涼宮ハルヒの嫉妬
「……と言う小説を執筆する予定。許可を」って、おぉい!!!ちょっと待ってくれ、長門!!なんで俺が死ななきゃならんのか、きちんと詳しく事細かに説明してくれ!!「…物語の展開上の必然。あなたが死んでくれた方が読者の共感を呼び易く、好都合」俺が死んでくれた方が好都合ってドサクサに紛れて結構、酷い事を言っちゃってますよ、長門さん…。「…そう」『…そう』じゃねぇ!!しかも、なんで皆の名前は若干、変わってるのに俺だけ『キョン』のまんまなんだよ…ハルヒはハルヒで…「ちょっとこれ、何なのよ!?有希!!別にキョンがどうなろうとそこは構わないとして…」いやいやいや、ハルヒ!どうでもよくはないだろ?そこは!!「なんで私とキョンなんかがこんなちょ、ちょっと…微妙な、変な感じの関係になっちゃってんのよ!?」「…大丈夫。問題は無い。皆、認知しているから」何を!?長門は不思議そうに首を傾げている。「…駄目?」「駄目っ!!」俺とハルヒ、2人同時に駄目出しを受けて却下された為だろうか、長門が少しいじけているように見えるのは気のせいか。長門が椅子に座る瞬間に「…有機生命体の死の概念が理解出来ない」と、ぽつりと呟いた台詞が耳を離れない…怖いよ…長門、お前が言うと冗談に聞こえないから…。 そう、俺達は次の文芸部の会誌に載せる作品作りの為、文芸部員として、冬休みを返上して『編集長・涼宮ハルヒ』のもと、それぞれの作品の企画作りを遂行している。例のごとく、それぞれの課題をくじ引きで決めたのだが、今回の長門は多くは甘酸っぱさとほろ苦さをふんだんてんこ盛りに兼ね備えた青春群像劇ものを引き当てたのだが…長門にとっては苦手なジャンルなのだろう、何故、あんなストーリーになっちまったのかは俺には理解しかねる。「長門さんの作品、そんなに悪いようには思えませんが…」古泉はニヤニヤしながら俺の顔を見ている。何だよ?「そういうお前はどうなんだ?古泉。ちったぁマシな作品は出来そうなのか?」「えぇ、去年のあなたの恋愛小説には負けられませんからね」そりゃ嫌みか?「推理小説ですからね、トリックの発想次第なのですが…」そりゃ理系のお前さんらしい実に論理的な作品になりそうだ。朝比奈さんは受験の為、今回の企画作りには参加していないのだが、1年前からハマっていたのか、もうすでに童話の作品を書き溜めているらしく、「自信作を置いておきますので皆さんで読んでみて下さ~い♪」と、机の上にアルプス山脈の如く、積み上げていった。しかも、イラスト付きらしい。「さすが我がSOS団のマスコットキャラ。萌えツボを心得た仕上がりだわ」と、編集長は妙な唸り声を上げている。 その唸り声を上げている当の編集長、ハルヒは当初の割り振りでは社会悪に迫るノンフィクション作品だったのだが、電波なSFものになったり、悪の秘密結社と闘うヒーローものになったり、いつも書く度に脱線していってる。ハルヒ曰く、「これくらい飛んでる設定の方が面白いじゃない!!」と言う意見らしい。俺はと言うと、今年もどうやら恋愛小説を書かなければいけないみたいだ…しかし、何も思い浮かばん!!そして、眠い!!これはピンチだ…恋愛ものなんて去年でほとんど出尽くした感がある…。それこそ、健全健康たる男子高校生が日夜、頭に浮かんでは消える妄想をそのまま書くという手もあるが、そんな事をした日にゃ二度とこの学校には顔を出せなくなる。そして、恐らく学校中の女性と口を聞くどころか相手にもしてもらえなくなるだろう。そうなっちまったら俺の高校生活はまさに閉鎖空間だ。その時、携帯が震えた。メールみたいだ。 From:佐々木タイトル:無題本文:やぁ、キョン。今夜、時間はあるかい?まぁ、キョンは頼み事を断れない性格だからきっとOKしてくれるんだろうけどさ。場所はいつもの公園に8時だ。もし、涼宮さんと何か用事があるのなら僕に遠慮はしないでくれたまえ。断ってもらっても構わないよ。 