<悩みの種の潰えた世界>
病院に着き、病室を目指し歩いた。さすがになれたものだ。二年間毎日通ったんだ。
病室に着くと…なんだみんな揃ってるじゃない。でも何故かみんな病室の前で立ったままだ。
みんなどうしたの?中入らないの?
「あっ…あの…まだ診察中らしいのですよ…終わるまで入れないそうです。一度外へ…」
?いやいいわよ。ここのが涼しいし、ここで待ちましょう。
何故か古泉君の表情がおかしい。いつも爽やかスマイルを決めているのに…
私は待った…けどしばらくしても診察が終わった様子が見られなかった。
すると…突然みくるちゃんが泣き出した。大声で。
どうしたのみくるちゃん?
「キョンくんが…キョンくんが…!」
…ものすごい嫌な予感を感じた。
私は病室に入ろうとしたが、
「涼宮さん!まだ診察が…」
無理やり制止を振り切り、病室に入った。
そこで見た光景…そこには紛れもないキョンの姿だったが…何かが昨日とは違う…まるで…生気が感じられない…昨日まで鳴っていた機会音が聞こえない…
それに…キョンの顔に乗せられた白い布切れ。あれはなに?悪い冗談?まさかね…嘘よね?
なに?みんなで私をはめようとしてるの?寝ているキョンを使ってこんな事するのは許せない。
…誰?こんな悪戯したの?正直に言いなさい。
みんな泣いている…とことん私をはめようと陥れているわけ?
誰?誰なのよこんな事したの!!
私は古泉君の胸ぐらを掴んで問いかけた。
「涼宮さんやめて!」
みくるちゃんは黙ってて!キョンがこんな事されてるのよ!?許せない!
「涼宮さん!!」
古泉君は私の肩をしっかり持った。
「これから言うことは紛れもない事実です。認めて下さい。」
何?…嫌。聞きたくない。
「今日の昼頃、急に容態が悪化し、必死の延命作業も及ばず…」
嫌…嫌よ…それ以上言わないで…何も言えない…声が出ない…
「今日午後十二時三十四分…享年十八歳でお亡くなりになりました…」
キョンが…?…死んだ?
「これは嘘などではなく、偽り一つない事実です…受け入れたくない気持ちもわかりますが…認めて下さい。」
なんで?昨日までちゃんと寝息を立てて寝てたじゃない?それがなんで急に死ななきゃなんないの?
…あっ…
今朝方の夢を思い出した。
草原っぽい所で…キョンと抱き合って…キスして…愛してるって言ってくれて…元気でなって…遠くに行っちゃって…
私は悟った。キョンが死んだ。
だけど頭で理解しても、本心がそれを認めない。
キョン?早く起きてよ…ほら学校遅刻するよ?…まだ話すこともいっぱいあった。まだやりたいこともいっぱいあった。
なのに…ねぇ?なんで起きないの…?ねぇ!?私から気持ち伝えてないじゃない!?キョンからは言ってくれた!けど私の返事はまだじゃない!
私はキョンの亡骸を激しく揺さぶって言った。
今日のがお別れとでも言いたいの…?私はまだ別れたくないのよ!?なんで先に遠くに行こうとするの!?いい加減答えなさいよバカッ!!!
今回は誰も止めようとはしなかった。全員が泣きながら…私の行動を見ていた。
私もアンタのこと好きなのに…私のことも好きって…愛してるって言ってくれたのに…なんで別れなきゃいけないわけ!?おかしいじゃない!?
ねぇキョン!?キョンってば聞いてるの!?ねぇ…ねぇ!!!
「涼宮さん…」
古泉君が私を肩を掴み止めた。
「キョンくんは頑張ったんですよ。本当ならば二年も保ちそうにないほどだったんです。それでも、なるべく涼宮さんを泣かせたくない、その一心でここまで頑張って来たんです。」
「多分キョンくんも辛かったでしょう…キョンくんも涼宮さんを残していくのは本心じゃありません…だけど…せめて想いを告げようとあなたの夢の中に入ってきたのでしょう。」
「キョンくんの想いを受け継ぎ…生きていくのがあなたの想いでもあります。それを…忘れないようにしてください。」
私は泣くしかなかった。泣けばキョンが慰めてくれると思ったから…でも…それは叶わぬ夢…
キョンは…この光に満ちた世界にはもういない。どこか遠く…絶対に届かない遠くへ旅立ってしまった。
ある夏のある日………
七月七日………
七夕の日………
織り姫と彦星は再会することなく…
永遠に会えない程の距離を強いられた…
七月七日………
午後十二時三十四分………
享年十八歳………
キョンは………天の川の星の向こうへ………
その日の夜…空は綺麗に晴れていて…
綺麗な無数の星達が群をなして…
天の川を光輝かせていた………
次の日から通夜や葬式、告別式と順に行われていった。
私は行かない。キョンともう会うなんて出来ない…一人暗い自分の部屋でうずくまっていた。
母親からは最後の挨拶はちゃんとしなさいと言われたが…それをすぐ突っ張り返した。
頭では理解しても認めたくない現実…そして…少しでも生きていると信じてしまう現実逃避…
日程は順調に行われ、今日は告別式だそうだ。
私以外の面々はみんな参加しているらしい。
告別式ってなにやるんだっけ…あー…遺体を焼却するんだっけ…
これが本当にお別れか…でも行かない。そんな所見たら私………
ひたすらベッドの中に潜り込んで泣いていた。
そして、いつの間にか泣きつかれて眠っていたらしい。
起きたのは夜。目が痛い。顔を洗おう…
すると、インターホンが鳴った。誰だろう?私は誰にも会いたくない。
「ハルヒ!お客さんだ!」
親父の声。私は反応しない。
すると階段を上がってくる足音がする。私はまたベッドの中に潜り込んだ。
「涼宮さん…」
古泉君の声。私は反応しない。
「今日はキョンくんの告別式でした。どうして最後のお別れにも来なかったんですか?」
私は無視する。最低だ。心配してくれているのに…
「キョンくんに申し訳ないとは思いませんか?」
………
「…ふぅ…あなたがそんなにも分からず屋だとは思いませんでしたよ。」
わかっている。自分では…。こんな事を言ってくれている人を突き放す。キョンが言ってくれた時も…
古泉君は私が被っている布団を引き剥いだ。
「あなたには分かって欲しいのです。キョンくんの想いの全てを。分かってくれるものかと思いましたが…」
…わかってるわよ!わかってるけど…なんでも分かったような口効かないでよ!!
