愛しき、七夕の日に
俺は今無心にキーボードを叩いている。今週末にある会議の資料を作成するためだ。31になった俺はまあそれなりの役職に着き、会社に対し奉仕活動を続けている。大学を適当に過ごし、適当に卒業し、適当な就職活動で内定を手に入れた会社がここだ。根気の無い俺がどうしてここまで、辛抱強く奉仕活動を続けられているのかというと俺には妻と子供という守るべき存在が出来たからさ。
「愛しき、七夕の日に」
残業を早々に切り上げ、俺は帰路に着く。どれだけ疲れていても足取りは軽い。家では愛する妻と目に入れても痛くない我が子らが待っているからさ。労働のよる疲弊なんて何のそのだ。そして数年前に必死こいて購入した我が城、マンションに着いた。オートロック式の自動ドアを鍵で開け、エレベーターに乗って家がある階のボタンを押す。「ただいま」帰ってきた時の挨拶はなるべく明るい声で言う事にしてる。何故かと言うと「お帰りなさい!」「お帰り」「ただいま、美希、真希」暗い声で言うとこの二人の娘が悲しそうな目で心配してくれるからだ。いやまあそれも悪くは無いんだが、あまり子供に心配かける親ってのもな、と思いそうしている。妹の真希が猛ダッシュで俺に飛びついてきた。飛びつかれるたびにハルヒ似だなあと思ってしまう。爆走娘の後ろをトコトコと着いてきて、静かな声で答えてくれたのは姉の美希だった。こいつを見ているといつぞやのインターフェース宇宙人娘を思い出す。高校を卒業した後、長門は親玉の元へと帰っていってしまった。そして帰還する時、たった一度だけ微笑んでくれたのは今でも良い思い出だった。あまり言うと嫁さんが不機嫌になってしまうから言わないけどな。朝比奈さんも俺達より先に卒業した後、同じように未来へと帰っていってしまった。何故二人がそれぞれ帰っていったのかというと、あいつの不可思議変態的能力は朝比奈さんが卒業する頃には、何故かパッタリと姿を見せなくなってしまったからである。 古泉の話によると、力は完全に消えてしまったということらしい。選ばれた超能力者だからわかってしまうと言っていた。まあ、あんな一人間に過ぎた能力は消えてしまったほうが良い、と俺は思う。あんなもの無くったっていくらでも面白いことはあるし、幸せになれるからだ。今の俺もそうだしな。ああ、後美希という名前の由来は朝比奈みくるの『み』と長門有希の『希』から頂いた。妹の真希は正直、姉に合わせて考えたと言っても過言ではない。別にその時上映されていた12年ぶりの映画から取ったわけではないぞ。
古泉ともたまに連絡を取り合って、飲みに行ったりしている。16年前、一緒に色々と活動し、奮闘した仲間として俺達は今でも親友だ。ああ、今でもあのニヤケスマイルは健在だ。30を過ぎて味が出てきたのか、若い女の子にモテモテらしい。クソッいまいましい。などとうだうだ考えつつ、靴を脱いでいると我が妻が100Wの笑顔で出迎えてくれた「お帰りなさい」「ああ、ただいま」ハルヒと俺は高校二年生の終わり頃に付き合いだした。結婚したのは大学を出て半年くらいしてからかな。大学在学中に結婚しようと既にプロポーズはしていたので、卒業してからの半年間は結婚資金を貯める為に働いた。正直、こいつと結婚して俺は良かったと思う。毎日が楽しく、幸せの連続だ。そうさ、この幸せはいつまでも続くんだ。俺が死ぬまでな。俺は古泉からの電話がかかってくるまで、そう思いこんでいた。
