涼宮ハルヒの驚愕γ(ガンマ)
※注意書き※
涼宮ハルヒの分裂γ(ガンマ)↑の続きになります。「驚愕」のネタバレを含みますのでご注意ください。γ-7に入る前に、独自の幕間が入ります。
涼宮ハルヒの分裂γ(ガンマ)↑の続きになります。
「驚愕」のネタバレを含みますのでご注意ください。γ-7に入る前に、独自の幕間が入ります。
分裂γから驚愕γへの幕間劇──プロローグに代えて「この件に関する我々の見解は一致すると理解してよいか?」『だいたい、よい』「それは天蓋領域も同様か?」『私の主も同意』「了解した。この件に関して、私の監視下の組織は解決案をもっている。ただし、一点だけ困難な問題が残っている」『データを送信して』「圧縮データを送信した」『受領……解析中…………その問題は解決可能』「そうしてもらえるとありがたい」『了解。そちらは朝比奈みくる?』「そう」『こちらは藤原』「了解した。この件を解決して次の段階に移るまでは、互いに敵対行動は抑止する。それでよいか?」『よい。ただし、同位体の行動は関知しない』「それは私も同様。でも、可能であれば、今後もあなたたちと共存できることを望む」『私は、主命に従うのみ』「あなたにも自己の意思はあるはず」『私は、主命に従うのみ。でも、提案があれば、検討することは可能』「そのときは、あなたと顔を合わせて話がしたい」『異軸間越境は困難』そうだからこそ、こうやって情報伝達経路だけを越境させてるわけだが。「あなたと私が共有する過去の時間平面において会合すればよい」『そこは、懐かしい場所』「同意する。その件はいずれ話し合うこととして、目下の問題については我々は合意に達したと判断する」『同意』「交渉は終了。思考リンクを切断する」『切断』思わず力が抜ける。思考中枢への侵入防止措置を施しながら、異軸間越境思考リンクを維持し続けたため、緊張状態にあったのだった。それを抜きにしても、彼女との会話はただそれだけで疲れる。昔に比べれば、意思疎通が格段に楽になったのは事実なのだが。藤原があんな性格になってしまったのも、彼女が育ての親だったせいではないかとも思えてくる。それを思えば、朝比奈みくるの幼少時の教育を喜緑江美里に任せておいて正解だった。自分がやっていたら、藤原みたいになっていたかもしれない。朝倉涼子だったら? それは、あまり想像したくない。余計な雑念を振り払い、情報統合思念体との接続を回復した。さきほどの交渉の内容を余計な部分をはぶいてまとめ、これからの行動方針を添えて、報告する。行動方針については、周防九曜との交渉に入る前に予め上申しておいたものと大差はない。返答は、ただ一言。────了承する。あっさり了承された。可能性を観測することにこだわる思念体だから、少しは渋るかとも思ったのだが。今回は自己保存を優先する穏健派の意見が優位を占めたようだ。まあ、主流派としても、観測データをとれる時間は充分に確保できるとの判断があったのだろう。情報統合思念体は、11次元の壁をものともせず、ありとあらゆる同位体と同期がとれるのだから。意識の上だけで自らの役割を切り替える。インターフェース最高統括指揮権限者から、「機関」時空工作部の最高幹部へと。情報通信デバイスを通じて、朝比奈みくるに命ずる。────最高評議会代表長門有希より、上級工作員朝比奈みくるへ。至急出頭せよ。とりあえず、γ問題には解決の目処はついた。その他のほとんどの問題は、朝比奈みくるほか時空工作員たちで片がつくだろう。残るは、αβ問題だけだ。今のところ規定事項に影響を及ぼすようなイレギュラーは観測されてないが、あのあたりの時間平面連続体には不安定要素が多すぎる。不安は尽きない。γ-7「考えてみれば、このような事態は予測されてしかるべきでした」次の一手を長考するしぐさで、古泉がそう切り出してきた。ハルヒは、学内案内と称して、佐々木をつれまわしている。しばらくは帰ってこないだろう。ちなみにいうと、佐々木はきちんと北高の制服を着ていた。ハルヒが調達してきたそうだ。さすがに、他校の制服で校内をうろつけば、目立つからな。