷにぷにしているだけだぞ。
それでイヤらしいなんて言われれば、つまりはお前もイヤらしいってことになると思うのだが。

「うっさいわね。まぁ、案外こういうのもおもしろいわねー!」

俺の手元にある丼を掻っ攫い、今度は自らの手で蕎麦を啜る。
どうやら食べさせ合いには飽きてくれたようで、ほっと一安心し、俺も残りの弁当を胃袋へと収める。

「あ、一応あれよね。」

ちゅるん、と蕎麦を啜り終え、こちらに顔を向けたハルヒは何か思いついた様子で、目が輝いている。

どうでも、良いが汁を飛ばすな。

「こういうのはやっぱ男から言うべきなのよ。」

とことん今日は疑問が浮かぶ日だ。俺が鈍感なのがいけないのか?正直、他の人間でも解らないと思うぞ、俺は。

「告白よ、告白。」

丼を持ち上げて、汁を飲み下し、ぷはぁー、と声を上げる。
百年の恋も冷めるこの姿を見せるハルヒに告白、か。アシカに野球を教えるよりも難しいのではなかろうか。

「良いからちゃっちゃとやんなさいよ。」

指先では無く箸先を突き付ける。
本当に今日で飽きるのかね、これ。
まぁ、仕方なしに付き合ってはいるが、その内、俺の態度に飽き飽きするだろう。そうじゃなければ困る。
明日からにも日常を取り戻したいのだから。
だから、今は満足させる意味を込めてコイツに言ってやろう。嘘ではないしな。

「これからもお付き合いのほど宜しく御願いします。」

何だかんだでお前に振り回されるのも楽しいと思ってしまった自分がいるんだからな。
出来れば、恋愛感情の好きとして―偽りだとしても―言いたくはなかったが。
さてはて、そんな俺の台詞に満足したのか。
ハルヒは苦しゅうない、と言わんばかりの向日葵が咲き誇る笑顔で俺の首に腕を回しながら口を開く。

「楽しませて貰うわよ、キョン!」

苦しいっての、少しは力加減を学んで欲しいよ。


さてさて、あれから二人して食事を済まし、現在俺は空の弁当を持ちながら一人で教室へと向かっている。
ハルヒは食堂に丼を戻しに行く前に、先に戻っても良い、と許可を出してくれた。
取り合えずの解放に安堵するものの、まだ後少しは続きそうなのを実感している。
まぁ、今日一日の辛抱でもあるし、明日になれば何時もの日常が戻るのならば、もう少しぐらい付き合うのも悪くないかと思っていた。

「お、長門じゃないか。」

遠目から見ていてそうではなかろうかと思っていたが、そこで声を掛けるほど愚か者じゃない。
リスクは常に紙一重だ、ここで人違いでしたなんてことになれば赤っ恥も良いところであり、こうしてその人物が誰であるか確認できるまで声を掛けないのが最善である。
こくり、と頷くその姿は挨拶のつもりなんだろう。

「どこにいたんだ?」

「部室。」

ぼそぼそ、と聞き取り難い声ではあるが、既に慣れている。
長門に手に目線をやれば文庫本か何かを持っているのが見えた。
昼休みも読書か。

「読むなら教室でもできるだろ?」

ふとした疑問、みたいなものだ。
静かな環境で読書したいぐらいの感覚があったのだろうが、一応言ってみる。
ほんと何で言ってしまったのだろうと思うぐらいに単純な問題だ。

「あまり教室には居たくない。」

が、予想に反して返ってきた言葉は凡そ長門らしくない答えだった。
なら何故態々部室にまで足を運んで読書に励むのか。
いや、そうじゃない。
何故、教室に居たくないのかが問題だ。
そこで思いついた考え。
あっては成らぬことだが、全面的に否定は出来ない事柄。

「まさかお前、虐められてるとかじゃないだろうな?」

そんなことがあれば、相手が誰だろうと容赦はするつもりはない。
どす黒い感情が沸き立つのを感じるが、今はそれを抑えるべきだ。出来ることなら俺だってそんなこと避けたいのだから。
だが、在り難いことに長門はゆっくりと頭を横に振り、否定の仕草。
ほっ、と安堵するものの、では何故教室にいたくないのか、それが解らない。

