スイング・最終楽章
クリスマス。ここは、大学病院。
ピアノには佐々木さん。わたしにはフルート。沢山の子供達がわたしの周りを囲んでいる。対面に座る、ダンディな指揮者と、年齢不詳のライブラリアン(司書)。ツインテールのコンサートマスターと、日本人形のようなフルート・ピッコロパートリーダー。この発表会…クリスマスに合いそうな曲だけを演奏するささやかなコンサート…はオケ・ナチョナル・ド・ジロンドへの審査を兼ねている。「知ってる?この国立オケって、音楽を管理するって意味で、ル・オーガニゼーション(機関)って呼ばれてるんだって」車いすに乗った子供の話し声。「…本当に聞けるなんて」点滴を付けた少年が目を輝かせる。「わたし、もう、死んでも良いわ」蒼白の少女が絶望のような期待をわたしに向ける。病院という、白く希望が無い場所のクリスマス。「いきましょう」
始まる
Menu
1:Pachelbel's Canon
2:Partita for Flute-Solo, BWV 1013
Intervalle(15 minites)
3:Fantasie On "Wings of Song"
4:Winter Wonderland
5:Love Is The Message
6:Un untitled
We feel happy if you enjoy this Concert
By Concert Master,Kyoko Tachibana
guest: Suzumiya Orch Session's members
曲目「カノン」 作曲者:パッヘルベル 審査対象曲
暁の星のいと美しきかな。神よ、われらに汝の言葉を守らせたまえ。佐々木さんがピアノを叩き、世界を作る。その中で、わたしはフルートを手に、輝光を放つ。8つのコードを28回繰り返す。数学的に調和された美しい音。3つの声部を持つこの曲には、郷愁と秩序と希望が見える。終わりがない、美しさ。単調で、重々しく響く。同じコードを、また繰り返す。追い駆けてく、旋律は変化してく。祈る。皆幸せになるように。演奏が終わる。佐々木さんはピアノから立ち上がると、礼。それに会わせ、わたしも頭を下げる。彼女はつかつかと小さな舞台を横切り、演奏者席へ戻る。
幕間
「キョン、気づいてる?佐々木、最近あなたのことをキョンって呼んでる」「…気づいてはいたけど、なぜなんだ?」「あたしの口からは言いづらいけど、たぶん…あ、始まるわ」
「無伴奏フルートのためのソナタ イ短調 BWV1013」 作曲者:バッハ 審査対象曲
この曲は、ライバルとしての佐々木さんがわたしに課した十分強の難曲。
フルートが使われる曲の中で最上級の難易度…知られているクラシック曲の中では間違いなく一番…を誇る舞曲である。
例えばこの曲、冒頭部分以外に全く休止符がない。すなわち、十分間ずっと吹きっぱなし。
循環呼吸(口で吹きながら鼻で吸う)を使わなくてはならず、その際、音を揺らしてはいけない。
絶え間ない跳躍、旋律と分散された和音の同時表現。その全てが人間如(ごと)きには無理だとせせら笑う。技術的に最上級の要求を課せられ、一級の名手のみが演奏できる超難曲。わたしは試されている。一。息を吸い。二。吹き出す。
『第1楽章 アルマンド イ短調、4分の4拍子』
「…くっくっ」
『第2楽章 クーラント イ短調、4分の3拍子』
「ねぇキョン、有希、今こっち向いてたわ」
『第3楽章 サラバンド イ短調、4分の3拍子』
「わぁ、長門さん、笑ってくれましたぁ」
『第4楽章 ブーレ・アングレーズ イ短調、4分の2拍子』
「なんか、なんとなくだが、怒られてる気分なのだが…」
※主題:クラシック音楽において、旋律の塊みたいなもの。
特にソナタ形式では最初にいくつかのまとまった小節で提示される第一主題と、それを展開させた第二主題がある。
