朝比奈みくるの挑戦 その1
この仕事で最初に貰ったテキストに書いてあったこと「時空管理者が恋をした場合の選択肢は、記憶を失うか心を殺すことである」
高校卒業の後、元の時間にもどったわたしはがむしゃらに努力してそれ相応の権限を手に入れました。 そしてあの時代に干渉した結果、規定事項はすべて遵守、今の未来も確定してわたしの仕事は終わりました。 わたしに残ったのは、過去の記憶と現在の管理局トップとしての地位。
ここは広大な敷地にある図書館の館長室。
「機関の提案に対して、情報統合思念体は同調することにした。あなた達の結論を聞きたい」「わたしたちも賛同します。今回の提案は、こちらにも利あるものですから」
話し相手は長門さん。アカシックレコードとすら評されるこの図書館の館長をしている彼女の正体を知るひとは少なく、知る人にとってはこの建物の二つ名は皮肉ですらあります。 配属前の研修生として一度だけお会いしたときには、その後文芸部室で再会するなんて考えてもいませんでした。 今は、私の交渉相手であり今でも苦手だけれども親友のひとりです。
「あなたは・・・・・・、朝比奈局長は後悔しない?」 彼女はわたしの顔色を伺うようにして問いかけてきました。だから、あたしは表情を変えることなく「今回の件は、規定事項・禁則事項双方にも該当しませんのでわたしが後悔する理由はありません」 と答えることにしました。そして「そう」 それは感情のこもった返事でした。 帰宅途中、あたしと彼女は入れ替わってしまったのかもしれないとふと感じました。
昨日からキョン君の、いえ長門さん以外のみんなの様子がおかしい気がします。
涼宮さんはやたら古泉くんを持ち上げるし、普段なら言い返す場面でもキョン君はそっけない態度です。 古泉くんもやけにキョン君に絡んでいる気がします。
「キョン君、どうぞ」「ありがとうございます、朝比奈さん」 いつもと変わらない受け答えだけれども、キョン君の表情はなにか硬くて心配です。
「なにか困ったことがあるなら、あたしでよければ力になりますよ」「いえ、何でもないですよ」
どうみてもいつものキョン君じゃないけど、あたしじゃやっぱり力になれないのかなぁ。
「みくるちゃん、おかわり」「は、はい」「みくるちゃん、キョンを甘やかしたらだめよ」「で、でも・・・・・・」 涼宮さんの態度は普段と変わらない、でもやっぱりなにか違和感を感じました。
3人が帰った後、長門さんに聞いてみることにしました。そして聞いたのは予想しなかった事実。「つまり、涼宮さんはキョン君に嫉妬させるために古泉くんと付き合っているふりをしているということですか」「そう」「なんでそんなにキョン君に冷たくあたるのでしょうか」「涼宮ハルヒは、古泉一樹と付き合う事により彼の意識を向けさそうとしている」「だが。彼は行動を起こさずにいる」「涼宮ハルヒは、本心では彼に関係を否定してもらいたいから」「・・・・・・」「だから今、わたしは二人の監視を続けている」 長門さんは読んでいた本から目を離し、あたしをじっと見て言った。
「あなたは事実を知ったとして、なにができるの」
あたしはなにができるのだろうか。
次の日の放課後。「おまたせ!」「ハルヒ、ドアがそのうち壊れるぞ」「いちいちうるさい!」 最後に涼宮さんとキョン君がきました。あたしもさっき着たばかりでまだ着替えていません。「あれ?みくるちゃん、まだ着替えてないの?じゃあ、キョンと古泉くんはそとでまっていなさい」 昨日の長門さんの話をきいたので、涼宮さんを直視できないです。二人の問題であたしが干渉することじゃないんだけど。
長門さんが本を閉じ、先に帰ってしまいました。みんなも帰宅準備をしているときに古泉くんが涼宮さんに話しかけます。「涼宮さん、このあと少しお時間いただけますでしょうか」「どうしたの、古泉くん」「いえ、お話ししていたお店で夕食をご一緒にいかがかと」 涼宮さんはキョン君をちらりと見ました。やっぱり止めて欲しいんだろうなぁ。「ん?どうしたんだ、ハルヒ」 キョン君は鈍感です。視線をはずし「そうね、じゃあ古泉くん。お願いするわ」 そう答える涼宮さんの声は、あたしには嬉しそうには聞こえないなぁ。
