「蛍光灯」「メリークリスマス」
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「銀行」より
サンタクロースをいつまで信じていたか? なんてのは他愛もない世間話にもならない話題だ……って事はすでに以前言ったわけなのだが。俺が確信を持って空想上の赤福爺さんの存在を否定したのは実はごくごく最近の事だったりする。端的に言えば今だ。 古泉理論によれば、ハルヒの脳内における理性と妄想のバランスがどうとかこうとかで、この世界は現在の状況を保っている事ができているらしいが、それだって完璧な何かを見せられれば壊れちまうと俺は思うぜ? 例えばだ、現在俺の目の前に広がっている大量のお爺さんサンタクロースもを見てしまえば、どんな純粋な子供であろうとこの世のどこにもサンタなんて居ないって思うのが普通だろう。 年の瀬もせまった12月24日、俺は年末に予定された鶴屋家別荘におけるSOS団のイベントにおいて必要とされる旅費や交通費、それとその他諸経費――ハルヒに奢らされる事になった時の予備だ――を稼ぎ出すべく、アルバイトに勤しんでいた。 深夜にプラカードをもって街を練り歩くこのバイトは、寒さの割に時給が合わないせいで人気も無く、俺以外はシルバー人材センターから派遣されたお爺さんばっかりだった。そんな訳で担当の業者は一番重そうなプラカードをわざわざ俺にあてがい、しかも面倒な駅前に配置してくださったのさ。 雪が降る聖夜に一人立ち尽くすこの状況で、この日は一年間いい子にしていた子供にサンタさんがプレゼントを持ってきてくれる日なんですよー……なんて言われて笑顔になれる自信はない。 やれやれ、俺は今年一年それなりに品行方正に生きてきたつもりだったんだがプレゼントの対象にはならないのかね?年齢制限かい?
深夜に近い時間帯の街を歩くのはどれもこれもまあご丁寧にカップル連れでいらっしゃる。一瞬、手に持ったこのプラカードは実はこの時の為の凶器なのでは……なんてな、疲れてるのか? 俺は。 雪と人混みにの中を邪魔にならないようにそれでいて目立ちつつ、なおかつ寒さを耐える為にそこそこ動きながらのアルバイト。今は……、23時か、これが0時にでもなれば人混みも落ち着いてくるはずだからそれまでの辛抱だ。 プラカードを交互に持ちかえつつ、俺は駅前のタクシー乗り場の方へ歩いていた。 ……神様、貴方はやっぱり居ないんですね。 サンタひげとサンタ帽子の隙間から俺が見ちまったのは、タクシーに乗りこもうとしている朝比奈さんと、その後ろに立つ古泉のにやけずらだ。 思わず俺が立ち尽くす中、朝比奈さんが乗ったタクシーに古泉も乗り込んでドアが閉まる。 知ったこっちゃねーや……。 こんな格好でアルバイト中だが独り言でも言わずには居られないやるせなさというかなんというかもうね……はぁ、俺、帰っていいですか? しかし、現実問題こんなサンタ服で帰れば妹は無駄にテンションを上げるだろうし、何より集合場所はここから結構遠い。
どうあってもさっき見た現実って奴を受け止めるしかないと気付いた俺は、考える事を止めた。 深夜23時45分…と、予想通り人通りは途切れはじめてきた駅前には、遮蔽物がなくなった事によって冷え切った風が
吹きすさんでいた。あと2時間15分か……長いなぁ。 殆ど誰も歩いていないこの状況における、プラカードの宣伝効果って奴はどの程度の物なのか? 俺はそれが聞きたい。 しかしまあこの場で解散とでも言われてしまえば、バイト代にきっちり響くのは間違いないんだから黙っているべきなんだ
ろうな。 風を避けようとコンビニの側へ近づいていくと、店の中から見覚えのある宇宙人が出てくる所だった。 何となく何を買ったのかと見てみれば、手には何やら細長い物が入った袋を持っている。 長門。 そのまま通り過ぎようとした所で呼びかけてみると、長門はどこから声が聞こえたのかわからなかったらしく左右を見回し
ていた。そして俺に気づいて一瞬目を見開いてみせる。なんだ、サンタが居たとでも思ったのかい?「……その服装」 これか?実は俺はサンタクロースの末裔なんだよ。だからハルヒに呼び寄せられたらしい。 微動だにしない視線が俺の目に注がれる。「……」 すまん、冗談だ。これはアルバイトの借り物で俺はただの高校生さ。 長門の表情が一瞬残念そうに見えたのは気のせいだろうか。 こんな時間に買い物か? 首肯。差し出してくる袋の中には一本の直管蛍光灯が入っている。 ああ、蛍光灯が切れちまったのか。「これから、そうなる」 ああ、切れそうなんだな。変えるのは自分で取り換えられる届く所か?「多分」 珍しく曖昧な答えなんだな。 ちょうどその時、駅前の公園に置かれた時計からジングルベルが鳴り始めた。街を歩いていた人も足を止めている。 適当にアレンジされたジングルベルが鳴り終わり、曲はサンタが街へやって来たに変わった所で俺は視線を戻した。 何故俺が駅前の時計を見ていたのかわからなかったんだろう、長門は不思議そうな顔で俺を見ている。 立ちっぱなしだったせいで長門の髪に積もってしまった雪を落としてから、そうだな。こんな時に言う言葉は一つしか思い
当たらない。 長門、メリークリスマス。 しばしの沈黙の後。「……メリークリスマス」 俺の言葉をなぞるように長門はそう呟いた。 これ以上引き留める理由もない、俺はまだバイトの途中だからとその場を離れていき、少し離れた場所で気づかれない