ハルヒ?別に今日はこの後、用事も無いし、まぁ佐々木だから別に良いだろ…俺は軽くOKの返事を出した。 「ちょっとキョン!!あんた、企画もろくに出さないで何、携帯いじってサボってんのよ!?」編集長の怒鳴り声が耳をつんざく。「いや、サボってる訳じゃなくてな、今年も恋愛もので正直、何のアイデアも思い浮かばないんだよ…そんなに経験豊富という訳でもないしな」ハルヒが俺の顔をジッと睨みつけてきている。何をそんなにジッと見ているんだ?俺の顔に何か付いてるのか?「本当にそうだとしたらあんた、寂しい青春送ってんのね」放っといてくれ。「そういうハルヒは何かアイデア浮かんだのか?」「私はノーベル文学賞も狙えるくらいの現代社会の暗部にメスを入れた一大スペクタクルな社会派傑作になる予定よ!!」「予定って事はハルヒもまだ何も思い浮かんでないんだな?」グッと唇を尖らせたハルヒの顔を見て、つい悪戯心が芽生えて、皮肉たっぷりに溜息をついてやった。「まぁ、編集長には期待してるよ」「フンッ!!」ハルヒはそっぽを向いた。 「ところでキョン、今夜、暇?」ハルヒは腕を組んで見下ろしている。「どうした?」「どうしたもこうしたもないでしょ!?あんたが何も思い浮かばないって言うから本屋にでも回って団長としてネタ探しに付き合ってあげんのよ!!何か資料かヒントでもあったら参考になるでしょ!?」古泉はニヤニヤと笑っている。何がおかしいんだ?「い、いや、今夜はちょっと…」そう断ると、その瞬間ハルヒの顔に暗い影が差した。古泉にも強い視線を投げ掛けられた気がする。でもな、ちょっと待ってくれ。今回はちゃんと先約があるんだ。確かにハルヒのご機嫌を損ねると世界がとんでもない事態に巻き込まれるという事はこれまでの色々な騒動のお陰で十二分に承知しているつもりだ。だが、それでハルヒの全てを優先する訳にはいくまい。佐々木にも一度OKを出してやっぱダメと言うのはあまりにも身勝手な行為だ。ハルヒを守る為に他の誰かを傷つけるというのはそれは人として違うだろう?要は順番、順序の問題だ。「まぁ、明日なら大丈夫だけどハルヒはどうだ?」「あんた、自分の都合に合わせて私に命令する気!?」ハルヒはいつも俺にそうしてるじゃないか…「じゃあ、明日でも良いわよ!!その代わり、ろくなアイデア出ないようなら正月返上で合宿するからね!!」何でだよ… 結局、その日は何も思い浮かぶ事なく、長門の本日終了の合図で解散となった。冬は陽が落ちるのが早い。暗い坂道を4人でトボトボと歩いていた。そういや、佐々木の用事って何なんだろうな?しばらく音沙汰なかったと思ったら突然、メール寄越したり、また何か厄介な問題を引っ張って来るんじゃなかろうな…古泉は俺に何か言いたげな顔をしているが…何だよ?「では、僕らはこのへんで」古泉と長門は去って行った。ハルヒと2人でボーッと道を歩いている。今日のハルヒは大人しい。と言うか、さっきから一言も口を聞いていない。「どうした?」ハルヒの顔を見ようとしても日が沈んで暗いのと髪の毛で顔が隠れていてよく見えない。「…何が?」「今日は随分と大人しいじゃないか?」「うっさいわね…別に良いでしょ」「…そうか」気まずい沈黙が流れる。「…私、帰る」ハルヒはそう言うといつもと違う道を曲がっていった。理由は分からんが多分、閉鎖空間発生なんだろうな。お疲れ、古泉…。 一度家に帰って夕飯を食べてから行こうかどうか迷う微妙な時間だった。今日は雪で路面が凍っていたので自転車には乗ってきていない。まぁ、飯は後で良いか。そんな事を考えながら1人で歩くと白い息が身も心も冷やしていく。そう言えば、1人で歩いたのって久し振りな気がする。いつもハルヒやSOS団の誰かと一緒にいた。SOS団の仲間と過ごした時間の濃密さを感じる。少し早いかと思いつつ、佐々木と俺の家のちょうど中間に位置する公園へと辿り着いた。