「キョーン、古泉君から電話よ」休みの日にソファに寝そべってゴロゴロしていたら、古泉から電話がかかってきた。「おう。わかった」適当に返事をし、ハルヒに礼を告げ受話器を耳に当てた。「よう、古泉。久しぶりだな。」「ええ、久しぶりですね。お元気でしたか?」十数年前に比べて、少し低くなった声が耳の鼓膜を揺らす。「おかげさまでな。そっちはどうだ、元気にやってるか?」「ええ、こちらこそ」「で、どうした? 今夜飲みにでも誘ってくれるのか?」「ええ、是非ともそうしたいところですが少し、いやかなり大きな問題が起きてしまったんです」「お前からそんな風に聞かされるのは16年ぶりだな」まどろこっしいところも変わってないな。「ふっふ、そうですね。懐かしいものです」「で、問題とは何だ? 女関係で揉めに揉めているのか?」「いえ、違います。・・・実はすずみ、いえハルヒさんのことで少し・・・」古泉の声が急に重くなった。「・・・会って、話そうか」俺はこの重大さを感じ、そう促がした。「そうですね。ではいつも僕達が集まっていた喫茶店でお待ちしております」「わかった。すぐ用意してそっちに向かう」「はい。ではまた後で」「ああ」俺は受話器を電話機に置いた。手が少し汗ばんでいることに今更ながら気付く。
準備が出来た俺はハルヒに古泉と会うことを伝えた。「ハルヒ。ちょっと古泉と会ってくるわ」「ん? 古泉君と? 飲んでくるの?」「いや、ちょっと話があるってんでいつもの喫茶店に行ってくる」「わかったわ。なるべく早く帰ってきなさいよ」「ああ、わかったよ」俺はそう言って玄関に向かう。靴を片方履き終わったときに後ろからハルヒに声をかけられた。「ああ、そうそう。来週の七夕は美希と真希の誕生日なんだからね? ちゃんと早く帰ってきなさいよ」「わかってるよ。プレゼントもちゃんと買ってくる」忘れるものか。愛娘の誕生日を。家の娘二人は何の因果かどちらも七夕に生まれた。別に狙ったわけじゃないぞ!「ん。わかってるならよろしい。いってらっしゃい、古泉君によろしくね」「ああ。じゃ、いってくる」
「悪い、待たせたな」既に喫茶店の一角に座っていた旧友に俺は声をかける。「いえ、僕も今来たとこですので」「ならいい。で、話って何だ」若干語気を強くして問いかける。「・・・」古泉は答えない。こいつが言い淀むほどの問題って何だ。「おい、ここまで来ておいてだんまりは無いだろう」「すいません。・・・心して聞いてくれませんか」「そのつもりで来たんだ。さあ話してくれ」「・・・わかりました。あなたは16年前の七夕のことを覚えていますか?」「ん? 俺が過去へ行ってハルヒに会ってきたってやつか?」「いえ、違います。それよりももう少し、時間軸で前の話です」もう少し前? 古くなった脳細胞を叩き起こし、思い出す。あの日は確か朝比奈さんに残っておいてほしいって言われたんだっけ・・・。それよりも前ってことは・・・。短冊に願いを書いた時か?「ビンゴ。そこです」「はあ? それが一体どうしたってんだ」「あなたはハルヒさんが短冊に書かれた願いを覚えていますか?」そんなもん覚えているわけ無いだろう。何年前だと思ってんだ。脳の記憶中枢を掻き回しても答えは出なかった。「あの日ハルヒさんは『地球の自転を逆回転にしてほしい』と『世界が私中心に回ってほしい』と書いたんです」ああ、確かハルヒはそんなことを書いていたっけ。あの頃のハルヒはまだまだ暴れん坊な時期だったな。「で、それがどうしたんだ?」「そこで質問です。織姫と彦星の星、ベガとアルタイルまで一体何光年でしょうか?」何だその質問。渋々俺は少し考えてから、答えを口に出す「確か・・・アルタイルが16光年で、ベガが25光年・・・」頭の中で何かがはじけ飛んだ。あの日、ハルヒは何て言った?ベガとアルタイルが願いを叶えてくれる。だから16年後と25年後の先を考えた願いを書け・・・。「おいおい・・・ちょっと待てよ」嫌な予感が蜘蛛の子を散らしたように体中を駆け巡る。「お察しの通り。来週の七夕、その日にハルヒさんの願いが叶えられてしまうのです」
