YUKI burst error Ⅱ
起動条件……キーワード検索…… 期限……今日……日没…… それ以上……私は私を抑制できない…… なぜなら私が……消える…… 記憶情報操作完了まであと…… まだ間に合う…… 信じて……
妙だな……? 自転車を走らせて五分もしない内に俺の違和感は疑問に変わっていたのである。 自分でも分からん。 しかしまるで何かに引き寄せられるようにペダルをこぐ足と、ハンドルを握る手は迷いもなく一定方向に進路を切っていたのだ。 いったい俺はどこに向かおうとしているんだ? いやそもそも何故、こっちに向かっているんだ? こっちには何かあるのか? あるとすればそれは何だ? 俺は有名私立に通う一高校生だ。中三のとき、おふくろに放り込まれた塾と、そこで出会った同じクラスの佐々木という女のおかげで今や県内有数の進学校にまで上り詰めることができた俺。 …… …… …… おかしい。 本当に俺はそんな奴だったか? それに何かもっと衝撃的なことがあった気がする。 佐々木という女は結構変わっているが、俺はもっと変わった女に出会ってなかったか? いやそんなはずはない。 肯定と否定が交錯する俺の記憶。 何かとてつもなく大事なことがあやふやになっている。 過去にそういうことがあった、などと思っていながら、そんなことはあり得るはずがない、という矛盾が俺の内で大きくなっていっている。 この矛盾という違和感の正体は何だ? その答えは俺が向かっている先にあるとでも言うのか? 頭は忘れてしまっているが体が覚えている、そんな感覚に支配されている。 心の内で自問自答を繰り返しながら、結局、答えが出ないまま俺は気がつけば、地元で有名な急勾配の頂上にある、県立の通称・北高の駐輪場に到着していたのであった。 …… …… …… …… …… …… 私の内のノイズが二人を呼び寄せた…… 本来、再び出会うことのなかった二人…… その方が二人にとって幸福であったにも関わらず…… 幸福……? 本当にそう? それは私の勝手な思い込み…… ……? なぜこんなことを思う……? 私は私の意志のみによって自律行動しているはず…… 違う……? …… …… …… …… …… …… あたしはどういう訳か、私鉄沿線を一つ越えた急勾配の頂上にあることで有名な県立高校の自転車小屋の前、勾配坂道スタートのふもとに立っていた。 どうしてここに来たの? この学校、あたしとは縁もゆかりもないはずなのに…… って、正確には少しだけないこともないけどね。 四年前にこの学校の生徒の人と会って、とある作業を手伝ってもらったことがあったし、あの人に会ってみたくて何度かここに来たこともあったけど…… それでも結局、あの人が見つからなかったからあたしは光陽園学院を選んだんだ。当時、あたしは中学一年生。 あたしが高校生になる頃にはあの人はもう卒業して会うことができないから。 んで、今の学校の方が進学に向いているし何より、この坂を毎日登りたいとは思わなかったもん。 ……? 本当にそうなの? その割にはこの坂を見ても昔見た時に比べればうんざり感がないような気がするんだけど…… 何と言うか……見慣れているって感じ…… そんなはずないのに……「どうしました涼宮さん?」「何でもない。とにかく行くわよ」「どこへ?」「この学校の中に決まってるでしょ。そのために来たんだから」 たぶんあたしの後ろで困った笑顔を浮かべている古泉くんにそう言って、あたしは坂を登り始めた。「ときにこの学校にどのような用事が? どなたか知り合いがいるのですか?」 早足であたしに追いつき、あたしと肩を並べて歩く古泉くんが困惑と苦笑を足したような、それでいてへつらうような笑顔で訊いてくる。「そんなの行ってみないと分かんないわよ」「あの……それは単なる気まぐれというやつでは……?」 ますます困った笑顔になる古泉くんに、あたしはようやく彼に視線を向けた。「ねえ古泉くんは何も感じないの?」「何をです?」「何も感じてないならいいわ。しかしまあ」 結局、何の答えも示さない古泉くんに嘆息してあたしは一度足を止めた。 と言うか、やっぱこの長い髪は暑苦しい! 