The Destiny of Haruhi Suzumiya 第二章 再来
「朝倉涼子が再構成された」口に含んだお茶を思わず吹き出しそうになる。今の俺は正に大驚失色の有様だろう。あの光景を思い出すだけで戦慄が身体を支配しそうになる。「まじで出て来やがったか……。で、朝倉は今何処にいるんだ?」「不明。何らかの障害により追跡不可能になった。察知出来たのは構成された瞬間だけ」「つまり、奴が何しようが解らないって事になるのか」「そう。それに」長門が言葉を区切る様に少し俯く。「情報統合思念体にアクセス出来ない」その言葉を聞いた途端、静まり返った部屋の空気が凍てつく様に冷え込んだ気がした。思わず生唾を飲み込む。「どういうこった」「解らない。恐らく以前にあなたが言った事象が事実なら、急進派が主権を掌握したのかもしれない」まさかな、まさか同じ事が起きるとは。にわかに信じ難い話ではあるが、わざわざ呼び付けてまで嘘は言わないだろう。しかし、どうしたものか。俺に出来る事なんてあるのか?いや、例え無くてももう二度と逃げるものか。「長門、何か打つ手はあるのか?」「不明。予測不可能な事態」こいつの口からまさかこんな言葉を聞く事になるとは。一番頼りになるのはこいつだけなのに。「方法は無くも無い」何だって?「朝倉涼子が用いる対ヒューマノイドインターフェース破壊ウィルスプログラム、これを解析出来れば勝算はある」「本当か?だが、一体そのウィルスは何処にあるってんだ?」長門は俺の振りを完全に無視し、急須を手に取り自分の湯飲みにお茶を注ぐ。「いる?」「ああ、貰うよ。ってそうじゃなくてだな」俺の話しはどうやら完全にスルーされているみたいだ。長門が座布団から腰を上げ俺の横までトコトコと歩いてくる。そしてお茶を注ぐと自分の席に戻って行く。取り敢えず落ち着けって事なんだろうか。「なぁ、それで一体何処に……」「あなた」すまん、何だって?「あなたの説明に間違いがなければ、あなたの体内に侵入した可能性がある」「ああ、成程。ってまじかよ!?」「まじ」長門の頭がコクリと頷く。「俺の体は大丈夫なのか?」「心配?」「そりゃな」「解った」そういうと長門が再び俺の隣までトコトコと歩いて来た。一体何をする気何だろうと思いつつ長門を目で追っていると。隣に腰を下ろした長門が俺の腕を掴んでくる。何をする気何だろうか、やっぱりあれをするのか?と思っていたのも束の間、突然腕にチクりとした痛みが走る。「なっ長門さん?あなたは一体何をしていらっしゃるんでしょうか?」長門が腕に噛みついたまま此方を見上げて、何やら口をもごもご動かし始めた。「はほまひんをひゅうひゅうひら」噛みつきながら喋るんじゃありません。「ナノマシンを注入した」「えーと。一体何のだ?」「あなたの体内に侵入したウィルスの解析」つまり、俺の中にあるそのウィルスを調べる為にナノマシンを体内に入れた訳か。というか俺の体に色々入れすぎじゃないのか?「問題ない」長門が自信たっぷりに頷く。こいつの事だから、きっと根拠があって言ってるんだろうな。「恐らく」え?今何て言った?「まさかとは思うが、長門よ。根拠はあるのか?」「ない」「ないんかー!」思わず口に出してツッコミを入れてしまった。当の本人はと言うと、特に動じる訳でもなく無表情でこう言った。「ユニーク」何がユニークなのか小一時間説明をして頂きたいものだったが、そんな時間もないので次に行こう次に。