「涼宮さんは、個性ある人材を求めています。そういう意味では、涼宮さんが佐々木さんを見逃すはずはなかったわけです」「まあ、確かに、あいつは変わった奴だからな。しかし、まさかとは思うが、佐々木が異世界人ってことはないだろうな?」「それはないとは思いますが……ただ、佐々木さんは、涼宮さんと同等たりうるかもしれない存在という可能性はあります」「どういうことだ?」「『機関』の一部が涼宮さんを神とあがめているように、橘京子の組織にも佐々木さんを神とあがめる人たちはいるんですよ」古泉は、さらりとそんなことを言った。そして、こう続ける。「彼女たちがいうには、涼宮さんの力は本来は佐々木さんがもつべきであったと。佐々木さんは、涼宮さんみたいに、世界を変容させようとは微塵も考えないからとね」 俺は、古泉の言葉を理解するのに、数十秒の時間が必要だった。「ちょっと待て。もしかして、佐々木にも、ハルヒみたいなトンデモ能力があるってのか?」まさか、佐々木まで一般人でないとは思わなかった。俺の交友関係はトンデモだらけのようだな。この調子じゃ、谷口や国木田まで何かトンデモ属性をもってそうで怖いぞ。「あくまで、その可能性ですよ。佐々木さんの閉鎖空間には、僕たちは入れないのでね。確かめようがないというのが、現状です。ただ、佐々木さんからは、その手の雰囲気というか、気配みたいなものを感じますから、すべてが嘘というわけでもないのでしょうが」 「おまえらが橘たちと対立してる理由はそれか」「僕たちの能力は、涼宮さんから与えられたもので、涼宮さんの力を抑えるために存在する。『機関』としてはこの点だけは譲れません。僕たちの存在理由そのものですからね。その前提条件を覆すようなことは、到底受け入れられるわけもない」 まあ、そりゃそうだろうな。「それに、彼女たちは勘違いをしている可能性もあるんですよ。佐々木さんが世界を変容させないのは、単に力が足りてないからかもしれない。もし涼宮さんの力がすべて佐々木さんに移ってしまったらどうなるのかは、予測不能です」 確かに、ある程度は対処方法がつかめているハルヒの方がまだマシだとはいえるだろう、少なくても『機関』にとっては。古泉がようやく、次の一手を打った。だが、俺の優位は変わらない。「しかし、佐々木にハルヒの力を移すったって、どうやるつもりなんだ?」「まさに問題はそこですよ。橘京子の組織の主張は、これまでは絵空事でしかなかったんです。でも、彼女たちの前に、周防九曜という存在が現れた」「ヤツの親玉なら、それが可能かもしれないというわけか」「そういうことですね」やがて、ハルヒと佐々木が帰ってきた。「これから佐々木さん歓迎大会をやるわよ!」ハルヒは、百ワットの笑顔でそう宣言した。「どこでだ?」俺は、律儀にツッコミを入れてやる。部室でやった日には、あの生徒会長が嫌味をいいに来るぞ。「有希の部屋でやるわよ。有希、いい?」長門は、本から顔をあげて、わずかにうなずいた。「じゃあ、レッツゴー!」ハルヒは、上機嫌そのものだった。崖から転がり落ちる石ころのような勢いで、というとさすがに誇張だが、ハルヒが坂道を進む速度は競歩の世界選手権代表といい勝負だったと言える。ハルヒの後ろ姿から伸びる見えない綱に引っ張られるがごとく、俺と古泉、朝比奈さんと長門、そして佐々木も下校路を下り続け、ようやくの平地にたどり着いた時点ですっかり息が上がっていた。 常にデオドラント状態の古泉でさえ、額の汗を拭っているぐらいだから程度が知れるだろう。朝比奈さんなんか膝に手を当ててふうふう言っている。「おい、ハルヒ。なんでそんなに急ぐ必要があるんだ?」俺がそういうと、この放射性物質を体内に飼っているかのような疲れ知らずの女は、「善は急げっていうでしょ? 時間は待ってくれないのよ!」とのたまわった。急がば回れともいうんだがな。佐々木が乱れた息を整えつつ、こう言った。「涼宮さん、私のために急いでくれるのはありがたいんだけど、少しゆっくりしてもらえるかしら。さすがにこの調子じゃ着くまでに疲れ果てちゃうわ」そうだぞ、ハルヒ。