15498のはじめの1
彼女の部屋はいつも暗い。部屋が暗いのは、彼女は人間でないから電気の光を必要としなくても支障なく生活出来るからだ。 その部屋に電気を付ける必要があるのは、人間である『彼ら』が訪れに来た時だけだ。 …その日も彼女は暗い部屋の窓を眺めていた ――夏休みも早いもので残り2週間。我らが団長様は憂い無き夏休みにしようと、たかが2週間では到底消化出来そうもない課題を立てやがった。事は、市民プール直後の、俺奢りの喫茶店にて……意味もなく張り切るハルヒはA4サイズの紙にこれからの予定を、それはもうびっしりと書き綴った。 「私は金魚すくいがしたいです~」朝比奈さんは可愛いらしくハルヒに希望する。金魚すくいなどあの方らしい可愛いらしい提案だ。ぜひとも俺もその場に居合わせたいね。しかしながら出来ればこれ以上課題を増やしてもらいたくないのも本音ではある。 課題を終えずに夏休みを終えてしまったらハルヒのヤツがなにしでかすかわかったものではなく、もしかしたら8月のカレンダーの日数が増えてしまう事だってあるかもしれん。 それぐらいで済むなら大いに結構だけどな。まぁ、金魚すくい程度ならどうってことは無いだろう。 そしてその日はハルヒによる夏休み予定表が出来上がるとそのままお開きとなった。 ――翌日俺はハルヒにより安眠を奪われ、なんでも祭りに行くため、女性浴衣を買いに行くんだそうだ。俺らはさっさと浴衣を買いに行き、さっさと買って、さっさと一旦解散して家に帰って、時間になりさっさと夜の祭り開催地に足を運んで、そして再集合と皆そろう。祭りらしく、中心では人間が円を囲って何かの音頭をとっており、太鼓のドンドコ音とか笛のピロピロ~ッとした音色が聞こえてくる。 「みくるちゃん!金魚すくいに行くわよ!」「あ、は、はぁ~い」集合して間もなくして、すぐにハルヒは朝比奈さんの手を引っ張って忙しく金魚すくいの屋台へと走って行った。
「僕らも一勝負いかがです?」走って行く二人を眺めながら古泉が喋りかけてくる。「そうだな…」朝比奈さんの金魚すくいの模様を傍らで拝むのも悪くはない。 古泉に同意しかけたが、ふと、視界に、ぼんやりとしながら辺りを見回す長門の浴衣姿が目に入った。「やめとく」俺がそう言うと、古泉は残念そうに肩をすくめてみせたが、演技なのはみえみえだぜ。 「長門?こういうとこは初めてか?」長門は俺を見上げると、数ミリ顎を引かせたように見えた。だろうな、と頷いてから俺は周囲の屋台を見回す。食い物でもいい気したが、俺が長門を連れて行った先はお面屋である。古泉も後から付いて来る。「お、懐かしいなコレ」壁紙に立掛けられた、ズラリと並ぶお面の中には、俺の幼い記憶を呼び起こさせる懐かしいモノがあった。 それは俺が幼い頃によくTVで見てた特撮ヒーローものだ。 「ハイよ!800円ね!」ゲっ!そんなすんの!?と、思いの外お面の値段が高かった事に後悔しつつも屋台のオッチャンに渋々金を手渡した。「古泉、覚えてるか?スペシウム光線」なんとなく俺は買った面を被ってスペシウム光線のポージングを古泉に向けてみた。普段なら絶対にしないが、これが祭りなんだろう。そう思う事にする。「えぇもちろんです。幼い頃は僕もよく真似をしましたよ。」相変わらずの微笑みで返す古泉。それから2~3分ほど古泉と某特撮ヒーローものの話題となり、案外その話をするのは楽しく、 危うく俺はお面を買った目的をうっかり忘れるところだった。 「はいよ。これやるよ」長門に、俺は買ったお面を差し出した。「……なぜ」相変わらず必要最低文字数しか話さないやつだ。「なんとなくお前にはお世話になってるしな。