「で、まだその解析とやらとは終わらないのか?」「待って」今、俺は朝倉製対なんちゃらウィルスの解析の最中らしいのだが、長門はただ俺の前に座り見詰めてくるだけなのだが。こうしているだけで何が解るのだろうか。「終わった」「そうか、で結果は?」「未知のウィルスを検知した」「そうか、それでどうするんだ?」「恐らくこれが朝倉涼子の破壊ウィルスで間違いない。このウィルスは特別な条件下でしか発動する事はない」「つまりどういう事なんだ?」「朝倉涼子の情報閉鎖空間のみ発動可能。そうしなければ、自らも侵され死滅する」「そうかい、そうでなけりゃ都合いいもんな」「そう」「で、どうするんだ?」「あなたの体内からウィルスを採取する」「んで、方法は?」「あなたと体液の交換をする事により可能」「つまり、どういう事なんだ」「接吻」目の前の宇宙人が、いきなりとんでもない事を言い出した。「何だって? 接吻?」「そう」長門の頭がコクリと頷く。さて、どうしたものか。取り敢えず帰ろう。うんそうしよう。「帰っていいかな、俺」「駄目」小さな手が俺の服を掴んで離さない。どうやら俺は逃げ出す事すら不可能の様だ。何故かと言うと、少々強引に動こうとしても体が全く動かない。「情報操作は得意」などと言い出した。まったく勘弁して欲しいものである。「その……何だ。しなきゃ駄目なのか? もっと他に方法がありそうなものだが。さっき見たいに腕に噛みつくとか」「ない」断言しやがった。迷いのない真摯な瞳でそんなに見詰められても困るのだが。「問題ない、やり方は知っている」問題があるのは俺何だが。ハルヒにバレたらきっとやばい事になるんじゃないか。などと考えていると、長門が俺の太股の上に跨り顔を近付けてくる。それも無表情で。色気なんかあったもんじゃない。「ちょっと待ってくれ!さすがにまずいって」接近する長門の顔が止まる。何故か不機嫌そうな顔をしているのは気のせいだろうか?「何?」「何じゃなくて、そのなんだ。その行為は非常にまずい」「何で?」「何でってだから、その俺は今ハルヒと付き合ってるんだ。だから他の異性とそういう事をするのはだな……」ハルヒの名前を出した途端、急に長門の表情が微妙に曇る。「そう……」悲しそうな声で呟き俯く長門。何故、そんな顔をするんだろうか。「あなたと涼宮ハルヒを守る為には必要な事」「そうかもしれないが、他に方法はないのか?」俺の言葉に長門は黙り込んでしまう。暫しの間沈黙が走り、再び長門が口を開くまでには数分の時間を要した。「無いことは無い」どうやら他に方法があるらしい、先程無いと断言したのは一体何だったのか。「あるんだな?」「注射」すまん、何だって?「注射で貴方の血液を採血する」まともな方法があるじゃないか。是非ともそれをお願いしたい。「お勧めは出来ない。痛みを伴うより快楽を……」「注射で大丈夫だ!」長門の言葉を遮る様に俺は叫んだ。何を言い出すのかは直ぐに解ったからな。「そう」長門の顔が微妙に顰めている。だから何でそんなに残念そうな顔をしてるんだよ。「待ってて」そういうと、長門は腰を上げ寝室の方に向かった。寝室に何があるのか知らないが、注射器を常備してるのもどうかと思うぞ。
長門が寝室の方に消え、緊張と拘束状態から解放された俺はその場にヘタリ込む。全く、最近の長門はどうも様子がおかしい。部室で話し掛けても、以前より返答や会話が減った気がするし。嫌われたのかと思いきや、今日みたいにいきなり迫られるし。宇宙人は何を考えているのか解らないもんだな。ぼーっと天井を眺めながら考えに耽込んでいると、「お待たせ」長門がスッと俺の隣に腰を降ろした。「あったのか?」「そう」「見せてくれ」長門が手に持つ注射器を俺に差し出した。良し、意外に普通みたいだ。とんでもないものが出て来たら困るからな。「ところで長門よ、注射はした事あるのか?」