失ったもの・得たもの 第三話:孤独な強さ、けして得られぬもの
あれから数日、俺の日常は大きく変わっていた。学校では真面目に勉強、夜にはランニングをした後筋トレ。親の了承もえてバイトも始めた。皮肉なもんだな、頼れる人がいなくなって初めてしゃんとするようになるとは。 「おい起き…ろ…」 母親に言われ俺を起こしにきた妹を睨みつける。もう一人で起きられるようにもなっていた。 「兄に向かってその口の聞き方はなんだよ…あっ?」 怯えた妹は俯き、震えながら謝罪した。 「ごっ…ごめんなさい…お兄ちゃん」 毎回震えながら謝るくらいならそんな口聞かなきゃいいのに、哀れなやつだ…くだらない。 「最初から普通に言えばいんだよ、そしたら俺も機嫌よくおはようって言えるんだ。そうだろ?」 震える妹の頭に手をおく。ビクッと反応した妹は更におびえながら涙声で返事した。 「…はい………」 そして逃げるように部屋を出て行った。馬鹿馬鹿しくて見てられないな、親にもう起こしにこなくていいと言っておくか。 寝起きの一服をした後、顔を洗い歯を磨いて制服に着替える。 あの日以来ろくに会話もない朝の食卓、変わってしまった息子に親も困惑しているのか、ヤニの匂いが漂おうと注意もしない。自分の両親がこんな腑抜けだと思うと悲しくなる、ああくだらない。さっさと朝食を食べ終えて家を出た。早めに学校に言って授業が始まる前に屋上で一服するのが最近の日課だ。朝早く登校する優等生しかいない時間の通学路を歩いていると、後ろから声をかけられた。 「ちょいと待ちなよ!」 毎度お馴染み、鶴屋と朝比奈のコンビだ。こいつらいつも一緒だな、レズの気があるんじゃねえのか。 「あたしたちの前を歩かないでくれるかい?気持ち悪いんだけど」 こいつも懲りない奴だ、朝比奈なんかはもうすっかり怯えちまって鶴屋の後ろに隠れている。 「ちょっと!何かいったらどうだい!それとも話し方もわからないくらいば…!?」 いい加減鬱陶しいので遮って胸ぐらを掴んだ。それだけで何もいえずに俯く、滑稽だな。 「いちいちピーチクパーチクうるさいんだよ。いい加減殴られたいのか?」 「おっ女の子を殴るのかい?最低な男だね」 まだ反論してくるとはな、更に周りで何も言えず傍観してた他の奴らまで騒ぎ始めた。本当に殴ってやろうかと思った。 「お前が黙るなら別に最低な男だったっていいんだぜ?なぁ?」 俺の表情から冗談じゃないとわかったのかみな黙った、朝比奈は泣きながら謝っている。はは、面白いな光景だな。 「おい、なんかいったらどうだよお前ら、おい!」 そう脅すと、鶴屋は震える声で呟いた。 「…ごめんなさい」 その言葉で一気に冷めた、やっぱりくだらないな。俺を含めてこいつら全員。 「謝るくらいなら最初から調子にのんじゃねえよ」 掴んでいた服を離して、まだ立ち止まっているそいつらを放って坂を登り始める。いつの間にか人も増えて、煙草を吸う時間がなくなっちまったじゃねえか。やっぱり殴っときゃよかった。 それでもまだ教室にはほんの数人しかおらず、しかも全員女子だった。俺をみるや何かをいおうとしていたが、睨みつけて黙らせて席に座る。この空気は本当にだるい。さっさと授業が始まらないものか。「おいっ」机に突っ伏して頭の中で予習をしていると、ここにも懲りずに話しかけてくる馬鹿が一人。 「何回いったらわかんだよ。ここはお前のクラスじゃねえって」 会う度黙らせているにも関わらず何回でも話しかけてきやがる。その根性だけは感心するがな。 「そうだよ、なんか一人無駄な奴がいるよね」 「ていうかなんか空気が気持ち悪いんだけど。