最低。なんで私とはこんなに最低なんだろう…
「涼宮さん…今日はあなたに届けるものがあって来ました。」
瓶詰めされた中に…白い塊と粉が入っている。
「これは…キョンくんの遺骨です…あなたはこれを持つべきです…」
これがキョン…?こんな白くて小さいのが?…嘘。キョンはもっと大きな胸をしていて…温かくて…優しい顔をしていて…
「あなたのキョンくんはもうこの世にはいません!…いい加減認めなさい…っ!」
………っ!!
「………僕はこれにて失礼させていただきます。あなたは…死のうなんて考えはよして下さいね…。」
古泉君は出ていった。
これが…キョン?
瓶詰めされたものを取り上げて見る。
嘘よね?こんな小さくなんてない…背は私より大きくて…それがなんでこんな小さく?
…そっか…キョン苦しんだよね?いっぱい苦しんで苦しんで…もう楽になったんだよね…
そうだよね…ねぇ?キョン?キョンはあと七十年後じゃないと許さないって言ったよね?でもね…とてもじゃないけどこれから七十年なんて待てそうにないの…
キョンもさ?その間ずっと退屈でしょ?だからさ…私も今から行くからさ…もう少しの辛抱だからね…?キョンが退屈なのは私の退屈だから…
ごめんなさい古泉君。私のこと色々心配してくれたのに…死ぬことなんて考えるなって言ってくれたのに…でもね?キョンが居ない世界は私の世界じゃないの…だから…ゴメンね?
みくるちゃん?またあなたには泣かせる思いをするかも知れないけど…私も泣きつかれちゃったの…ゴメンね…
有希…あなたはもう少し心を開くことを意識しなさい。もうそれしか言えないけど…ごめんなさい。
谷口、国木田、鶴屋さん、妹ちゃん…みんなキョンのこと心配してくれてありがとう。私があっちに行ったらみんな心配してくれてたって伝えとくから…ごめんなさいね…
じゃあねみんな…
じゃあね…光に満ちた世界…
じゃあね…私の大好きだった仲間達…
私はカッターを手に持って…左の胸に…
目が覚めたの…そこはいつもとなんら変わりのない風景。
私は学校にいて…その隣には…キョンがいた…
あの私の大好きな…優しくて…どこか間の抜けてて…時には強くて…そのキョンが目の前にいる。
私は抱きついた。思いっきり。この感触や温もり…夢じゃない。
だけど…周りにはキョンと私以外の誰がいる様子もない。
でもいいの!キョンがいれば…私はなにもいらない!キョンだけが私の望むものなの!
「ハルヒ…会いたかった…」
うん…!私も会いたかった…ずっと…ずっと!
「俺もずっと…ハルヒ。」
…うん?なに?
「俺…ハルヒのことが好きだ!一生…ずっと一緒だ!」
……私もよバカッ!もう絶対に手放したりしないんだから!
私は泣きながらしっかりとキョンの腕に抱かれていた。ずっと望んだこの温もり…
そして…キスをしたの。温かくて…キョンの暖かさが直接伝わって来て…嬉しい。
長い間…ずっとキスをしていた…ずっと…ずっと
もうキョン以外は何も望まない!だから…ずっとキョンと一緒に居させて?
ある夏のある日………
涼宮ハルヒが死ぬと同時に世界を再構築した………
その世界には今までの世界の概念が存在しなく…あるのは涼宮ハルヒとキョンの二人だけの世界。
涼宮ハルヒが望めばなんとにでもなる世界。
その世界で永遠に歳をとらないでずっと二人の生活を過ごしている。
―――ねぇ?キョン?私達…ずっと一緒だよね?―――
―――あぁ…ずっと一緒だ…もう悩む事などないぞ…―――
<悩みの種の潰えた世界>
END