My little Yandere Sister 最終章
わたしは、ただお兄ちゃんが好きだった。ただ、好きだった。 だった? ううん…今も好き。本当に愛してる。 それだけなのに気付かないうちに歪んで、そして気付いてした時には、既にわたしはみんなを不幸にしていた。 キョンくんから色々なものを奪っていた…。 キョンくんをきっと悲しませた…! キョンくんを多分怒らせた…!! 許して欲しいとは思わない。そんな権利はないから。 ミヨちゃんが眠るわたしの部屋。隣でぐっすりと眠っている。「…ごめんね。わたしの我が儘に付き合ってくれて…。でも、もう良いからね。ミヨちゃんは、幸せになって欲しいから…」 自然と涙が浮かんでくる。まだ本当は怖い。自分が決めたこれからを考えるとまだ怖い。 けど自分の時間を捨てずに生かす方法はこれしかないと思ったから、もう迷わない。 迷いたく、ない。 もちろん全ては取り戻せない。解ってるよ。自分が考えている行動は何の意味も成さない。解ってるよ。 それでも、そんな行動であっても、それが一番良いと思い至ってしまったのだから仕方が無いよね。 きっとキョンくんもミヨちゃんも泣いてくれるんだろうなぁ。 きっと悲しむんだろうなぁ…。 だとしても大丈夫。だってキョンくんにはミヨちゃんが、ミヨちゃんにはキョンくんが居れば支えあってくれる。 わたしはただ、二人の間に居れば良いんだから。支えにはならないかもしれないけど、きっと倒れそうになった時、止める補助にはなる。 何を考えてるんだろう。わたし、まだ小学生なのに…。 って、そうか。今までやってきた行動自体が世間の小学生からずれているのか。じゃあ、別にもういいか。「ふふっ…」 本当…おかしいなー。普通の子供の筈だったのに。 あーあ。「んぅ…妹ちゃん?」 ふとミヨちゃんの声がしてわたしはハッとなった。「あ、ごめん。起こしちゃった?」 「ううん、大丈夫。それより、眠れないの? まだ今回の事を?」 今回の事。 それはまだ数時間前の事。 古泉くんを狙ったわたし達が、間違って違う人を殺めた失敗。 しかし、それはわたしにとって幸いだった。…ううん、やっぱり不幸かもしれない。 もう、どちらでも良いけど「違うの。ただ、ミヨちゃんの寝顔が可愛くて」「も、もう…またそういう事言うんだから…」 咄嗟に思いついた言葉だけど、正直に言って嘘じゃない。 だって実際、考えながらずっとミヨちゃんの寝顔を眺めていたんだもん。「だって本当なんだもん。…あ、そうだ! ミヨちゃん、抱き締め合いながら寝ようよ」「ふぇ!?」 戸惑うミヨちゃんにわたしは腕を回してぎゅっと抱き締めた。「ほら、ミヨちゃんも!」「う、うん…」 そっとわたしを包んでくれる友達の温もり。 それをよく味わう。決して忘れないように。「じゃあ、おやすみ。大好きなミヨちゃん」「おやすみなさい、私の大切な妹ちゃん」 それはわたしにとっての決意。揺らぐことのない心情。 誰にも邪魔させない。誰にも介入させない。 数日後夜、わたしは古泉一樹を殺す。やらなくちゃいけないの。 成功するか、失敗するかは関係が無い。やろうとする事が、わたしにとって特別な意味を持つ。 どうか、それが…最後の夜でありますようにと願いながら…。 今はただ、眠りたい。 My little Yandere Sister 最終章 「Die letzte Nacht meiner Schwester ~My little yandere sister~」 <キョンサイド> 古泉にまた殺人予告が届いたのは、あれから数日後の事だった。 長門が居たという情報も、朝比奈さんが居たという情報も、谷口が居たという情報も、喜緑さんによって書き換えられた学校。 ハルヒですら、忘れてしまっている。覚えているのは生き残った俺と古泉だけ。 俺達は生かされてここにいる。置いていかれたようで、そうではなくて、ここに残されて。 