おぇっ」 「あーあー、ほんと消えてくんないかなぁ」 クラスの奴らも、谷口が俺に話し掛けただけで調子に乗り出す。馬鹿ばっかりだな。 「はぁ…お前らこそよぉ、何回いやわかんだよ」 椅子から足をだし谷口の股間を蹴り上げる。 「ぐっ…ぎああぁぁぁぁ!」 耳障りな奇声をあげてのた打ちまわる谷口、気持ち悪いな。 その光景ににすっかり青ざめて黙るクラス、いい加減見飽きたなこの状況。 「俺がどこにいようと俺の勝手だ、集団でないと喧嘩も売れない奴らが騒ぐな。耳障りなんだよ」 俯いて何も言えない男子、震える女子。その内の一人に向かって話し掛ける。 「おい、涼宮」 「なっなによ」 こいつも俺の豹変ぶりにすっかり怯え、今じゃろくに反論もしなくなっていた。こんなやつに前まで従っていた自分を殴りたくなる。 「せっかくお前みたいなきちがいを好きになってくれる奴がいたんだ。使いものにならなくなる前に黙らせてろよ、うざいから」 「なっ…なんですっt」 「もっかい言わなきゃわかんねえか?」 反論しようとしたところをすかさず脅して黙らせる。震えながら涼宮は頷いた。 「わっ…わかったわ」 「それでいいんだよそれで。後この床に倒れて気絶してる馬鹿をさっさと保健室に連れてけ。授業の邪魔になる」 そう言うと悔しそうに泣きながら国木田と二人で保健室に運んでいった、いい気味だ。 入れ違いで教師が入ってくる。 「なっ何かあったのか!」 「きょ、キョンが…」 「谷口が一人で暴れて気絶して保健室行きだ。そうだよなぁ?」 いらんことを言おうとした男子を遮り理由を説明する。全員に目をやると完全に何も言えなくなっていた。 「そうなのか?」 「…はい」 「ふむ…まあいい、授業を始めるぞ」 俺をいびる理由がなくなり少し不満げなようだが、そのまま教師は授業を始めた。少しはましになったが相変わらず教師も俺の敵だった。隙あらば俺をいびろうとしてくる。全く、大人ってのも肩書きだけでとんだクズどもだ。授業の途中、急にニヤリと笑った教師は、俺を呼んだ。 「おい○○、ここ解いてみろ」 なるほどね、それで答えられない俺をいびるつもりか。クラスの奴らも理解したのかくすくす笑っている。馬鹿だなこいつら、最近の俺の授業態度ちゃんと見てたか? 「ここは―――となり―――を―――することにより―――となります」 「なっ…」 案の定俺が答えられないと思っていたのかクラス中唖然としている、ざまぁねえな。 「なんだ?間違ってたか?」 「っく…いいだろう」 悔しそうに黒板に向き直る。おいおいそんな焦ってると…ほらな。 「おい、そこの式間違ってるぞ」 「あっ………」 「しっかりしてくれよ、仮にも教師なんだからよ」 おうおう悔しそうな顔、漫画で教師をいびる天才はこんな気分だったんだろうか。だったら納得だ、普段生徒を馬鹿にしてる教師にいっぱいくわすのもなかなか楽しいもんだな。とはいえ早々教師を馬鹿にするもんじゃない。なんたって相手も人間だ、逆上して何するかわかったもんじゃない。その後は大人しく授業を受け、昼休憩をとった後午後も同じく真面目に勉強し自宅へ帰った。余談だが、谷口は俺と一度も顔を合わそうとはしなかった。 その週の土曜、最近の健康的な生活のせいか早起きした俺は、暇を持て余して駅前をぶらぶらしていた。しかし公園近くは避けた、胸糞悪くなる奴らに会うかもしれないからな。とくに何かするでもなくただぶらぶらすることを続けていたら、後ろから突然声をかけられた。 「やぁ、キョンじゃないか」 誰だよ、またあいつらか。いい加減にわからせてやらないといけないな。そう思い振り返った俺が見たのは、あまりにも予想外な人間だった。 