青の中に星をみるか?
「世界で一番最後に残るモノってなんだか知ってる?」「愛か?」 答えた俺にハルヒは渋い目つきをし、「あたしが生存競争の話をしてるんだとしたら、あんたが一番に脱落しちゃうってのは間違いないでしょうね」 実にイヤミったらしくそんなことを言うと、「いい? あんたもSOS団の団員だったら、理性をなくして自滅しちゃうような真似だけはやっちゃだめよ」「そりゃどういうこった」「自分から火の中に飛び込んでいっちゃうような間抜けはね、夏の虫と、愛がどうのなんて言ってるやつくらいのもんだってことよ」 と、偏りきった自説を展開し始めたのであった。「じゃあ何の話だよ」 俺は精一杯の不満をにじませて言う。「あのね、問題っていうのはすでに提示されているもんなの。あたしが何を言いたいのかくらい少しは自力で察しなさいよね」 などと言われ、俺は不承不承ととりあえず付近をくるりと見回して、今日も今日とていつものメンバーでいつもの喫茶店に集合しているだけの至って普通な光景であることを確認する。 違うのは、今日は不思議探検をやるために集まっているわけじゃないってところか。 だからといって、じゃあなにをするんだなんて訊かれても困る。 俺たちは「来い」と言われたから集まっただけであり、俺はもういちいちハルヒの行動にwhyをはさむような真似はしていない。訊いたところで、どのみち一般市民たる俺にハルヒのやることが理解できるはずもないからな。 涼宮ハルヒは一体今日何をしたいのか。 ――ってのがつまり問題なんだろうが、そんなことが俺にわかるわけもないってのは既に導かれた結論でもあるからして、「今日は何をする予定なんだ?」 俺は問題をそのまま質問した。 ハルヒは不敵に口の端を吊り上げ、「良くぞ訊いてくれたわ。あたしが一人で話してばっかりいちゃつまんないもんね」 そして飲み終わったアイスティーの溶けた氷の水をストローでちゅごごと小気味良く吸い上げると、「みんなも今日はなんで集まったのか不思議に思ってたところだと思うけど、本日の我々SOS団の活動内容は至って明快よ。あたしたちは先日の七夕の補完として、来たる明日のTV取材に向けてこれから行動プログラムを練り上げなきゃなんないの。今日中にはある程度の流れを決めとかなきゃマズいから、みんなも進んで良案を挙げて頂戴」 ハルヒがみんなから「なにいってんだこいつ」という目で見られていたのは言うまでもない。
俺は奇怪な電波を受信してるんだか発信してるんだかよくわからんハルヒの頭上を見上げ、そこにアンテナでもあったら折ってやろうかと考えていた。こいつがなんらかの電波を受信して変人になっちまってるならこいつのためにその不幸な端末としての機能を不全にしてやりたいし、発信製造元であるならば、俺たちの身の保全のために物騒な電波は内部に留めておいてもらいたい。 「あのなハルヒ」「なによ?」「すまんが、俺にはお前の言いたいことがちっともわからんのだが」 先週の七夕の補完といわれてもだ。 あの日には笹も短冊も用意していたんだから過不足はないだろうし、俺たちがTV取材を受けるいわれも予定もない。もしそれが時期的なオカルト特集でありそれに俺たちが取り上げられるとでもいうのなら、こちらとしては全力で辞退させてもらう意向である。変態集団が公共の電波に乗るとしたらそれしかないだろうし、実体として団員の性質はオカルトめいている。実態があれば、それが漏えいする確率はぐっと高い。 「今度学校に取材がくるじゃないの」 それはお前、部活動の紹介で取材にくるだけだろうが。俺たちは書類的には同好会でもない胡乱な集団で、もしかしてこれを機に公認させる目的があるんだとしたなら俺は断固拒否するぜ。第一、人に紹介出来るような活動内容だってないしな。 ……という風に不満たらたらの俺に対し、ハルヒはなおも意気軒昂として、「そんなのは関係ないのよ。あたしたちが自分の存在を訴えたいのはテレビの前の一般人じゃなくて、織姫と彦星だとか、それとどっかの銀河団や星雲で暮らしてる宇宙人に対してだから」 「む」 俺は口を結んでハルヒの話をきく。 ……なるほどね。こいつの言いたいことがやっと掴めてきた。「収録現場の後ろで、宇宙人に向けてピースサインでも送ろうってのか?」 なんとまあ幼稚な行動なんだろうね。言っとくがなハルヒ、明日は生放送じゃなくて収録なんだ。つーことはだな、お前が背後で変なアピールをしたところで、編集段階でばっさりいかされちまうだけだろうよ。それに宇宙人の住居スペースにテレビがあるかもわからん。 「やるだけ無駄すぎるな。そもそも無意味だし、それだったら普段通り市内を練り歩いたほうがよっぽど生産的だし有意義だって思わんでもないな」 少なくともそっちのほうが人に迷惑はかけないだろうし、俺だって、毎週土曜日に駆り出されて喫茶店代を奢らされていようとも実は大して不満じゃない。