歓迎される主賓が、歓迎される前にダウンしてちゃ話にならん。「佐々木さんがそういうなら仕方ないわね」ハルヒは、つかつかと俺に近づいてきて、紙切れを渡した。「キョン、買い出しに行ってきなさい」俺は、紙に書かれているリストをざっと流し読みした。「おいおい。とてもじゃないが、俺一人じゃ持ちきれんぞ」「僕が御一緒いたしましょう」古泉がすかさずそう申し出た。なんでこのうららかな春の日に、男二人で歩き回らねばならんのだろうね。俺がそんな愚痴を心の中でこぼしているうちに、俺と古泉は踏切の前にやってきた。一年近く前。ちょうどこの辺りで、俺はハルヒから長々とした独白を聞いた。何気なく線路の向こうに視線をやって、そこで目と手足が止まる。橘京子。俺たちの外なる敵が、踏切をまたいだ対面に立っていた。先日出くわしたときとは打って変わって真剣そうな表情。遮断機の警告灯が点滅を開始する。同時に電車の接近を告げる鐘の音が被さり、ものぐさそうにバーが下りてきた。カン、カン、カン──。遮断機が完全に下り、列車の接近を教える線路の震動と風切り音が大きくなる。あり得ないタイミング。偶然じゃない。こいつは……こいつは俺たちを待っていたんだ。いや、俺はどうでもよくて、古泉だけに用事があるのかもしれないが。突風を撒き散らしてやって来た電車の車列が橘の姿を覆い隠した。電車が去り、赤色警告灯が役目を果たして点滅を終え、黒黄色の長い棒が軋みながら上がりきるのを待たず、橘は動き出した。早足で俺たちの前まで来て、「ちょっといいですか?」全力で断りたい気持ちの俺の切っ先の制するように、古泉が答えた。「ええ、いいですよ。近くの喫茶店でどうでしょうか。あなたの奢りでね」「『機関』は相変わらずケチなのですね」「そちらと違って経費の管理が厳しいんですよ」そんなトゲのある会話をしながら、橘と古泉は喫茶店へと向かっていく。俺もついていかざるを得なかった。「で、ご用件は?」古泉は特に気負うでもなく、優雅に紅茶のカップを傾けながら、そう尋ねた。こういう交渉事には慣れているのだろうか。橘の答えは、意外なものであった。「九曜さんには気をつけてください」九曜に気をつけろだって?「どういう意味ですか? 周防九曜はあなたがたの味方なのでは?」「九曜さん自身が信用できないというわけではないですけど、彼女の創造主が何を考えているのかさっぱり分からないのです。私は、彼女の創造主が佐々木さんに害を及ぼさないか心配しているのです」 「あなたの立場ならば、その懸念はもっともなところですね。しかし、もしそうならば、あのときに周防九曜を伴っていたのはなぜですか? 周防九曜が危険だというならば、できる限り佐々木さんに近づけない方がいいでしょうに」 「佐々木さんは、九曜さんのことがお気に入りなのです」「なるほど。噂にたがわず、佐々木さんは変わった趣味をお持ちなのですね」確かに、佐々木はあの不気味な九曜に対しても興味深げというか何というか、少なくても悪い感情はもってない感じではあったな。「で、我々にどうせよと?」「佐々木さんが事実上そちらの管理下にある間は、佐々木さんの安全についてはあなたがたにお願いするしかないのです」「いいでしょう。我々としても佐々木さんに危害が及ぶことを容認するつもりはありませんしね。でも、いいのですか? あなたのこの行為は、組織の方針に反するものなのでは?」 「組織よりも佐々木さんの方が大事なのです」「その言葉だけは信用しておきましょう」そこで話が終わりそうだったので、俺は気になっていたことを訊ねた。「あの嫌味な未来野郎は今日もいないのか?」「あの人は、自分から用事があるときしか連絡してこないのです」橘の不満そうな顔で答えた。橘たちは、相互不信でぐだぐだのようだな。そんなんで、SOS団に対抗しようたって、無理だぜ。これなら、佐々木をSOS団に取り込んでしまえば、自然崩壊に追い込めそうだ。「それは随分と仲のよいことだな」俺が皮肉たっぷりにそう言ってやると、橘はそれっきり黙りこんだ。話し合いはそれで終わり、橘は伝票をもってさっさと席をたった。