中学生の頃はよくここで色々な取り留めの無い話をしながら時間を潰していた。「キョン!」30分前だと言うのに佐々木はもう公園のベンチに座っていた。「早いな、お前、いつからここにいたんだ?風邪引くぞ」「くっくっ、大した時間ではないさ。僕に無用な気遣いはしないでくれたまえ」「今日は1人か?」あのやたらムカつく未来人や敵意むき出しの超能力者、会話不能な幽霊みたいな宇宙人がいたらうんざりする所だ。「おや?僕一人ではご不満かい?」「いや、むしろお前だけの方が良い」佐々木はニッコリと笑った。「まるでプロポーズでも受けるみたいではないか?」「馬鹿、からかうな」 それから佐々木と他愛の無い話をした。別になんて事はない、お互いに期末テストはどうだっただのクリスマスはどうしただの、今日はこんな事をやってあんな事があった、中学時代の想い出、大した話はない、久し振りにあった旧友と昔に戻ったようなリラックスした笑い話をしていた。ふと会話が途切れた瞬間に切り出してみた。「今日はどうした?」いつも強く俺を見据えて来る佐々木が珍しく俺から目を逸らした。「さて、どうしたんだろうね、僕は」俺達はこんな真冬の公園で禅問答をしにきたのか?「これを気紛れとでも言うのだろうか?久し振りにキョンと話をしたくなったのさ」「まぁ、そりゃ別に構わんが…悩みやストレスがあるなら抱えずにどっかに出した方が精神衛生上よろしいと昔、言ってたのはお前だぞ」「キョンは鈍感な割には時々、一周遅れで核心を突いてくるから面白い」佐々木はサバサバしているようで意外と一人で悩みを抱えるタイプだからな…「ところでキョンには悩みなんてものはないのかい?」俺?俺にはそうだな…まぁ、色々とあるっちゃあるが…とりあえず目先のものとしては、「恋愛小説のアイデアが思い浮かばない」なんて佐々木に相談しても仕方が無いな…こいつもハルヒ同様、『恋愛感情なんてものは精神病の一種』主義者だからな。「くっくっ…なんだい?それは。君は時々、突拍子も無い事を言い出すから本当にいつも予想の範疇を超えているよ」やっぱり言うんじゃなかった…俺は日記にポエム書いてる夢見る乙女かよ。 「まぁ、聞いてくれたまえ。橘京子って覚えているかい?」あぁ、あの佐々木の傍にいる面倒臭そうな超能力者だな。「彼女がね、ここ最近、以前にも増して煩くってね。涼宮さんの持つ世界を改変させる力は本来、僕が持つべきものだ、世界をあるべき姿にしなければならないと、こう僕の耳元で急き立てるのさ」「あぁ」「僕としては正直、そんなものはどうでも良い瑣末な事柄と認識しているのだが、彼女は僕のそういう姿勢や態度も含めて色々とご不満があるらしい」ハルヒみたいな力を手に入れたらそれはそれで周りの人間も色々と大変なんだがな…。「そして、キョン、君にもね」「俺?」「橘さんにとってキョンは涼宮さん側についてる人間としての敵、そして女の敵らしい」女の敵って…俺は女性にそんな酷い事をした覚えはないのだが…「くっくっ、呆れているのかい?僕も驚いたがね。キョンにはそんな女の敵だなんて言われるような記憶も自覚もないという表情だね」当たり前だ、まともに会話もした事のないような女にあんたは女の敵だと言われてもこちらとしてはリアクションの取りようもない。「まぁ、キョンが女性をそんな手篭めに出来るような技術と精神構造を持ち合わせているような人間ではないと言う事は僕もよく理解しているつもりだがね」褒められてんのか、けなされてんのか、よく分からん…「橘さんは僕に世界を自分の思い通りに変えたくはないのかと散々、講釈してくる。それは僕だって世界に不満が無い訳ではない。人並みの欲望はあるつもりだ。しかし、だからと言ってそれとこれとは別の話だ。キョンの意思に反してまで君を巻き込むのは僕の意図する所ではないからね」俺の意思? 「その力を得る為にはキョン、君の協力も必要なんだとさ」協力っつってもなぁ…「だから、橘さんは僕にキョンの意思を確かめてきてくれと、こう頼んできた訳さ」「俺の意思を確かめるってどういう意味だ?