宇宙人の長門13
事の始まりは三年前。
情報統合思念体は、地球表面に他では類を見ない異常な情報フレアを観測した。
日本列島の一地域から噴出した情報爆発は、瞬く間に地球全土を覆い尽くし、宇宙空間にまで拡散した。
その中心にいた人物。それが、涼宮ハルヒだった。
原因も効果も不明。情報生命体にすら解らなかった。
重要なのは、有機生命体から情報の奔流が発生したということ。
正体不明。
だが、情報統合思念体の一部は、涼宮ハルヒこそ人類の、ひいては情報生命体である自分たちに自律進化のきっかけを与える存在と考えた。
情報生命体である彼等は有機生命体とコミュニケートすることが出来ない。
そこで、情報統合思念体は『対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェース』を造り出した。
「それが私」
長門は淡々と言った。
「実は私もなの」
横で朝倉が軽く手を挙げるようにして微笑む。
「…そうか」
「あら?もっと驚くと思ったけど」
朝倉が意外そうに顔をのぞき込んでくる。
驚いてるさ…。
…だが、それよりも知りたいことが俺にはあった。
「それは解った。それより気になることがある」
俺は長門の目を見た。
未来人や超能力者が現れたんだ。今更疑おうとは、これっぽっちも思っていない。長門の言うことであれば尚更だ。
何故、長門が今まで言わなかったのか。それが知りたかった。
「何で今まで黙ってたんだ?」
「…」
「…知らなかった」
長門は呟くように言った。
知らなかった…?
「正確には『忘れていた』」
情報統合思念体は長門有希、朝倉涼子他多数のヒューマノイドを造りだした。
ヒューマノイドが「性格」「体格」「容姿」「口調」「思考」…様々なデータを書き込まれ、地球に送り込まれる直前。
アクシデントが発生した。
情報統合思念体が、敵性の情報生命体から攻撃を受けたのだ。
その『攻撃』はとりわけ大きなものではなく、情報統合思念体自体に損害はなかったが、問題は他にあった。
攻撃の際、敵性情報生命体はヒューマノイドの体内にウイルスを埋め込んだ。
長門曰くそのウイルスは『バグ発生の因子のような物』であり、そのウイルスの影響でインターフェースからある情報が欠落してしまった。
その情報とは、『【自分が情報統合思念体によって造られた対有機生命体コンタクト用ヒューマノイド・インターフェースである】という記憶またそれに関する知識』。
つまり。インターフェースがその状態で地球に送り込まれても、「何をすればいいのか」、「何故ココにいるのか」、それ以前に「自分が何者なのか」解らないという自体に陥る。
情報統合思念体はその因子を取り除こうとしたが、敵性情報生命体によるプロテクトが発動し、因子を取り除こうとする情報統合思念体と、そうはさせまいとする敵性情報生命体のプロテクトの間で競り合いが発生することになった。
敵性情報生命体によるプロテクトは非常に強固な物であり、迅速な解除を見込めない情報統合思念体は、ヒューマノイドにある情報を書き足し、地球に送り込んだ。
その情報とは、偽りの記憶。
「自分が地球人であり、今まで地球人としてごく普通に生活してきた」という偽の記憶をインターフェースに書き込み、地球に送り込んだのだ。
プロテクトを解除し正確な情報に書き換えるまでの間、インタフェースには『地球人』として涼宮ハルヒの近辺で生活させ、観察すると同時に様子を見る。
それから三年の月日が流れ…。
「今日。日本時間午後三時二十八分四十七秒をもって、プロテクトの解除、及び情報の修正が完了した」
長門は無表情のまま言い終えると、俯くように机を見て黙り混む。
俺は何も言えないでいた。
何と言えばいいのか、何と言ってやればいいのか、解らなかった。
朝倉を見ると、悲しげに笑って、長門を眺めている。
俺までも黙り混んでいると、突然長門が声を発した。
「ごめんなさい」
…?
俯いたままの状態で呟く。
「なんで…あやまるんだ?」
「…あなたに…おかしなことを聞いた」
……「おかしなこと」。きっとあの日のことだ。俺が初めて長門のマンションに言った日。俺は長門から「あなたは宇宙人?」と聞かれた。
「ああ。あれか。あれなら…いいんだ」
俺がそう言うと、長門は顔をあげ、俺の目を見る。
「あの頃の私は、とても不安だった」
長門はまた目を伏せると、静かに続けた。
「情報統合思念体によるプロテクト処理と情報修正が進むにつれ、私は自分が何者なのか解らなくなっていった。本当に自分の記憶が正しいのか、今までの思い出は全て嘘なのではないか」
…。
「なんとなく、自分が地球人ではない、何か他の存在であると気づき始めていた。だが、そう考えるたびにあの頃の私は不安になっていった。自分が『宇宙人』であると認めたくなかった。今までの自分が虚像であると解りたくなかった」
…長門。
「だからあなたに押しつけた。本気であなたを宇宙人だと思っているんだ、と自分を偽って。本当の自分を知ることを恐れていた。『宇宙人である可能性』をあなたに押しつけ、あの頃の私は『真実』から逃げようとしていた」
もういい…
「あなたが『宇宙人』ではないと解っていた。でも、解らないフリをしていた。今日、午後三時二十八分四十七秒まで私はあなたを、自分を偽り続けてきた。だから…」
「もういいんだ!」
長門が言い終わる前に、俺は声をあげた。
長門が顔をあげる。その目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
