反英雄 最終章
その後の事を少しだけ語ろう。 交通事故から奇跡の生還とは大袈裟だが、本来は死にかけたので実際はそうである。週をまたぎ、冬休み直前には復学を完了したのだった。 原チャリを北高からは見えにくい隠れた駐輪場に止める。さて後一週間ぐらいだが、真面目に学校に通うとするか。 なんちゃってヤンキーが真面目とか言うなと追及されそうだが、それはどうかな。「おはようございまーす」 校門を通る生徒に漏れなく朝の挨拶を投げかけている生徒指導の先生に笑顔で返事を返した。「おう、おはよ……なぁ!?」「先生、おはようございます」 深々と頭を下げる。 そして先生の凍りついた顔を見て思った。
やっべ。腹痛ぇ。その顔爆笑もんだな。
まあ、気持ちは分からんでもない。俺が下げた頭は、今までのシャギーがかった金髪ではなく、カラスの羽根みたいに真っ黒な色なのだ。 髪だけではない。ピアスも外し、しかもポケットにはタバコもライターも 入ってない。 これではどこからどう見ても真面目な学生ではないか!とは鏡の前で思った物だ。 劇的ビフォーアフター全開ではあるが、もう壁は必要ないんだ。これからは高校性らしい充実した現実を生きるさ。
「よう。機嫌悪そうだな。ハル」 教室に入り、真っ先に目が入った女生徒、涼宮ハルヒに声をかけると、案の定不機嫌さを増しやがった。「……なんか用?」 別に。用が無きゃ話しちゃならんのか?「フン」 鼻を鳴らし、俺から顔を背けて窓の外に流れている冬空を眺め出した。「キョンならまだ来ねーぞ」 鋭いローキックが空振る。「図星かよ。どこの乙女だ」 ブチ。と言う擬音が届いた気がし、涼宮ハルヒは無言で自分の前にある座席……つまりキョンの椅子を手に取る。「何が言いたいんだぁっ!この黒猿ぅ!」 勇ましく椅子を振ります涼宮ハルヒだが、それら全ての攻撃は虚しく空気を裂くだけだった。「小学生じゃないんだから、もうちょっと冷静になれよ。ほら、血圧あげると早死にするぜ?」「誰のせいだ!誰の!」「そりゃもちろん……俺のせいだな」「そうよ太陽!あんたのせいよ!……あ」 自分の発言に、またも動揺する涼宮ハルヒだった。 なんでファーストネームで読んでしまうかわかってないんだろうが、こうやって不意な発言に戸惑う彼女を見ると、何と言うか、戻って来て良かったと思う。 俺にとって涼宮ハルヒは、心を通わせられた親友だったからな。それが例え作り物でも、忘れたくない。「まぁあれだ。諦めろ。俺は全然構わねーから」 空気を裂いている背もたれを掴み、涼宮ハルヒの眼前まで顔を寄せる。「あたしは構うのよ!」 難儀な性格である。諦めが悪いな。
「取り合えず、お前らは俺の椅子をとっとと下ろしやがれ」
シンクロして背後を振り向くと、キョンが少しばかりつまらなそうに俺たちのじゃれ合いを観察していた。「まったく。朝からうるさいな。大人しくしてろ。迷惑だ」 キョンはぺしぺしと、俺と涼宮ハルヒのつむじをはたき、取り返した椅子に腰かける。あら?もしかしたら結構不機嫌?「あー、あれだ。すまんなハル」「だから……もういいや、めんどくさい。好きに呼んだらいいわ」 精根使い果たした格闘家が楽屋で居眠りするかのように、涼宮ハルヒは机に突っ伏してしまった。
涼宮ハルヒと、ある意味ぶつかり合った後、HRでは岡部先生に、しこたま驚かれた。そこまで驚かなくとも、と思うくらいに驚かれた。黒髪、そこまで似合ってないのか? そして時間は流れ放課後。本日は短縮授業である故に、昼過ぎにはほとんどの生徒が下校をしていた。しかし、俺はなぜだか帰宅する気にはなれず、屋上で学校の空気を肺に溜め込んでいた。 真面目になろうと思っても、そう簡単には変われないか。喫煙してないだけマシだが。「西野君。ここにいましたか」「……喜緑さん」 静かな足取りだったために気づかなかった。いや、この人だったら、例え全身に鈴をつけた状態のまま、全力疾走で近づいて来ても気づけない気がするが。「どうかしましたか?」 何だかんだ言っても、一人で物思いにふけることが好きにだけに、あまり邪魔して欲しくなかったんだが、邪険にしたくもなかった。「いえ。ただ、世界の真実を知った気分はどうかと思いまして。あなたはキーマスターと違って、本当に一般人「でした」から」 どうと言われてもな。俺一人が足掻いたところで、世界が様変わりするわけがないから、「これがあるべき姿なら、受け入れるべきでしょう。少なくとも、俺はそう思います」 と答えるしかない。 選択肢は俺には無かった。無い中で、俺はがむしゃらに前へ進むことを選んだ。 それが正しいか間違ってたかなんてわからない。死ぬまでにわかれば貰い物ぐらいには思っているけどさ。