休憩(15分)
曲目「バイオリンソロのためのパルティータ第3番ホ長調 BWV 1006」 作曲者:バッハ休憩時間だというのに、橘がバイオリンを弾いている。
ただでさえ速度的にきつい曲だが、それを1.5倍速でやるあたりさすがコンマス、自信が垣間見える。…いや、自信とか以前に、腕さばきが人間に見えないんだが。子供たちの歓声を横目に、俺はハルヒに話しかける。「第一の選択肢はそのまま佐々木をやめさせること、だよな」「そのとおり。佐々木さんの言う引退はこっちのほう」クラリネットの手入れをするハルヒ。冬場はちゃんと手入れをしなければ、乾燥して割れてしまう。手入れの仕方はハルヒのクラスで隣の席だった管弦楽部クラリネットの人に教えてもらったらしい。「んで、第二の選択肢はオケの一般団員として残ること。まあ、あれじゃあコンマスは無理だから、ね…」佐々木の体は多すぎる向精神薬に悲鳴を上げている。そもそもリタリン製剤であれだけ敏感な反応を示したのだから、今までの方に無理があったのだ。「どの選択にしろ、復帰はだめかも…ね…」本格的な治療のため、ショック療法…要するに病院のベットに縛り付けて薬を切る…みたいなことをしなければならないだろう。…考えたくもないが、直らないかもしれない。天才音楽家の最期にありがちな、精神病院たらいまわしの絶望的で悲惨な…「って、なにあなたが真っ青になる必要があるのよ。苦しいのはその、佐々木、本人なのよ!」そういうお前も顔が青いぞ。
演奏再開時間
「歌の翼」による幻想曲 作曲者:メンデルスゾーン 審査非対象曲
ウィンター・ワンダーランド・弦楽編集 作曲者:F.BERNARD 審査非対象曲
Love Is The Message 作曲バンド:MSFB 審査非対象曲
典型的なソロパート。最初は…古泉一樹。『神様、何故ですか?僕は離ればなれになりたくはないんです』フォルテシモの、バイオリンらしからぬ澄んでいない怒りそのもののような音がいきなり大きく響いた。赤く、火の玉のように、虚空をにらみつけながら。殴るような弓。運命よ、あなたが望むのですか?ピン。A線が切れる。ならば叫びましょう。叫んで、呪いましょう。ピン。E線が切れる。彼の手が赤く染まる。長門有希の曲が壊れていく。あまりに荒々しい演奏。人の心を踏みにじり、えぐりまわすような音。強く張りすぎた弦の張力と、殴るような弓が次々と弦を切っていく。古泉一樹はバイオリンのまだ切れていないG線で歌う。右足を前に踏み出し、ちょっと曲げて。斑点のついたG線が泣く。
D線を血色の弓で殴る。
G線上でうめき、D線上で叫ぶ。
そしてついに、古泉一樹のつめがD線を切る。
大きく、最低音弦のG線だけで叫ぶ。
それでも絆は壊せません。そんなの、長門さんであっても、僕は認めない。わたしのほうを見る。コーラスへ。楽譜上ではトゥッティ(全楽器参加)。
「ノックしないでもしも~し…あれ?」音を立てないように入った俺たちは「キョン…これはどういうこと?有希の幻想ジャズが、なんでホラーになってるの?」クラリネットのケースを持ったハルヒともども、文字通り驚愕していた。…誰も音を出していなかったのだ。長門とG線のみの古泉を除いて。
男がG線上の、低い声で笑った。
「発表会はまだ始まっていません」あなたは舞台の上で動かない。 「まだ、時間はあるはずです」『発表会』そして、私は思い出そうとする。私はここで何を発表できるのだろう。焦る。思い出せない。「時間はあるのです」 あなたは言う。私に微笑んでいる。
「待ちましょう。あなたにお返事いただけるまで」
To Coda ハルヒ&キョン/闇・常識エンド 古泉 &長門/矛盾・光エンド
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