『朔』 -Distorted Pain- 第4話『FILTH“』erase”
……………。 「『作戦コードネーム:Distorted pain』について説明するぞ。手元に書類はあるな? この計画は極秘任務である。以下を守りたまえ。 1、誰一人として口外してはならない。した者は処刑、もしくは厳しい刑に処す。 2、この書類は解読不可能になるよう処分しなければならない。故に、事項を全て暗記せよ。 3、如何なる物にもメモしてはならない。流出がどんなものから起こるか解らないからである。 4、この作戦のメンバー内においても自分の情報を流してはならない」 ……………。 「ようやく叶う…」 ……………。 「フリアエについてだ。 兵器コードネーム『フリアエ』は我らの最終到達点である。 我らが”アリス”にして最高峰の美である」 ……………。 「実験対象についてだ。 純潔の少女を実験の対象とする。採集方法は如何なる方法を用いても構わない。 もし攫った相手が処女では無かった場合はその場にて完全に殺せ。 実験に失敗した場合は被験体として地下の“箱”で様子を見る。 死んだ場合はミンチ機に入れた後に燃やして処理せよ」 ……………。 6月26日今日コード:ヘンゼルとコード:グレーテルが逃げたという報告を受けた。バカ者め。あの二匹ほど貴重な被験体を逃がすとは何たることとか。全くもって遺憾である。これでは何かあってはどうしようもないぞ。まぁ、敷地内から出ることは可能ではない。焦らずともそのうちに捕まえられるだろう。しかしヘンゼルとグレーテルは中でも危険な兄妹 聞く。悪い事が起きなければ良いが。 ……………。 6月30日やっとフリアエが完成したという報告を受けた。奇しくも『機関』の連中が『鍵』と呼ぶ女の妹の友達だという。これは面白い。さて、町に試しにハンターを放してみるとしよう。 ……………。 7月2日フリアエが暴走した。私は間違っていたのか。 ―――これはもしものお話。だけど現実のお話。 ―――これは彼のお話。だけど彼女のお話。 ―――決して交錯しないもしもの現実世界のお話。 『朔』-Distorted pain- 第四話 『FILTH”』erase” 「…どうしたものですかね…」物陰に隠れながら古泉くんが呟く。それを見ながら私もどうしたものかと考える。こんな事にどうしてなっているのかと。とりあえず今まであった事をありのままに回想するとしよう。警察署に向かって歩いていると何かハンター型と呼ばれるバケモノが大量に居た。何を言っているのか自分でもよく解らないけど恐怖の片鱗を味わった。うん。とにかく色々とピンチ。物陰に隠れてるのもとにかくあいつらが居るから。あんな爪で襲われたら溜まらないよね、本当に。おっと、何だか私余裕じゃないのにさも余裕であるかのように飄々と思考をフル回転させているじゃないか。冗談じゃないよ、私。私は今とてもつもなくピンチなのよ、私。あー、何だか頭が絡まってきた…。でもそんなの関係ない! でもそんなの関係ない!「見つかった……キョンさん! 逃げますよ!!」「え? ひゃぁあぁ!?」腕を掴まれて引っ張られるように走っていく。古泉さんかい! 早い、早いよ! ついでに言えばそのせいで引っ張られて痛いよ!「KUOOOOOOOOOOOO!!」あぁー、でもそんな事言ってられないぐらいバケモノが近い、近いよ!今は文句垂れずにひたすら走るしかないんだよね。よし、走る、走るよ!私、頑張っちゃう!「キョンさん、そこの陰に飛び込んで下さい!!」「りょ、了解!」言われたとおりに物陰に飛び込んで隠れる。 ゴッツンッ!! 「イタタ…」頭を思いっきりぶつけちゃった。あう~…凄く痛い。もう何ていうかアルミ缶じゃなくてスチール缶で叩かれた気分。あぁ、中身は勿論バンホーテンココア。…いや、もう中身が何だろうと良い気がする。イタタ…もしかしたら腫れてるかなぁ…。 バァーンッ!! ふと銃声が一発大きく響く。