箱
一年を通して最も寒いと言われる月の中旬。何時も道理に朝のHR開始すれすれに教室に到着した俺はこれまた何時も道理に後ろの席の奴に朝の挨拶でもしようかと後ろに振り向いたところ、「これ、明日まで預かっといて。」と言ってそいつ、もといハルヒに朝の挨拶もなしに一つの箱を突きつけらえた。毎度の事ながら唐突だな。おい。「何だよこれ。てか、何で俺が預からなきゃならんのだ。まずそこらへんを説明しろ。」「言っとくけど中身を見たらだめよ。見たら罰ゲームだから。」中身を見るなとか言われると余計に気になるな。……違う、違う。そうじゃなくて。「人の話を聴k…。」「あっ、岡部が来たわ。ほらほら前向きなさい。HRが始まるわよ。」何が『HRが始まるわよ』だ。何時も聞いてないくせに。後、どさくさに紛れて箱を押し付けるな。俺はそれを預かることをOKした覚えはないぞ。「お、おい。」もう一度振り返って箱をハルヒに返したかったが、岡部がHRを始めたことにより叶わなかった。どうやら諦めてこれを1日預るほかなさそうだ。やれやれ。 その後はハルヒが休み時間ごとに箱の中身を見るなと忠告してきたこと意外は特筆することも無く時間が過ぎ、昼休みになった。「いい、あたしはこれから昼食に行くけど、その間に箱の中身を見ようなんて考えちゃ駄目よ。もし中身を見たら…、この世に生まれたことを後悔するような罰ゲームだからね。わかった!?」おいおい、何回言う気だ?もうこれで5回目だぞ。さすがに耳タコだ。しかし、こいつがここまで念を押すということは箱の中身は余程俺に見られたくないものなんだろうな。だが、そんなにしつこく忠告するのは逆効果だぞ。見るな、見るなと言われると余計に見たくなる、人間はそういう生き物だ。俺だってもちろん例外じゃない。「わかってるよ。その話は耳にタコができるくらい聞かされたからな。」まあ、だからといって、ここで否定しようものならハルヒ特製罰ゲームを食らいかねないので大人しく肯定しておく。「よろしい。」俺の返答に一応満足したのか、ハルヒは満面の笑みを浮かべながら教室を出て行った。やれやれ。 「涼宮との犬も食わんやり取りは終わったか?」ハルヒが行っちまうと今度は昼飯を食うために机をくっつけ始めた谷口がそう言ってきた。「終わるも何もそんなことしとらん。」「おいおい、自覚なしかよ?全く、お前ら夫婦ときたら―。」「誰が夫婦だ、誰が。」俺たちはまだ結婚できる年じゃないだろ。第一、俺とハルヒは将来そういった関係になりそうな間柄じゃない。「まあまあ、二人とも。そんなことより早く昼ごはん食べたほうがいいんじゃないかな。次の授業は体育だし。」俺が谷口に対して更なる反論をしようとしたときに国木田が割り込んでそう言った。「おっと、確かに話してる場合じゃないな。さっさと飯食っちまおうぜ。」「ああ。」たく、話を振ったのはお前だろ。「そういえばさ、キョン。」弁当を食い終えた谷口が箸を直しながら聞いてきた。「何だ。」「朝に涼宮から箱を預かったみたいだが、一体何が入ってんだ?」預かったというより、むしろ無理やり預けられたの方が正しいがな。「知らん。お前も聴いてたと思うがハルヒが中身を見るなってうるさくてな。箱の中身は見れてない。」「なんだ、やっぱり見てないのか。」わかってたなら聴くなよ。「珍しいね、谷口。何時もだったら、『どうせ涼宮のことだからろくなもん入ってないだろ』とか言って気にも留めなさそうなのに。今日はえらく興味心身じゃない。」確かに珍しいな。まあ、別にどうでもいいが。「別に、単なる気まぐれだよ、気まぐれ。」そうかい。まあ、実を言うと箱の中身に関しては俺も気になってるから人のこと言えんが。「そんなに気になるなら見てみるか?」ハルヒは学食だからもう暫く帰ってこないだろう。見るなら今がチャンスだ。「そうだな。」「僕は遠慮しとくよ。ばれたら後が怖そうだから。」「何だよ。ノリが悪いな。」国木田は昔からそういう奴だよ。「じゃあ、俺たちだけで見ようぜ。」そう言いなが俺は鞄の中に仕舞っていた箱を取り出す。「早く空けろよ。」「そう急かすな。」俺がまさに箱を空けようとしたその瞬間、横からよく聞きなれた涼やかな声が聞こえた。「何やってんの、あんたたち?」俺はその声に愕然としつつ振り替えると、「よ、よう。今日は随分と早かったな…。」