甘甘
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「ほかろん」より
暑かった夏がやっと終わったかと思えば、秋の風情を楽しむ間もなく、今度は動くのも嫌になるような冬がやってきた。「おいキョン。お前、年中同じような事言ってるぞ」 そうか?「ああ。春は暖かくて眠いからやる気にならんだの、夏は暑くて動くのも嫌だの、秋は季節の変わり目だから風邪を引きやすいから動くのは嫌とかよ。特に秋、言い訳にもなってないぜ?」 それだけ覚えてるお前にびっくりだ。 そんな他愛も無い会話をしながらこの坂道を登るのもこれで何回目になるのだろう? 自分の食べたパンの枚数同様、そんな事を覚えている程俺の記憶力は優秀ではないのだが、この直後に起きた事に関しては言える。 初めてだったと。
「キョーン!」 色にすればパステルイエローと表現すればいい様な声と一緒に、俺の背中に誰かが飛びついてきた。 俺はその声に聞き覚えがあった、というか普段から聞いている声だから聞き間違えるって事もないはずだ。 だが、どうしてもその声の主とこの行動を結びつける事が俺にはできない。 恐る恐る振り返ると、「おはよ!」 ……スマイル全開なハルヒがそこに居た。 お、おはよう。 何とか吐き出した俺の返事に「へへー」とハルヒは笑顔を返してくる。「ほら! 谷口君は気を利かせて「じゃあ学校でな!」とか言って先に行く所でしょ?」「た、谷口君?!」 ハルヒの変化についていけないのは、やはり俺だけではなかったようだ。 おい、ハルヒ。「なに?」 俺の妹みたいな何も考えていそうにない笑顔が俺を見ている。 これはなんのいたずらなんだ? と聞こうとした俺だが、その言葉を飲み込みつつ。 えっと、その。なんだ。「どうしたの?」 小首を傾げて見せるハルヒに思わず息を飲む。「あ! 顔があかくなったー!」 俺の鼻先に指を当てて笑うハルヒ。 おい、これはいったい何が起こってるんだ? ドッキリか? ブラックメールなのか?仕込みはいつからなんだ?「……キョン。俺、先に行くわ」 何故か疲れた顔で谷口はそう言い残し、俺とハルヒを置いて歩いていった。「さああたし達も行こ!」 何の躊躇いも無くハルヒの腕が俺の腕に絡まり……ここで引っ張られて行くのならまだわかる。だがハルヒは俺の顔を見ているだけで、俺から歩き出すのをじっと待ってたんだ。 おい、これはいったいなんなんだ? ハルヒの気まぐれ? 宇宙人、未来人、超能力者的な何か? まあ、理由は不明として……。「今日は無口なんだね。あ、昨日夜遅くまでテレビでも見てたんでしょ?」 ……嬉しそうに話しかけてくるハルヒは、掛け値なしに可愛かったと言えなくも無い。
「休み時間はいつもここに居るの?」 いや、たまたまだ。 なんとなく教室に居づらくて中庭に出てきた俺の後ろには、ハルヒの姿があった。 寒さに震えながら、外に出てきた事を後悔しつつ自販機コーナーに立寄る。「あ、新製品出てるね!」 ティラミスカフェオレか、甘そうだな。「キョンは甘いのって嫌い?」 いや、たまに無性に欲しくなる時がある。「今は?」 ん……そうだな、そんな気分かもしれん。 俺は新製品の味試しにと、ティラミスカフェオレのホットを選んだ。 ベンダーに注がれる液体が止まるのを見て、俺はカップを取り出す。 あれ、お前は頼まないのか?「あたしは後でいいの」 よくわからんが。 火傷しない様にそっと口に含んだ液体は……お、これは当たりだな。「どう?」 思ってたより美味い。「ね、ちょっと頂戴」 いいぜ。 俺がカップを手渡すと、何故かハルヒはカップを半回転させてから飲み始めた。 ……ん、半回転させたら間接キスになるんじゃ? そう俺が思いついた時にはすでにハルヒはカップに口をつけていて、「甘いね」 嬉しそうにハルヒはそう言った。 そして自販機に硬貨を入れると、迷う事無く今のと同じティラミスカフェオレを選択する。 気に入ったのか? そう訪ねる俺にハルヒは何故か何も答えない。 やがてカップを取り出したハルヒはそっと一口飲んだ後、「……はい。さっきの分のお返し」 自分でカップを半回転させて、俯いたまま俺に手渡すのだった。