そして、やや間を開けて何かが倒れる音。「ふぅ…森さんからデザートイーグル借りておいて正解でしたね…」「お、終わったの?」ひょっと顔を出して様子を見てみると古泉くんが銃をしまっているところだった。「えぇ、終わりましたよ。…おや、怪我してますね」「あ、やっぱり?」「頭から血が少し垂れてますよ。ちょっと失礼します」「ん…」古泉くんがしゃがんで目線の高さが同じになる。私の髪の毛をさらりとどけて恐らく傷口だろう場所を見てる。ちょっとだけ見られ続けていると恥ずかしい。と、腰に掛けているポーチの中に手を入れると消毒液と脱脂綿を取り出した。「痛いかもしれませんが我慢して下さいね?」「ひゃっ!」ぷしゅ、という音と共に液が傷口にしみて痛んで、思わず変な声を上げてしまった。迂闊…。更に脱脂綿にも液を掛けて拭く。ちょんちょんと患部に当たる度にちょっと痛くて、体がぴくぴくっとしてしまう。「ふふっ…」「な、何よ」「いえ、可愛らしいと思いましてね」「なっ…!?」何か言ってやろうと思った時、ぺたっと頭に絆創膏が貼られた。「これで大丈夫です。では…急ぎましょう。だいぶ逃げ回ったせいで道が逸れましたし、今の銃声でこっちに来る個体も居ると思います」むぅ…なんか上手く避けられた気がする…まぁ、良いけど。言っていることは正論だし、銃声ってやっぱりうるさいからこその銃声だしどこまで音が響くか解らないし。「解った。…あ、古泉くん」「はい?」「さっき走った時、腕引っ張られて痛かったから…その…あんまり、痛くしないでね?」「ッ…………えぇ、以後気をつけます」ん? なんで古泉くんちょっと顔が赤いんだろう。私何かやったのかな……。まぁ…良いか。「さて、どうしましょうか…元来た道を戻ってもここから直接向かってもあまり変わりませんが…」「じゃあここから向かおうよ」「解りました。いつもはひっそり行くしかないのですが、今ならどうどうと近道出来ますしね」「近道あるの?」「えぇ。民家の敷地を思いっきり通るんですよ」「あぁ…なるほど。それはひっそりと行くしかないね」そういうわけで私は古泉の後を追うようにしてその道を通る事にした。民家の敷地内や狭い路地を歩くから何かの目に触れる事も無く結構安全なルートだね。古泉くんはちょっとばかり怖がっているようだけど。何が怖いんだろう。さっきから警戒してるし。こんなところにあんなバケモノ来たりしないって。なんて私がのんきに考えているとふとある民家で足がピタッと止まった。ま、まさかあのベケモノが…ん? ベケモノって何よ、落ち着け私。「どうしたの?」「いえ…この家に知り合いが居るのですよ。無事に逃げていれば良いのですが………」古泉くんが少しセンチメンタルな顔をしている…。これを写真に収めてしまえばクラスの女子に売れるのに……。なんてね。…まぁ、頼んでくる子も居るんだけどね…。そういうところが古泉くんの人気っぷりを表しているんだけど、何ていうか…ん~。今の~私には~理解出来なぁい~。アンインストーr…って違う!それにしても古泉くんの知り合いか…気になる気になる。学校内でもミステリー的な存在なのに。知り合いとか交友関係も解らないし。これはひょっとして…。「どんな知り合いなの?」私のその言葉に、古泉くんは自嘲気味に微笑んだ。「ただの知り合いですよ。”普通”だった頃の、ね」「あ……」私はそこで悪い気がして思わず目を逸らした。表情の意味を理解したから。そうだよ。昔は普通の人だったんだよ。それなのに急に超能力者になって……。私だってハルヒちゃんに巻き込まれて、結果的には今は楽しいけど、でもたまに思うもん。たまには穏やかな時間を過ごしてみたいって。古泉くんはそんな私以上に忙しいし、それどころか命を賭けてる。閉鎖空間でいつ死ぬかも解らない。そんな状態なのに。何で私って言葉を選べないんだろう、古泉くんに対して。「おや、どうかなさいましたか?」いつもの笑顔で私の顔を覗き込んで来る。