何時もならまだ学食にいるはずのハルヒがそこにいた。しかも笑顔で。「今日は学食じゃなくて購買でパン買って有希と教室でお昼にしたのよ。」恐ろしいまでに涼やかな笑顔で俺の質問に答えるハルヒ。いかん、ハルヒと出会ってから今まで、度重なる異変によって培われてた俺の危機感知能力が状況イエローを伝えている。「お、俺、用事思い出した。」あっ、待て谷口。一人だけ逃げるな!「あんなに慌ててどうしたのかしら谷口やつ。まあ、いいわ。所でキョン。」「な、何だ?」「もう一度聞くけど、あんた何しようとしてたのかしら?」くどいようだが、この状況下にもかかわらずハルヒは笑顔であり、声にいたっては何処か優しげでさえある。正直な話、マジな怒り顔で不機嫌な声で言われるより何倍も怖い。「別に…。谷口が俺がお前から何預かったのか見せろってしつこかったから箱だけ見せて誤魔化そうとしてただけだ。」「あたしがいないのをいいことにあほの谷口と二人で箱の中身を見ようとしてた、じゃなくて?」「…ああ。」ハルヒはこの後、暫くの間俺の顔を凝視し、俺が精神的に不安定になり始めた頃に、「ふぅん。まあいいわ。」とだけ言った。やけにあっさりと引いたな。何時ものこいつなら俺のネクタイを締め上げながら詰問してきてもおかしくないのに。「何よその顔。ひょっとして、あたしが問い詰めてこないから寂しいの?」「バカ、そんなわけあるか。ただ単に妙だと思っただけだ。」「はいはい。」「信じてないだろ。お前。」「それより、そろそろ着替えに行ったほうが良いんじゃない。」げっ、もうこんな時間。俺は箱を体操着入れに入れ、隣のクラスへ着替えに行くことにした。「ここなら、さすがに邪魔は入らないだろう。」体育の授業が終わった後の休み時間。俺は男子トイレの個室で箱の中身を確かめようとしている。別にここまでして見る必要はない気がするが、相手はハルヒだからな用心に用心を重ねて損はあるまい。しかし、外がやけに騒がしいな。何かあったのか?おっと、それより今は箱の中身だ。早くしないと休み時間が終わっちまう。俺がまさに箱を空けようとしたその瞬間、今度は上からよく聞きなれた涼やかな声が聞こえた。「何やってるのかしら、キョン?」「げっ。」声のほうに振り向いた俺は昼休み以上に驚愕した。なんと体操着姿のハルヒがトイレの個室の壁の上に乗っかりながらこっちを見下ろしていたのだ。しかもまた笑顔で。「おい。ここは男子トイレだぞ。」どうりで外が騒がしいわけだ。いくら変人で名が通っているハルヒとはいえ女子が男子トイレに乗り込んできたのだ驚いてざわめくに決まっている。「あら。それは気がつかなかったわ。」こら、個室の中に飛び降りてくるな。狭い。「てっきり、預かり物の中身を見ようとしてる最低な奴の隠れ家かと思ってた。」「あのなあ…。」「否定しないって事は箱の中身を見ようとしてたのを認めるのね。」できれば認めたくないのだが、この状況じゃあ言い逃れできそうに無い。それなら素直に罪を認め謝ったほうがいいだろう。そのほうがほんの少しでも罰ゲームを軽くできるかもしれんからな。「…ああ、…すまん。」「あら、珍しく素直じゃない。」珍しくってなんだよ。これでも俺には嘘を吐いたところでどうにもならないときは正直にものを言う習性があるんだぞ。と思ったが、口には出さなかった。余計なことを言っても自分の首を絞めるだけになりおすだからな。「まあ、中身は見れてないみたいだし、あんたの珍しい素直さに免じて今回だけは罰ゲームを勘弁してあげるわ。」「いいのか?」「いいわよ。ただし、次は無いから。あっ、もうこんな時間。さっさと教室に帰るわよ、キョン。」そう言うとハルヒは戸惑っている俺の腕を引っ張りながらトイレの外へと駆け出した。今日のハルヒはどうもおかしい。いや、ハルヒは何時でも何処でも変であるのは周知の事実だが、今日の変さは何時ものとはどこか違う。具体的には、第一にハルヒが他人に見られたくないものを俺に預けるのがそもそもおかしい。自分で言うのもなんだが俺なんかより長門や朝比奈さんのほうが中身を見る可能性が低い だろうし、ハルヒが他人に見られたくないようなものを他人に預けなければならないような状況に陥っているとはとても思えん。現にハルヒは学校では殆ど俺と一緒にいたし、団活が終わってからも家庭教師だとか言って俺の家に上がりこみ、現在進行形で俺と一緒に部屋にいる。