残った俺と古泉、そして喜緑さんと共に、その文を見ていた。 ―――花火工場にて夜中の2時に来い 「花火工場というと…」「近いな。位置的に言えば前の工場と」 記憶に蘇る消えていく長門の姿。古泉を助けて、最後に笑顔を残した無口な少女の勇姿。 長門、大丈夫だからな…。今回で、ケリを付けてやるから。 そう心で呟いた。「しかし、俺達だけで挑むというのも何だかな…」 長門が居てもあの有様だったんだ。きっと、喜緑さんが居ても安心の確証は得られまい。 ふと喜緑さんを見ると、いつも通り微笑んでいる。 そして俺の視線に気付くと、「大丈夫ですよ?」 と一言言うのだった。疑問が湧くのは当然だろう。「大丈夫、というと?」「強力な助っ人を呼んでますから」 思い当たるような助っ人も思い浮かばない。 一体誰だろうか。新しいインターフェースでも呼んだのだろうか。 誰だろうかと思って思考回路をフル回転させていると、何やら廊下の方から足音が聞こえてきた。「来たようです」 待っていましたとばかりにSOS団の部室の入り口に視線をやる喜緑さん。 そしてしばらくして、がらりと扉を開けて入ってきたその見たことのある姿に俺は目を疑った。 というか、またお前の顔を見る事になるとは思わなかった。 「久しぶりね」 はっきり言ってかなりのトラウマだぞ、お前そのものが。まさかだった。「まさか朝倉とはな…」 そこに立っていたのは、俺を夕日が照らす教室で殺そうとし、長門が作り出した世界でも俺を殺そうとしたあの朝倉だった。 正直に言おう。今すぐ逃げたい気分だ。だが逆に冷静に考えられる。 何も考えなしにここに居るとは思えない。それにまぁ、喜緑さんが居る手前、大丈夫だとは思うんだが…。「そんなに怖がらないでよ。今のわたしは、長門さんと同じ派閥の所属よ?」 朝倉は俺を見るなり、苦笑い気味でそう言った。「信用をそうそうできると思うなよ」「あら、せっかく助っ人で来たのに酷い言い方ね」 そう言いながら朝倉は俺たちの向かい側、喜緑さんの横に座った。 ちなみに今の状態を言うと、俺と古泉が隣同士で座って、喜緑さんは俺の前、朝倉は古泉の前に座っている。 かなり俺以外は強い奴等が集まっていると思う。この優秀な頭脳達がどう動くかのだろうか。 三人集まれば文殊の知恵というのなら、元々文殊の知恵が三人集まるとどうなるんだ?「さて、朝倉さん…でしたでしょうか? 貴女は何か意見がありますか? よければお聞かせ願いたいのですが」 古泉があの営業スマイルを浮かべずにかなり真剣な顔で、朝倉に尋ねている。 すると、あっさりと頷いた。「わたしは涼宮ハルヒ、ではなく、あなたを中心に物事が動いていると考えたわ」 朝倉はそう言いながら指差した。 他の誰でもないこの俺に指を向けて。一体何事かと思ったが、間違いなくその指は俺を向いている。「俺? なんで俺?」 動揺せざるを得ない。まさか自分が根本にあると言われるとは思わなかったからだ。「根拠を語っても、喜緑さんと古泉君は頷いても、あなたは頷かないと思うわ。だって鈍感なんだもの」 俺は古泉と喜緑さんを見た。すると二人とも神妙な面持ちをしていた。 「あぁ、なるほど。納得がいきますね」 古泉が本当に苦々しいという表情を浮かべて、ぎりっと歯軋りをした。 盲点だったのだろう。しかし、俺には何の事だかわからない。 喜緑さんも難しい表情を浮かべて、頷いている。嫌々ながら納得してる、と言った感じだろうか。「何のことだ?」「犯人を捕まえたら問いただせば良いわよ。そうしたらどうせ分かるわよ」 朝倉はこの上ないという自信満々な顔を浮かべて堂々と言った。「まったく…本当にあなたはという人は鍵ですね」 古泉が深いため息とともに、珍しいぐらい苛立った目で俺を見ていた。 多分あまりいい意味では言っていないだろうぐらいは解る。多分、皮肉なんだろう。 それは俺に対する言葉でもあり、自分に対する言葉でもあるのか。 