仕方ないのであたしはこの髪を後ろで括る。「さっさと行くわよ。誰かがあたしを待っているような気がするのよ。それが誰だかは分かんないんだけどね」 古泉くんの答えを待たずにあたしは再び歩き始める。 でもいったい何があたしを待っているんだろう? 正直言って、その答えはあたし自身にもさっぱり分かんない…… …… …… …… …… …… …… 二人が――いや二人と古泉一樹が記憶を取り戻すキーワードは存在する。 彼と涼宮ハルヒがこの学校で出会った時に交わした会話がそれ。 その中のひとつでも同じ言葉を交わせば記憶が取り戻される。 記憶の共有によるフラッシュバック現象が記憶を呼び覚ます。 でもそれに気づくことはないはず。 なぜなら二人はまだ会ったことがないことになっているから―― 単に顔を合わせるだけなら問題はない。 しかしもし、そのキーワードを呟いてしまったなら―― …… …… …… その時は―― …… …… …… …… …… ……「ひょっとしてキョンかい?」 突然、俺の背後から呼びかける甲高く明るい声。ふと振り返れば懐かしい顔がそこにあった。相手もまた、驚きの中にも旧友に出会えた独特のノスタルジック笑顔を浮かべている。 「よう国木田。そういやお前はこの学校だったな」 もちろん、俺もそう思ったさ。 こいつとは中三時代、佐々木ほどではないが親しかったことだけは確かだ。「北高に遊びに来たのかい?」 小走りに俺に近づいてくる国木田。 しかしこれは願ったり叶ったりだ。なんたって俺は部外者だからな。学校に侵入する凶悪犯罪が増加している昨今、他校の生徒の出入りすらも厳しい視線を向けられるだろうが、在校生が連れ立ってきたならそうは思うまい。 「まあな。たまたまこの近くに寄ったんだが、そう言えば中学時代の連中はどうしてるかな?と考えてな。気づいたらふらふらと敷地内に入ってしまってたぜ。おっそうだ、ちょうどいい。 国木田、この学校を案内してくれないか? せっかく来たからちょっとは見学したいんでね」「ああ構わないよ。まあ昼休みももうすぐ終わるんで、全部案内はできなくても僕の所属する教室くらいは見て回れるよ」「それでいいさ」 言って俺と国木田は肩を並べて歩き始めた。 けどちょっと困ったわね。何か目的がある気はするんだけどそれがなんだか分からないだけに勝手に他校の校舎内に入っていい訳ないだろうし…… あたしは校門を目の前にして立ち止まり、腕を組んで口をへの字にして呻吟していた。 もちろんあたしの後ろには古泉くんがいるんだろうけど彼が妙案を考え付いてくれるとは思えない。 だって彼、いっつもあたしに従うだけで自分から何かを提案したって記憶がほとんどないもんね。 まあおかげで扱いやすことは確かだけどちょっと物足りないのよね。 これじゃ(終わりかけとは言え)彼氏と言うより召使いみたいだし。「あれ? お前、ひょっとして涼宮か?」「ん?」 呼ばれたんでふとその声の主に視線を向けてみれば、そこにいたのは中学時代の同級生。 む……頼みもしないのに三年連続クラスが同じだったアホの谷口じゃない……むしゃくしゃしているときに余計むしゃくしゃする相手に会ったものね。 と言ってもまあ、何の目的でこの学校に来たのかまだ分かんないけど、どうやらあたしはこいつに会いに来たんじゃない、と言うことだけは確固たる自信を持って言えるわ。だって、こいつの顔見ても何とも思わないし。 「あんた、この学校だったの?」「相変わらずキッツイ物言いしてくれるな。で、何の用で北高に来たんだ? まさか俺に会いに来たとか?」 全身に寒気が走る谷口のつまらない冗談はスルーして、「ちょうどいいわ。あんたがこの学校の生徒ってなら好都合よ。ちょっとこの学校を案内してくれる?」「……少しは俺の話を聞けっての……」 何かほざいたようだけどどうでもいいわよ。さっさと案内しなさい。 あたしの不機嫌極まる鋭いまなざしを受けた谷口はすごすごとあたしたちを案内し始めた。「へぇ、お前、結構いい席に座っているんだな。俺だったらこの位置、小躍りして喜ぶところだぜ」「何言ってんだい。それがその学校に行っている生徒のセリフかい?」 