「涼宮さんと古泉くんどうしてますかね?」 二人がいなくなった後、ちらっと呟いてみました。「あの二人だから・・・・・・うまくやってるんじゃないですか?」「キョン君はそれでもいいの?」 彼があたしをじっと見て言葉をつなぐ。「朝比奈さん。あいつがそれでいいなら俺は何も言わないです」「じゃあ・・・・・・、なんでそんなに悲しそうな顔をしているの」「・・・・・・」「朝比奈さん、それがあいつの望みなら俺は何も言えないですよ。」
あたしにできることって。「キョン君。あたし、今までキョン君に迷惑をかけたりしました・・・・・・」「朝比奈さん?」「あたしじゃ力になれないかもしれませんが、あたしキョン君の事が心配なんですぅ」 彼はあたしの言葉を聞いて少し寂しそうにした。その後、彼は決心を固めたのかあたしを見つめて・・・・・・「俺、朝比奈さんを頼ってもいいですか」「はい。よろしくお願いします」
そのときからあたし達は付き合い始めました。最初は支えあうというほうが適切だったかもしれないけど。
あらかじめ予約しているレストランで食事を取り彼女を自宅まで送りました。 涼宮さんとの食事はなかなかに楽しいものでしたが、やはり彼女の目には僕は映ってないように思えました。 やはり僕には彼の代わりは無理みたいですね。「今回の件なのですが・・・・・・」「わかっています、新川さん。涼宮さんとの距離はほどほどにしておきます」「最初の計画とは方針が変わりましたが。」「上の方にスパイでもいるのでしょう、やっかいですね。他の組織との約束をこなしつつも機関の計画は思い道りに勧めることは厳しいです」「情報操作で偽造の関係ですか・・・・・・暴走しなければいいのですが・・・・・・」「涼宮さんと4回程度交際を繰り返す・・・・・・計画を考えた人は感情を無視して書き換えたのでしょう」「精神的にやばいと感じたら私か森に言って下さい」「心遣いありがとうございます」 どうやら、新川さんにまで心配をかけてしまっています。 「彼と朝比奈みくるのほうは問題は無い」「計画は順調」
この建物には、色々な時間の書物がある。紙というものが発明されてから・・・・・・いや、文字というものが存在をしたときからのものか。『文章にはその執筆者の内面がわずかでも含まれるものですからね』 あの懐かしい思い出の時間で、古泉一樹が言った言葉はわたしの考えと同じであった。 わたしと同じ情報統合思念体の作った観察者の報告書、時間を観察する者たちの報告書も存在する。 あと、これはわたしとそして現在の朝比奈みくると同じ立場にいる者しか知らないこと。
「平行世界の歴史書」「存在していた時間の書物」
そう、今の時間平面には存在してはいけない書物もある。
あのとき、わたしは彼女に嘘を教えるべきだったかもしれない。
あれから一夜過ぎて。朝、定期通信の内容を確認しています。
「1」「システム更新のために通信が数日間不通になります。その間は各管理者の判断で対応してください」「先に連絡していたとおり、各自転居をお願いします。住居確定後、速やかに連絡ください」
ああそうか、昨日通信しても返答がなかったのはそういう理由だったのかぁ。でも『1』ってなんだろう。 転居かぁ・・・・・・今住んでいる所が契約更新の時期だからちょうどよかったかも。そういえばこのまえ鶴屋さんに相談したときに 「それなら、あたしにまかせるさ~」と言われたけどそのあとどうなったのかなぁ。今朝にでも確認してみるかなぁ。 うん、できれば・・・・・・キョン君と一緒に帰れる範囲が良いなぁ。
あたしには、何より気になる一文があって、「現状維持で観察を続けてください」とのこと。 禁則事項だと聞いてはいなかったけど本当に良いのかなぁ、とつい首を傾げてしまうのでした。