ように長門の姿が見えなくなるまで見送った。 いよいよもって人通りは無くなり、代わりに来ましたとでも言いたいのか雪は大雪と呼んだ方が適切な状態だ。 こうなるともう笑うしかないなー……はあ。
その振動に、こんな状況で気づけた事に我ながら感心する。 寒さでかじかみ、思うように動かない手で開いた携帯にはメールで『大雪でイベントは中止になりました、最初の集合場所に
戻ってください』と書かれていた。やれやれ、これで帰れるのか。 流石に募集会社も戻ってきた雪まみれのサンタの列に感じる物があったんだろう、バイト代は予定時間より早く終わったの
だが満額で支給された。とにかく今は一刻も早く帰りたい、そして今日の事は忘れよう。 疲れた体に鞭打って家路を急いだものの、真っ暗な我が家についた時にはすでに午前2時を回っていた。 明日は何時集合だったっけ……まあいいや。どうせ遅刻じゃなくても最後に来た奴はおごりで、それは高確率で俺になるん
だろうしな。 玄関の扉を開けようとすると、雪に埋もれるようにして何かが置かれているのに気がついた。 ビニール袋と箱、なんだこれ。 このままここに置きっぱなしって訳にもいかない、とりあえず俺はそれを両手に持って家の中へ入った。 扉によって冷気と雪の音が遮られ、代わりにぬるい室温と無音の空間が出迎えてくれる。よかった、下手に妹でも起きてたらどうしようかと思ったぜ。 クリスマスの残骸が散らばるロビーを通り過ぎ、俺はまっすぐ自分の部屋へと向かった。 一段一段踏みしめながら階段を上る、音を立てないようにしているってのもあるが家の階段がこんなにきついと感じたのは、これがはじめてだ。宝くじでも当たったらエレベーターでもつけてやる。 ようやく部屋の前に辿り着き、ドアを開け「メリークリスマース!」 がしゃーん……。 一瞬俺の目に写った物が間違いでなければ、カーテン閉め切った俺の部屋に居たのはハルヒと妹だった。 さらに言えばハルヒの手にはクラッカーではなくシャンパンのボトルが握られていて、そいつは入口に立つ俺に向けられていた様に思う。人間の視力と記憶力って奴は凄いな、一瞬の事だったってのにこれだけの事を覚えているんだから。 なぜそれが一瞬の出来事だったかといえば、だ。ハルヒの放ったシャンパンの蓋は目標を派手に外して部屋の電球を直撃し、今はテーブルの上に置かれたケーキのろうそくだけがこの場を照らしている。 ……メリークリスマス、ハルヒ。 この世にサンタクロースなんて奴は居ない、居てもこんな出迎え方をされたら間違いなくそんな仕事は辞めちまうからさ。 で、どうしてお前がここにいるんだ? 天井に残った破片を取りつつ、俺はごくごく自然な疑問をベットの上に避難しているハルヒに聞いてみた。ちなみに妹は眠気が
限界だったらしく部屋に帰っており、ここには俺とハルヒしか居ない。「どうせあんたの事だから一人寂しいクリスマスでも過ごしてるんだろうと思って遊びに来てあげたのよ、なのに何? バイトで居ない
って何様のつもりよ?」 悪かったな。ハルヒそこのビニール袋に蛍光灯が入ってるから取ってくれ。「あ、これ? キョン、どうして蛍光灯なんて持ってたの?」 さあて、どうしてだろうね。 受け取った蛍光灯は前と全く同じものだった。そんな気はしてたけどな。長門が言った「これから、そうなる」ってのはこの事だった
のかね?「せっかくケーキも買ってきたのに食べられなくなっちゃうし、もう最悪」 そうだな。 適当に返事をしつつ、蛍光灯の破片まみれになったケーキを机の上に移動させる。やれやれ、とんだクリスマスだぜ。「ねえ、キョン。こっちのはなに?」 ん、ああそれか。 ビニール袋はさっき確認したんだが、そういえば箱の中身はまだ見てなかったな。俺の答えを待たずにハルヒによって開けられた箱の中身は、綺麗にクリスマス風にデコレーションされたケーキだった。「キョンにしては気が利くじゃない!」 おいまて、これは俺宛ての物かどうかまだ……あ~あ、聞いちゃいない。 ご機嫌でケーキを切り分けるハルヒにため息をつきつつケーキの箱を見てみると、内側にメッセージカードが差し込んであった。 宛名は……。『キョン君へ 寒い中お疲れ様、私のバイト先で貰ったケーキを置いていきます。仲良く食べてね 朝比奈みくるより』……神様っているんだな、本当に。「何変な顔してるの? あ、これ。クリスマスプレゼント」 そう言ってケーキ片手にハルヒが差し出したのは小さな袋だった。 これ、開けていいのか? ケーキを食べながらハルヒは肯く、さていったい何が入っているのやら……。 袋の中身は赤い毛糸の手袋だった。しかもどうやら手編みらしく、ハルヒらしいオリジナリティーなデザインだったりする。指の内側第二間接の所から指を出せたりする毛糸の手袋なんて見たことないぜ。「言っとくけど。みくるちゃんに編み物を教えてもらってるから、練習ついでに作ってみただけなんだから変な事考えないでよね」 へいへいわかったよ。それと、フォークを人に向けるな。「それだけ?」 疲れてたんだろうな、自然に声が出てたよ。 ありがとうよ、ハルヒ。 急に視線をそらしてしまったハルヒを眺めつつ、こんなクリスマスも悪くないな……などと考えながら暖かい部屋の温度に誘われて俺はそのまま眠ってしまったそうだ。 今日はクリスマス、よい子にしていた子供にひとつだけ願いが叶うのなら……そうだな。 こんなクリスマスがこれからもずっと続きますように――ってのはどうだい?
蛍光管とメリークリスマス 終わり
「結婚」へ続く
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