「お酒」「紙一重」
文字サイズ小で上手く表示されると思います
微エロ注意
曰く、それは命の水 曰く、それは百薬の長 曰く、それは――二十歳を過ぎてから
「おいおいキョンよ。結局涼宮とは別れちまったのか~」 何故か嬉しそうにそう聞いてくる谷口の顔は、俺が首を横に振るとスイッチを切り替えた様に苦い顔へと変わった。「はぁ?! じゃあ、なんで俺達と飯食ってるんだよ?」 人に箸を向けるな、唾を飛ばすな。「まあまあ。仲が良くても、たまには別々にご飯を食べたい時もあるんじゃない?」 そんな国木田のフォローも谷口の気を紛らわす事はできなかったらしく、結局弁当を食い終えるまでの間、俺は谷口の愚痴に付き合わされたのだった。 ……まあ、ここ最近はずっとハルヒと一緒に昼食を食べてたから、谷口がそんな事を言い出すのもわからなくもないけどな。 何となく視線を送ったハルヒの席は無人で――「おいおい、いくら涼宮の事が気になるからってここで惚気んなよ? せっかくの飯が不味くなる」 安心しろ、頼まれても言わん――もう二度とな。「あれ、メールが来てるんじゃない? キョンの携帯」 ん? あ、本当だ。 バイブモードにしてあった携帯は、メールの受信を受けて細かく震えている。「へっ。どうせ涼宮からのメールだろ」 ピ ピ ――……いや、長門からだな。珍しい。「なんだと?! お前涼宮だけじゃなくて俺的美的ランキングAーの長門有希とまで付き合ってんのかよ?」 んな訳あるか。「だったら、そのメールの中身を自分で確認する前に俺に見せてみろ。ほれ」 何で俺がお前にそんな事をしなくてはならんのだ。 お前は俺の彼氏か?「あ……これは谷口は見ないほうがいいんじゃないかな」 国木田からはちょうど俺の携帯の画面が見えていたらしい。って、そんな内容なのかよ。 俺はとりあえず自分でもメールを確認してみたんだが……。「おいキョン、何て書いてあるんだよ?」 体を乗り出して文面を読もうとする谷口を片手で押さえつつ……相変わらず簡潔な内容だな。
『送信者 長門 タイトル なし 本文 今夜19:00 部屋に来て欲しい』
『買出しがあるから今日は活動休止! 明日からの土日は未定!』 放課後、無人の部室で俺を迎えてくれたのは黒板に書かれたそんなメッセージだった。 買出しねぇ……久しぶりにまた何か企んでいるってのかね? というのも、俺と付き合いだしてからハルヒは随分大人しくなっていた。 それでも一般人と比べたらまだまだ暴走特急みたいなもんなんだが、過去の思い出を振り返ってみれば可愛いもんだと言えなくも無いレベルだ。 宇宙人のあれこれで不思議な世界に飛ばされる事も無くなったし、社交的な超能力者が世界崩壊の危機とやらに心配する姿も随分見ていない。 ま、たまにはいいか。 あいつが何を考えているのか知らないが……まあ、俺にできる事なら付き合ってやるさ。
その日の夜、俺はメールの内容に従い長門のマンションへと自転車を走らせていた。 約束の時間までは……この調子なら間に合いそうだな。 聞いていた暗証番号を入力してロビーを抜け、無人の廊下を歩いていくと長門の部屋が見えてくる。 ……そう言えば、長門が俺を呼び出した理由ってのはいったい何なんだろう。 多分、ハルヒ絡みの事なんだろうが……あ、例の買出しがどうとかが関係してるのかもしれないな。 などと考えながら、俺は部屋の呼び鈴を押し――「遅いわよ!」 ……長門の名誉の為に言っておくが、今のご機嫌で不機嫌という不可思議なでかい声は長門から発せられたものではない。 なんでお前がここに居るんだ。 そこに居たのは寡黙な同級生ではなく、何故か真っ赤な顔をしたハルヒだった。「ほ~ら、何してるの? さっさと入りなさいよ~」 ん? この匂い……お前、酒飲んでるだろ!