「さ…さ…き?」 「なんだいその間の抜けた声は」 俺に声をかけてきた人物、それは佐々木だった。 「奇遇だねこんなとこであうとは。何をしてたんだい?」 「………」 「ん?どうかしたのかい?」 本当に驚いたおかげで何も言えない俺を佐々木は訝しげな目で見つめる。 「いっいや、何でもない。ちょっとびっくりしただけだ」 「今の無言はちょっとの域じゃなかったと思うんだが、まあいいさ。そういうことにしとこう」 あんなことがあったのを忘れちまうほど、佐々木はいつも通りだった。 「そういえばSOS団の人達は?今日は一緒にいないのかい?」 「………」 聞きたくもなかった名前だが、佐々木はあのことを知らないのだ、しょうがない。 「やめたよ、あんなとこ」 「っ…そうか」 少し無愛想な言い方をしてしまったせいか、佐々木は気まずそうに顔を伏せた。 「…キョン、何かあったのかい?」 聞きづらそうに佐々木が聞いてくる、こいつには知られたくないと思った。 「別に、ただあんな奴らとつるんでいるのが馬鹿らしくなっただけだ」 「そんな言い方…キョン、変わったね」 「ああ、変わったよ。だからなんだってんだ」 別にこんな言い方をしたかった訳じゃない。俺だって誰彼構わず奴らにするような態度を取りたい訳じゃない。でもあいつらのことが出てくると、やっぱり冷静ではいられない。 「なんだよ、今の俺が悪いってか?だったらお前もどっかにいきゃいい。そして俺と関わらなきゃいい。俺はもう独りでも生きていけるからな」 喚くようにそう怒鳴った俺を見て、佐々木は悲しそうな顔をした。やめろよ、そんな顔させたい訳じゃない。 「キョン…僕と一緒にこないかい?」 「…なんだと?」 「SOS団が君の居場所じゃなくなったなら…また中学の時みたいにさ」 「…佐々木」 「人は…独りじゃ生きられないんだよ?」 「…そうだな」 「っ!キョン…」 俺の言葉に嬉しそうに顔を綻ばせる佐々木。ああ、知ってるよそんなこと。変わっちまっても、強さを手に入れてもやっぱり独りじゃむなしい。本当は誰かに支えて貰いたかったさ…けどな。 「だからなんだってんだ?」 「っ…キョン?」 「そんなの関係ないね。俺はもう人とは出来るだけ関わりたくないんだ」 「…キョン…」 ああ、佐々木が今にも泣きそうだ。ごめんな佐々木…本当は今すぐに抱きしめたいんだけどな…。それでも俺は佐々木に容赦ない言葉を浴びせる。 「はっ、諭せた気になったか?さぞかしいい気分だったろうな」 「そんなつもりじゃ…僕はただ」 「生憎俺は別にお前と一緒にいたくなんかないんでね。お前も今後関わらないでくれよ」 もしここで俺がお前の言葉を受け入れたら、きっとお前に依存してしまうから。優しいお前はきっとそれも許すだろうから、それじゃお互いだめになっちまうだろうから…。俺はもうだめだけどさ…お前までダメにしたら本当に死にたくなるだろうからさ。今は泣いていも、本当に強いお前ならきっとまた歩けるから、そう信じてるから。だから…お別れだ。 「キョン…」 「じゃあな、もう話かけるなよ」 その言葉を最後に、俺は佐々木を置いて歩き出した。どれだけ後ろから泣き声が聞こえても、けして振り返らなかった。何があっても、もう昔の俺には戻れないだろう。なら俺には、幸せを得ることは許されないだろうから、自ら手放すしかないんだ。佐々木…一瞬でも夢を見させてくれてありがとな。この世界にまだ味方がいたんだって、そう思えたよ…さようなら。 第三話:完
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