いずれにせよ周りがこの空気って事はほぼ確定的に俺が鈍感って事なんだろうか。「本当に一体何だというんだ…」 俺は周りが納得しているという事実、そして俺がこの事件の中心という話を冷静に考えていた。 怖くなった。 もし本当に俺が中心となって今回の事が起きているのだとしたら、死んでいった人たちに俺は何と言えば良い? 許しなんて請えない。ずっと、俺のせいで起きたという事を抱えて生きなければならないのだろう。 何せ何も出来ないんだから。死んだ人間には何も出来ない。俺が死んだとしてもそれは何にもならない。 重い罪にはそれ相応の罰が必要だというのに、罰すら与えられない。それを喜べはしない。 俺が、悪いのに。「ねぇ、キョンくん。あなた、ずっと自分を責めるなんて甘い考えをしているんじゃないわよね?」 朝倉がふと俺の顔をじっと見つめて言った。「…甘い、考え?」「甘い考えよ。自分を責めるだけで自己満足をする人間に、成長は無いわよ」 朝倉はそう言って苦々しく顔を伏せた。「………」 「わたしが長門さんに負けて消されていく時。初めて感じた感覚にわたしは苦しんでいたわ」 懐かしむように、そして、後悔するように宙を見上げて呟く。「苦しんで…」「それが何なのか、体が無くなってただの意思だけになった時、考えてた。それで途中で気づいたのよ。それが感情だって」 朝倉はそこでふっと微笑んだ。悲しい笑顔だった。「おかげで考えたわ。なんて事をキョン君にしてしまったんだろうって…ずっとずっと…。それで自分を責めていた。けど―――」「けど?」「それだけじゃ何も変わらないって事を発見したの。だから、変わろうと決意した。…それが、今のわたしなの」 ただ黙ってその話を聞いていた。その話は、とても今の自分の空白を埋めていた。「許して貰おう、って思ったことはないわ。ただ、もし許して貰えるなら変わりたいって…」「…俺も、もし許して貰えるなら。もしくは、変われば或いは…」「わたしは長門さんのバックアップ。だから、誰よりも彼女の事は知ってるつもりよ。彼女はキョン君を許してくれる、これから次第で」 …長門。 頭に浮かぶ、窓際に座って本を読む姿。実に懐かしく思える。その幻は俺をちらりと見ると、こくんと頷いた。 それだけで充分だった。 あの時、あれだけ古泉に散々と言っていた身の上なのに、結局、自分もそうだったのか。 でも、もう迷わない。「そうだな…今の俺を見たら、あいつは怒りそうだ」「まぁ、今はその前に犯人を捕まえなくてはいけませんね」 古泉がカバンを持って立ち上がる。「…よし、行くか」 俺もカバンを手に取り立ち上がった。 <妹サイド> 夜。「妹ちゃん、そろそろ時間だよ」 ミヨちゃんの声でわたしは目を開けた。 それまで心を落ち着かせる為に目を閉じながら、考えていた。 前もって色々と用意をしていた。それを無駄にするつもりはない。 だけど、わたしはこれで終わらせられることが出来るのかな。誰にも解らないけど、終われば良いな。 今日で全てが。そうすればきっと良い結果になるはずだから。 もう自分の為に出来る事なんてないから、せめてミヨちゃんを幸せする酷い行いで。 それがキョンくんに多大なトラウマを与える事になったとしても。「そうだね。そろそろいかないと」「お兄さんは既に出たみたいですね」 ミヨちゃんが、様子を伺ってそう呟く。 …本当に良い友達を、わたしは持ったんだね。こんなに嬉しいことはないって思うよ。 誰にもわたしたく、ない。 「…ミヨちゃん」「何、んぅ…ん…くちゅっ…」 …わたしにとって、最愛の友達…。「ぷはー。可愛いなぁ。ミヨちゃんって、何回キスしても顔を真っ赤にするね」 可愛いわたしの最愛の友達。「いきなりは禁止! あと、し、舌絡めるのはダメ! んむっ!」 …きっと、キョンくんのだらしなさをサポートしてくれると信じてるよ、ミヨちゃん。