「お~いキョン、一緒にめ……なんでもない」 俺の視界に見えるのは回れ右をして去っていく谷口と、差し出される箸、その先端にある黄色い出汁巻き卵。(ちなみに俺の弁当のおかずだ)「はい! あ~ん」 ……。 周りから感じるクラスメイトの羨む……というか奇異の視線が痛い。 俺が口を開けないのを見て、ハルヒは顔を暗くして箸を引いた。「……ご、ごめん。嫌だよね?」 いや、そんな訳でもなくてな。「ありがと、でもキョンが恥ずかしいならいいの。でも、一緒にお弁当食べてもいい?」 あ、ああ。「よかったぁ!」 もそもそ……。「キョンのお弁当、美味しそうね」 ん……そうか?「うん、見た目は地味だけど凄く丁寧に作ってあるっていうか」 そうかい。 ……悪い気はしないな。「ねえキョン。ちょっとおかずを交換しない?」 いいぞ。 ハルヒの冷凍食品ウインナーと俺の出汁巻き卵がトレードされた。 卵を口に含んだハルヒの第一声は「……これってスーパーのお惣菜?」 だった。 いや、手作りだぞ。 俺の。「凄い美味しい~! いいなぁ、こんなお弁当が毎日食べれるなんて」 じゃあ今度作ってきてやるよ、なんて間違っても言えん。「毎日作れば、あたしも少しは上手になるのかな」 お前ならすぐに上達すると思うぞ。 手先は器用なんだし、飲み込みもいいからな。「本当? じゃあ、今度お弁当作ってきてあげるね」 あいよ。 ……ん、きてあげるね?
「一緒の掃除当番って久しぶりだね」 そう言えばそうだな。 俺とハルヒの2人しか居ない教室は、やけに広々とした感じだ。 作業の合間、何故か視線を感じると思えばハルヒが手を止めて俺の事を見ている。 ……どうかしたのか?「え? その……1人で掃除してる時はね? 早くキョンに会いたいな~って思ってるんだけど。今日は、ちょっとくらい遅くなってもいいかなって……思ってる」 ハルヒは俺の顔を見てそう言うと、顔を赤くして廊下へ出て行った。 俺か? 俺はあれだ。 ハルヒに負けないほどに赤い顔で立ってただけだ。うん。
「遅れてごめ~ん!」 部室の扉を普通に元気よく――つまりいつもの半分ほどの勢いで――開くと「あ、涼宮さ――」「……」「これはこれは…」 ハルヒと……ハルヒと手を繋いだままの俺の姿を見て、いつもの3人はそれぞれに複雑な反応を示した。 お盆を片手に、何度も瞬きを繰り返す朝比奈さん。 俺とハルヒの手が繋がった部分を凝視している長門。 何故かご機嫌な古泉。 そんな視線の中を通り抜け、俺はハルヒに連れられて団長席の前まで連れてこられた。 俺をその場に残してハルヒは急いでパイプ椅子を一つ持ってくると、団長椅子の隣に置いて自分が座る。「キョンはそっちに座って!」 へ? ハルヒが指し示しているのは自分の団長椅子だ。 いや、パイプ椅子じゃお前が寒いだろ。俺がそっちに座るよ。「ありがと、でもいいの!」 何がいいんだ? ともあれ、ハルヒはパイプ椅子を譲るつもりはないようだ。 俺は慣れない団長椅子に座りながら古泉に疑問の視線を一つ投げかけ、古泉はそれに肩をすくめて返してくる。「お茶が入りました~」 机の上に並ぶ俺とハルヒの二つの湯のみ。「ありがとう~」 ハルヒは嬉しそうにその二つの湯飲みを眺めている。 この状態がいったい何を示しているのか? 俺は特別な事情を持つ3人に向かって視線を投げかけてみた。 古泉……は論外だ。お幸せに、だの。お似合いですよ。だの言いたげな顔をしている。 長門はといえば読書に夢中の様だ。 朝比奈さんは興味深そうにこちらを見ているだけで、むしろ「何があったんですか?」と聞きたげなお顔をしていらっしゃる。「あ、ねえキョン」 ん? 何か面倒ごとでも押し付けてくれるのだろうか? 今ならいつもよりは好意的に承諾できそうだぞ。「この間、可愛い服が売ってるサイトを見つけたんだけど一緒に見ない?」 あれ? 違ったか。 ともかく俺が頷くと、ハルヒは嬉しそうに団長席の隣にパイプ椅子を寄せてきた。「確かお気に入りに……あ、これ! みくるちゃんにどうかな?」 ハルヒが開いたページには凝ったレースの装飾がされた……俺から見ればゴスロリとでも表現する様な服が並んでいた。 こんな服を可愛い女の子に着て欲しいと思わない訳じゃないが、それを公然と言う事は躊躇われる。俺が答えに困って沈黙していると「ほらほら、みくるちゃんも見て?」「わ~! 