嫌な予感は、ど真ん中で的中してしまった。
しばらく俺は頭を抱えていた。どれくらい時間が経っただろうか。やっと頭が復活し、回転してきたので少し古泉に質問を投げかけてみた。「だがしかし、ハルヒの能力は消えてしまったんだろう!?」頭はまだ沸騰していたようだ。つい語気が荒くなっちまった。「はい。あなたがハルヒさんに告白した日、綺麗に消えてしまいました。 我々もそう思っていました。いえ、確信していました」「じゃあなんで・・・!」「確かにハルヒさんの中にある力は綺麗に消えてしまいました。しかし、外にある残滓は残っていたのです」「どういうことなんだ?」俺はまるで意地悪をされて答えを教えてもらえない子供のように、問いかけていた。「つまり例えるなら、テレビ予約のようなものです。何年も経ってその残っていた力が動き出したのです」俺は椅子からずり落ちそうなくらい、力が抜けてしまった。「・・・なあ古泉。どうしてお前はそんなことに気付いたんだ?」「僕達超能力者はハルヒさん同様、完全に力を失っていました。 しかし昨日の夜のことです。マントル、地球の真ん中とでも言えばいいのでしょうか。 そこから急速に閉鎖空間が広がっている事に気付いたんです。いえ、むしろわかってしまったと言うべきですね」俺はただ、黙って古泉の話を聞いていた。「おそらく、力の残滓が動き出したせいで僕らの能力も少しだけ戻ってきたのでしょう。 仲間と連絡を取り合って確認しましたので、間違いありません。皆、そう感じていました」「・・・」「閉鎖空間が完全に地球を覆う時間は七夕の日でしょうが・・・はっきりとした時間はわかりません そしてその閉鎖空間が地球を覆ってしまったら・・・地球は破滅するでしょう。」「・・・地球の自転が逆になろうが、ハルヒ中心に回ろうが、どちらにしろそうなるだろうな・・・」「ええ、地球の自転は音速以上で回り続けています。そして、逆回転になるときに一瞬地球は止まるでしょう。 ・・・その時に慣性の法則で地表は東に向かって音速以上の速さで飛んでいきます」「ハルヒが中心に・・・は考えなくても無理矢理回転を変えるんだから同じようになるだろうな」「はい。・・・正直、手の打ちようがありません・・・」ああ・・・俺の愛しき人は最後の最後まで事を起こしてくれる奴だなあ畜生。
話すことも終わったので俺達は喫茶店を出ることにした。「じゃあな、古泉。生きてたらまた飲みに行こうぜ」「笑えない、冗談ですね」古泉は苦笑いしながら軽く手を振って、駅の方向へ歩いていった。さて・・・俺も帰るとするか。結構時間が経っちまったからな。そう思い、古泉と反対方向を向いて歩き出そうとすると、目の前にいつかの宇宙人娘が立っていた。「・・・な、長門、なのか」「そう」呆気に取られた俺は挨拶も満足に出来なかった。そりゃそうだ、もう合うことも無いだろうと思っていた奴が目の前に立っているんだから。「元気、だったか?」「元気」「そうか・・・それは何よりだ」俺は涙がこぼれそうだった。理由は俺にも分からない。「今日はあなたに伝えたいことがあって来た」ハルヒの残した力のことなんだろうな。長門が来たって事は何か解決方法があるかもしれない。俺はそんな甘い希望に期待して長門の次の言葉を待った。
だがそれは、ただの希望でしかなかった事を思い知らされた。
「彼女が残した力に対し、私は何も出来ない」
空は赤く、俺の頭の中は白く、染まっていた。