大体、佐々木。よくそんな面倒な話に付き合ってるな、以前のお前なら考えられん」佐々木は少し含みのある微笑を向けてきた。「僕にも少々、興味深い事柄だったものでね」「で、その俺の意思を確かめたら大人しくなってくれるのか?」「どうかな?それは未確認だった」やれやれ…「で、その橘さんとやらはこの地球の半分を埋め尽くす全人類の半分を占める女の敵であるこの俺に一体全体、何をして欲しいんだ?」佐々木は微笑を崩さずにジッとこちらを見据えている。 「僕とキョンに恋仲になって欲しいんだとさ」 は???「まぁ、所謂、恋愛関係というやつだね。驚いたかい?」いやいやいや…何を言い出すんだ、こいつは。あの面倒なとんちき超能力者、佐々木に何か吹き込むにせよ、勘違いも甚だしいぞ。「くっくっ、鳩がバズーカ砲喰らったみたいな顔をしているね」バズーカどころか大陸間弾頭ミサイルが顔面に直撃したような威力だ…要は俺と佐々木に、その、なんだ…付き合えって言ってる訳だろ?そんな事、これまで考えもしなかった…。大体、そんな事になってハルヒが何と言うか……いや、ハルヒは関係ないだろ!いや、関係あるのか?やばい…混乱してきた…頭の中がパニックで暴発しそうだ… 「お前は以前、『恋愛なんて精神病だ』なんて言ってなかったか?」「くっくっ、ねぇキョン」「…何だ?」「今日、涼宮さんは非常に不機嫌ではなかったかい?」な、なんで知ってるんだ!?「やはり正解だね」佐々木はパズルを解いた子供のような笑顔で笑っている。「キョンは鈍感ではあるけど、その反面、素直で誠実だからね」佐々木は自分の鼻を人差し指で差している。「鼻の膨らみを見ればキョンが何を考えてるのかおおよその見当は付くのさ、しばらく付き合えばね。キョンは嘘はつけない、ついてもすぐにバレてしまうタイプなのだよ」そ、そうだったのか…これからは気を付けよう…。「くっくっ、涼宮さんも苦労している事だろう。なんせ相手は鈍いを通り越して、ただ何も考えちゃいないだけなんだからさ」どういう意味だ?ともかく、また一つデッカい悩みが増えちまった…「それとね…『恋愛なんて精神病』って言葉には様々な意味合いが込められているのさ」そんな雁字搦めの糸のパズルみたいな謎解きを一気に俺に与えないでくれ…問題は一つずつしか解決出来ない性分なんだ…。「今日の僕からの話はまぁ、そんな所さ。あぁ、あと返事はいつでも構わないよ。取り急ぐ問題でもないしね、じっくり考えてくれたまえ」佐々木は立ち上がりながら俺に笑いかけている。「あとさっきキョンが言ってた恋愛小説、僕の事でも書けば良いのではないのかい?」そう言いながら佐々木はくるりと背を向けて灯りも暗い夜の公園を歩き出した。 佐々木を家まで送っていくまでの道すがら、結局、大した会話もなかった。帰宅しても夕飯を食べる気力すら起きない…どうせ飯も喉を通らないだろう。ベッドに突っ伏して佐々木の言葉を思い出していた。あいつはいつから俺にそんな感情を抱いていたんだ?つい最近になってか?いや、中学の頃からずっとだったんだろうか?「キョンく~ん♪」なんだ?我が妹よ、はさみでも借りに来たのか?あと、お兄ちゃんの部屋に入る前にはちゃんとノックをしなさい!部屋の中で何やってるか分かんないでしょうが!?トラウマになって兄妹仲が壊れちゃうかもしれないぞ!!「キョンくん、恋煩い?」なんでそんな一発で核心を突いてくるんだよ…「キョンくんがご飯食べないのなんて珍しいもんね、何だったら私が相談に乗るよ♪」小学生に恋愛相談、持ちかけてもな…「大丈夫、ちょっと風邪気味なだけだ」妹は首を傾げている。「ふ~ん…やっぱり恋煩いなんだね♪」あ、しまった…鼻か…「パパとママには風邪って事にしといたげるよ♪高校生!」やれやれ…そうだ。ここはとりあえず明日、誰かに相談しよう、そうしよう。 