ひまわりの咲かせかた 第三章
これはこれは、珍しい所で珍しい人にあったものだ。 「涼宮さんもこの大学に入学していたのかい?」「えぇ、久しぶりね」 高二の春、初めて会った時に見せた険しいものではなく、晴れやかな笑顔で答える涼宮さん。橘さん曰わく、神様に選ばれた女の子。いや、神様そのものだったかな? 「えっと、涼宮さん1人かな?」「そうだけど、それがどうかした?」「もしよかったら、私も一緒にお昼ご飯を食べてもいいかい?」 恥ずかしながら、人見知りするもので…誰かを介入しないと1人になっちゃうんだ。 「勿論いいわよ!…でもほとんど席が埋まってるわね…」 気がつけば食堂は多くの学生で溢れていた。ふむ、時間に余裕を持たないと駄目なようだね。 「冷静に分析してる場合じゃないでしょ。ほら、あんたちょっとそっちに詰めなさい」「あ、大丈夫だよ。席が空いてないなら中庭で食べるから」「女の子が遠慮しちゃ駄目よ。さ、ここ座りなさい!」「それじゃ、お言葉に甘えて」 涼宮さんはいつも食堂で? 「そうよ。ここのカツ丼が美味しくて美味しくて。あ、一口いる?」「いや、遠慮しておくよ」「だから女の子が遠慮しちゃ駄目だって言ってるじゃない!ほら!」 仕方がないなぁ。…ん。 「…美味しい」「でしょ?やっぱりカツ丼のカツは卵とじよね!」 相変わらず涼宮さんは元気だなぁ。 「あれ?そういえば昼食は?食堂のご飯じゃないの?」「あぁ、私はお弁当を作ってきたんだ。と言っても大したものじゃないけどね」「そんなこと無いわよ!凄く美味しいじゃない!」 あの…何で涼宮さんが私のお弁当を食べてるんだい? 気がつけば、楽しそうにコロッケを口に運んでいる涼宮さん。 「あ゛!ゴメン!つい癖で少し摘んじゃった…」「ま、カツ丼を少し食べさせてもらったしね。ところで、癖って?」「ん?あぁ、高校生の時よくやってたのよ。キョンのお弁当からこっそり摘んだりして」 チクリ。 「そっか、キョンと同じクラスだったんだよね」「キョンのお母さんの作る卵焼きがまた美味しいのよね!」 グサリ なんだろう。この自分に何かが突き刺さる感覚は。 「………」「…佐々木さん?」「あ、あぁ。少し考え事してたみたいだ。ゴメンよ」「ほら、ちゃんと食べてしっかりしなさい」「…だからそれは僕のお弁当だって」 …いや、気のせいだろう。 楽しそうな涼宮さんを見て、何となくため息をつく。新しい生活に少し疲れているのかもしれないな。 「…ん、あれって」 おもむろに彼女が食堂の端に顔を向ける。そこには、見慣れた男子学生がカツ丼の置かれたトレーを持って棒立ちしていた。 私と同じ様に場所に溢れたのだろうか。 周りの席は一向に空く気配がない。 「あー、困ってるみたいだし、呼んでもいいかしら?」「あぁ、構わないよ」 僕としても久しぶりに彼と話をしてみたかったしね。 「じゃあ決まりね、おーい!」 涼宮さんが大きく手を振る。澄んでいて、よく響く声。 食堂の端にいた彼にもその声はすぐ届いたのだろう。こっちを見て、軽く苦笑いしていた。 「ほら国木田、ボケーっとしてないであんたもこっちに来なさい!」 中学時代の同級生、久しぶりに見た彼はあの時と変わっていなくて。なんというか、相変わらず童顔だなぁ。 「えっと、ここに座って良いのかな?」 …声変わりはしたみたいだ。だけどやっぱり幼さが残る。 「…で、さっきから佐々木さんは冷静に何を分析しているのかな?」「いや、久しぶりだなと思ってさ」「あれ?あんた達って顔見知りなの?」「おや、言ってなかったかな?僕達は同じ中学校出身なんだよ」 初耳とでも言いたそうな目だね。 「ま、ね。あんまし国木田のこと知らないし」「…一応三年間同じクラスだったんだけどね」「ずっとキョンと谷口とつるんでたことくらいかしら、知ってるのは」「谷口?」「あぁ、高校からの友人さ。ちょっと変わってるけど良い奴だよ」 ほう、一度会ってみたいものだなその谷口くんとやらに。 「止めた方が良いわよー」 遠い目をして呟く涼宮さん。気がつけば彼女は自分の分のカツ丼を食べ終えて、国木田くんのものまでつまみ始めていた。 「毎回思うんだけど、涼宮さんは谷口と何かあったのかい?」「別にー。そういや、谷口もキョンと同じ大学だったっけ。国木田は一人なの?」「知り合いがいるようならあんなところで棒立ちなんかしてないよ」 困った様に苦笑い。まぁ、お互いまた仲良くしようじゃないか。 