「そうよ」 あっさり認めやがった。 ……って事は、まさか長門まで? 急いで部屋に入った俺が見たのは、テーブルに散乱したアルコールと思しき缶の山と、「いらっしゃい」 普段と変わらぬ真っ白な肌をした長門だった。 よかった。長門、お前は無事だったのか。「無事」「さ、キョン。駆けつけ三倍よ」 お前、絶対違う漢字でその言葉を覚えてるだろ。 両手で酎ハイらしき缶を3つも持ってきやがったハルヒから、俺は缶を受け取り ジャー……「なんで流しに捨てるのよ? ば、ば、ばかぁ!」 シンクに流れていくカラフルな液体を前に、ハルヒは悲しそうな顔をするのだった。 俺達は未成年で高校生だからだ。 ったく、孤島で二度とアルコールは飲まないとか言ってたのは誰だよ?「あああ~……勿体無い……キョン! 勿体無いお化けが出るからね!」 はいはいはいはい。 ったくこの酔っ払いが。おい長門、こいつはいったいいつからこんな調子なんだ。「17時27分から酩酊状態が続いている」 学校が終わってすぐからだと? ……すまん、もっと早く来ればよかったな。「大丈夫。それより、暫く彼女の事をお願いしたい」 ああ、いいぜ。 酔っ払いの相手をずっとしてたんだ、いくら長門だからって少しは休みたいだろう。 俺とハルヒを部屋に残し、小さな鞄を1つ持って長門は部屋を出て行った。 ……この時間だと図書館はもう閉まってるはずだが、どこかで気晴らしができる場所の当てがあるんだろうか?「キョ~ン! ほらほら、あんたもこっちにきて飲みなさい!」 まあいい、とりあえずはこっちが差し迫った問題だ。 ハルヒはコタツに座って、テレビを見ながら酎ハイを楽しそうに飲んでいる。 ここでテーブルにあるアルコールを全部捨てたら……こいつの事だし、暴れるだろうな。「……何よその顔。団長命令に不服があるわけ?」 別に……。 となれば、だ。俺も一緒に飲む振りをしてこっそりとアルコールを処理していくしかない……か。 そんな俺の目論見も知らず、大人しくコタツに座った俺を見てハルヒは喜んでいた。「は~い。かんぱ~い!」 隣に座った俺にハルヒはさっそく缶酎ハイを押し付けてくる……まあ、最初だけな。 俺が缶に口をつけるのを見て……無邪気にハルヒは笑っている。「えへへぇ……」 ほんのりと赤くなったハルヒの顔は……まあ可愛いとは思うんだが、ここは心を鬼にしないとな。
――数時間後、俺は作戦の失敗を自覚していた。「はい! カンパ~イ!」 まあ、何回か乾杯すれば気が済むだろうとハルヒに付き合っていた俺なのだが、十数回の乾杯を経た今となってはそれが無謀な事だったのだと気づいた。 視界はすでに揺れ始めていて、多分立ち上がったら真っ直ぐ歩く事すら困難なはずだ。 いくら週末だからってこれはやりすぎだろ……。「ね~もう酔っちゃったの? 早いよ~」 本当に同じ人類なのだろうか? 俺と同じペースで飲んでいるはずなのに、ハルヒはそれ程酔っていない……というよりも、むしろ酔いが醒めてきているようにすら見える。 ハルヒ。「なに~?」 お前、一度肝臓辺りを診てもらえ。 未成年がそんなにアルコールに強いとか絶対におかしい。「肝臓って……この辺?」 不思議そうな顔をしたハルヒは、自分のセーターをたくし上げて……待て! それ以上、脱いだら――「脱いだら?」 途中まで服をたくし上げたままで、ハルヒは嬉しそうに聞いてくる。 ええいこの酔っ払いが! だから、それ以上脱いだら色々見えてしまうだろうがっ! 見せたいのか?「ああ、見たいのね」 なあ……人の話は聞こうぜ? ……って。 止める間もない、ハルヒはあっさりとセーターを脱ぎ捨てちまいやがった。 