どう考えても俺にこの箱を預ける理由が無い。そして、次におかしいのはハルヒの態度だ。何時ものハルヒなら俺が箱の中身を見ようとしているのを発見した時点で即座に特製罰ゲームを食らわせているだろうに今日はお咎めなし。あんなに中身を見るなと言ってた割には対応が緩過ぎる。まるで箱の中身に興味を示させようとしてるみたいじゃないか。全く、ハルヒの奴はどういうつもりなんだ?「ちょっと、キョン。真面目にやってるの?さっきからペンが止まってるわよ。」「いや、少し考え事してた。」「考え事なんて後にしなさい。今は勉強に集中するの。じゃないと頭に入るものも入らないわよ。」そんな事言われてもだな、お前が無理やり預けてきた箱の中身とか、今日のお前の様子の妙さとかが気になって勉強どころじゃないんだよ。最も、普段から勉強に身が入ったことなんて殆どないけど。「大体あんたは何時も…」小言モードに入ったハルヒの台詞を勢いよく扉が開く音がかき消した。「ハルにゃーん。」ナイスタイミングだ妹よ。だが、できれば部屋に入る前にノックくらいして欲しいぞ。「妹ちゃん。どうしたの?」「宿題教えて。」「いいわよ。」「わぁーい。ありがとー。」ハルヒが俺の勉強を見るようになってからというもの、妹にも俺とハルヒのどちらが頭がいいのかを理解したらしく、宿題の手伝いは専らハルヒに頼むようになってしまった。「それじゃあ、妹ちゃんの勉強を見てくるけど、あたしがいないからってサボるんじゃないわよ。いい?」「わかってるよ。」さてと、ハルヒが行っちまったことだし箱の中身を見るとするか。正直なところ箱の中身が気になってこのままじゃ勉強に集中できそうにない。「どれどれ…。」そうして俺は半日中気なっていた疑問を解決するべくハルヒから預かった箱を開けたのだが…、「…そういうことかよ。」空けた箱の中にはまた箱が入っていた。しかも、その箱にはダイヤルが4つ付いている錠がかかっていやがる。道理で俺が箱の中身を見ようとしてもハルヒが怒らなかったわけだ。なんせダイヤル四つを適当な数字にしないと中身が見られないようになってるんだからな。「ん?錠のところに紙が結んである。」紙を広げてみるとつぎのように書かれていた。 あんたの考えることなんて全てお見通しよバカキョン しかも、文の横にはヘタウマタッチで描かれた舌を出しているハルヒの絵のおまけ付き。この箱の中身が何かはわからんが、この紙から察するにどうやらハルヒは預けられた箱の中身を気にしている俺の様子を見て楽しみたかっただのようだ。くそっ、一杯食わされた。「全く、やれやれだ。」中身を見たことをハルヒの奴に感づかれでもしたら笑いものになること確実なので、箱をそれに結んであった紙も含め全て空ける前に戻して、何食わぬ顔で勉強を続けることにした。「キョン。あたしがいない間ちゃんと勉強してたでしょうね。」妹の宿題の手伝いを終えて部屋に戻ってきたハルヒは俺を見るなり何故か悪戯に成功した子供のような笑顔をうかべた。まさか、妹の宿題を手伝わずにずっと外で俺の様子を伺ってたんじゃないだろな?「当たり前だ。ほら、問題は全て解き終えたぞ。」答えがあってるかまではわからんが。「とりあえず問題を解き終えてはいるようね。感心、感心。それじゃあ、さっそく採点に入りますか。」 「8割正解か…まあ、こんなものね。今日はこれで終わりにするわ。お疲れさん。」「ふう。」やっと終わりか。「ただし、今日間違った所は明日もう一度テストするから寝る前に間違えた所だけは復習すること。はい、これ解説。」「まじかよ。」「まじよ。」「そろそろ脳みそがストライキを起こしそうなんだが。」「あんたの脳みそなんて何時も勉強をストライキしてるようなもんでしょ。」ひどい言われようだな。「それはあんまりだろ。」「それじゃあ、あたし帰るから、あんた自転車であたしを家に送りなさい。」人の話を聞いてねーよこの女。まあ、何時ものことなんだけどさ…、やれやれ。「はいはい、わかったよ。」あの後、ハルヒを自宅に送り届けたりとか、シャミの爪を切るため奮闘したりとか、忘れていた英語の予習をやったりとかしていると、気が付いたら時計の二つの針が天を仰ぐ時間になっていたそろそろ寝ないと明日に響きそうなので電気を消してベッドに入ろうとしたのだが、俺が電気を消そうとした瞬間に携帯電話が着信音をがなりたて始め、それを邪魔する。