「おや?珍しいですね?それで僕に相談事とは何でしょうか?」真っ先にこの古泉の顔しか思い浮かばなかった俺の人間関係はどうなんだろうか?谷口は論外、国木田という手もあるが、問題は恋愛の話だけじゃないからな。それに不本意だが、古泉は無駄にモテる、女の扱いには慣れていそうだ。良い答えを出してくれそうな気がする。冬休みの学校は静かで昼時と言えども誰もいない。「昨日は大変だったのか?」昨日のハルヒはえらい不機嫌だったからな。「いえ、それほどではありませんでしたよ」そうか、そりゃ良かった。「ところで古泉…」「色恋沙汰ですか…」まだ何も言ってないぞ!!「まぁ、付き合いも長くなってきましたからね、大体分かりますよ」これも鼻か?俺の鼻は一体、どうなってるんだ?俺は事の顛末を古泉に語った。古泉は意味ありげに頷いている。「それは……実に複雑且つ、重大な問題ですね」そうなんだよ…俺にとっちゃ世界中の知恵の輪を全て絡み合わせたような問題だ。「…あなたはどうしたいんですか?」え?俺?「機関の人間としての僕は涼宮さんを選んでもらいたいとは思います。勿論、同じSOS団の仲間としてもね。しかし、あなたの友人としての僕はそこまで強制したくはありません。あなたの想いまで無理矢理、ねじ曲げたりはしたくありませんから。あなたがどちらを選ぶか、そう、どちらに女性としての魅力を感じるか、問題はそこですね。自分の想いに素直になるしかありませんし、逃げる事も出来ません。あなた自身が答えを出すしかないでしょう」 古泉に相談料として自販機でコーヒーを奢っているとテンションの高い声が降り掛かってきた。「おんや~!お二人さん、何やってんだい!?冬休みにまでラブラブっさね!」変な誤解をされるような事を大声で言わないで下さい、鶴屋さん…。「SOS団の合宿ですね♪お二人でお昼ですか~?」あなたのそのプリティーなオーラは霜の降りた中庭も全て溶かしてたんぽぽ咲かせちゃいますよ、朝比奈さん♪「それでは僕はこのへんで」古泉は軽く会釈をして一人、部室棟へと向かっていった。「朝比奈さんと鶴屋さんは今日はどうなさったんですか?」「今日はクラスメイトの皆で集まって受験のお勉強してたんです♪」鶴屋さんが俺の肩に手を掛けてきた。「ハッハ~ン…キョン君、恋の悩みだね!」またか!?鼻!!「とうとう付き合う事になったのかい!?それともこれから告白!?どっちからにょろ!?告白するの!?したの!?されたの!?」滅茶苦茶、興味本位ですね…鶴屋さん。「やっぱりそこは男の子からですよね~♪」いいえ、女性からでした。そうだ、女性ならではの視点から、というのもあるな…相談してみるか。 二人に相談すると、さっきまでハイテンションとは打って変わり、予想以上に複雑な物凄く重~い空気になった…。何なんだ、これは一体?「キョン君、それは酷いっさ…重過ぎるにょろ…受験勉強に悪影響っさ…大学受験に失敗したらキョンくんのせいにょろよ?」こんなに沈んだ鶴屋さんは初めてだ…。「涼宮さんも佐々木さんも可哀想…キョンくんがこれまでずっとはっきりしない態度のままでいたからどちらかが傷つく事態になったんです。2人とも純粋な想いなのに…キョンくん、最低です…」俺も悩んでるんだが…女性の視点からすると俺の自業自得なのか?まさか朝比奈さんに最低とまで言われるとは…またちょっと泣きそうだ…。「ともかく…もうこれは覚悟決めるしかないっさ」「そうですね、曖昧なままだとまた同じような事が起こるでしょうし、キョンくんの為にもならないですからね」朝比奈さんと鶴屋さん、2人の眼光が野獣のように鋭く光っている。「さぁ、キョンくんはどちらを選ぶにょろ…?」「お二人のうちのどちらをキョンくんは選ぶんですか?」あ…いや…その…「どっち!!」2人の叫び声が最後の審判を求めてきた。 