おいしいご飯7
「ほら。持ってきたわよ」
朝、教室に入るや否や、ハルヒはぶっきらぼうに袋を手渡してきた。
「おお。ありがとな」
袋の中には『団長』と書かれたクッキーが大量に入っている。
これさえあれば…。
入り口付近でクラスメイトと話している朝倉にアイコンタクトをとる。こちらに気づいた朝倉は、クッキーを見て微笑みながらうなずいた。
「そんなにおいしかったの?」
ハルヒは腰に手を当てながら、横目で俺を睨んだ。
「ああ。そりゃあもう絶品だったな」
実際は不味かったが…。
「ふーん」
少し疑うような目を向け、それから「ニッ」っと笑った。
「まあ、当然よね。もしかしたら隠れた才能が開花したのかも」
満足したように「うんうん」と頷きながら窓の外を眺める。
「大切に食べなさいよ。そんじょそこらの駄菓子とは格が違うんだから」
「わーってるよ」
言われなくても、大切にするさ。
コイツが俺たちの運命を握ってるようなもんだからな。
その後の授業はまったく集中できなかった。まあいつもの話なのだが、今日は特にだ。
教師の話は右から左へ素通りし、谷口のバカ話も国木田の世間話もまったく頭に入ってこなかった。
俺の身体は『空腹』で支配されている。なにせ成長期の身でありながら昨日の夜から何も食ってない。
本当にコイツを食えばもとに戻るんだろうな…。
そんなことを考えていると、いつの間にか4時限目が終わり昼休みだ。
ハルヒが学食へと向かうのを見計らい、俺はクッキーの袋を引っ掴んだ。
「いくぞ朝倉」
「うん。じゃあ、後でね」
話していた友達に手を振って、こっちにかけてくる。
「そのクッキー。割れてないわよね?」
「割れてるとまずいのか?」
「当たり前よ。コードが正確に読み込めなくなるわ」
それを早く言え。
袋の中を見る。
机の横に引っかけて、膝で蹴飛ばしたりしてたからな…。
「……大丈夫そうだ。大量にあるし、人数分は確実に無事だ」
「なら急ぎましょう」
大切に抱えながら、部室へ急ぐ。
「頼むから転ばないでね」
「そういうこと言われると転びそうだからやめてくれ」
なんとか無事に部室へたどり着くと、もう既に小泉と朝比奈さん、長門が待っていた。
「キョンくん」
「例の物は?」
「…」
「へっへ~」
俺が袋をかざす。さながら、アジトに帰ってきた泥棒といった感じだ。
「早く食っちまおうぜ」
さっそくクッキーを5人に配る。
「…わたしはいらない」
「おおそうだった」
勢いで長門にまで配っちまった。
「これを食べれば…いいんですかぁ」
朝比奈さんはクッキーをまじまじと見つめる。
「まあ、決定したわけではありませんが」
小泉も同じようにクッキーを眺めた。
「誰か食べれば?」
朝倉が進めてくる。
「お前が食えよ。レディーファーストって言うだろ」
「え~…」
誰も食おうとしない。あの身体中が麻痺する感覚は、できればもう味わいたくない。だが食わなければ一生このままだ。
ええい、決心しろ。
「よーし、小泉。せーので食おう」
「え?ぼくらがファーストペンギンですか?」
「あたぼうよ。メソメソしてたら男が廃るってモンだ」
「…わかりました」
小泉が頷く。
「わ、わたしも食べます」
朝比奈さんが声をあげる。
「え!でも、…朝比奈さん…」
「キョンくん達ばかりに苦しい思いはさせたくないもの」
「あ…あさひなさん」
俺が朝比奈さんに抱きつきたい衝動に駆られていると、長門が補足した。
「全部食べなければ、効果は現れない」
「うえ…。全部か」
早くも決心が揺らぐ。
「さ。3人ともマークをよく見て」
人ごとのように朝倉が促してくる。
ゴクリ…。
「せーの!」
パクッ。
「うぐあああああ」
「ぐふっ」
「ふにゃあああああ」
クッキーを食べながらもがき苦しむ3人の高校生。
「耐えろ!食べるんだ…」
「ッック!」
「ふええええ」
それでも必死になってクッキーに食らいつく姿は、端から見れば意味不明の境地だろう。
「う…ぐ、んん……ごくっ」
なんとか喉に押し込む。
「ハア…ハア…」
小泉もなんとか食べ終えたようで、俺と同じように項垂れ、真っ白に燃え尽きている。
だが、朝比奈さんは食べれれないでいた。
「はう…ひう…」
嗚咽をあげるようにしながら目を白黒させている。
「あ、朝比奈さん!無理しないで」
「でも、でも…」
それを見かねたか、長門がふらっと足を踏み込むと…。
朝比奈さんに飛びかかった。
「ぴィ~」
ドタンッ!
