昼休みの雑談
文字サイズ小で上手く表示されると思います
「古泉の墓の前にて」より
昼食。 本来それは昼飯を食って胃を満たし、午後の授業に備える為の時間のはずだ。 しかし目の前にいる男は購買で買ってきたらしい惣菜パンに手をつける気配もなく、延々と不満を口にしている。 ……まあ、これでその男が谷口だって言うのならわかるさ。 ナンパに失敗した次の日なんかにはよくある事だしな。 しかし……俺の前に座っているのは谷口ではなく「僕だって黙ってはいら……聞いてますか?」 ああ、大丈夫だ。 ちゃんと聞き流してるぞ。 信じられるか? 俺の対面で愚痴をこぼしながら不満げな顔をしているのは、あの古泉なんだ。
『昼休み、部室で一緒にご飯を食べませんか?』 そんな本文のメールに小躍りした俺は、差出人の欄に表示されていた名前を見て、それが朝比奈さんからのメールではなかった事に悲しむ前に驚いていた。 差出人の名は、古泉一樹。 そもそも古泉がこんな誘いをかけてきたのは初めてのことで、さて……これはいったい何の前触れなんだ? と疑問に思いつつも俺は承諾の返信を送った。 ――そして今、少し後悔している。 まあ話しはわかった、だから落ち着け。「本当ですか?」 ああ、俺のエビフライを1つやるからまあ食え。つまりあれだろ? お前は森さんのやったいたずらが許せない。そうなんだな? 爪楊枝で差した冷凍食品を受け取りながら、「ええ!」 そんなに気合を入れて返事をしなくてもいい。 ……まあ、お前の気持ちは分からんでもないがな。 森さんのやったいたずらってのは簡単に言えばこんな感じだ。古泉は、自分が休暇を取った事を俺達に言い出せなかったから、森さんに伝言を頼んだらしい。そしたら何故か森さんは俺を古泉の墓らしい場所に連れていって……あ、そういえば。 なあ古泉、あの墓って結局なんだったんだ?「恐らくですが、森さんが貴方に見せた墓というのは僕の墓で間違いないでしょう」 ……なんだそりゃ? その歳で生前葬にでも興味あんのか?「機関は秘密裏の組織ですので、たとえ同士が任務の最中に命を落とす事があっても公に葬儀等を行う事はできません。ですから、機関に所属する時にそれぞれの墓が作られるんですよ」 お前、さらりと怖い事を言ってくれるな……。 高校生の昼休みにでる台詞じゃないぞ。「幸いにも、今の所は死傷者は出ていないそうですけどね。僕が知る限りでは」 喋るだけ喋って少しは落ち着いたのか、古泉はようやく惣菜パンに手を付け始めた。 もそもそとパンを頬張る古泉の顔にはいつもの営業スマイルは見つからず、代わりにそこにあった不満げな顔……「どうかしましたか?」 俺がおもいっきり凝視すること10数秒、ようやく古泉は視線に気がついたようだ。 どうかしたのはお前だよ。「え?」 お前、森さんの事を話す時はそんな顔するんだな。 俺のその言葉に、古泉は口を開けたまま固まってしまった。 自分の変化ってのは、意外と気がつけないもんなんだな。……マニュアルで作られた様ないつもの当たり障りのない笑顔より、俺は今のお前の方がいいと思うぜ?「そ、それは僕が本気で怒っているからであって……」 お前が本気で怒ってるって時点で異常事態だろ。 脊髄反射で返した返事に、古泉はまた言葉を無くす。 ……なあ古泉、あんないたずらをするのは森さんらしくないって思わないのか? それ程付き合いが無い俺ですらそう思うんだ。付き合いが長いお前だったらすぐに気づきそうなもんなのに、それに気づけないって事はつまり……まあ、俺が言う事じゃないか。 言い返す言葉が見つからないらしい古泉の代わって、俺は口を開く。 確かにお前が言うとおり森さんのやったいたずらは悪趣味だと思うさ。だとしても、お前がここまで感情を表に出すのにはそれなりの理由があると思うぜ?「……理由……ですか?」 おい、せっかく黙っててやったのに俺にそれを言わせるのかよ。 何で昼休みに男2人でこんな話題をしなくてはならんのかわからんが……まあいい。 つまりだ、お前は森さんの事を……「ありえません!」 ……小学生かよ? テーブルに手を着いて急に立ち上がった古泉の顔は真っ赤になっていた。 古泉、落ち着け。「そんな事はありません! 確かに、森さんには教育時代から現在に至るまで多大な恩を受けてはいますが、それとこれとは話が別です」 今でも世話になってるのか。「ええ、最近は家事全般もお願いしています……そうじゃなくって! えっと、そのつまりですね? 森さんは確かに魅力的な女性だと思っていますし、理想の上司だとも思ってはいますが」 ……森さんに家事やってもらってるって……まさかお前達、同棲し「今はその話をしてるんじゃありません!」 お前が振った話題だろ。っていうか古泉、興奮している所悪いんだがな。「なんですか!」 ……冷静じゃないから気づかないんだよ。 俺は残り少ないおかずを口に入れ、空いた片手で指差してやった。 森さん、来てるぞ。 その言葉と一緒に部室の扉を指差してやると、古泉は面白いように硬直してからゆっくりと首を横に回していく……。 そこには、ドアを開けたまま静かに立っている森さんの姿があった。「……」 一緒の場所に居ると似てくるものなのだろうか? まるでハルヒに追い詰められた朝比奈さんみたいな顔をして古泉は固まっている。「……忘れ物のお弁当を届けにきました」 いつもと同じ、古泉の営業スマイルを更に洗練させたような作った笑顔を浮かべて、森さんは――やけに可愛い包みに入った――弁当をテーブルの上に置いた。「あ……あの……」 古泉の搾り出す様な声には耳を貸す様子も無く、森さんは一礼して部室を去っていく。やがてドアが静かに閉められて、彼女の小さな足音が遠ざかっていった。 ……古泉、追いかけなくてい「すみません、失礼します!」 せっかく森さんが持ってきてくれた弁当も食べかけの惣菜パンもそのままに、古泉は森さんを追いかけて部室を飛び出していった。 やれやれ……って、この言葉をお前の為に使う日がくるとはね。 口から出たのは溜息だったが……変な言い方だが、それは悪くない溜息だったと思うぜ? 俺は弁当に残ったご飯をさっさと胃に詰め込んで片付けると、朝比奈さんがいつも使っている茶器セットへと向かった。 確かこの茶葉をこのくらいで……まあ、適当でいいだろう。お湯を水から沸かす時間はないし、ポットのお湯で我慢してもらおうか。 俺はテーブルの上に、いずれ弁当を取りに戻るであろう古泉と、その時に一緒に居るかもしれない森さんの分のお茶を準備してから部室を後にした。
昼休みの雑談 ~終わり~
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