ちゃんと答えははっきりさせますと、何とか2人の追及の逃れて、部室に戻ると朝までは特に変わりのなかったハルヒは昼休みを挟んで全く別人のように思いっきり俺を睨み据えて噛み付いてきそうな勢いで座っていた。「どうしたんだ?ハルヒ」ハルヒは無言のまま、ダークでヘヴィーな邪悪の化身のようなオーラをまき散らしている。何だ?俺、何かしたか?とりあえずここはあまり話し掛けない方が良さそうだが…。「すみません…ちょっと急なバイトが入ってしまったようで」古泉は俺をチラッと見るとそのまま部室をあとにした。長門は淡々と小説を書いている。ほとんど、このダークハルヒと二人っきりの空間に取り残されているようなもんだ…。気まずい…こんな空気の中で小説を書くなんざ、とてもじゃないが無理だ…クリエイティヴなアイデアが思い浮かぶ空間とは思えない…。その時、ハルヒがおもむろに立ち上がった。部室を出て行くようだ。「おい、ハルヒ。どこ行くんだ?」無神経に声を掛けた俺の失敗だった。ハルヒは足を止め、恐ろしくドスの利いた低い声で「…どこに行こうが私の勝手でしょうが」と、睨みつけてきた。メデューサに睨まれた俺はその場で石になった。部室の扉が吹っ飛んで壊れそうな勢いで閉まった。長門がこちらを見つめている。「…行って」追い掛けろって事か?長門は無言で首を縦に振った。追い掛けろってな…核弾頭の嵐の中に素っ裸で飛び込むようなもんだぞ…。「…早く」やれやれ…分かったよ…。 「おい!ハルヒ!」ハルヒは走るのも速ければ歩くのも速い。ハルヒの肩を掴むとようやく立ち止まってくれた。「おい、ハルヒ。お前さっきから急にどうしたんだよ?」「…離して」ハルヒは振り返りもせずに答えた。「いや、離せって、ハルヒ。いきなり理由もなく、どうしたんだ?体調でも…」「…さっき、お昼ご飯買いに外に出た時に校門で橘さんって人と会った」げ!?「あの佐々木さんの知り合いでしょ?全部聞いた…」「いや、だから、あれはだな……」えぇ~っと…何をどこからどこまで話せば良いんだ?その時、ハルヒは肩に置いてある俺の手を取った。殴られるか!?と、身構えると意外にもハルヒは俺の手をそっと下ろした。「…ううん、大丈夫。キョンは何も言わなくても良いの…」そういうハルヒの細い肩は震えていた。「どうしちゃったんだろう?さっきから変だよね、私…。…佐々木さんとキョンは昔からの付き合いでお互いに凄く分かり合ってるから…ひょっとして私、それが悔しいのかな?でもちょっと寂しかったり、悲しかったり…自分でも怒りたいのか、泣きたいのか、よく分かんないの……」ハルヒは俯いたまま、聞いた事もないような、か細い声を出している。「…ごめんね、キョン。訳の分からない事ばかり言っちゃって」そう言いながらハルヒは振り向き、俺にいつもの太陽のような笑顔を向けてきた。「佐々木さんとキョンならお似合いだと思うわ!だから、あんたの勝手で好きなようにどこへなりとも行きなさい!!いつもみたいにボーッとしてたら捨てられちゃうわよ!」ハルヒはそう言い残すとどこかへ走り去って行った…SOS団の皆で楽しい事をしている時に見せるようないつものハルヒの満面の笑みが余計に俺の心に突き刺さった――― もう答えは決まっていたのかもしれない…自分の中ではもう分かっていた事なのに友達以上恋人未満の楽な関係に満足していた。ハルヒに対しても…佐々木に対しても… 「やぁ、キョン」佐々木は冬休みだからだろう、連絡するとすぐに出てきた。駅前は師走の忙しさに賑わっている。「ひょっとして昨日の答えかい?キョンにしては珍しく問題を解くのが早いね」あぁ、難解極まり無い大問題だったけどな。「まぁ、僕もあれから色々考えたのさ。他人の意見を鵜呑みにして自らの考察を怠るのは進歩を止めると言う事に繋がるからね」考察の結果はどんなもんが出たんだ?「きっと僕はね、嫉妬していたのさ、涼宮さんにね」嫉妬?「僕の中学時代はね、キョン、君との時代だと言っても過言ではない。それほど君とは長く濃密な時間を過ごしてきたからね」まぁ、それは俺もそうだからな。