朝比奈さんの悲鳴とともに、2人は倒れ込む。
「お、おいなんだ!?」
長門は朝比奈さんに馬乗りになると、クッキーも手で包み、呪文らしきものを唱える。
そして朝比奈さんの口をこじ開けると、クッキーをかざした。
すると…。
スポッ。
「うにゃ」
クッキーは吸い込まれるように朝比奈さんの口の中へ消えた。
どうやら無理矢理食わせたらしい。
ときどき過激なんだな。お前は。
「食べたがっていたから」
長門は無表情で答える。
別に食いたかったわけじゃないと思うが。
何が起きたか解らないといった表情で倒れ込む朝比奈さんを起こしながら、朝倉が俺を見上げる。
「で、どんな感じ?」
「え……いや、わからん」
別に変わった様子はない。
「何かを食べればハッキリしますね」
小泉が指を立てる。
「あのぉ…」
朝比奈さんが弱々しく手を挙げた。
「わたし、お弁当もってきましたぁ」
さすが朝比奈さん。用意がいい。
「えへへ」
朝比奈さんは恥ずかしそうに笑うと、お弁当箱を取り出した。
「…で、誰が食べるの?」
また朝倉が俺を見る。
「俺か?断る」
俺はきっぱりと首を振った。
すると朝倉は朝比奈さんに顔を向ける。
「朝比奈先輩が『あ~ん』してあげれば?」
「え」
まてコラ。俺は食わんぞ。朝比奈さん!真に受けないで!
小泉、お前が食え。
「僕には過ぎた代物ですよ。いや~、羨ましいですね。全校男子羨望の的です」
白々しい笑みを浮かべる。
てめえ。俺が小泉にもの申そうとすると。
「はい。キョンくん」
ニュッと朝比奈さんがタコウインナーを差し出してきた。
「ちょ、ま、心の準備が」
「あ~ん」
満面の笑みで俺の口にウインナーを突きつける。
半ばヤケになっているらしい。
ええい。ままよ。
パクッ…。
「うおあああ…ぐ!」
うずくまり、頭を掻きむしる。
「キョンく~ん」
朝比奈さんが俺の背中をさすりながら溜息をついた。
「これって…失敗ですかぁ…?」
「どうやら…そのようですね」
小泉も髪をかきあげ、息を吐く。
「やっぱり、真反対のプログラムが施されているのに食べて不味いのはおかしいわよね。食べなくてよかった」
朝倉が言うと、長門はクッキーを囓り、頷いた。
「このクッキーにプログラムは無い」
「その可能性があるなら最初っから言えよ!」
俺が非難すると、朝倉は笑いながら手を振った。
「ごめんごめん。でも、あくまで可能性だったから。実際に確かめないと解らないでしょ?」
お前、俺がどんだけ苦しんだか。
「クソッ…これでもう俺たちは一生…」
がっくりと項垂れる。
「はあ…」
「ふええ…」
どうしようもない空気が流れる。
…
すると、突然朝倉が手を叩いた。
「あ!すっかり忘れてた」
「どうした?」
「まだあきらめるのは早いわよ。涼宮さんはもう1種類クッキーをつくったわ」
……あ。
「そうか!忘れてた!」
俺も声をあげると、小泉と朝比奈さんが顔をあげる。
「もう一種あるんですか?」
「それはどこに?」
「谷口!」
俺としたことが、気が動転して谷口の『アホ』クッキーを忘れていた。今考えれば、谷口が「うまい」と言っていたのもそれだろう。
どう考えたってアレにプログラムが施されている可能性が高い。
「アイツ、もう全部食っちまったかな」
「とにかく急いで谷口さんを見つけましょう」
「はやくしないと…」
こうしちゃいられない。
俺と小泉と朝比奈さんは部室を飛び出した。
朝倉と長門もそれに続く。
「たにぐちィィ!」
廊下を全力疾走する五人組。
あの野郎、クッキー完食してたらぶっ飛ばすぞ。
空腹のイライラと不安感が爆発して、獲物を追う形相で谷口を目指した。
続く。
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