朝比奈さんと休日に二人っきりで過ごせる権利が抽選的にでも与えられるなら、少しくらい不条理だとしてもお茶代くらい払ってやるとも。オッズが高いわりに見返りがこれだけ大きければ誰も文句は言いやしないさ。 俺が雀の涙ほどの分量だけ感謝していると、「それじゃ今から計画を説明するわね」 ハルヒが人の話を微塵も聞いちゃいないのはいつものことだが、さっきは皆で話合うとか言ってたくせに、説明ってことはやっぱり自分で全部決めてるんじゃねえか。どっかの国みたく、口だけの民主主義で実情はどこまでも独裁政治な奴だ。実に迷惑極まりない。 きっとこいつと俺とでは受信周波数が違うんだろうな、なんてなことを思っていると、「あのう……」SOS団内唯一の当たりくじである朝比奈さんがえらくおずおずとした様子でハルヒを向き、「あたしも、あんまり公共の電波にはのりたくないっていうか……その、それは両親から禁止されてて……」 「大丈夫よみくるちゃん。だったらあなたが親の制限から脱却するチャンスじゃない。みくるちゃんには今回、自分の殻も破ってもらう必要だってあるしね。今度の計画では相当に重要なポジションを与えてあげるわ。なんてったって、可愛いっていう概念は世界共通だかんね」 朝比奈さんが宇宙規模で見ても可愛らしいお方だということには充分頷けるが、しかし、生中継の現場の後ろではしゃいでいるような分別のない痛い子みたいに彼女を振舞わせることには全くもって同意しかねる。それに見ろ、朝比奈さんだって「ひう」なんて言って怯んでるじゃねえか。いっそのこと俺と朝比奈さんで市内探索をやっておくから、後はお前らで好きにしときゃいい。我ながら名案だと思う。 そう言う俺にハルヒは苦い顔を向け、「それよりあんた、あたしのさっきの質問の答えはどうしたの? これが一番重要なんだから。早く答えなさいよ」 世界で一番最後に残るやつはなに?ってやつのことか。ああはっきり言おう、わからん。 俺が両手を広げていると、「なるほど、流石は涼宮さんですね」 隣のハンサムはなにか分かったらしい。俺は顔を横に向けて、目で説明を求める。 古泉は微笑をたたえて、「人間の創造物のなかでは、宇宙空間をさまよう電波が最後まで残されるといった話があります。図らずも、それはまるで手紙を入れたビンを海に流す行為のようではありませんか?」 話を聞いた俺は眉を寄せる。そりゃロマンチックで結構だが、取材陣や部活動生の邪魔になったら元も子もない気がするが。 だが古泉はなおもスマイルを崩さずに、「だからこそ、これは迷惑が掛からなければいいのですよ。普通の人間には気付かれぬよう画面に映ってしまえば、編集作業で意図的に排除されることもないでしょう? つまり、誰にも気付かれないように電波にこっそり紛れ込まさせて貰えばいいのです。計画とは、恐らくそのやり方についてなのではないかと」 ハルヒは腕を組んでうんうん頷くと、「そうそう。そういうことよ。キョン? あんたもちょっとは古泉くんを見習いなさいよね。ヒントは一杯出してあげてたじゃないの」 知るか。むしろそんな意図を察した古泉の方が異常だろうぜ。もしかしたら、こいつがハルヒから超能力を賜ったってのも故あってのものかも知れんな。この脳内怪電波女の数少ない理解者の一人だったんだろう。 と俺も変な納得をしつつ、未だに言葉どころか衣擦れの音も発さない少女に視線を移行させる。 宇宙人になにか言いたいことがあるんだとしたら、手紙でも書いてこいつに渡しといてもらえばいいんだ。サンタクロースと同じ理屈で伝えたい相手に意思が伝わるからな。本人に渡してるんだから、方法としてはよっぽど確実だ。提案はしないけど。 といった風に、この後ハルヒは来たるTV取材に向けての計画を無駄な真剣さで述べ始め、それを俺がちゃんと聞き流してこの日は解散したのだった。 だが。 ハルヒが宇宙的レベルで突拍子もないことを言い出すと、それに応じて問題が発生するというのは既にこの世の常なのである。 ハルヒの話が進むにつれてじっと俺を見つめ続けてきた長門よ、俺だって馬鹿じゃあない。お前の言いたいことはわかってるとも。 またもやハルヒがなにかしらの問題を起こしそうだということで、俺たちは喫茶店で解散してすぐ、団長抜きでの会合を再度行った。そこまでは自然の成り行きといってもいいが、それからが今回は少し違っている。 なんせここでの話し合いの結論によって、本番当日のやる気満々顔のハルヒの横には、いつも変わらぬスマイルな男と無表情な少女を挟み、いつになく使命感を帯びて凛々しくなった顔の未来人少女と…… 珍しく、やる気満々になっている俺の顔が並ぶことになったんだからな。
つづく……
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