「しかし、その時間はあくまで過去のものにしか過ぎないのさ。人は想い出に浸るだけでは進歩はない。常に今を生き、未来へと歩を進めなければね」佐々木の髪が風で舞い上がる。「キョンにとって、僕との時間が過去とするならば、現在は涼宮さんとの時間。そして現在は必然的に未来へと繋がっている。僕との時間は未来に繋がる事はない。だからこそ僕は涼宮さんに嫉妬したのさ。そして不本意ながらも橘さんに促され、涼宮さんの力も含めて、キョン、君を取り戻したい、君の傍にいたいと考えた。君と僕との時間を過去のものではなく、未来へと繋がる現在の時間として2人で動かしたいと考えた。それを恋愛感情と呼ぶべきかどうかは、すまない、まだ考察不足だ。差し当たってはキョン、君の意見も伺いたい所ではあるがまずは僕の結論から。やはり僕は君と……」 私は一人、屋上で泣いた。もうキョンはSOS団には戻って来ないだろう……こういう時に限って楽しかった想い出ばかりが頭をよぎる……もうちょっとだけで良いからキョンと一緒にいたかった……そう思うとまた涙が勝手に溢れ出てきた。冷たい冬の風に煽られて髪は乱れた。屋上で泣いていたのはどれくらいの時間なのだろう?キョンを忘れる時間はどれくらいの時間なのだろう?いや、きっと無理だ…どんな形であれ、彼はもう私にとって一番大切な人になっている。決して彼を忘れる事なんて出来ない…だから、私は何があってもずっとあなたを好きで居続ける…ありがとう、キョン――― 屋上で心を落ち着かせてから部室に戻るとみくるちゃんと古泉君がいた。うん、よしよし、有希も筆が進んでいるようね。さっ!どんどん書きましょう!キョン一人分くらい私がどうにかするわ!今なら物凄い閃きがガンガン湧いてきそうな気がするのよね!天才的な文学的才能が目覚めたのかしら!時間たっぷりまで書き上げ、いつものように有希の本を閉じる音を終了の合図に本日解散!!さっ!今日はもう暗いから皆で帰りましょう! 「あんた、ここで何やってんのよ!?なんでこんな所にいんのよ!?」入り口の前で立ち尽くしている俺を見たハルヒは埴輪のような顔をして呆気に取られ驚いていたかと思うと今度は俺に向かって叫んでいる…鼓膜破けるわ…「何って?会誌に載せる小説の企画を考えなきゃならんだろ?」ハルヒは顔を歪めて怒鳴り散らしてきた。「そういう事聞いてんじゃないわよ!?なんであんたがここにいんのかって聞いてんの!?」あぁ~…もうだからそんな大声出さんでも聞こえてるって…。「ハルヒがさっき言ったんだろ?勝手にどこへなりとも俺の好きな所へ行けって。だからここにいるんだよ」ハルヒは笑ってるのか怒ってるのか顔を歪めているが、奥の長門といつの間にか部室にいる朝比奈さんと古泉はしたり顔でこちらを見ている。「佐々木さんは!?」「あぁ~…佐々木とはどんな形であれ他人に無理強いさせられるような関係じゃないからな、断ってきた。と言うか正確には断ろうとして呼び出したんだがな、向こうから『やはり僕は君とだけはこんな無理強いするような形での関係はごめんだ』と断られた。告白されて答えも伝えないうちにフラれるなんて、きっとこれはトラウマになるぞ…」ハルヒはジーッと俺の顔を睨んでいたかと思うと納得したように頷いている。「どうやら嘘はついていないようね…」また鼻か…ハルヒまで分かってるとは…一度、俺の鼻がどうなってるのか誰かに聞こう…「さっ!ハルヒ、行くぞ。」俺はハルヒの手を取った。ハルヒはびっくりしながらも嬉しそうに笑っている。「い、行くってどこへ!?」おいおい、もう忘れたのかよ…。「昨日、約束しただろ?放課後、一緒に恋愛小説のネタを探しに行こうって!!」お前とならもっと面白い小説の続きが書けそうだよ―――― The End
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