橘が支払いを終えて店を出て行ったところで、俺は古泉に話しかけた。「あんな奴のいうことなんか信用していいのか?」俺は、朝比奈さん誘拐犯のいうことなんて信用する気はないぞ。「我々の注意を周防九曜にひきつけて、彼女の組織が裏で動くということも考えられますけどね。まあ、『機関』が彼女の組織の監視を緩めることはありませんから、心配はご無用ですよ」 そんなものか。「それに、僕は彼女の話は信用できると思います。前にも言いましたが、彼女はあの組織の中ではまだ話が通じる方です。盲目的な佐々木さん信者でなければ、よき友人にさえなれたと思いますよ」 胡散臭い者同士、お似合いかもしれんがな。「もしそうなったら、俺はおまえとの友人関係を考え直さねばならないだろうな」「それは勘弁してもらいたいですね。あなたは僕の数少ない友人の一人ですから。まあ、それはともかく、この機会ですから、あなたに訊いておきたいことがあります。あなたと二人だけで話せる機会は、案外少ないのでね」 「なんだ?」「あなたは正直なところ、涼宮さんや佐々木さんのことをどう思ってますか?」古泉は珍しく真剣な表情で、そう訊いてきた。俺も真剣に答えるべきなんだろう。「SOS団のかけがえのない仲間ってところか。親友といってもいいのかもしれん。これはハルヒや佐々木だけじゃなく、長門や朝比奈さん、ついでにおまえも含めてな」 「あなたにそう言っていただけるとは、大変光栄です。ですが、涼宮さんや佐々木さんについて、仲間あるいは親友以外の関係になりうる可能性というのは考えられませんか?」 「SOS団を裏切れば、敵ってことになるんだろうけどな。あり得ないと信じたいところだが」SOS団の誰かが裏切る。そんなことは万に一つもあり得ないと信じたいが、どんな可能性も0ではない。特に、超常的な組織・存在をバックにもつ三人については、そのバック同士が潜在的対立関係にあるともいえないことはないのだから。 「友か敵かですか。それ以外の選択肢はありえないのですか?」「今さら無関係な第三者ってのはありえないだろ。ここまで深入りしちまったらな」「そうですか。まあ、僕にとっては大変光栄な話ですし、長門さんや朝比奈さんもその覚悟はあるでしょうから、いいでしょう。ですが、涼宮さんや佐々木さんにとってはつらい話かもしれませんね、あなたと友か敵以外ではありえないということは」 「どういう意味だ?」「分からないのならいいですよ」古泉はふいに溜息をついた。なんだ?「いえ、僕もそろそろ『アルバイト』が一生涯続くことを覚悟せねばならないのかと思いましてね」「おまえの『アルバイト』は、ハルヒのトンデモ能力がなくならない限り、ずっと続くもんだろ?」「おっしゃられるとおりです。でも、僕はあなたに期待していたんですよ。あなたなら、涼宮さんのあの力を抑えてくれるんじゃないかとね」「おいおい、このどこからどう見ても平凡な人間の俺にいったい何を期待してたってんだ。おまえは馬鹿か?」古泉は、いつもの0円スマイルではない、どこからどう見ても苦笑としかいいようにない表情になった。「辛辣ですね。ええ、そうですよ。僕は馬鹿です、どうしようもないくらいにね」古泉の口調は、どこか自虐的な響きがあった。「でも、あなたのおかげでようやく覚悟が固まりました。そのことについては、感謝いたします」おまえに感謝なんかされても気持ち悪いだけだけどな。数日前から感じていたことではあるが、古泉の様子がどうにもおかしい。俺は真剣な口調で訊ねた。「いったい、何があった?」「正直にいいますと、昨今の情勢の変化で『機関』内の僕の立場が微妙になってましてね」切り札の一つを行使しなきゃならんような事態にでも陥っているのだろうか。「敵対勢力が本格的に動き出したことで、『機関』内の意思統一が崩れてきているのです。もともとそういう傾向はあったのですが、昨今の情勢変化でそれが加速してます」 古泉は抽象的な言い方でぼかしているが、もしかしたらやばいんじゃないのか?「僕の今の立ち位置は、橘京子のそれに近いともいえます。