「貴方達SOS団は我々に自立進化の可能性を十分に示唆してくれた」「本来、惑星の生命維持に対し何も干渉しないのが我々の決まり」「しかし、私は貴方達にとても感謝している」「なので私は規律違反を犯し、世界を危険から救おうとした」「彼女の力は予想以上に強力だった」「私がいかに情報操作を行おうとも、その閉鎖空間は消える事は無かった」「情報統合思念体は――――」「――――未来とも連絡が取れなくなっている―――」
長門が何か言っている。俺の頭には何も入ってこない。どうしてだ。俺達は幸せだった。これからも幸せになるのだと確信していた。なのに、何でだ。
正直古泉の話を聞いた時俺はいつものようにどうにかなるだろうと思っていた。長門が来て、朝比奈さんが過去に連れて行ってくれて。そして全てが解決するだろうと、俺は思っていた。
「う、うっ・・・」30代にもなって人目も憚らず泣いてしまう。感情が決壊してしまった。「・・・」長門は喋り終わったのか、その場に立ちつくしていた。そしてか細い声で、こう言ったのだ。「ごめん、なさい」「何も出来なくて、ごめんなさい」
おいおいどうして長門が謝るんだ。長門は何も悪くない。俺達の為に頑張ってくれたんだろう? ありがとうな、何も気にしなくて良いぞ
そう言いたいのに、俺の口は、喉は、脳は、何も反応してくれなかった。
「うーっ・・・ううぅ・・・あああ・・・」俺はただ、赤子のように泣き続けていた。長門はそんな俺をただ見つめ、俺と一緒に静かに涙を流していた。
「ありがとうな。長門」どうにか暴れまわる感情を押さえつけ、長門に告げる。「私は、最後まで何とかしてみる。・・・期待はしないでほしい」おいおいそんなこと正直に言うなよ・・・、と言いそうになったが止めた。野暮だしな。「ああ・・・また、会おうぜ」「・・・また」長門はそう言うと、フッと姿を消してしまった。
絶望を背中に背負い、俺は帰路に着いた。もう、空は黒くなっていた。まるで俺の絶望の色のように。
家に入る前に近くのトイレで顔を洗っておいた。こんな顔だと家の三人娘が大騒ぎするからな。「・・・ただいま」「コラァ! あんた早く帰ってくるんじゃなかったの!」入るなりハルヒの怒号が飛んできた。「いや、悪い。ついつい話し込んでしまってしな・・・」「全く・・・。さっさと風呂に入ってきなさい!」まるで母親のように、ハルヒは俺にそう命令する。「わかったわかった。・・・そういやあいつらは?」「ああ、テレビゲームしてるわよ。後で一緒に遊んであげなさい。寂しがってたわよ?」
居間を覗くと真希が大騒ぎしていた。どうやら真希が負けたらしい。「もーっ! みーちゃんつよすぎ!」「真希が弱すぎるだけだよ・・・」「もっかい! もっかい勝負!」「えー・・・」俺が二人のやりとりを見ていると、美希が俺に気付いた。「パパお帰りなさい」「おう。ただいま」「えっ? パパ帰ってきたの? おかえりーっ!」真希が大声で叫ぶ。「ただいま。もう夜も遅いんだからあんまり大きな声を出さないように」「はーい」俺の注意なんざ右から左に抜けて行ったかのように真希は返事をする。全く・・・返事だけだからな、こいつは。「さっさと風呂入れって言ってんでしょ! アホンダラゲ!」恐妻が叫ぶ。俺は今娘にそれをするなと注意したところなんだがな・・・。しょうがないので着替えを持って脱衣所に向かう。そして着ていた服を脱いで、風呂に入る。今日一日で俺の頭や心はえらく疲弊してしまった。ゆっくり浸かって回復させることにしよう。
いつまで入ってんだとハルヒに怒られるまで俺は湯船に浸かっていた。さっと頭と体を洗い、風呂場を出る。用意されていたバスタオルで体と頭を拭き、寝巻きを着て、ダイニングへ向かった。そしてハルヒが作ってくれた飯を平らげてから、娘達とゲームを楽しんだ。