「いいんだよ長門。誰だってそうだ。自分が解らなくなったら怖いに決まってる。今までの自分を見失ったら、悲しくなるのは当たり前なんだ。だから…、長門が謝ることなんて何も無いんだよ…!」
「キョンくん…」
俺は続けた。
「お前が俺を『宇宙人』だと思っていようが、お前自身が『宇宙人』であろうが、関係無い。俺は俺だ。長門は長門だ。『正体』なんてもんは何てことはない、大したことじゃない。お前は俺の知る長門有希なんだろ?」
長門がコクッとうなずく。
「なら、それでいいんだ」
「…ありがとう」
静かに、だがハッキリと。
その一言が聞けて俺は充分だよ。
それに…だ。
「まだ俺が宇宙人じゃないと決まった訳じゃないぞ」
長門と朝倉がキョトンとした顔を見せる。
「その『敵性情報生命体』とやらが送り込んだ宇宙人かもしれん。天下の情報統合思念体も知らんような解析不能コードとかで造られたインターフェースって可能性もあるだろ」
我ながら馬鹿なことを言っている。
でもいいんだ。
しばらく呆然と俺の顔を見つめていた長門だが、やがてコクッとうなずくと、
「確かに」
と言った。
すると朝倉がイタズラっぽく笑う。
「じゃあ試してみましょうか?」
バカ、止めろ。
「フフフ。冗談よ」
お前のは冗談に思えないんだよ。怖くて。
「ごめんごめん。もう二度とナイフなんてむけないから」
当たり前だろ。
朝倉が愉快そうに笑う。
場の空気が和んだ。
そうだ。
俺は横にあった紙袋を取る。
「これ、買ってみたんだが…。長門。まだ興味あるか?」
そう言いながら、あのギロ○伍○の限定プラモを取り出し、顔をあげると、
既に長門の目が輝いている(ように感じた)。
「あら。良かったじゃないですか長門さん。欲しがってたでしょソレ」
朝倉が声をあげる。
「飯食わせてもらったりしてるお礼を兼ねてな」
渡すと、長門は大事そうに抱え、パッケージをじっと眺め、
「うれしい」
そりゃ良かった。駅前まで歩いた甲斐があったよ。
俺がプラモを眺める長門を眺めていると、朝倉が声をあげた。
「あら、もうこんな時間。さ。ご飯にしましょ。キョンくん食べてくでしょ?」
夕飯すっぽかして家出たからな。腹が減って、家までもちそうにない。頂こう。
「じゃ、用意するから」
そう言って、朝倉は台所に向かった。本当に保護者だな。長門よりも長門家台所事情に詳しいんじゃないか?
長門がプラモ作りに夢中になっているので、特にすることもなく、台所で飯の準備をせっせとしている朝倉に話しかける。
「お前は…どうなんだ?」
「私?」
「……不安とか」
「無かったわ」
即答した。
「それよりも、長門さんのほうが心配だった」
…どうしてそこまで長門のことを…。
「性分なのかな?本能みたいなもの」
なんだそりゃ。
「私ね。長門さんのバックアップだったの。後援が支援するべき相手を気にかけるのは当然でしょ?」
黙る俺をどう思ったか、朝倉が慌てて言う。
「ああ。「義務」とかそういうので長門さんを気にかけてるわけじゃないのよ。今のは喩え。わたし…本当に長門さんが心配で…」
そう言って涙を流す。
「お、おい…」
悪いこと言ったかな。
「ごめん。タマネギって目にしみるのよね。インターフェースでも」
「あはは。ごめんごめん、でなんだっけ……あ。そうそう」
楽しそうに笑いながら話し出した。
「面白いことに、私って『急進派』になりうる可能性があったんだって」
急進派?
「そう。まあ…過激派みたいなもの?」
過激派…。
「それで、もし私にウイルスが埋め込められなかったとしても、私はあなたに襲いかかる手筈だったらしいわ。涼宮ハルヒに選ばれた者を殺したらどうなるか…なんて」
…頼むからその包丁を俺に向けないでくれよ。マジで。
「フフ。だから大丈夫だって。私の中の危険因子も消えたわ」
消えたって…。情報統合思念体が消したのか?
「ううん。自然に消えたの」
自然に?
「そう。今の私にそういうことを考える要素が無いから。だって…」
そう言うと、振り向いて笑った。
「あなたを殺したら、長門さんが悲しむもの」
食事中。
朝倉がたわい無い世間話をもちかけ。俺がそれに答え。長門は無言でTV画面を凝視する。
何の変哲もない風景。
だが、和む。
「長門さんったら、行儀悪いって言っても聞かないんですよ」
「インターフェースに視力の低下は無い」
「そういうことじゃないでしょ」
そんなことを言い合ってる二人はどう見ても姉妹だ。
ホントに宇宙人か?と疑ってしまうくらいだ。
「は」
笑う。
「な~に笑ってるの?」
長門と朝倉が見てくる。
「いや、お前等はそんじょそこらの人間より人間らしいよ」
「そう?褒めてるの?良かったですね長門さん」
ハハハ………って、和んでる場合じゃない。今何時だ?
時計を見る。
二十時を過ぎていた。
やばい。
「じゃ、俺は帰るよ」
「もう帰っちゃうんですか?」
もう、ってお前。俺、徒歩で来たんだぞ。
「あら、大変。わたしはすぐ下ですけどね」
嫌みか?
「そんなんじゃないですよ~」
笑いながら手を振る。
「じゃあな、長門。また明日」
そう言って、部屋を出ようとする俺を、
「待って」
長門が引き留めた。
「ちょっと待ってて」
そう言うと隣の部屋に行き、戻ってくると一冊の本を抱えていた。
「これ…」
俺を見上げ、差し出す。
それは昨日長門が図書館で借りた児童文学の本だった。
「貸すから…読んで」
無表情。だが俺には解った。
「ああ。読むよ」
受け取って、脇に挟む。
「じゃあ」
「…じゃあ」
「また明日ね」
手を振る朝倉と、それに習ってヒラヒラと手を動かす長門に見送られ、俺はマンションを後にした。
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