名無しさんの反乱
名も無い私に与えられた任務は、第三惑星から発信される情報の観測、及びその惑星を標的とする他の意識集合体への警戒だった。 人間が観測し得ない距離からの第三惑星の監視を続けて三年(第三惑星における時間換算)が経過した。 以前は第三惑星での観測任務をしていたが、ある時にこの惑星への位相を命じられた。訂正、この星は惑星の定義から外された為、現在は矮惑星に分類されている。 この星には恒星の恩恵も届かず地表は凍りついている。太陽など只の点でしかない。この岩石のみの世界を殺風景と表現せずにいられようものか。 第三惑星と相対的に見ると公転周期が極端に長いこの矮惑星上から、軌道の反対側の事柄について対処するのは困難を極めた。だから外部からの侵入を容易く許してしまったこともある。 幾度となく侵入阻止失敗を報告したにも関わらず、統合思念体は私をここに留まるよう命じた。そこまでする理由が理解出来ない。 今頃、私に代わって第三惑星に派遣された彼女達はどうしているのだろうか。 第三惑星での生活における情報収集に私を派遣したかと思えば、実際の任務に就いたのは彼女達だった。それを思い出す度にエラーが発生してしまう。だから出来るだけ思い出さないようにしている。 報告された記録を閲覧したが、実際に第三惑星での観測を行なった私にも理解し難いものばかりであった。非常に興味深いが、私は蚊帳の外だ。 …… …… …… 考えるのは止めよう。私は只の補助要員、試験的に生み出されたTFEIだから。 ただ、与えられた任務をこなすだけだから。 そう思っているのに、エラーが邪魔をする。 分析を何度も試みて判明したことは、彼女達のエラーとは根本は同じだが詳細は異なるということだ。「深刻なエラー発生、出力45%アンダー、一時帰還を申請」『不許可』「私をここへ位相した説明を」『黙秘』 幾度となく繰り返されたことだ。 何故統合思念体は黙っているのだろうか。 私には、彼女達と比較して何かが足りなかったのだろうか。私は「左遷」されたのだろうか。 …… …… …… 考えるのは止めようと、あれほど言い聞かせたのに。 *** 誰もいない教室で誰かの席に座って待つこと数十分、ようやく彼がやって来た。「長門だったのか。メモ書きなんか寄越すからつい朝倉かと思っちまったぜ」 放課後にここに来て欲しい、という主旨を書いた紙片を彼の下駄箱に入れたのは私。彼は以前、同じ方法で呼び出した朝倉涼子に殺されそうになったのだ。「ごめんなさい」「いや、謝らなくていい。それよりどうして俺を呼び出したんだ?」「何者かが地球へ接近している」 単刀直入な発言が可能なのは、この場に彼しかいないから。「宇宙人か?」 45分前に相手がこちらに情報を発信してきた。現時点での相手の目的は不明。「…………………………………………………」「どうした?」「新たに情報を受信した。相手は私と同じ対有機生命体コンタクトヒューマノイドインターフェース」「そいつは敵か味方かどっちだ?」「発信された情報によると彼女は保守派に属している。保守派は現在、主流派の傘下」「彼女って……、そのなんちゃらインターフェースに男はいないのか?」「未確認」「そうか……」 彼は少しうつむいていたが表情が緩んでいるようにも見える。なぜだろう。「お前のパトロンと所属が同じってことは、味方なのか?」 彼は私のことを過度に心配する。何故だろうか。「そうでもないと思われる。強い敵意を感じる」「何が目的なんだ?」「分からない」 彼が困ったような表情をしているが事実を述べたので仕方ない。 違和感を覚えた。彼は異変に気付いていないが当然のこと。「亜空間が創造されたのを確認、私を誘導している」「そこに行くのか?」「従わない場合、現実世界に被害が及ぶことも考えられる」「だがこれは罠かもしれないぞ」 彼は私を心配している。だが、彼が懸念するような事態は起こらないと推測される。「大丈夫」 私は立ち上がり、窓際に移動した。「亜空間への移動を開始する。貴方はここで待ってて」「お、おい長t ………………………………………………………… 侵入した亜空間は、涼宮ハルヒの閉鎖空間のように、現実世界をそのままコピーした空間だった。 私の背後にいた彼の姿が消えていた。「……」 そして代わりに、『彼女』が扉の前に立っていた。