「喧騒」
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その場所は、とても静かな場所だった。
初めて私がその場所に来た時、数ヶ月間誰もその場所には誰も立ち入った事が無かったらしく床もテーブルも埃に覆われていて空気は濁っていた。 以前、この星の人間はその様な場所で過ごす事をよしとしない考えを持つ者が大多数を占めていると、バックアップのインターフェースから聞いた事がある。 ならば私がこの場所で長時間過ごす事になるのならば、まずは清掃をしなければならないはず。 幸い、部屋の片隅に置かれていた掃除道具入れの中にはちゃんと箒やちりとり、雑巾といった基本的な清掃道具は揃っていた。 これならば目的達成は可能。 用具入れの中、一番手前にあった箒を手に取り、私はその場所へと向き直る。 ――数十分後。 誰かが入口の扉を軽い力で叩く音が聞こえてくる。 それにしてもこの部屋は密室だったはず、どうしてこれほどの埃があるのだろう。 ――再度響く軽い打撃音。 この部屋のどこかに穴が開いてるのだろうか、棚の上まで埃で覆われている現状を考えると、その場所は天井付近と推測される。 ――小さな音を立てて扉が開いていく「もう! 居るなら返事くら……なにこれ?!」 静かだった場所に、私に掃除の仕方を教えてくれたインターフェース、コードネーム朝倉涼子がやってきた。「なんなのこの埃? いったい何をしてるの?」 部屋の中を一瞥するなり、彼女は興奮した様子で問い詰めてきた。 掃除。 以前貴女より受けた指摘内容に、概ね該当する行為のはず。「窓! 窓を開けて! 早く!」 了解した。 きしんだ音を立てて、開かれた窓は恐らく数か月よりももっと長い年月の間防いできた外気の侵入を許した。「……そうね、ちゃんと説明しなかった私がいけないのよね」 何か困った様な顔で彼女は私の顔を見ている。 涼宮ハルヒの観察をする為やってきた私に、何度となく向けられてきたその表情。 上手く言語では説明できないが、その顔を見ていると私の精神面が落ち着くのを感じる。「い~い? 掃除をする時はね、まずは換気をしなきゃいけないの」 これで、数十回目であろう彼女の講義。 その全てが私にはよく理解できない内容だったが、優秀なインターフェースである彼女が言う言葉は、どれもが大切な事なのだと思う。 そしてそれ以上に、私は彼女の講義を聞くのが好きなんだと思う。
あれから数か月が過ぎ、その場所は私一人の場所ではなくなっている。「あ、今日も早いわね! まったく、どこかの平団員にも有希のこの熱心さを見習わせてやりたいわ」 首肯。 彼女に浮かんでいる表情は喜怒哀楽で言えば、喜怒。「あ! ……あの、お茶をど、どうぞ」 首肯。 彼女が私を見て怯えるのは何故なのだろう。それはともかくとして、貴女のお茶はとても美味しい。「おや、今日は彼はまだ来ていないようですね」 まだ、きていない。 表情には出さないが、涼宮ハルヒ同様彼もこの場所に彼が居ない事に失望している。 ――? 私も? 何故。 誰かが入口の扉を軽い力で叩く音が聞こえてくる。「は~い」 ――小さな音を立てて扉が開いていく「遅い! 平団員は団長より前に来るのは当たり前でしょ!」 意識していないのに、手元の本から少しだけ視線が動く。 入口と、パイプ椅子の一つが見える程度に少しだけ。「掃除当番だ。っていうか俺はお前ほど暇じゃねーんだよ」「誰か暇ですって?! 毎日毎日寝るために学校に来てるようなあんたに暇だなんて言われる筋合いがどこにあるってのよ!」 感情的な声を上げているが、彼女の脳波から感じる内容は歓喜。 でも声は怒声。よく、わからない。「へいへい、悪かったな」「すぐにお茶を入れますね」「みくるちゃん? こいつにはでがらしのでがらしになっちゃったような薄っすい水道水でいいからね!」「お茶ですらないのかよ」「今日はまた、ずいぶんと楽しそうですね」「古泉、今の会話を本当に聞いてたのか?」 その場所は、とても静かな場所だった。 でも今は違う。 今では放課後になるたびに喧騒に包まれるこの場所を、私は楽しいと感じている。 ――い~い? 掃除をする時はね、まずは換気をしなきゃいけないの―― ただ、この場所に彼女の声はもうない。 読んでいた本を閉じ、そっと立ち上がる。 視線が高くなった事で窓の向こうにある風景は変わり、そこには遠くまで透き通るような秋空が広がっていた。 自分の中にある感情は、まだよくわからない――ただ、自然と手は窓のロックをはずしていた。 少しだけ、外の音が聞こえるように少しだけ窓を開き、目を閉じる。 これは無意味な行動。 外の喧噪にどれだけ耳を澄ませてみても、そこに彼女の声は聞こえない。聞こえるはずがない。 ――なんなのこの埃? いったい何をしてるの?―― ――窓! 窓を開けて! 早く!―― ――……そうね、ちゃんと説明しなかった私がいけないのよね―― この場所で聞いたその言葉を何度思い出しても、何故か彼女の声を聞きたいという欲求は満たされないままになっている。 この感情はなんなのだろう。 エラーなのはわかっている、でも消去できない。 違う、したくない。「長門」 背後から呼びかける声、「換気も大切だけど、暖かい格好してろよ? もう寒くなってきたからな」 肯く私を見て、彼は小さく口元を緩ませて去っていく。 胸部に圧迫されるような痛みを確認、外部からの刺激要因は見つからず。 体内情報のエラーを確認……確認されず。 統合思念体に類似事例の検索及び対策を求める……原因不明、対処不能。
……検索対象の最後の音声記録。 ――じゃあね――終了。再生回数125789回目
何かあれば、いつも困った様な顔で教えてくれるはずの彼女は、もう居ない。
「喧騒」終わり
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