「たく、誰だよこんな時間に。…って、こんな時間に電話かけてくる非常識な奴はハルヒくらいか。」予想どうり携帯を手に取ると発信源にはハルヒの名。「こんな時間に何の用だ?」「あんた箱の中身が気になってたでしょ。だから中身を見せてあげようと思って。」「どういう風の吹き回しだ?」箱の錠を付ける位だから中身を見せる気なんか無いと思ってたんだが。「別に箱の中身なんて気になってなかった、なんて言い訳は受け付けないわよ。」やっぱりこの女人の話を聞いてねー。「おい、人の話を…、」「箱の錠を開ける番号は今日の日付だから。さっさと箱空けちゃいなさい、キョン。」ほんと、お前の電話は一方的だよな。まあ、とっくの昔に慣れてるけどさ。「…わかったよ。」ん?ちょっと待て、こいつなんで俺が錠の存在を知ってることを知ってるんだ?「…て、おい。何で俺が錠の存在を知ってるってことを……、さてはお前妹の勉強を手伝うとか言いながら外で俺の様子を伺ってやがったな。」「バッカ。そんなことしなくてもあたしが部屋に戻ってきたときのあんたの顔を見たら一目瞭然だったわよ。」相変わらず恐ろしいまでに勘が良いな、おい。「そうかい。それで、錠を開けるにはダイヤルを今日の日付に合わせればいいんだな?」「そうよ。」「えーっと、今日の日付は2月13…いや、もう14日だから0、2、1、4か。」ダイヤルを合わせて錠を外し、箱を開けると今度はクーラーボックスが出て来た。いくらなんでも過剰包装しすぎじゃないか?。「おい、ハルヒ。また箱が出てきたんだが。」「クーラーボックスでしょ?いいから、それも開ける。」「はいはい。」ハルヒに急かされつつ俺はクーラーボックスを開けた。クーラーボックス開けると、中にはドライアイスと綺麗に装飾された箱が入っていた。「…なあ、ハルヒ。この箱は俺に預けてるだけだったよな?」「そうよ。」「じゃあ、今俺が見てる、俺宛てのカードが貼ってある綺麗に装飾された箱は幻かなにかか?」「違うわよ。ちゃんとあたしが入れたの。」「俺宛ってことは、貰っていいのか?これ。」「どうぞ。あたしが預けたのはクーラーボックスまでで、その中身までは関係ないから。」ハルヒが俺にプレゼントなんて明日槍でも降らなければいいが。「それじゃあ、ありがたく貰っとくよ。しかし、何で突然俺にプレゼントなんてしようと思ったんだ?」「はあ…。」何だよ、その露骨な溜息は。「まさか、あんたが本当に忘れてるとわね。これやっといて正解だったわ。」「何のことだ?」「キョン、もう一度今日の日付を言ってみなさい。」「2月14日だろ。さっきも言ったじゃないか。」「じゃあ、2月14日と言えば?」2月14日と言えば………………あー、なるほど。「バレンタインだな。」去年に引き続き今年もすっかり忘れてた。「答えるの遅すぎ。全く、これだからあんたはバカキョンで鈍キョンなのよ。」「悪かったな。」「感謝しなさいよ。あたしがこれやらなかったらあんた、みくるちゃんや有希にチョコ貰った時にやっとバレンタインのことを思い出して反応に困ることになってたんだからね。」確かに。「あー…、その…、なんだ…。ありがとな。」「ふん。別にあんたのためにしたんじゃないわよ。ただ、みくるちゃんや有希がチョコを渡したときにあんたがバカな反応したら二人が可愛そうだと思ったからやっただけ。」去年と同様な秋の草むらで鳴く変な虫みたいなハルヒの声を聞いてると何故か苦笑がこぼれた。「あー眠い、眠い。たく、あんたのせいでとんだ夜更かししちゃったわよ。」「おいおい。」俺のせいかよ。「あたしはもう寝るわ。お休み。」あっ、切りやがった。やれやれ。俺も眠いのでこのままベッドインしてしまいたいが、ハルヒのことだから箱返しなさいとか言って朝玄関に立ってそうな気がするので、その時にチョコのことを聞かれても大丈夫なようにさっさとチョコを食っちまおう。言っておくが、別にハルヒのチョコをすぐに食べたいわけじゃないぞ……って、俺は一体誰に言い訳してるんだ?「まあ、いいか。」俺は明日ハルヒはどんな顔をしているのだろうかと思いながら手元にある綺麗に装飾されている箱を開けることにした。
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