鶴の国
鶴の国 それは、いつも通りの放課後だった。 いつも通りに授業を終え、いつも通りにホームルームを過ごし、いつも通りにハイテンションに校舎内を駆け回り、おやおやいつもと違うぞと気付いたところで掃除をしに戻り、そうしてから久しぶりに文芸部室に行ってみることにした。 なにしろ春からこっち一回も行ってないのだ。そろそろお邪魔したって悪くないだろう。 教室のある校舎から、文芸部室のある部室棟まで、走る。走る。走る。 気分はちょっとした風になり、ランナーズハイとはこのことかと悟ったところで、私は既に文芸部室を通り過ぎたことに気付き、あわてて戻る。 さあ、扉を開けて、挨拶しようか。「やあやあ皆元気かいっ! 鶴屋さんは元気だよっ!」 お、キョン君が驚いた顔してる。流石にテンション高すぎたかな? ……でも、この空気、みんなキョン君を狙ってるっぽいぞ?「こんにちは。多分皆元気ですよ。」 のんきに挨拶返してくれる。 ここで空気に乗って告白してみるか、無難に話すべきか。 でもなあ……どうせ今日は何かをしに来たってわけじゃないしね。 ここでやっちゃったって帰るだけだし。 うん。 勇気を出して、いっちゃえ!「む、この空気は。キョン君! 付き合ってください!」 言っちゃった! どう来る? どう来る? 普通に『はいはいそーですね。』とでも返してくれるかな? ちょっとそれを期待するよ?「いきなりなんですか! 斬新過ぎますよ!」 そう来たか……これでも結構がんばったんだけどな………キョン君の鈍感王………ま、ハルにゃん達に勝てると思ってなかったけっどね。うん。「むう……キョン君はこれで落ちないかい。」 残念だったけど、もとからだめもとだったしね。これって死語かな?「それで落ちるとしたらものすごい恋に飢えてるやつだけでしょう。」 キョン君、少しはデリカシーってもの知った方がいいと思うよ。いつか女の子に後ろから刺されるよ?「あははっ、そーだねっ。んじゃねー。」 新月の夜は夜道に気をつけるんだねっ!「結局何しに来たんですか。」 むう、それを聞かれると弱いなあ。なんとなく来ただけだしなあ。「お邪魔虫はばいばいってことさっ!」 もういいやっ! 帰ろっ! ………実はちょっと虚勢。「ああ、さようなら。」 なんでもないようなフリをしてたけど、意外とアレはきつかった。本当に。 好きな人に告白したことある人なら、そして玉砕した経験がある人なら分かるだろう。 好きな人に――――相手がそうと意識していなくても――――拒絶されるってのは、辛いものだ。 いやはや、冗談のような雰囲気で言ったからって全部冗談だと思わなくてもなあ…… みたいな事をつらつら考えながら鬼のような坂道をゆっくりゆっくりゆっっっっくりと、とぼとぼ、てこてこ、とてとて歩いていく。 と、後ろからたたたたた…と走ってくる音がした。「鶴屋さん!」 と、声をかけられた。誰だろう。あんまり聞いたことの無い声だし、同学年じゃあないよね。でも、聞いたことのある声ではある。「はぁ、はぁ、はぁ………うん、突然失礼しました。」「おや、国木田君。どうしたんだい?」 国木田君だった。なんでここに? とか、残ってたのかな? とか、いろいろな思いを込めて聞いてみる。「いえいえ、特に何というわけでもないんですが………と言いたいんですが、えっとですね、鶴屋さんを追いかけてきたんですよ。」「なんで私を?」 あやや、これじゃ聞いてばっかだね。でも、疑問が尽きないしなあ。「文芸部室で、鶴屋さん、キョンに言ったでしょ? それで、ちょっと心配になって……」 おやまあ。まさか、アレに気付くとは、ものすごい聡明なんだね。 ……ていうか、国木田君いたんだ。古泉君もいたのかな? キョン君以外全く見えて無かったよ。「それで愚痴を聞きに来てくれたってわけかい。ありがとね。」「ええ、好きでやってるんだから、構いませんよ。」 もう一度、ありがとさん、と言っておいて、坂をまた下り始める。 国木田君も慌ててついてきた。「でもまあ、私は元からほとんど諦めてったし、慰めもあんまり要らないんだけどね。」 ちょっと照れていってみる。んんん、はるにゃん程じゃないけど、私も素直じゃないなあ。「じゃあ、走ってまでこっちに来た僕の意味まるで無しですか?」「あっはは、べつにそんなことないよ! 人と話をするのは大好きさ! 来てくれてありがとね!」 これは本当。うん、ようやく素直になれたかな?「そういってもらえて嬉しいですよ。」 そういった国木田君の顔は、まだ高い日の光に照らされてなのか、どうか知らないけど、とても。 とても、綺麗だった。 あ、やばい。 これは。 きゅんと、来たかも。 ああ、私、こんな軽い性格じゃあなかったはずなのに。 ふられた数十分後に、違う人に惚れちゃうだなんて。「ごめんね、鶴屋さん。ちょっと、弱った心に付け込むようなことをして。」 突然、国木田君が言い出した。「僕はね、前からね、鶴屋さんのことが好きだったんだ。一目惚れってやつかな。野球大会や映画撮影であったときに。でも、鶴屋さんが、ひっそりとキョンを見てるのは気付いてた。なにせ、キョンは今まで数々のフラグを立てては無視して過ごしていたからね、なんとなく分かるようになったんだ、人の心とかが。」 え、ちょっと、何それ? なんの告白?「それで、文芸部室にいて、鶴屋さんが来て。ちょっとキョンにぶつかって玉砕して。チャンスかな、って、思っちゃったんだ。僕は。」 ははは、酷いやつだよね。と、そう、笑った国木田君の顔を、私は、呆然と眺めていることしか出来なかった。 思考が止まる。坂を下りていた足も止まる。 はい、今なんて? その時の私は、今まで誰にも見せたことの無いような、とても呆けた顔をしていたように思う。 何故なら、突然止まった私を気にして止まった国木田君が、「大丈夫? 鶴屋さん? 大丈夫?」と、声をかけてくるほどだったから。「ごめんね、鶴屋さん。こんなこと言って。」 ううん、私は、意外と、自分から言った国木田君に、それほど嫌悪感とか、嫌な気持ちはわかなかった。 あれかな。遠まわしにだけど、好きで、嫉妬してたなんて言われて、嬉しかったのかな。 多分、そうなんだと思う。だから、次の一言も、すんなりとはいかないけれど、言うことが出来た。 おかしいよね。普通の感覚じゃあないよね。でも、言っちゃったものは仕方ないんだ。 きっと、失恋して、少しやけになってたのかも。「ねえ、国木田君…………………………付き合ってみる?」 私、こんな軽い女じゃあなかったはずなんだけどなあ。 まあ、これからを楽しんでいけばいいよね。 国木田君の返事はどうだったのか、だって? 答えるまでも、ないじゃあないか。 〆
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