「女子が過保護。」

あ、なるほどね、少し理解出来た。
大方、周りの女子が長門に対して母性本能を擽られているのだろう。
長門は小さく可愛らしい。無口なのが玉に瑕だが、それさえも母性本能を擽る一環になっているに違いない。
長門さんはこの髪型が似合ってるよ、とか、長門さんにはこの服が似合ってるよ、とか、男子は長門さんに近寄るな、なんて言っている女子の姿を想像するのは難しくない。

「ま、良いじゃないか。みんな、お前の事が好きなんだよ。」

「そう。」

何時もと変わらぬ表情。
出来れば、理解出来ないと言いながらも心では嬉しいと感じてくれれば幸いだ。

「ところで、この世界、明日には戻りそうか?」

古泉でも既に気付いているのだ、長門が気付かないわけが無い。朝比奈さんは、まぁ、あれだ、それが朝比奈さんの良い所なんだ。
それにこういう事なら古泉より長門の方が詳しい事を知っている。
故に、世界の進行状況を聞くのも至極当然だ。

しかし、だ。
どうして長門は『?』なんて文字を頭に浮かべそうな表情をするのだろうか。
もしかして、今回長門はこの改変に気付いていないと言うのだろうか?
今までのことを考えてもそれは在り得ないぐらいの可能性でしかないと思える。

「世界が改変してるんだろ?」

情報の伝え方に問題があったのかもしれない。
ここは解りやすく、根源を伝えるのが適切且つ正しい選択だ。

「何かの勘違い。」

また、きょとん、とする長門。しかし、それ以上にきょとんとしているのは俺であったりする。

まだここで、長門の口から、なんのこと?なんて言葉が聞ければ、壱から説明するか、場合によっては、聞かなかったことにしてくれ、と言えただろう。
問題なのは俺が『何か』を勘違いしているという点であって、それ以外の問題点は無いということになる。

「は?だって世界が改変されたって、古泉の奴が言ってたぞ?」

しかし、情報源は悔しいが信頼出来る筋からだ。
現実世界では力を出せないと言えど、超能力者であり、涼宮ハルヒの力の影響を非現実的三人の中で受けた唯一の一人である。
言うならばハルヒの件で一番敏感なのはアイツのはずだ、そんな古泉が間違いなどするだろうか。
そりゃあ、ハルヒに全面協力的で嫌らしい性格をしているが、世界を変化させたままで良しとする人間じゃない。
だったら――

ちょっと待て、俺、今何て言った?
『そりゃあ、ハルヒに全面協力的で嫌らしい性格をしているが、世界を変化させたままで良しとする人間じゃない。』

『ハルヒに全面協力的で嫌らしい性格』

おい、待て。待て待て。待てって。
冗談だろ、古泉。笑えん、底なしに笑えんぞ。
長門が気付いてないだけだよな?お前、宇宙人よりも優れてるんだろ、実は。
だって、ほら、俺言っちゃったんだぞ、もう。
頼む、古泉、嘘と、嘘だと言ってくれ!!

しかして、現実は酷なもので、古泉の変わりに答えてくれたのは長門であって、その内容は十二分な全てに繋がる回答となっていた。

「世界が改変された痕跡は無い。古泉一樹が虚偽の情報を貴方に与えたものと推測される。」


「古泉の馬鹿はおるかぁ!!」

何時ものハルヒ宜しく、ドアを、どかん、と言わんばかりに蹴りを入れて開ける。
視界に入るのはたまたま部室でのんびりしていたのであろう朝比奈さんだけでアイツの姿は無い。

「ぎ、祇園精舎の鐘の声を聞きに行くとかで今日はもう早退でお帰りになられましたぁー。」

結局、古泉の大馬鹿間抜けのアホ野郎にまんまと一杯喰わされたわけで。

言った言葉には責任を持たなければならない。今更、冗談でした、なんて言えるわけもない。
こうして、学園生活には良くあることで、男1人と女1人の交際(仮)みたいなものが決まってしまったわけである。
願わくば、ハルヒが飽きるか、もしくは本当に世界改変させるか、最悪、閉鎖空間を生み出してくれないかと願う俺は、平凡な高校生から逸脱した存在になっていくのであろうと心から感じていた。

「キョ、キョン君。何で、鎧武者の格好なんですかぁー、何か怖いですよー、ふぇーん!」


―STEP1:恋人(仮)成立―



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