「ない」「ないのかよ」半端なおかっぱ頭がミリ単位でコクリと頷く。「問題ない」さすがに問題あると思うのだが?「やり方は知っている」という長門の言葉を信じ、腕を差し出したはいいものの不安で仕方がない。何故かと言うと、注射器を持つ長門の右手がぷるぷる震えているからだ。「ほ、本当に大丈夫なんだな?」「任せて、これでも料理は得意。レトルトカレーを温める際、温度、秒数、寸分狂わずに行える」料理と注射に関連性が無いのは明白な事実なのだが、一体どうやったらそこまで勘違いが出来るのだろうか。それにだ、そもそも長門の自信は一体何処から湧いてくるんだ?大体レトルトカレーは料理と言えるのだろうか。確か、情報統合思念体とやらとアクセス出来ないのが原因なんじゃなかろうか。以前にギターで軽々とプロ級の腕前を披露した時があったが、それは情報の仕入れ先があったからじゃないのか?「静かに」「いや、だがな長門」「黙ってて」真剣な表情を崩さない長門が、本人の口から出たとは思えない強い口調で俺を制した。「すまん」「いい」何故か居た堪れなくなった俺は取り敢えず謝罪を入れ、自らの行く先を案じる事に徹した。長門はというと一点をじーっと見つめており、恐らくそこに針を刺すと思われる。だが何時まで経っても俺の腕と睨めっこをしているだけで事が進まない。「本当に大丈夫なのか?」と思わず口を出してしまう。「問題ない、既に静脈の位置は特定している。後は実行するだけ」なら早くしてもらいたいものなのだが、焦らされる事により不安が加速して行くんだよ。などと頭の中でモノローグをひたすら浮かべていると、チクりとした痛みが腕に走るのに気付く。そして、俺の体内から吸い上げられる血液。「成功した」注射器を見詰めながら長門が嬉しそうに微笑を浮かべた。あれ、長門。お前笑えるのか?「気のせい」長門がそう言う頃には既にいつもの無表情に戻っていた。おかしい、錯覚なんだろうか。まあいい、どうやら無事に終わったらしいし後は長門に任せて俺は帰ろう。
「泊まってく」何処に泊まりに行くんだ?「泊まってく?」首を傾げ、懇願する様な視線を送ってくる長門を見て、一瞬泊まってもいいんじゃないかという気にもなってしまう。それに時計を見ると既に短針は二十四時を周り、長針が三十二分を指していた。もう、こんな時間になってたのか。だがさすがに泊まる訳にはいかないだろう。「悪いから、帰るよ」「そう……でも、外」外がどうしたって?長門が視線を窓辺に送るのを見て、俺は確認する為にカーテンを開けた。何故、殺風景な長門の部屋にカーテンがあるのかと言うと、以前にハルヒが殺風景だからとカーテンやら棚やら色々購入したのだが、カーテン以外は部屋の隅に置かれ今だにダンボールに包まれている。話が逸れたな、まぁ取り敢えず俺は窓越しに外を眺めたんだ。だが、この高級マンションから一望出来る景色は決して夜景が綺麗とか、そんな事を言いたくなる様な景色ではないのが一瞬で理解できた。辺り一面に天から降り注ぐ水の線が広がっている。「雨」長門がぼそりと呟く。朝方見た天気予報を見た時は降水確率が低かった気がしたんだが外は大雨だ。高級マンションだけあって防音もしっかりしているのか、雨音など一切聞こえてこない。さすがにこの豪雨の中を帰るのは厳しい。「もう少し様子を見させてもらうよ」完全に意気消沈した俺は、複雑な心境で長門にそう伝えると。「解った」長門は承諾する様に頷いた。心なしか、口元に笑みが浮かんでいる気がしたんだが。そんなに俺と居るのが嬉しいのだろうか?いや、自意識過剰だな。俺はカーテンを閉め再びコタツの中に体を埋めた。