「鶴屋さん、おはようございます」「みくる、おはよう。きょうもかわいいねぇ~」 ハイキングコース(キョン君命名)の入り口付近で、鶴屋さんと鉢合わせです。やっぱり朝から明るいオーラがあふれています。 昨日のことはお昼に話そうかなと思っていたら、鶴屋さんから話を切り出してきました。「そうだ、みくる。この前の話、転居のことだけど、どうせだからあたしんちに住むというのはどうだいっ。」 鶴屋さんのご自宅はすごく広い屋敷で以前(みちるとして)お世話になってたこともあります。「以前泊まってた、あれちがったか、うちの離れだったらみくるが住むには十分だと思うさっ。食事はせっかくなんでみんなで一緒に食べよう」「じゃあ、お願いしようかなぁ・・・・・・」 使用人の方々も一緒に住んでいた彼女の屋敷ですが、そういえば食事はみんなで集まって頂いていました。「ごはんはやっぱりみんなで一緒に食べたほうがおいしいから」という理由だと当時聞いたような気もします。 「それならさっそく明日にでも引越ししようか。うちまでキョン君なら自転車で来れる距離だから」 鶴屋さんの勘のよさにすこし驚いたり。まだ何も話していないのにキョン君の名前が出るのだから。「どうせだし、全部あたしにまかせるにょろ。みくるの悪いようにはしないさぁ~」「お、お願いします」 ま、まああたしは自覚したくないけどみんなからどじっ子と言われているのでやはり任せたほうが安全ですね・・・・・・書いてて悲しくなってきた、しくしく・・・・・・。
お昼休み。重要な話なので他のお友達のお誘いは辞退して、鶴屋さんと中庭でお弁当を突きながら話すことにしました。 たまには二人だけでお弁当もいいと思いませんか。「デートのお誘いかいっ(by 鶴屋さん)」
「へっ?ハルにゃんじゃなくてみくるがキョン君と交際?しかもみくるから告白???」 昨日の話をしているのですが、鶴屋さんが話を聞いている間ずっと呆然としてるのはなんででしょうか。「え、う、うん・・・・・・」 まるで探偵が被疑者を問い詰めるようにして確認してきます。「キョン君は確かにああ見えて結構ポイント高いと思うし、みくるに好意があったのは知ってるけど・・・・・・まじかい、お嬢さん?」「う、うん」 そう聞かれるとうなずくしかできないです。
「ところで、ハルにゃんはそれ知ってるのかなぁ?」「放課後に話そうと思っているのですが、どう切り出そうかなぁと」 そう、それが放課後の一番の心配事なんです。不思議探しで二人きりになった時ですら、あれだけ騒ぐあの涼宮さんがあっさり納得してくれるとは思えない。 鶴屋さんはお嬢様で立場上いろいろと会話技術もあるだろうし、なにかアドバイスをもらえたらいいなぁと。「いいかい、その話は絶対にみくるからするんだ。キョン君にさせては駄目だよ」 鶴屋さんはさっきまでおちゃらけな雰囲気をがらりと変えて真剣な表情で言いました。「は、はい」 たしかに、キョン君が話したら以前のように閉鎖空間で二人きりとか。そんなのはいやだ。「強気で話す、そうしないとハルにゃんにはぐらかされてしまうからねぇ」「はい」「じゃあ、放課後はキョン君をあたしが引き止めるからがんばるにょろ」 話は終わりとばかりに弁当からを片付けながら、態度をさっきのおちゃらけな雰囲気に変える彼女。同じ年齢のはずだけどあたしにはまねできないです。「そうだ、これからはキョン君の家で夕飯食べてうちに送ってもらいなよ~」「そ、そうですね」 からからと笑う彼女をみるとなんだかうまくいく気がしてきました。「自転車に二人乗りかぁ。青春だな、すこし妬けるねぇ。あはははは」 その光景を思い浮かべたあたしを指差して笑う彼女。顔が真っ赤になってるのかなぁ。 悩んでいたあたしに元気と勇気をくれる鶴屋さんは、大切な親友です。
放課後。SOS団の部室に入ると、キョン君以外みんながそろってました。「キョンは鶴屋さんが用事があるって連れて行ったわ」 パソコンの画面を眺めながら不機嫌そうなオーラを出しつつ涼宮さんはそういいました。
「えっと、涼宮さん。話があるのですが」 ここに来る前に考えてたとおりに話を切り出します。「どうしたの、みくるちゃん。そんなまじめな顔をして」「あたしの彼氏が見つかったら、涼宮さんが面談するって言ってたので報告します」 面白いことを見つけたとばかりに満面の笑みを浮かべて、涼宮さんが席から立ち上がってあたしに抱きついてきました。「みくるちゃん、いい人がみつかったの?ねぇ、だれ?だれ?」 どうみてもおもちゃをねだる子供みたいだなぁと一瞬思いました。あたしはこの子供をおもちゃから引き剥がすのに。「キョン君です」 予想はしていたけど、涼宮さんはぴたっと硬直し部室の空気が凍りました。 「へ?キョン?何の冗談?」 涼宮さんは少し離れてあたしの顔をじっと見つめています。 最初は冗談と思ってたのかきょとんという雰囲気が、にらみつける感じに変わり、かわいそうな人を見る目で話し始めました。