「んっ…」 キョンくんにミヨちゃんを託す前に、今のうちに…覚えておかないと。 しっかりと、このぬくもりと感触を。 <キョンサイド> 約束の時間となって、今俺達は工場の近くに居る。「行くぞ。古泉、気をつけていけよ。朝倉、古泉を頼んだ」「もちろんです」「まかせて」「喜緑さんも、よろしくお願いします」「はい」 前回と同じく俺の姿は遮蔽してある。今度は喜緑さんの手によってだが。 するりと、工場内に入る俺達四人。傍から見たら、古泉一人だけだが。 朝倉は自分で自分を遮蔽して、古泉の近くに立っている。何があっても良いようにだ。 いざという時には、近くに居る朝倉が何とかするという寸法だ。 お互いには姿が見えるようにしているので、意思疎通は離れてても音を立てなければ出来る。 今回は花火工場という事で、予測しているのはもちろん火薬を使っての爆破だ。 それ以外に起こり得る事はないだろうし、確かに製造する機械等はあるだろうが、流石にプレス機みたいな凶器になりえる物はないだろう。 対策は既に講じてある。 古泉には爆風を受け付けないように朝倉がシールドを張ってある。これで爆発しても大丈夫だろう。 ただ、爆発だけなので、それ以外の何かが発生した場合は、近くに居る朝倉がどうにかするしかない。 何があっても良いように常に警戒状態である為、反応は早いだろう。「…何も無いですね」 古泉があたりを見渡す。本当に何もない。「何かあります?」 あまり声が漏れないように可能な限り小さな声で喜緑さんに尋ねる。「そうですね…今のところは特に」 朝倉もこちらを見て首を振る。何も仕掛けが施されていないのか? いや、それはあるまい。油断させる作戦だろうか?「一階には何もないようですね…二階でしょうか?」 古泉がそう独り言を装って、今から二階に上がるという旨を伝える。 「………」 一歩一歩、慎重に進む。 「一体どこで仕掛けてくるというのですか…」 古泉の呟く声。警戒する心と、押しつぶされそうなプレッシャー。 ふと鼻を突くにおい。 「…これは油?」 そして、唐突にそれは起きた。 ――――――――――――――――!! 眩い光と、耳を劈く轟音。俺には何が起こったのかさっぱりだった。 確かに爆発するというのは、予測していた。だが、いざとなるとあまりの唐突さとその音に一瞬混乱するらしい。「きゃっ!」 ただ、喜緑さんの小さな悲鳴が聞こえた。「ぐっ…っ!!」 そして衝撃で思いっきり体を壁に打ち付けられた。 全てがぐらぐらするような感覚と、猛烈な痛み、そして吐き気。呼吸が、まるで思うようにいかない。 それを何とかして葉を食いしばって堪える。こんなものに屈している場合ではないんだ。 ぱっと見ると喜緑さんも立ち上がっていた。 たったの一瞬で一面火の海になっている。古泉と朝倉が居た場所は火の向こうで見えない。 さっきの香った油が、これの為だったという事だろう。 「はぁ…はぁ…古泉、朝倉! 無事か!?」「えぇ、なんとか無事です」 炎の向こう側から声が聞こえてくる。「いきなり来られるとちょっと大変ね」 古泉に続いて朝倉の若干、焦った声も聞こえてくる。「どうする、古泉!?」「こう火が立ち上がってしまっては、ここには居られないですし、一旦ここを出ましょう! 」「あぁ、解った! 気をつけろよ!!」「解ってま―――うわっ!!」「っ!!」 二回目の爆発が起きた。今度は丁度真下で。 身が飛ばされるほどの衝撃。爆発の衝撃で投げ出された俺の体は一階の床へと叩きつけられた。「あがっ…うっ!!」 壁に打ち付けられる衝撃なんて比にならない。 もうたった二発でこの様とはな…。すげぇ、ふらふらする。 立ち上がるのもやっとだな。よくこれで動けるものだと我ながら、寒心に堪えない。「あと、何回爆発するっていうんだ…くっ!」 上の方で三回目の、今度は小さな爆発が起きた。何か色々な物が飛んできて体にぶつかる。「いてっ…!!」 