今、ハルヒの上半身を覆っているのは白いブラジャーだけで、それも十分なサイズではないらしく、何ていうか……その。「あはは! 照れちゃって~……可愛いなぁ! もう!」 半裸状態のハルヒは嬉しそうに俺の体を叩くのだった。 落ち着こう、まずは俺が落ち着こう……。 ハルヒは酔っ払いだ、だから馬鹿げた事をやっている。だから俺はそれを止めなくてはならない。そうだその通りだ。……よし。「どしたの?」 なあハルヒ、服を脱いだら寒くないか?「別に~」 いや、見てる俺が寒い。だから服を着ようぜ? 俺の理性が残っている間にな。「わかったわよ~もう」 不満そうにハルヒはセーターを取ると、何故かそれを放り投げて……何で立ち上がるんだよ。「寒いのよね?」 そうじゃなくてな? ふらふらとコタツにそって歩いてきたハルヒは、再びコタツに座った――何故か俺と同じ場所に。「よいしょっと。ふぅ……何よ、あんた暖かいじゃない」 俺の左側に寄り添うように座ったハルヒは、体重を預けながら嬉しそうにしている。 結果、俺の視点は少し見下ろす様な形になり、ハルヒの胸で自己主張をしている2つの膨らみの谷間までが見え隠れしていた。って何見てるんだよ俺は! さっさとここから出ないと? ……そう頭は思っているはずなのに、体は一向に動き出そうとしない。というか、今動くと色々とまずいんだ。うん。 何故って? ……まあその、なんだ。人間の摂理というか生理現象と言うかだな。「ねえ……キョン」 なんだ。 今こっちは色々と忙しいんだ。できればそんな甘えた声は止めて頂けると有難い。余計に動けなくなる。「あたし達って……付き合ってるのよね?」 ……あ、ああ。 ハルヒは呟きながらふらふらと揺れている。「だったら……さあ……」 その後に、ハルヒは何て言うつもりだったのだろうか。 ゆっくりと俺の膝に倒れこんできたハルヒは、すでに小さな寝息を立てていた。 ……ほ、本気で危なかった。 もし、この状態が後少しでも続いていたとしたら、どうなっていたか自信が無いぜ。 といってもまあ、ここが長門の部屋である以上、無茶な事は出来なかっただろうけどな。 安堵と共に訪れる少しの……いや、なんでもない。 俺は自分の膝で眠るハルヒの髪を撫でながら、未だ戻らぬ長門へ電話をかけてみた。
――それが間違いだった。
ププ・プププ――プルルルル――プルルルル――プルルルル――プルルルル―― あれ? 長門にしては電話に出るのが遅いな。 プルルルル――プルルルル――プルルルル――ピッ!「もしもし」 長門、俺だ。今どこに居るんだ?「漫画喫茶」 なるほど、この時間で本が一杯の場所となるとそうなる訳か。 そっか。実はハルヒが寝てしまったんだが、お前はもうそろそろ帰ってくるのか? 俺としては長門が戻る前に少しは部屋を掃除しておくつもりだったんだが――「今日は帰らない」 ……は? 淡々と告げられた否定の言葉。「今日は帰らない」 繰り返された返事は、残念ながら聞き違いでは無い様だった。
――長門から聞いた説明によると……事の始まりは今日の昼休みの事だったらしい。 俺の平常心を取り戻す為、ここは朝比奈さんに経緯を説明してもらうとしよう――
えっと……つまり2人っきりになりたいって事ですか?「それは最低条件。大切なのは、邪魔が入らないって事よ」 はぁ……。 お昼休み、涼宮さんに一緒にお弁当を食べようと誘われていた私は部室に来ています。 部屋には長門さんも居て、3人で一緒にお弁当を食べていた時に涼宮さんの相談は始まりました。 相談の内容は、キョン君と2人っきりになりたいという事なんですけど……部室じゃあ駄目なのかなぁ。「論外。学校の中なんてまだ駄目」 はぁ……。 まだ、ですか。いったい何をするつもりなんだろう……?