「みくるちゃん、そういうのは冷静にならなきゃだめよ」 その後に続くのは普段のキョン君への愚痴を並べたような内容。「キョンのどこが良いわけ?気が利かないし、使えないし、ぱっとしないし、いろいろ鈍い。容姿も悪くはないけど普通だわ。優柔不断なところもあるし、キョンにみくるちゃんはもったいなさ過ぎるわ。それに・・・・・・」 今までは涼宮さんとキョン君の口げんかと半分流していた内容、でも今は聞いてて不快にしかならない。 そもそも、涼宮さん自身そうは感じていないのになんで素直にならなかったのだろうか。「やめてください!」 気が付けば、叫んでいました。「好きなんです。キョン君がOKしてくれたんです。あたしの彼を悪く言わないでください」 鶴屋さんは強気でと言ったけど、あたしは自分の感情を泣かずに言うのが精一杯。この程度で泣いたらキョン君の力になれない。「そ、そう。ま、まあみくるちゃんがそういうなら・・・・・・。あたしとしても交際を応援するわ」 続いた沈黙のあと、涼宮さんはしばらくして声を搾り出すようにして、そうつぶやきました。
きまずい空気が悪いまま長門さんが本のページをめくる音だけが聞こえてきます。「きょうは調子が悪いから帰るわ。最後の人は鍵よろしくね」 涼宮さんは空気に耐えられないのか逃げるようにドアを飛び出して、その直後キョン君と鉢合わせたみたいで「遅れてすまん、鶴屋さんに雑用を頼まれて・・・・・・ってハルヒどうした?泣いているのか?」 (ドンッ)←なにか壁に当たる音「いってえ。なんで突き飛ばされないといけないんだ。わけがわからん」 入れ替わりキョン君が入ってきました。
「いったいどうしたんだ?なにかあったのか?」 キョン君の問いにいつものスマイルで古泉君が答えました。「別に。朝比奈さんがあなたとの交際のことを涼宮さんに伝えただけですよ」「・・・・・・そうかい」 憮然とするキョン君。「詳しいお話は明日にでも聞かせてください。僕はこれからバイトですから」 閉鎖空間の発生。今回は間違いなくあたしが原因。「ごめんなさい、古泉くん」「気にしないで下さい、朝比奈さん。涼宮さんはあなたのことを嫌いにはならないでしょうから」 そうだったらいいのだけど。あたしとしてもSOS団は居心地のいい場所、涼宮さんは納得してくれるだろうか。
キョン君と一緒に帰っているとき今日の出来事を伝えました。「だから鶴屋さんはそういう理由で俺を呼んだのですか。朝比奈さんありがとうございます。ハルヒには俺から本来伝えるべきだったけど、放課後まで切り出すことができなくて」 せっかく一緒なのになんか空気が悪いので、引越しの話あたりで話題を変えよう。「明日、鶴屋さんの家に引っ越すんですよ。前お世話になった離れを使っても良いって」 キョン君は2月のことを思い出しているのかすこしぼんやり考えて「あそこならうちから散歩できる距離ですから、帰りに送って行くこともできます」「じゃあ、引越ししたらお願いしようかなぁ~」 よかったぁ~、いつもの感じに戻った。内心ほっとしながら微笑むあたし。
それから、これからの事を話していると駅に着いてしまいました。 もう少しキョン君とお話したかったなぁ~・・・・・・そう思っていると「明日からはもっと一緒に居れますよ」とキョン君が言ってくれました。 あたしも、明日を楽しみにしながらキョン君と別れて改札に入りました。 「こんなふざけた指示に従えというのですか!」
「落ち着きなさい、古泉」 車内で森さんから渡された書類に目を通して、僕は怒りの感情でつい声を荒らげてしまった。「あなたが嫌ならはずしてもいいわ。でもそうしたら他の人がそれをするだけ。誰が彼女を、いや彼女達を守るの?」「・・・・・・」 冷静になれば森さんの言うとおりです。でもこのまま実行するのは僕には荷が重過ぎる。外から入ってくる車の風を切る音、対向車のライト。僕は返す言葉なく外を眺めるしかない。
「わたし達も可能な限り協力する。いい、古泉。この指示には裏がある。それを見つけ出さないと問題は解決できないの」