しかし俺も疲れていたのでゲームも早々に切り上げ、ハルヒよりも先に床につくことにした。風呂じゃあんまり回復しなかったな。
真っ暗な部屋で、目を閉じていると今日聞いたことが頭の中を跳ね回る。世界は来週の七夕に滅亡する。古泉と長門にはどうすることもできない。
俺は考えを放棄して、死人のように眠りについた。
次の日、俺はいつものようにスーツを着て会社に向かった。これから世界は滅亡しちまうってんのに、何で俺は律儀に会社なんて行ってんだろうね。その日はいつもなら考えられないようなミスを連発しまくって、部長にさんざん怒られた。全くもって気が入らない。これから全て無くなるっていうのに何で仕事なんてしてんだ。何で俺は怒られてんだ。ふつふつと怒りのような、黒い感情が俺の奥底から沸きあがってくるのを感じた。・・・いいや、もう。怒りすら放棄してしまおう。何をしようとも全て無駄になるのだ。どうしようも、ないんだ。
俺にとって家だけが救いだった。家に帰ってきて、娘と妻が笑っていて、俺はそこでだけ正気を保てた。なんて勝手な心なんだろうと思ったが、俺はそれほどまでに幸せだったんだなと改めてわかった。
「美希、真希」「なあに? パパ」「何?」テレビを見ていた美希と真希が俺に振り向いて答える。「今週はお前らの誕生日だったよな。プレゼント、何が欲しい? 何でも買ってやるぞ」最後くらい何でも好きなものを買ってやりたい。それで最後まで幸せでいられるなら。「ええとねえ、私プリキュアの変身セットが欲しい!」真希が目をキラキラさせながら欲しいものを言う。プリキュアって何だったかな・・・。「・・・あ、でもあれも欲しいなあ・・・。あ! あれも欲しい・・・どうしようかなあ・・・」変身セットの他にも欲しいものがあったようで、真希はしかめ面になりながら思案している。美希は俯いたまま何も言わないで、じっとしている。こいつも決まらないのか? と思って美希に助け舟を出してやることにする。もちろんうんうん唸っている真希にも。「欲しいものは何でも良いって言ったろ? 欲しいものがたくさんあるなら全部買ってやる」「ほんとーっ!?」しかめ面だった真希がいきなりハルヒ以上の笑顔になった。美希も顔を上げて俺を見つめている。「ああ、本当だ。何だって良いぞ。どんな願い事も聞いてやる」
「あんたが二人を甘やかすなんて珍しいわね」皿を洗い終わったハルヒがキッチンから出てきた。「たまには良いだろう」たまにどころか、最後だけどな。「ふん。そうね、たまには良いわね。ああでも、プレゼント代はあんたの小遣いから引くからね?」「おう。全然構わんぞ、どんどん引いてやってくれ」「何かあんたいつもと違って変よ? どうしたのよ?」ハルヒがこいつどっか頭ぶつけたんじゃないの?って目で俺を見てくる。話を逸らすために俺はハルヒにも聞いてみた。「どうもしてないさ。そうだ、ハルヒにも何かプレゼントしてやろうか?」「私に!? ・・・そうねえ、丁度欲しかったバッグもあるし甘えちゃおうかしら」「ああ、良いぞ。買ってやろう」キャイキャイ黄色い声を上げている喜んでいる二人から少し離れて、美希が俺の顔をずっと覗いていた。「ん? 美希はどうするんだ? 欲しいものは何だ?」「・・・」「・・・?」
「・・・一緒に、いてほしい」「ん?」「誕生日の日、会社を休んでずっと一緒にいてほしい。駄目?」「美希・・・」「やっぱり、駄目だよね・・・。ごめんなさい」そう言って、悲しそうに俯く姿が長門と被った。目頭が火傷するほど熱くなったように感じた。