「それでね? キョンの家には妹ちゃんや家族が居るし、あたしの家も駄目なのよ。かと言ってキョンはあーゆー所には詳しくないだろうし……」 あーゆー所? 何故か小声になってしまった涼宮さんは、それ以上詳しい事は言ってくれません。 いったいどんな所の事なんだろう?「と、とにかく! 誰にも邪魔される心配が無くて二人っきりになれる場所に心当たりってない?」 誤魔化すように大声をあげた涼宮さんに、「ある」 それまで、話には参加せずに黙々とお弁当を食べていた長門さんが箸を止めて口を開きました。「どこ?」 涼宮さんが顔を寄せる中、長門さんはゆっくりとおかずを噛み締めて……やがておかずを飲み込んだ所で自分の顔を指差しながら「私の部屋」 と、呟きました。
……まったく、何を考えてんだか。 膝の上で幸せそうに寝ているハルヒは、時折くすぐったそうに身をよじるだけで俺の苦悩には全く関心がないらしい。 ってまぁ、ここまでされたらいくら俺でもハルヒの考えはわかるさ。 つまりあれだ、ハルヒは……その、なんだ。 辿り着いた結論はそのまま受け入れるには勢いと言うか勇気が必要で、俺はテーブルに残っていた酎ハイの缶を取るとそれを一気に飲み干した。 喉を炭酸で誤魔化されたアルコールが通り過ぎていき、それが胃に辿り着く頃には長門の話によって醒めきっていた脳内に酩酊状態が戻ってくる。 据え膳食わねば男の恥……だったか? あ、確かあれってこーゆー意味とは違ったような……まあいい。 膝の上で眠るハルヒの体をそっと抱き寄せた俺は、その体をそっと床に横たわらせた。 動いた事で寒さを感じたのか、ハルヒの腕が俺の体を求めるように彷徨う。 ハルヒ、お前が昔言ってたみたいに俺も健康で若い男だから体をもてあましたりもするさ。だからこんな状況で何もするなって言われたって、はいわかりました! 何て言える訳が無い。 ハルヒと向かい合うように横になった俺は、素肌を晒したままで寒そうなハルヒの体をそっと抱きしめてやった。 俺を抱き枕とでも思っているのか、俺の体を包むようにハルヒの手が伸びてくる。 体に伝わってくる柔らかさは俺の血圧を無駄に上昇させ――恐らく、ここまではハルヒの計画通りの展開だったのだろう。 しかし、ハルヒは一つ間違いを犯した。 アルコールは時に人に勢いを与えたり、無茶な行動をさせたりもする……が、それ以外にもある精神に大きく影響を及ぼすのだ。
エアダンパーの機能によって開放状態だった扉が閉鎖され、ドアロックは正常に動作して小さな施錠音が玄関に響いた。 現在時は5時52分、朝食を取るにはまだ早い。 このまま起きてしまうのもいい。 けれど、この方がきっといい。 私はさっきまでいたコタツに戻り、また横になった。 カーペットの上は3人が居た場所だけがまだ暖かく、その温もりは心地よい眠りを誘ってくる。 ……この二度寝という行為は、有機生命体の中で軽度の禁忌とされているらしい。 こんなに気持ちいいのに何故禁じるのだろう? よく、わからない。 ゆっくりと自分の意識が薄らいでいく中思い出したのは、自分のお尻に当たっていた不思議な感触。適度に固く、衣服越しにも感じられるほどに熱を持っている不思議な何か。 彼の体に、それに該当する部位は存在しない。 かといって、彼が何かを持っていた様子もない。 あれは……よく、わからない……。 理由はわからないが、統合思念体はこの質問に対する回答を保留している。 また部室で会った時に聞いてみよう。 再びやってきた睡魔に身を任せながら、私はそんな事を考えていた。
「お酒」「紙一重」 ~終わり~
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