硬い声。振り向くとそこには突き刺すような視線。 昨晩はキョン君と長電話してたので、鶴屋さんからメールが来ていたのに気が付かなかったのです。言い訳ですけどね。 だから今朝インターフォンがなったので、来客を確認すると、「ひ、ひぇぇぇぇぇぇぇ」 え、えっと鶴屋さんが一人堂々とドアの前に立ち、その後ろに整列した集団。皆さん真ん中に『つ』と書いた作業服を着ています。 ドラマで見る家宅捜索の現場みたいですけど、あ、あたしは何もわるいことしてませんよ。 「おはよう~みくる~。メールしたとおり、引越しはじめるにょろ」 とりあえずドアを開けないと・・・・・・ロックがあかない。「えっ、えっと何事ですか」「メールみてないのかい?」 うんみてない、そう答えると簡単に説明してくれました。「部屋の中身を全部移動させて学校に行くときにそのまま部屋を引き払えるようにするって書いたんだけどさ」
あたしですか?朝食食べながらTVを見ていましたよ。まだ7時ちょっと過ぎですから。当然顔は洗ってますが準備はしてません。 仕方ないので業者さんは一度車にもどってもらって、鶴屋さんにはあがってもらいます。 部屋の中をさっと見て、話を続けます。「んじゃ、鍵をあずけていてもらえるかいっ?部屋のものをそのまま移しておくから今夜から離れに住めるようにしておくさ」「ところで、今朝はイチゴジャムを食べてたのかなっ、ほっぺたについているよっ」「うぅ・・・・・・」 一緒に家をでるときに鍵を業者の方に預けました。さようなら、今朝まで過ごしたあたしのおうち。
「どうしたんだい、みくる」「長く住んでたお家を離れるので少し寂しく思っちゃって・・・」 そうだね、そういって鶴屋さんは進みます。あたしは後ろを振り返って「いままでありがとう」とだけ。
そうそう。夕方、これからお世話になる鶴屋さん宅の離れに行ったあたしが、朝の状態をそのまま移動させた部屋を見て驚きで腰を抜かしたことはみんなには黙っててくださいね、鶴屋さん。
メイド服に着替えて、最初の仕事はみなさんにおいしいお茶を飲んでもらうことです。 昨日キョンくんと一緒に出かけた際、お店で薦められたのは「青柳」というお茶。キョンくんにも受けがよかったので、今日はこれに一緒に買ってきたあられをお茶請けに出しましょうか。 長門さん、古泉くんとキョンくんは熱いままで、涼宮さんはぬるめに。 これは長門さんの湯のみ、古泉くんとキョンくんのはこっちにおいて、と。
「お茶です、どうぞぉ~」「あ、どうも」 古泉くんとゲーム中だったキョンくんは(あたしの両手がふさがっていたため)手を休めて、お盆からお茶とあられを取ってくれました。お茶をかるく冷まして一口飲んだ彼は、あたしを穏やかな表情で見つめて 「ありがとうございます。おいしいですよ」 とお礼を言ってくれます。このやさしい表情があたしは大好きだなぁ。 「いえいえ」と答えつつ笑顔で微笑み「キョン君に喜んで貰えるのであたしも・・・・・・」と心の中で呟いてます。
「はい、どうぞ~」「ありがとうございます、朝比奈さん」 古泉くんは、普段の微笑みの表情でお盆から取ってくれます。 長門さんは読書中なので手元にそっとお茶とお菓子を置いておきます。
「涼宮さん、どうぞ~」「・・・・・・」 お盆を置いて、いつもの場所に湯飲みとお茶請けを置きます。PC画面に注視しているのか、涼宮さんはあたしに気がついていないようです。涼宮さんはお茶を一気に飲むため、すぐ湯飲みが空になります。あとで確認しないといけないなぁ。
「みくるちゃん、ちょっとこっちにきて」 涼宮さんが席から呼んでいます。「は~い」と返事して向かってPCを覗き込むと「はにゃぁ!!!!!!!」 どうみてもコスプレ衣装の購入サイトです。「このパンダの気ぐるみもいいわね。チャイナ服は以前着たがってたっけ?あ、あとうちセーラー服だからブレザーもいいわ」「・・・・・・」 声には出していないけど18歳未満お断りなものもあります。「おい、ハルヒ。朝比奈さんが嫌がってるだろ。ほどほどにしとけ」 がんばって、キョンくん!「みくるちゃんはあんたの彼女である前にSOS団の団員よ。かわいい萌えキャラにかわいい衣装を着せるのは正義なのよ」「え・・・え・・・。正義なんですかぁ~?」とハルヒの言葉に戸惑うあたし。「まあ、それが正義なのは全く同意するところであるが」 負けちゃだめ、がんばって!「ふん、この部屋でデレデレするのは団長であるあたしが許さないわ。でも、みくるちゃんはメイド服が本当に似合ってるわねぇ」 そういうと涼宮さんは席を立ち、抱きついてきました。