黒いワンピースを纏った白い長髪のプロトタイプTFEI、現在は別の任務に就いていた筈。彼女は真っ直ぐ私を睨んでいる。 「貴方を見ていると、不快」 彼女がそう呟いた瞬間、私は宙に投げ出されていた。 目的は私の破壊だったのだろうか。 これまでと比較すると遥かに大規模な戦闘になっていた。 瞬く間に校舎は破壊され、煙を上げながら倒壊していた。 コンクリートの粉塵の中から一瞬姿をとらえたが次の瞬間には見失っていた。移動速度は格段に速く、私一人では標準を捉えるのが困難だった。 こちらに向かって硝子やセメントの破片が飛来する。数が極端に多く速度も速い。その上、あらゆる方向から無秩序に飛来するので全てを防ぐことが出来ない。 防御シールドを貫通した幾つかの破片が身体をかすめ、切り傷をつくっていく。 彼女が超高速移動を止め、立ち止った。「先ず落ち着いて欲しい。貴方に恨まれるような言動をした覚えは無い」「貴方達に、理解されたくない」 彼女はそう言って攻撃を続ける。精神が安定していないようだ。彼女の身にに何があったのだろう。 次第に彼女の戦闘能力が異常な訳が判明してくる。彼女は自分に対して情報操作を施していた。自己暗示で戦闘能力のリミットを一時的に超えた力を発揮しているのだ。 「私の能力の制限値は、元々貴方達よりも高く設定してある。貴方に勝機は微塵も無い」 硝子の矢が防御シールドを無視して身体を貫通した。朝倉涼子の時のように裏から情報操作する余裕がない。こちらが劣勢なのは明らかだった。 腹部に突き刺さった矢を消去していると、突如として彼女が目の前に現れた。 回避不能、 防御…不能。 「貴方達に、私の事など…」 瓦礫の山から這い出た。さすがに身体の損傷が激しい。神経系も破損したのか制御が効かない。 私はセメントや鉄筋の破片で凸凹の地面に横たわった。 横たわったまま改めて周囲を見渡すと、至る所に血痕が残っている。私は攻撃していないので血痕は全て私のだろう。 私の横に彼女が立っていた。ワンピースにすら損傷は無い、私が防御で精一杯だった証拠だ。「立て」「拒否する。この戦闘には何の利益も…」 腹部に鉄筋が突き立てられた。抜こうとしても、地面深くにまで貫通したのか全く動かない。「それ程の戦闘能力を有していれば、私を破壊すること等、容易い筈」 彼女が私の頭部を踏み付ける。私は彼女の目を見た、怒り以外の何かが感じられた。「何故、手加減を」「この亜空間へ誘導した理由は、人間への被害を考慮せず能力を存分に発揮させる為であり、貴方を完全に破壊しない程度にいたぶり続ける為」「嘘」 これが今の私に出来る唯一の抵抗だった。力を消耗し損傷が酷い状態では何も出来なかった。「……」「貴方は嘘を」「何故攻撃しない。身に危険が迫っているというのに」 彼女が話を逸らせたのには理由があるに違いない。「貴方の目的は私の破壊ではない。それだけは言える」「………」「何があったのか、詳細を話して欲しい」 彼女は私を無視した。 周囲で核融合反応が起こりつつある。反応が完全に進行すれば、損傷により防御シールドが展開出来ない状態である私は、この空間もろとも蒸発するだろう。 だがそれは起こり得ない。彼女にそんなことは出来ない。「!!」 突然反応が止まった。彼女の身体に鎖が巻き付き、瞬く間に拘束してしまった。そして私を固定していた鉄骨が消えた。「もう止めましょう」 現れたのは喜緑江美里だった。その後から朝倉涼子もやって来た。「長門さん、遅れてごめんなさいね」「いい、損傷箇所は修復されている」 彼女には想定していなかった出来ごとだったらしく、冷静とは程遠い表情であった。「どうしたのです。冥王星での監視任務は放棄したのですか?」 喜緑江美里を睨みつける彼女の呼吸は荒れていた。「…黙れ」「あら、穏やかではありませんね」「…非常に気に入らない」 その時、統合思念体からの彼女についての事情を受信した。 三年間続いた彼女の任務の実態は、長期間の「エラー」への耐久テストだったというのだ。 保守派は彼女を実験に使用していた、任務など最初から無かったのだ。 激しいエラーの末に自らの情報連結を解除したりしないように、彼女の情報操作能力の大半を消去した上であの矮惑星に配置していた。 エラーに対する耐久性の実験……。それはどれ程の苦痛だったのだろう。今の私には知る由もない。