着ていた服は既にボロボロで、痛みと、燃え盛る炎による熱さが襲ってくる。 まだ古泉達は二階にいるのか、それとも俺のように飛ばされて一階に落ちてきたのか。「古泉ー!! 朝倉ー!! 喜緑さーん!!」 叫んでみても返事が無い。恐らくお互いに叫んでいるのだろうが、全く聞こえていないのだろう。 何せこの状態だ。 火災報知器がいつの間にかなり響いているこの状況下では、少しでも離れれば意思疎通は容易くは無いだろうな。「くそったれー!!」 俺は若干動かない体を無理矢理動かして歩き出した。工場内の何処かには絶対居るに違いないのだ。 立ち止まっていても結局、煙を吸って死ぬだけだ。ならば、留まらない方が安全だろう。 やや右足が動くたびに不自然に痛みだす。もしかしたら落下の衝撃でえらいことになってるのかもしれない。 この状況だから痛みを感じていないだけなのかもしれない。それならそれで、助かる。 煙が立ち込めて、視界が遮られる。呼吸も辛い。 もはや襤褸と貸した上着の腕部を引き裂いて口にあてる。「はぁ…はぁ…」 煙が邪魔で全く見えやしない。もしかして、動かないほうが安全なのだろうか。 いや、 「ぬあぁっ!!」 安全なんて、無い。四回目の爆発が起きた。 動こうが動かなかろうが、ここは危険地帯に違いない。そう理解するのは容易いもんだ。「居るなら返事しろー!!」 <妹サイド> 監視カメラを見ながら、適当な火薬で作った爆弾を作動させていた。 爆弾を作るのは簡単。 ただ単純にリモコン式の何かをおいて、電気が流れれば爆発。 小学生でも作れる簡単な仕組み。幸いにも火薬は沢山ある。だから、別に適当に盛った火薬とスイッチを用意すれば事が済む。 その衝撃は、カメラを壊したのか映像はもう映らない。この事務室は他の場所に比べて安全なように仕組んであるから。 ただ、火薬とか何とかはよく解らないからかなり適当だし、一個一個に爆発の大きさのムラが出来てしまっているみたい。 安全性は確保できていないかな…。 …元々、安全性は、考慮して、考慮していないようなものなんだけどね。 何の為に油を撒いたのか。 より、安全性を欠いておけば、その分だけ、最後にはふさわしいから。「もう危ないよ、出よう!」 ミヨちゃんが慌てたように言う。そして、わたしの手を掴んだ。一緒に出ようとしているらしい。 うん、わかってる。だって本来ならそうするのが普通だもん。 手から伝わるぬくもりは、とても大切な…だけど…。 だけどわたしにはやるべきことがあるから。 そうやって動くことも、考えてこうしているんだもん。「そうだね。でも―――」 わたしは頷きながらポケットに隠していたナイフを取り出してミヨちゃんの足につきたてた。 当然のように立てなくなったミヨちゃんが呻きながら崩れる。「っ!!」 「抜いたら駄目だよ。出血多量で大変な目に遭うからね。…助かるのは、ミヨちゃんだけで良いんだから」 この部屋を出たら確実に危ういことになってると思う。だって、爆弾は未だに爆発しているから。 火薬の種類とか解らない素人が作った、どうやって爆発するか解らない爆弾だから、出れば危ない。 ただ火薬。それだけで作った。そんな、味方をだます為の爆弾。「っ、妹ちゃん!?」 ミヨちゃんは苦痛と困惑の表情を浮かべていた。それも当然だと思う。「大丈夫だよ。ミヨちゃんは助かるから」「何を言ってるの、っあ!?」 ちょっとでも動くとナイフが傷口に触れるのか、呻くミヨちゃん。 もうちょっとの辛抱だからね…。ごめんね…。 心ではそう思って泣きそうなのを必死に堪えて、わたしは言う。「…わたしは気付いちゃったから。ごめんね」「何をする気なの!? ねぇ!!」 ミヨちゃんが焦っている。「…ミヨちゃんは、わたしに脅されていた。そして今日はここで殺されようとしていた。そこをキョンくんが助けた」「!?」「罰を与えられるのはわたしだけで良いの」 はっとした表情。何をする気か気付いたみたいだった。 