「こんなにかわいいし、いろいろな服を着せて楽しみたいって思うのは人として当然なのよ」「だめですぅ。やめてくだしゃーい」 まともに返事できないけど、やめてくださーい。 「大丈夫ですか、朝比奈さん」 数分後。はぁ・・・・・・疲れました。キョンくんが割ってはいって止めてくれたけど、涼宮さんはやはり怖いですぅ。 ところで、さっきの会話でちょっと気になったことがあるので聞いてみよう。「キョン君、これからあたしを『朝比奈さん』ではなくて『みくるちゃん』と呼んで貰えませんか?」「どうしたんですか、急に」「涼宮さんを名前で呼んでいるのに、あたしを苗字で呼ぶのはなにかおかしいんじゃないかなぁ」 言ったあと、『これは嫉妬なのかぁ』と思ったけどこの程度のわがままは当然の権利ですよねぇ。「そうね、たしかにみくるちゃんのいうとおりだわ。キョン、そうしなさい」 涼宮さんの援護射撃もあり、キョンくんは「みくるちゃん、みくるちゃん・・・・・・」 と呟き始めて、意を決してあたしの顔を見て「え、えっと、みくるちゃん」「はい!」 ・・・・・・キョンくんは硬直して顔が赤くなっていき「朝比奈さん、ごめんなさい、無理です。せめて呼び捨てで良いでしょうか」「もちろん、それでも大丈夫ですよ」「じゃあ、み、みくる」「はい、キョンくん」 そのまま二人はっずっと見つめあい、そしてほぼ同時に噴出しました。だって、キョンくんが面白いんだもの。 そのあと、耳元でこっそり「じゃあ、二人きりのときにみくるちゃんって呼んでくださいね」 と冗談を言ってみたんだけど。自分で照れてキョンくんの顔を見れなくなってしまいました。 「涼宮さん、僕達も名前で呼び合いませんか」「あたしは別に気にしないわ、『古泉くん』」「そうですか」 古泉くんのいつものスマイルがすこし悲しそうに見えましたが気のせいですね。「涼宮も古泉のわがまま聞いてやればいいじゃないか」「へ?」 キョンくんの提案に、涼宮さんはぽかーんとしています。どうしたんでしょうか。「どうした?俺なにかへんなこと言ったか?」「なんで?苗字で呼ぶの・・・」 涼宮さんはぽかーんとした表情のまま答えています。「さすがに彼氏もちの女性を名前で呼んだら、変に疑われるだろ。俺なりに気を使わないといけないと思っただけだ」「僕は気にしませんよ」「周りが気にするんだよ」 キョンくんが古泉くんを軽くにらんで話している時に、一瞬悲しげに曇った表情になったことにあたしは気づいてしまいました。
先日の朝比奈さんの交際宣言のときもですが涼宮さんの閉鎖空間に変化が現れています。 以前は大きな精神的ショックがあった際には通常より強力になった神人が暴れた結果拡大が普段より早かったのですが、最近は数が増えたかわりにすこし弱体化した神人が、投げやりに破壊活動をするようになりました。 計画がうまく進んでいる結果であるという見解が現在多数を占めていますが、涼宮さんを身近で見ている僕はその意見には賛同できません。情報操作の悪影響で、むしろ彼女は閉鎖空間でストレスを十分に発散することができないのではないかと考えます。 つまり、閉鎖区間をつくりかつ現実でもその影響を残したままという最悪の状態ではないかと考えているのです。
「古泉。あなたの見解についてですが、それが正解だとわたしも思います」 食事中。近況を尋ねられたので自分の見解を答えましたが、手を止めた森さんは僕をじっと見てそう言いました。「このあとはどうなるのかしら」「おそらく、明日に1週目は終了になるかと思っています。そして2週目が始まります」 不意に森さんは僕から視線をずらし外の風景を見ながら「そう・・・・・・」 僕の顔は普段のように微笑みのスマイルになっているでしょうか。「4週が計画です。なんとかしてスパイを発見するとかして終わらせないと・・・・・・」 後半の部分を森さんは言いませんでしたが、僕もわかっています。 この計画をそのままやり続けると取り返しの付かないことになると。 間違っていることがわかっていても今はやらなければならない。僕には彼の代わりはできないなんて僕自身わかっているのですが。
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