「うん、よろしくね」「そういえば、今日はもうこれで帰宅できるけど、二人とも用事はあるのかしら?」「僕は無いよ」 うん、私も暇だね。 「じゃ、決まりね!」「…何がだい?」「何って、遊ぶに決まってるじゃない!折角また会えたんだから、パーッと騒ぎましょ!」 ◇◆◇◆◇ 「で、三人そろって俺の家に乱入したというわけか」「何よ!文句あるって言うの!?」 …ここがキョンの住んでるアパートかぁ。 「佐々木、恥ずかしいからあまり散策するな」「へっ?あ、あぁ、すまない」 …そんなにじろじろ見てたつもりは無いんだがなぁ。 「あれ、谷口は一緒じゃないんだね?」「あぁ、あいつならほら、高校の時みたくランク付けとかやってるぞ」「相変わらず馬鹿なのね」 えーと、これがキョンが座っている座布団かな? 「…おーい」「冗談だ。そろそろ止めにするよ」「そういえば、キョンと佐々木さんって、会うのは一年ぶりかしら?」「あぁ、最後にあったのは…あれだ、正月前後で…」「確か、有希を保護してくれたのよね」「…何があったんだい?」 そうか、国木田くんは分からないよな。 「ま、色々合ったんだよ」 三人でアハハ、と笑う。こんな日常があの時は沢山あふれていて。 でも、今は楽しくないのかと言ったら、そういうわけでもなくて。ただ、少し寂しいときがあるだけで。 何なんだろうか。この気持ちは。 だけど、この瞬間はとても幸せで。 暫く正月の時の話をしていると、玄関のチャイムが鳴り響く。 「ん、誰か来たのか?」「噂をすれば、来たみたいね!」 あ、長門さんに古泉くん。 「あれ?みくるちゃんは?」「どうやら先約が入っていたようです」「あ、谷口からメールだ…」「あいつ、何だって?」「えっと、『全敗だ。一緒に飲もうぜ』…だって。どうする?キョン」「放置しとけ」「りょーかい」 で、長門さんは何故さっきから私のことを見ているんだい? 「…貴方には一生の恩がある」「あの時の有希は色々と危なかったからねぇ」「…感謝してもし足りない。ありがとう」「うん、どういたしまして」「…それに比べて古泉ときたら」「…そこで僕に話をふりますか…」「ねぇ、さっきから本当に話が見えないんだけど…」「ま、暇な時にでも教えてやるさ。なぁ、そろそろ飯にしないか?」「…空腹」「…貴女はいつも空腹じゃないですか?」 で、何を食べるのかな?食べに行くのなら、僕はそんなに地理に詳しい方じゃないが。 「あぁ、近くに美味いカツ丼の店があるんだ。そこに行こうぜ」「…僕と涼宮さん、お昼ご飯もカツ丼だったんだけど」「ま、いいじゃない!で、どんな店なの?」「垂れカツ丼の店なんだ。こっちの地方じゃ珍しいが…どうした?」 怪訝そうな顔でキョンが涼宮さんを見る。…あからさまに不満そうな顔をしているなぁ。 「垂れカツですって!?信じられない!カツは卵で閉じてこそ至高だと言えるのに!」 似たような話を昼にも聞いたような気がするなぁ。 「国木田もそう思うわよね!?」「え?あ、あぁ…そうかな」「佐々木さんは!?」「あー、僕はカツはカツでそのまま食べるのが好きだなぁ」「もうっ!なってないわね!古泉くんは!?」「味噌カツ派です」「何故ニヤケる」「いえ、癖みたいなものですよ」「有希は…いや、聞かなくて良いわ」「…カツカレー」「ま、そこは予想通りだな」 はぁ、と涼宮さんがため息をつく。 「…何か前回見たような展開なんだが…」「と、言うわけで、第二回SOS団トンカツ談義!まずはキョンの言う垂れカツから食べてやろうじゃない!」「…垂れカツ…とても興味深い」「僕、SOS団じゃないんだけど、行ってもいいのかな?」「勿論よ!仮団員みたいなものなんだから。ほら、映画に出させてあげたりしたでしょ?」 何が起こるか分からないから、僕と涼宮さんはこんなに楽しい世界を、気付かずに選んだんだ。だからきっと、この先何が起こっても。 「ほら、佐々木。ボーっとしてると置いて行くぞ?」「ん、あぁ、すまないね」「そうよ!折角キョンの奢りなんだから!」「…誰が奢ると言ったんだ」 神様になれる資格を持っていたことなんて、惜しいだなんて思わないだろう。 この時は、そう思っていたんだ。 「ちぇ、国木田の奴、シカトしやがって…お、またまた可愛い子発見!」「…む、何かいやーな視線がするのです…」「───……?」 つづく
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