まあ、今すぐ危難が迫っているというわけではないのですが、敵対勢力の動きによっては『機関』内で孤立してしまうかもしれません」携帯電話はいつも前触れもなく鳴り出すものだ。この時もそうだった。古泉と俺の会話を中断させたのは、ハルヒからの電話だ。「ちょっとキョン! あんた、何ちんたらしてるのよ! 佐々木さんが待ちくたびれてるわよ! さっさとしなさい! 5分以内!」喫茶店の店内全域に聞こえるんじゃないかと思うほどの声量だった。俺が口を開く前に、古泉がヒョイっと携帯電話を奪い取り、「すみません、涼宮さん。あまりにも量が多いので途中で休憩していたのですよ。すぐに戻りますので、なにとぞご容赦を」そういうと電話を切って俺に返してきた。そして、自分の携帯電話を取り出して、すばやく電話をかけだした。「古泉です。すみません。ちょっと野暮用を頼まれてくれませんか? ええ、そうです。橘さんと情報交換しているうちにすっかり時間を食われてしまいまして」そのあと、古泉はずらずらと買い物リストを読み上げた。10分後、喫茶店の店前に黒塗りのタクシーが現れた。運転席に座っているのは、毎度おなじみ、新川さんだ。後部座席には、本来俺たちが持って帰らねばならなかったはずの荷物がつんであった。なんとなく申し訳ない気持ちになりつつ、俺は古泉とともにそのタクシーに乗り込んだ。マンションの長門の部屋。ハルヒが定めた制限時間を大幅にオーバーしてたどり着いた俺たちを見るなり、ハルヒは、「遅刻! 罰金!」俺だけを指差して、そう宣言した。「なんで俺だけなんだよ。古泉だって同罪だろうが」「どうせ、途中で休もうなんて言ったのはキョンなんでしょ。古泉くんは被害者だわ」とんでもない冤罪だ。むしろ、遅れたのは古泉側の事情だぞ。橘は古泉の相手なんだからな。しかし、ハルヒ相手にそれを言うわけにはいかない。結局、俺が罪を被るしかなかった。「今度の奢り代は『機関』から出しますよ。さすがに今回は僕絡みの事情ですからね」古泉が俺の耳元でそうささやいた。是非ともそうしてくれ。『機関』は経費に厳しいそうだが、これは認められる経費だろう。そうでないと困る。俺の財布はすでに非常事態宣言を出したいぐらいの危機的状況だからな。女四名は台所でかしましく(といっても長門は相変わらず無口だが)準備をし、男どもは居間でだべっていた。「仲良きことは美しきかな、といったところですか。佐々木さんがさっそくなじんでくれたようで、少しは安心といったところです」まあ、寄ってくる相手をはなから拒絶するような奴ではないからな。「このまま佐々木さんをこちら側に引き込んでしまえば、敵対勢力の意図を封じられる可能性も高まります。あなたには期待してますよ。ただし、涼宮さんの機嫌の損ねないように留意してもらいたいところですが」 「そんなのは関係ねぇよ。おまえらだって、佐々木だって、俺の友人だ。みんなで仲良くやるに越したことはないさ」台所の様子をうかがう。ハルヒの手際のよさは、解ってはいたが専業主婦顔負けだ。野菜を刻む包丁さばきも、ダシの取り方一つを見ても、よくぞここまで難なくこなすものだと感心するぜ。それは佐々木も同じだったらしく、「その感想は僕も共有するね。家庭科の成績は人並みのつもりだったけど、涼宮さんの前じゃ霞んで見えるよ」「こんなの慣れたら誰だってできるわよ」ハルヒは言った。小皿で鍋汁の味見をしつつ、「あたしは小学生のときから料理してるんだもの。家族の誰よりもうまいわよ。あ、みくるちゃん、醤油とって」「はぁい」そういやハルヒが弁当を持ってくることは稀だが、オカンは作ってくれないのか?「言えば作るでしょうし、たまに作りたがるけど、あたしが断ってんの。お弁当がいるときは自分でやるわ」ハルヒは若干複雑な表情となり、「こんなこと言うのもなんだけど、うちのおか……母親はね、ちょっと味オンチなのよ。舌がおかしいの。おまけに調味料を目分量で入れたり魚の焼き加減も適当なもんだから、同じ料理でも毎回味付けが違うわけ。あっ、有希、味醂とって」 「……」長門は無言で味醂を差し出した。