それにほら、このお面のヤツも宇宙生まれなんだぜ。たしか、ウルトラ星とかそんな名前の星だった気がする。」長門は差し出されたお面を二秒程見つめ、ゆっくり手にとると、「該当する惑星は存在しない」と、言った。 「だろうな。でも、その事は…そうだな…小さい子供には言わないでおいてくれ。俺の妹ぐらいの年齢までだ」「……わかった」長門はそう答えると、俺がさっき面を被ったのと同じようにして面を被った。なんというか、シュールな光景だ…ふと古泉と目が合い、アイツは苦笑いを浮かべた。多分俺と似たような事を長門に思ったんだろう。それからして、間もなくハルヒと朝比奈さんが帰ってきて、ぶらぶらーッと皆で屋台を巡る事になる。 「あれー有希?そのお面どうしたの?」喧騒とは少し離れた敷地内、ハルヒはたこ焼きをつつきつつ、今更ながらの問題に着眼点を置いたようである。「買ってもらった」「誰にー?」気が抜けている感じのハルヒの問いに、長門は俺の方に指をさした。「ふーん」と、無関心そうに俺を見るだけのハルヒ。なんだ、何もつっかかって来ないとは珍しい。 「じゃあ次は花火しましょう!」こうしてその後は屋台で買った花火で夜を彩ると、その日は終わった。 ――― その日の夜。部屋に帰って来た彼女は夜の窓を眺める事はやめて、今日彼からもらったお面を、膝元に置いてただ眺めた。 部屋は相も変わらず暗い。 彼女が何を思って、その面を見ていたのかはわからない。それから夏休みが終わるまでの2週間の夜は、彼女は彼からもらったお面を同じようにずっと眺め続けていた――― 「うーん…、こんなものかしらね」夏休み最終日の前日。いつもの喫茶店にて、ハルヒは×印が付いてる課題表の紙を眺めながらそう言った。何かまだ物足りないといった感じなのは一体なぜだろう。せめて夏休み最終日の明日ぐらいは休ませて欲しいんだがな。「うん。こんなもんでしょ。明日は予定空けておくから、皆ゆっくり休んでいいわよ。」 ハルヒは伝票を俺に渡すと席を立ち、そのまま帰っていった。 「やれやれ、ようやく終わったか」深い息を吐き出して俺はもたれる。「でも楽しかったぁ~」と、笑顔が眩しい朝比奈さん。「何にせよ涼宮さんが満足したようで良かったです」と、常時スマイル顔の古泉。そうかね、なんとなく俺にはそうは見えなかったけどな。 しかし実際、アイツが夏休みをああまでやって過ごして不満足だというなら、こちらとしては手の打ちようが無い。まぁ、ハルヒも口では満足したようなこと言ってたから、その言葉を信じるとしよう。それにまさか、不満だったからといって8月の日数を増やしたりとかするほどハルヒもガキではあるまい。まさかな… 何にせよ、もう今年の夏休みは終わった。 そして、この日は長門がコーラを飲み終えると同時に解散となった。 ……あ、宿題終わってねぇ ――― その夜も、暗がりの部屋で、彼女は彼からもらったお面を眺めていた。翌日も、彼女は同じように過ごしていた。……次の日、学校の始業式となる日の『筈の』朝。窓から指す太陽の光によって長門は目覚めた。 ヒューマノイド・インタフェースといえど、疲労を起こすと眠ってしまうものらしい。昨日の夜は気が付かない内に眠ってしまっていたようだ。だから彼女は『異変』にはしばらく気付かなかった。『異変』に気付いたのは、『彼』からもらったお面が無くなってるとわかった時だ。その時、彼女は持てる全ての能力をかけてお面を探したが、見つからなかった。思念体と連絡をとり、ある事が判明する。 ……時間が…2週間前へと戻っていた。―――
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。