何でこんなに強いんだろう。「…ごめんね、私…何も考えなくて………」「いえ、良いんですよ。おかげで僕はSOS団というとても大切な存在に出会いました。僕は幸せものなのです」「…古泉くん………」久しぶりに本物の笑顔を見た。本当に、強いね…。そう思わずには居られなかった。そしてついでに心の中で小さく今までの礼とこれからの謝罪をしておいてあげた。 ―――My mother has killed me. My father is eating me. ふと、歌声が聞こえた。二人、だろうか。とても澄んだ声で。 ―――My brothers and sisters sit under the table. 「これはマザーグース…ですか」古泉くんが周りを見渡しながらつぶやく。「マザーグース?」「Nursery Rhymesと呼ばれる、英国の民謡です」 ―――Picking up my bones, どうやら歌は前から、私達の進行方向から聞こえているようだった。「こ、怖い…」ぎゅっと古泉くんの手を握る。その顔を見るとかなり険しい表情をしていた。「…随分嫌な歌を歌ってますね」と、呟いて。 ―――And they bury them under the cold marble stones... 歌が止む。古泉くんは銃を構えて前方をただ警戒している。しかし、ふと「…気配が消えました」と呟いて銃をおろす。警戒を止めたらしい。「今の歌、何だと思う?」「解りません…ただ、僕たち以外に生存者が居るのだと思いたいところですね。じゃないと、怖いですよ」「どうして?」「……『お母さんが私を殺した。お父さんが私を食べている』」「え?」おい、古泉くん気でも狂ったのかい。「『私の兄妹たちは机の下。私の骨を拾い、そして冷たい大理石の下へと埋めた』先程の歌の簡単な訳です」「!!」そんな残酷な歌なんだ、あれ。「…早く動きましょう。先程も言いましたが、生存者じゃない方が歌を歌っていたとしたら、怖いのです」あの化け物の中に歌を歌えるぐらい人間に近いのがいるとしたら…ということ?そんなことないと思いたい…。じゃないと怖いもん。「は、早く行こう?」私達は急いで警察署へと向かう為にまた歩き始めた。化け物に遭遇することもなく順調に進む。ただ途中途中で死体を見かける事があった。無残に食われたり、バラバラに千切られたり、色々な状態で放置された死体。それを見るたびに気分が悪くて仕方なかった。民家の塀を、狭い路地を、屋根の上をひたすらに歩く。ふとある路地を歩いていると開けた場所に出た。「着きました」目の前には警察と文字の書かれた看板の掛かっている門が見えた。どうやら、ここが警察署らしい。それなりに大きな施設…だと思う。大きく開かれた門は血に塗れていただろうが、今ではすっかり乾いて赤黒く変色していた。窓ガラスの割れた警察車両。転がっている無数の死体。中には化け物の死体もある。そして肉の欠片。結構頑張っていたんだと思う。それでもこの有様じゃ…。「…ここ、安全なのかな…」巨大な敷地はどう見たって人の居る気配がしない。虫一匹すら居ない気がする。もしかすると誰か居るかもしれないけど、それ以上に何か嫌な予感がする。どう見たって危険地域にしか見えないんだけど…。隣で古泉くんも冷や汗を掻きながら、「少なくとも地下は大丈夫な筈です…」とちょっと不安そうな笑顔で呟いた。「自信ある?」「…あまり無いです」率直に答えられると困るよ。「でもここしか頼る場所がない、か」「すいませんね」「まあ…仕方ないか。こんな状況じゃ」半開きの門を通り、敷地内へと入る。敷地内はかなり広く、建物もこうして見るとかなり大きいように見える。交番だとか市役所だとかそんなレベルではない。私達はこうして警察署へと入っていった。
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