流石はミヨちゃん。わたしの頼れる相棒なだけあるね、うん。「そんな、まさか…駄目だよ! そんなの駄目だよぉっ!!」 全ての罪をわたしが受ける事。そして、その上でわたしが何をするかを。 一気に泣き出して、叫ぶ。聞いたこともないようなミヨちゃんの叫び声。 …最後に聞くのが、泣いて叫ぶ声っていうのが残念だけど、仕方ないかな。 だけどね、 ―――ミヨちゃん。 「…ミヨちゃん。大好きだったよ。ありがとう…さようなら」「だめええええええええええぇぇぇぇっ!!」 わたしは事務室の扉を開け、出た。出るまでに爆発させられる爆弾は全て爆発させた。 ううん。一個だけ残してある。わたしの為に。「………」 わたしは火の海と化した工場内を、火と火との隙間を縫いながら駆け抜けた。 誰でも良い。わたしの最後を見るのは誰でも良い。 でも、せめて、願いが最後に叶うなら、キョンくんであれば良いと思う。 最後に仕掛けた爆弾の場所へと。 もしかしたらこの状態のせいでスイッチを押す前に爆発する危険性もあった。 だけど、まだ大丈夫なはず。「………っ」 泣いたら駄目。わたしは泣いたら駄目。 …でも、駄目。泣けないなんて出来ないから駄目。 泣いてしまう。どうしても。「…っ…うぅ…」 …愛していた。 本当にただキョンくんを愛していたかった。 それだけだったの…。「ぐすっ…ぐっ…ひぐっ…」 みんなと笑顔で居たかった。「ごめんね…ごめんね…!!」 泣きながら謝っても、きっと届かないと思う。 だから、そっちに行って謝ります。 みんな、ごめんね。 そして、たどり着いた。そこに人影を見た。 …あぁ、良かった。最後に相応しい…。 涙を拭いて、わたしはその前へと飛び出した。 <キョンサイド>「………!!」 火の向こうから現れた小さな陰に俺は動揺した。動揺せざるを得なかった。「キョンくん、どうしたのこんなところで」 にっこりと笑ってそう言うのは間違いなく俺の妹だった。 無邪気な顔で、今までどこに居たのか、この惨状の中ではえらく綺麗な姿でそこに居た。「お前…どうして…」「どうしてって、わたしが古泉くんを呼び出したんだから当然でしょう? 呼び出した人間がそこに居なくてどうするの?」 その言葉はさも当然と言わんばかりに、俺へと差し出された。 しかし、意味が解らなかった。理解できなかった。何を言っているんだ、と。「…はぁ?」 俺は、そうとしか応えられなかった。しかし、妹はそんな俺を見て無邪気に笑う。「今まで全部わたしがやったんだよ? 気付かなかったの?」 やった、って? 何をやったんだ?「…お前、何を、言っているんだ…?」 俺の頭はとにかく動かなかった。そんな俺に対して、妹は続ける。「谷口くんを殺したのも、みくるちゃんを殺したのも、有希ちゃん…は間違えてだけど、全部わたしだよ?」「………」 信じられない話だった。そりゃそうだ、信じられるわけがない。「信じてないね? だったら、ほら」 我が妹は一本のナイフを取り出した。それはどことなく紅い何かがついているナイフだった。 かなりの時間が経過しているであろう赤は、もはや黒に近くなっていた。「な、なんだよ、それ…」 俺の声が震えている。だが、そんなことは、どうでも良かった。「これ? これは、谷口とかいう人の血だよ」 妹は、やっぱり無邪気に言った。 …そして、いつか忘れていた感覚を俺に向かって伸ばしてきた。 あの恐怖。 妹が狂ったように自分を突き刺していたあの夜の恐怖。 あれを、あの雰囲気を思い出した。 ぞくっ、 自分の中で自己解決していた。思い込みだ、と。 でも、解決なんてしていなかったんだ。思い込みじゃなかったんだから。「なんでこんなことをしたんだ…?」 呆然と問う。「キョンくんが好きだから」 平然と応える。「俺が好き? 俺が好きだから、なんだっていうんだ?」「ただそれだけだよ? わたしは…キョンくんが好きなの。ただそれだけ。