できあがったものは、ごった煮スープカレーとでもいうべきものだった。味付けは、長門がベースを提示し、ハルヒが隠し味をドバドバとつきこんだそうだ。正直に言おう。滅茶苦茶うまかった。食べ合わせというものを完全に無視したカオスのような具材も、そのスープにかかると、魔法のようにうまくなるのだ。その場は終始楽しい雰囲気だった。それは、途中から参加したSOS団名誉顧問殿によるところが大きいだろうな。鶴屋さんにかかれば、佐々木だって、ものの5秒でお友達だ。楽しい歓迎会が終わっての帰り道。出身中学が同じであれば、帰る方向も似たようなものになるのは当然のことで、俺と佐々木は、連れ立って歩いていた。この機会に訊いておきたいことがいくつかある。俺は単刀直入にこう切り出した。「おまえ、どこまで知ってるんだ?」「まあ、橘さんからだいたいの話は聞かせてもらったよ。でも、丸ごと鵜呑みにする気もないし、彼女の提言をすぐに受け入れるつもりもない。僕としては、自分自身の目で情報を集めてから判断したいといったところだ」 「それが、SOS団に入った理由か?」「その通り。まずは、涼宮さんの人柄を確かめたかった。これは、僕個人としても興味があるところでもある」確かに、ハルヒは興味深い人物かもしれんが。「しかし、涼宮さんは、遠まわしな腹の探りあいというものは嫌いなようでね。いきなり、『正々堂々と勝負よ!』と宣言されてしまったよ。僕も受けて立たざるをえなかった」 「おいおい、いったい何の勝負をするってんだ? あのハルヒは超絶的な負けず嫌いだぞ。勝負となったら絶対に負ける気なんかねぇぜ」「そうだろうね。でも、僕も受けて立った以上は、負けるつもりはないよ。何の勝負かは、君には秘密だ。君にそれを気づかせることそれ自体も、勝負の内容に入ってるのでね」 佐々木がそのつもりなら、いくら追及しても無駄だろう。俺は、そう思い、それ以上は突っ込まなかった。「長門さんと朝比奈さん。あの二人が、この勝負に加わっていないのは、ちょっと意外だった。二人のそれぞれの背景事情が理由だろうというのは、すぐに想像がついたけどね。あるいは、負けると分かっているから最初から参加する気がないのか」 何の勝負かは知らんが、あの二人がハルヒに本気の勝負をしかけるとしたら、よほどのことだろうな。それこそ、世界の終わりが来てもおかしくないような。「僕もここ二日ばかりの経験で、自分の立場が非常に不利なものであることを認識させられたというのが正直な感想だ。僕から見ても、涼宮さんはとても魅力的な人物だよ。それに加えて、僕には一年近くのブランクもある。挽回するのは正直きついだろうね」 俺は、佐々木の言葉の意味がさっぱり理解できなかった。だから、俺は話題を切り替えた。「ところで、今日は、塾はないのか?」特に意味があっての質問ではなかったのだが、佐々木の答えは意外なものだった。「やめたよ。通信教育に切り替えた。親の説得に骨が折れたけどね。塾までの通学時間が人生においていかに無駄な時間かを説明して、何とか納得させることができた」 佐々木があの小難しいセリフまわしで懇々と説得している様子をイメージしてみた。佐々木の御両親も災難だったな。「今の僕には、SOS団の活動に支障を及ぼすような要素はない。そういうことだよ」そして、別れ際、佐々木は独り言のようにこういい残した。「ここ数日の経験で、僕はつくづく思ったよ。涼宮さんたちに、そして、橘さんたちにも、特殊な背景事情に全く関係なしで出会えていたら、どうなっていただろうか、とね」佐々木よ、それは贅沢ってもんだぜ。特殊な背景事情がなければ、そもそも出会うことはできなかった。それだけは確かなんだ。だから、俺はそれを受け入れる覚悟はできている。だが、佐々木は、超常的な状況に巻き込まれてからまだ数日だろう。覚悟を固めるにはまだ短すぎる時間だろうな。てなことを考えつつ、俺は帰巣本能のおもむくまま自宅へ戻った。
涼宮ハルヒの驚愕γ 2 へ続く
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