「何を、言ってるんだ。何でも願い事を、聞くって、言っただろう?」嗚咽を耐えながら、言葉を紡ぐ。「パパ・・・」「誕生日は会社休んで、ずっと一緒に、いるよ。ずっと、一緒、だ」駄目だ、とめどなく涙が溢れてくる。最近俺泣きすぎじゃないか?「パパ? どうしたの? パパ?」美希が不安がった顔で俺の泣き顔を見つめる。恥ずかしいからあんまり見ないで欲しいんだけどなあ。「ちょっと、あんた何で泣いてるの!?」ハルヒが驚いた顔で俺に問いかける。「パパ? パパ? どうしたの? どこか痛いの?」さっきまでハルヒと一緒に騒いでいた真希も心配そうに尋ねてくれる。「何でも、ないんだ。何でもない」俺は必死に涙を拭う。「会社で嫌な事あったの? パパ苛められたの?」「大丈夫だよ、美希。パパは強いからどんなことにも負けないんだ」「ほんと? パパどこも痛くないよね?」「ああ、ありがとう真希。パパはどこも痛くないよ」「もう・・・。いい歳して泣くんじゃないわよ」「ああ・・・すまないな、ハルヒ。心配かけたな」「ふん。あんたが何で泣いたか、言いたくないなら言わなくてもいいわ。 でもね、耐え切れなくなったならちゃんと私達を頼りなさいよ? 私達、家族なんだから」「ああ、ああ・・・」俺は死ぬ寸前まで、こいつらを絶対に幸せにしてやる。そう心に固く、誓った。
俺は七夕の日までなんとか平常を保とうとした。何回か感情のダムが決壊を起こしそうになったが、何とか耐えた。そして迎えた、運命の日。二つの命が、誕生した日。
「せーのっ」「誕生日おめでとう!」「おめでとーっ!」俺とハルヒがクラッカーを盛大に鳴らし、二人の誕生日を祝う。「わぁーい!」「ありがとう!」美希も真希もいつも以上に元気百倍のようだった。「ほらほら! 二人とも早くケーキの火を吹き消しなさい!」訂正。ここにも一人元気百倍なやつがいたようだ。家の三人娘はキャーキャー言いながら、誕生日会を楽しんでいた。無論俺も楽しいさ。この気持ちばっかりは嘘じゃない。ああ、嘘じゃないとも。
「よし! ロウソクの火も吹き消し終わったな!」「プレゼントの出番よ!」ハルヒが寝室から大量のプレゼントを持ってくる。誕生日の前日、仕事を早く切り上げた俺はハルヒと共におもちゃ屋やら本屋やらを駆けずり回って買い集めたのだ。しかし、最近のおもちゃってのは高いんだな。パパちょっとびっくりしちゃったぜ。
「すごぉーいっ!」「わあー!」「美希には欲しいって言ってたご本全部買ってきたわよ! 真希にも欲しいおもちゃ全部!」「すごいすごーい! みーちゃんすごいねー!」「うん! いっぱいご本読めて嬉しい!」二人とも気に入ってくれたようで何よりだった。全身を筋肉痛にしたかいがあったというものだ。
ハルヒが丹精込めて作ってくれた御馳走を皆で食べて、一緒にゲームしたりもした。本当に楽しい時間だった。いつまでも、いつまでも続いて欲しかった。そんなこと有り得ないって、わかっていたはずなのに。
「なあ、ハルヒ」「何?」「俺達さあ」「何よ?」「幸せだな」「・・・そうね、とっても幸せね」「いつまで、この幸せが続くかな」「いつまでもよ。私達が生きている限り」「そうだな。・・・そうだよな」「そうよ。団長の言う事が信じられないの?」「懐かしいな・・・。いつかまた、皆で集まって不思議探索したいな」「そうね。したいわね」「ハルヒ」「ん?」「愛してるぞ」「私もよ、キョン」そして光と音が混ざったような、優しい、やさしい空気が、俺達を包んだ。
――――情報統合思念体太陽系観察部分より報告――――――――七月七日、午後十九時七分四十九秒――――――――地球は崩壊した――――
おわり
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