「……俺は長門のやったことは許しませんよ。どんな経緯があれ、あいつはSOS団のために世界を破壊した」 長門有希がやったことは、俺は絶対に許さない。SOS団がどんなに大切だろうと、キョンをどんなに望んでいてもな。「俺はキョンじゃないですからね。長門の苦悩を知ることも理解することも出来ない。キョンの視点で世界を見れば、あいつはエゴに抗った悲劇のヒロインかもしれませんが、俺から見れば、ただの魔王です」 もしも俺がSOS団の人間だったら、もっと長門有希に好意を持って接することが出来た。少なくとも同情くらいはした。 だけど俺はキョンじゃない。キョンじゃないから、長門有希の正当性を見つけられない。「でも、言うならば、それだけです。俺は長門を許しませんが、憎みもしません」 それで良いのだと思う。魔王でも長門有希が世界を破壊した理由は、自分の世界を守るためだったからさ。自分と真摯に向き合ったからこそ生まれた結果である。 長門有希は純粋過ぎた。だから今回の事件が起きた。 俺だって自分の世界を守るために戦ったんだ。そこを否定するわけにはいかない。「何もかもが真っ直ぐでした。そしてみんなが道を変える事ができなかった。だから俺達はぶつかりました」 それと、「長門は俺に救いを求めてなんかいません。長門が求めているのは……キョンです」 あの病室で、長門有希は妖精の羽音のような小さな声で「ごめんなさい」と言った。 そう。「助けて」でも「お願い」でもない。「ごめんなさい」である。 ただ一言、俺を巻き込むことを謝るためだけの言葉だった。「長門のヒーローはキョン。その事実はこれから先も変わりません。だから俺が長門を救う道理は無いですし、本人も俺には救って欲しくないでしょうからね」 俺は長門有希のヒーローには、なれない。なろうにも、長門有希の事を知らなさすぎている。「ですから、俺を介して長門の思考を考えようとしても不可能ですよ。彼女にとって、俺はそこまで重要視されていません」 喜緑江美里がここにいる理由は、多分そんなところだと思う。 インターフェイスは合理主義。それぞれ個体差はあれど、各々が効率良く物事を進める方法を選び続けていく。「フフフ。粗暴で浅はかな思考しかできない方かと思っていましたが、そんなことはございません。長門さんがプログラムに選出しただけはあります」 どこか納得したように微笑む喜緑江美里であった。「……ところで、今、疑問に思ったのですが、喜緑さんは改変世界に存在していたのですか?」「……ええ。それが何か?」 想定外の質問だったのか、返答するのに少しばかり躊躇いの間ができた。「いえ。何となく。ちなみにどんな風にですか?」 ぶっちゃけ興味がある。長門有希は北高の文芸部員、朝倉涼子は五組の委員長、なら喜緑江美里は?「別段隠すこともないので教えますが、生徒会役員でしたよ。記憶の方はプロテクトをかけることができたために、消滅世界――つまり改変される前の世界ですね。持ち越すことはできましたけど」 つまりこの人は、何が起きているか分かっていたのか。「……敵いませんね。人間ではあなた達に勝てそうもないです」「おっしゃる通りです。あなた達は私たちに比べ、矮小で脆弱です……が、今回の事件において、戦局を覆したのも、あなたがた人間です」 続いて、「実に興味深いサンプルですね」とシャレにならないようなことを、にこやかに告げた。「ま、あれです。これからもよろしくお願いしますよ。宇宙人さん」「ええ。ふつつか者ですが、末永くお付き合いさせていただきますね。人類くん」 皮肉には皮肉を。この人、なかなか面白い人だ。「それじゃ俺は帰りますけど……どうです?昼飯でも食べに行きませんか?美味しいラーメン屋を知ってますけど」「トッピングにワカメつきます?」「なんでワカメなんですか。いや、まぁ付けれたと思いますけど」「参りましょう。あなたの奢りで」「勘弁してください」
反英雄 完
ピポ
『私は……ここにいる』
黒い蝶が舞い踊る夜。
月が私の腰まで伸びる髪を照らす。
蒼く鈍く輝く黒髪。
一糸纏わぬ裸体が、廃墟のビルに残されたガラスに映る。
その中で私は生まれた。
『……なぜ……?私は……消滅したはず……』
観測。それが私の役割。 必要とあれば、強力な刺激を与えても良い。そう、許可された。
黒い蝶が私を包む。
蝶の群れは、瞬く間に、黒いブレザーと変異する。
戸惑いの渦中、いつの間にか私の手には、この月夜を封じ込めたように煌く剣が握られていた。
『了解。直ちに任務を開始する』
――十二月のある三日月の日――
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