可愛いですね~」 あんまり素直に喜ばないほうがいいですよ? そんな事を言うとハルヒが調子に乗って「じゃあ買っちゃおっか! みくるちゃんの新しい衣装に!」 こうなるんですから。「えええ? 衣装って。こ、この服を学校で着るんですか?」「そうよ」 当たり前の様に頷くハルヒ。「それは……ちょっと恥ずかしいです……」 躊躇う朝比奈さんから俺へと視線を移し、「じゃあ……ねえキョン。この服、あたしが着ても似合うと思う?」 何故か照れたような顔つきで、ハルヒはそう聞いてくるのだった。 お前がこれを着るのか? 画面に映る、朝比奈さんが無理やり着せられているメイド服を、さらに非現実的な方向へ進化させた様なその服を指差しつつ聞いてみると。「や、やっぱり似合わないよね! 今の無し無し!」 ハルヒは慌ててブラウザを閉じてしまった。 普段の性格のハルヒならどうかとは思うが、今日のハルヒがゴスロリに身を包んだとしたら……いかん、妄想が止まりそうに無い。 そんな俺の思考に気づく様子も無く、ハルヒは立ち上がり「じゃあ今日はここまで!」 まあここまではいい、「キョン、一緒に帰りましょう?」 当たり前の様にハルヒはそう言い切ったのだった。
帰り道、俺の隣を歩くハルヒは終始無言だった。 朝と同様、俺と腕を絡ませているのは一緒だったのだが、何故かハルヒは俺の顔を見ようとしないでじっと前を見ている。 今日一日振り回されてきたから今更驚かないが……さて、いったい何を考えているんだろうな? そのまま会話も無いままに坂道を下っていき、ついに俺とハルヒの帰る道が別れる場所までやってきた。「じゃあ、また明日ね」 ようやく口を開いたハルヒは、明るい声でそう言った。 ああ。 立ち去ろうとした俺に、ハルヒは呼び止めるように口を開く。「……あのさ! 今日は……その」 何かを言いかけて止める、そんな工程を何度か繰り返した後、ハルヒは着ていた上着を脱いで俺に押し付け……あれ、この上着って俺の?「あーーーーーっもう! 一日が長かったわよ! 本当に!」 何故か笑顔全開で俺の腕を叩くのだった。 いたっ! おいハルヒ、いったい何の事だ?「あ、ごめんごめん! あのね? この間あんたに焼き芋を貰った事があったでしょ」 いつもと同じ、何かに挑み続けている様な顔に戻ったハルヒが聞いてくる。 俺はその顔に何故か安堵感を感じつつも、相槌を打った。 それで?「あの時の借り、ちゃ~んと返したからね」 ……焼き芋の借りと、今日の事が何か関係あるのか?「ありまくりよ! 甘いものの借りは甘いもので返すしかないのに、次の日に買いに行ってみたら、焼き芋屋のおっちゃんが腰を痛めて今シーズンは休業しちゃったって言うじゃない」 だったら、タイ焼きでもアイスでもいくらでもあるだろうが。 そもそも俺は、妹やお前ほど焼き芋好きではないしな。「ダメよそんなの、あのおっちゃんの焼き芋に匹敵する甘いものなんてないわ。だからって一年もあんたに借りをつくったままなんて耐えられないし、となれば! あたしが甘く接してあげるしかないじゃないの」 ……そうかい。 いったいどこをどう取ればそうなるのか知らんが、ハルヒがやけに嬉しそうだったので、俺は頷いておいた。「ねえキョン。あんたも満更じゃなかったでしょ?」 どうだろうな。 久しぶりに返ってきた上着に袖を通してみると、服の内側にはハルヒの体温が残っていて暖かかった。 ……まあ、これくらいはいいだろ。 俺は上着の両端を持つと、そのままハルヒの体を包み込む。「……わわっ!」 突然の事に驚くハルヒの顔が目の前にある。 今日のお前、可愛かったぞ。「えっ」 真っ赤な顔のハルヒに付け加える。 当たり前、だろ?「そ、そうよ……当たり前よ」 やたらとどきまぎしながらも、ハルヒは俺の腕の中から逃げ出そうとはしない。 俺は調子に乗って、そっとハルヒの体を抱き寄せてみた。 エロキョン! とでも言われて殴られるかと思えば……意外にも、抵抗する事無くハルヒの体は俺の傍へと寄ってくる。 そして流れる無言の時間。 時折、俺の様子を伺いながらもじっとしているハルヒの様子を俺は眺めつつ、さて……どうやってこれが冗談だと言えばいいのか考えていた。
甘甘 ~続きます~
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