俺の素直な感想に国木田が苦笑を浮かべている。ちなみに国木田の座席は窓際後方二番目と言うなかなかのポジションである。この時期の昼からの授業は間違いなく睡魔との闘いになりそうな場所だ。ちなみに俺はその国木田の席に座らさせてもらっているし、国木田は俺の隣の席から話かけてきている。 「俺は自分の素直な気持ちを言ったまでなんだが――って、それにしてもすごい人だかりだな? そんなに他校の生徒が珍しいのか?」 ふと気がつけば教室は勿論、教室の外の廊下にも人だかりが出来ていてなんだか注目が俺に集まっている。「ううん、他校の生徒が珍しいというよりも、キョンが通っている学校が学校だからね。羨望の眼差しが集まっても仕方がないと思うよ。その制服じゃ」「そうか? 俺はあんな勉強づくめの学校が凄いとは思わんのだが……」「在校生じゃ自覚ないのかもね」 そんなたわいもない会話を俺と国木田は続けている。 まあここまで注目されるというのも何か嫌なもんだな。これはさっさと引き揚げた方が―― しかしどういう訳だろう。 俺の心は早く帰りたい、と言っているのに体が言うことを聞かない。 まだここに留まっていたいのか、全然動かないのだ。「ふうん。ここがあんたの教室ね」 突然、どうにも傲慢な感想の声が聞こえてきた。「まあな。っておい、どこへ行く?」 少し何かを言いかけた、見るからにお調子者っぽい男子生徒の声を無視して一人の女子高生がこちらに向かってくる。 よく見れば、この学校の制服じゃなくて、地元の私立、光陽園学院の制服っぽいな。 それにしてもものすごい仏頂面はともかく、目鼻立ちは奇麗に整っていてえらい美人だな。それも無茶苦茶ポニーテールが似合っている。非の打ちどころがないとはまさにこのことだ。 そんな不機嫌女はズカズカと教室の中に入ってきて、しかも何の躊躇いもなく俺の後ろの席に座ったのだ。 いったい誰の席かは知らんが、たぶん、この女はぽかぽか陽気に身を委ねて休憩したいのだろう。 なぜかって? 実は俺もそうなんだが、あの急勾配で結構疲れたんだ。だから、こういう柔らかな日差しは実に気持ちがいいものなんでね。 まあこの女の気持ちは分からんでもないさ。 ん? 少し遅れて、今度は学ランの、よく見れば結構ハンサムな男子生徒がこの女の後ろにびしっと気を付けをして突っ立った。 なんかこの立ち位置だとこの女が社長でこの男が秘書っぽい気もするな。 まあどうでもいいが。「なによ?」 とと、この不機嫌女が俺に問いかけてきた。どうやら結構長い時間俺はこの女に視線を向けていたようだ。 それにしたってもう少し愛想よく聞けないもんかね? 一応初対面だぞ俺たち。しかもお互いこの学校の生徒じゃないわけだし、いきなり第一印象を悪くしてどうするっての。 …… …… …… ……初対面? 本当にそうか? 俺はこの女とどこかで会ってなかったか? いやそんなはずはない。 これだけ目立つ女であれば一目で忘れるわけがないだろう。初対面、と思ったってことは会ったことはないはずだ。 ……と思う。 思うのだが、どういう訳か、また心の中に矛盾が広がる。 そうこの学校に到着する前の心と体が一致していないかのようなあの感覚。 ん? よく見ればこの仏頂面女もちょっと不思議な視線を俺にぶつけているぞ。 と言うか、俺と同じ目をしてないか? つまりは、何かがのど元まで出かかっているのにそれを言葉にできない感覚というかそんな感じのもの。 俺とこの女はしばらく見つめ合った。 お互いがお互いに何かを確かめ合うように。 もちろん、その答えは出てこないがな。たぶん、この女も見いだせていないことだろう。 そして何かモヤモヤする気持ちの我慢に限界が来たのだろうか。まあ正直言って俺もだがな。 この反則的なまでに似合っているポニーテールの光陽園学院女子は片肘付きながら、しかし真摯的な視線で、「あたし、あんたとどこかで会ったことある? ずっと前に」 と訊いてきた。「いいや」 と俺は即答して―― 何かが弾けた。
YUKI burst error Ⅲ
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。