だから、近づく人がねたましかった。ただそれだけ」 妹が笑顔を浮かべる。 あぁ、妹は狂っていたんだ。やっぱり。気付いていた筈なのに、どうしてこうなるんだ。「ねたましかった?」「だって、わたしは妹だから。妹だから、近づけない。どんなに近づいても、家族以上には近づけない。だから、ねたましいの」「ただ…それだけで…」「うん、それだけ…」「………」「それだけ…だったのに………」「ん?」 ふと妹の声が震え始めた。 顔を見上げると、あの雰囲気はどこかへ失せていた。そこに居るのは泣き顔の、妹だった。「本当にそれだけだったのに…わたし…わたし………!!」「………」「どうしてだろう…どうしてこうなっちゃったんだろう…」 妹は泣きながら呟く。それは、まるで救いを求める子羊のようだった。嘆く姿には、あの狂気を感じられない。 やっと今、疑心無しで確信できる。もう大丈夫だ、と。 俺はそっと近寄って妹抱き締めた。妹はすぐ様、俺に縋りついて泣きじゃくった。 …いつもの妹に、今ようやく帰った。「よしよし…」 いつ頃だろうか。妹をこのようにあやしていたのは。 随分と昔だったな。もう、何年も前の事だ。 それからずっと一緒に居て、俺は妹の全てを見てきたような気になっていた。 そしてあの晩にあんな事が起きた。 それで終わったと思っていた。いや、終わってないと気付いていたのに思おうとしていた。 長年一緒に居るから解っている。だけどそこから目を逸らしていた。結果的に見失っていた。 …俺が、妹をこんな風にしてしまったんだな。「…ねぇ、キョンくん。お願いがあるの、聞いてくれる?」 腕の中で泣きじゃくる妹が呟く。「何だ?」「この工場の事務所にね、ミヨちゃんが居るの。多分、無事だと思う。助けてあげて」「あぁ…わかった」「あと、ミヨちゃんはわたしと同じぐらいキョンくんの事を好きなんだよ。だから、大事にしてあげて?」「…わかった。お兄ちゃんが全部聞いてやる」「良かった…ありがとう、お兄ちゃん」 久しぶりに聞いた言葉だな。 …お兄ちゃん、か。 今までキョンくんって呼ばれていただけに、くすぐったかった。 とん。 ふと妹が俺を押しのける。 あまり強くではなかったが、不意だったせいもあって反動でほんの少し俺は後退した。 「え………」 俺は妹を見る。「キョンくん…」 笑顔を浮かべていた。 悲しい笑顔だった。 だけど、多分、今まで見てきたなかで、一番純粋な笑顔だった。「何をするつもりだ…」 なんとなく嫌な予感がした。「キョンくん、ありがとう。…さようなら」 反応する暇すら与えてくれなかった。ポケットから何かを取り出したかと思ったら、それをカチッと押したのだ。 そして、すぐ様、妹は後ろに向かって跳ねた。その妹のすぐ近くで禍々しい程の光が溢れて、轟音が轟いた。「!!」 映像はスローモーションのように見えた。 爆発の中へと消えていく、妹。笑顔を浮かべて、俺を見つめて。「うわぁあああああああああっっっ!!!!」 それは今までの中で一番大きな爆発だった。 背中がたまたま窓だった事が幸いして、俺は爆風の衝撃で窓を突き破って外へと転がり出た。 地面を思いっきり転がる。「げほっ…がはっ………」 口の中で鉄の味がする。おそらく口の中でも切ったのだろう。だが、それどころじゃない。「はぁ…はぁ…」 俺は急いでさっき自分が飛び出した窓からまた工場内へと戻った。「どこだー! どこだーーーーーーーーーっ!!」 返事は無い。どれだけ叫んでも返事は無い。 妹からの返事はない。「どうして…そんな…」 俺はその場で座り込んだ。「あ…あぁああ…あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!」 俺の絶叫は、燃え盛る工場の中でも、大きく大きく響いた。
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