「…事情はある程度把握しました」「保守派もなかなか酷い派閥ね、暴れたくなるのも無理無いわ」「同情されたくない」 彼女が吐き捨てるように言ったその時、保守派が行動に出た。 『端末情報消去申請』 私が以前、朝倉涼子に行使した情報連結解除は身体のみを失い意識は統合思念体へ回帰する。しかし情報消去の場合、意識すら削除される。つまり、保守派は彼女を始末するつもりなのだ。 「…保護解除」 彼女がそう宣言した。自己暗示だけでなく強力な保護も施していたのだ。通りで全く敵わなかったのだ。 既に覚悟していたらしく、表情に変化は無い。 だが、私はそれを許さなかった。「主流派TFEI長門有希、この申請に抗議」 彼女が驚いたように私を見る。 喜緑江美里がそれに続く。「穏健派として、この申請に抗議します」 そして、朝倉涼子も、「分かったわ、急進派もこの申請に抗議するわ」 しばらく無音が続く。統合思念体が議論している。 『申請棄却』 決定を聞いた朝倉涼子がため息をつく。「全く、主流派がエラーに興味を持ってて助かったわね」 喜緑江美里が彼女の拘束を解いた。 瓦礫の上に座り込んだ彼女は理解不能といった様子だ。「所属する派閥の変更を推奨しますよ」「そうね、申請しようかしら」 「何故…」「ん?」 彼女の目から、「涙」が溢れていた。ぽたぽたと瓦礫の上に点を描いた。「私を保護する理由等無い筈。それなのに…理解不能」「貴方のことを忘れる訳ないでしょ? 名無しさん」 彼女は泣きながら朝倉涼子にしがみついていた。統合思念体によると、この瞬間に大量のエラー情報が一斉に削除されていたらしい。 「…ありがとう」「どういたしまして」 朝倉涼子が笑顔で応える。 彼女が振り向いてこちらを見る。「長門有希…」「何」「久しぶり」 ようやく挨拶をした。「久しぶり」 私もそれを返した。 それでも、彼女は長期に及び放置されたエラーによる中枢ポートの破損が多かった為、情報連結は解除されることとなった。「……」「次に会う時には、学校で」 彼女は頷いてくれた。 そして光の粒子となって消えていった。 「さて、終わりましたね」 喜緑江美里が空を見上げる。「保守派も、あの子に名前くらい付けてあげてもいいんじゃないかしら、自分の娘なんだし」 朝倉涼子は腕を組んで愚痴を溢した。「保守派は時折理解不能な行動に走る。だから主流派がそれを抑制するために傘下に入れた」「貴方の派閥に入ってたから、今まで私達急進派が保守派に手を出せなかったのよ」「それよりも貴方は更生に努めるべき。このままでは貴方の復帰はあり得ない」「それはどうかしら? こっち(急進派)は必要があれば何時でも私を派遣する意向みたいよ」「それは私が全力で阻止する」「やってみなさいよ」「二人共、この件については解決したのだから良いじゃありませんか。そろそろこの空間を解除しますね」「じゃあね、お疲れさま」 朝倉涼子が手を振った。 そして、それぞれが元の場所へと戻った。戻った瞬間、教室にいた彼が驚愕の表情を見せた。「ぅぉ長門!? 大丈夫なのか?」 不覚、身体は修復したが、衣服の修復を忘れていた。制服は引き裂け、血液が染み付いていた。 即座に制服の修復をした。「大丈夫、身体は既に修復してある」「…一体何があったんだ?」 戦闘…等と言うのは避けたいという意思があった。「旧友との喧嘩」「ケンカ?」「そう、何か」「いや、別に何も無いが…」 「近い将来、転校生がやって来る可能性がある」「それって、まさかそのTFEIか?」 これは私の仮説だから実現することはないかもしれない、しかし、「大丈夫、彼女は優しい」 私という個体は、それに期待している。 その時はどんな名前でやって来るのだろうか、楽しみ。 「うぃーっす、WAWAWA忘れm…」 「私の余韻を返して欲しい……」 私は泣いていたのかもしれない。これが、怒り……。「え? 何…痛い痛い痛い痛い痛い」「おおぉおい長門……」 渾身の力でアイアンクローをしていた。「返して…返して…」「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアア……」 翌日、パーソナルネーム谷口は学校を欠席。原因は不明。
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