さて、これからどうしたものか。長門さえ情報閉鎖空間とやらで動ければ勝気があるかもしれないが、いや、待てよ?今の時間の流れは以前とは異なっているはずだ。という事は朝倉が必ずしも同じ行動を取るとは思えない。「長門、朝倉が行動するとしたら何をすると思う?」長門は只黙って俺を見詰め、瞬きを三つ程した後口を開いた。「恐らく、静観。又は涼宮ハルヒへの直接介入が予想される」「ハルヒに直接手を出すのはやばいんじゃなかったのか?」「急進派は何ら変化の無い観察対象に対して、自律進化の可能性などないと主張し続けていた。涼宮ハルヒを自律進化の可能性として重要視している主流派から主権を掌握する為に、涼宮ハルヒの抹消を行う可能性がある。だが、有機生命体の感情という処理が円滑に行える様になった朝倉涼子ならば、確実にあなたと私を狙ってくるはず」「要するにだ。上司の命令には従わないって訳か?」「恐らく、だが推測の域を出ない。でも、そこに勝機があると思われる」こいつが言うなら事実だろう。だが、自律進化とやらが一体何なのか知らないが、そんなものの為に俺達をモルモットにしないでもらいたいな。「長門」「何」「お前は大丈夫なのか?」「大丈夫とは?」「さっき、注射をされた時に思ったんだが。お前、情報操作とやらは出来るのか?」長門が黙り込み、静寂が部屋を支配し始めた。頼むから何か言ってくれ、お前だけが頼りなんだ。「うかつ」「何が迂濶なんだ?」「今私は情報操作能力が著しく低下している。あなたの認識に近い状態」「つまり、いつもみたいなインチキは出来ないのか?」「違う。多少なら可能」多少……ね。それがどこまで通用するかが問題だな。いや、待てよ。長門に頼り切りになる訳にはいかない。俺に出来る事はなんだ。取り敢えず、解決策を模索する事ぐらいしか出来ないのか?「雨、止んだ」長門が窓に視線を送っている。俺は疲れ切って重くなった腰を上げカーテンに手を掛ける。「みたいだな。長門、俺帰るわ」「そう」寂しそうに俯く長門から、視線を逸らし床に置いてあるコートに手を伸ばした。
コートを羽織った俺は、玄関に向かった。後ろから長門がとことこと朧げな足取りで付いて来る。「今日はありがとうな」「いい」「後、その服似合ってるぞ」この言葉に驚いたのか、長門は驚愕の表情を初めて見せた。「あ……がと」「何だ?」「何でもない」「そっか、じゃあまた学校で」俺はそう言い残し玄関を出た。しかし、まさかあの長門が頬を朱色に染め恥ずかしそう俯くとは思わなかった。ふと、あの時の長門の微笑を思い出していた。
自転車のサドルに残る水滴をコートの袖口で拭き上げた後、自転車に跨り雨の余韻が残る濃い湿気が混じった霧を切り裂く様に自転車を漕いだ。しかし、すっかり遅くなっちまったな。朝倉……か、以前あいつが俺を殺そうとした時、エラーによる暴走を起こした結果だったのだろうか。いや、考え過ぎだろう。この後、俺が自宅に着いた頃には夜中の二時を過ぎていた。疲れもピークに達していた事もあり、布団につくなりすぐに意識が遠のいた。
翌朝、いつもの様に妹に布団から引きずり出され、普段より疲れが溜り酷く重い体を無理矢理動かし学校に向かう支度を済ませた。北高に通う事になってから、毎日遅刻する事もなく皆勤している俺であったが、初めて学校を休みたくなった。気だるさが一行に消えないまま、自転車に跨り夜中に降った雨のせいか、一層冷え込んだ寒空の下ペダルを強く踏み込んだ。
教室に着くと同時に一番最初に視界に飛込んで来たのは勿論ハルヒだ。しかし、昨日あんな事があったばかりだし一体なんて声を掛けたらいいもなのかと思いつつ、重い足取りで自席へと向かった。「おはよう」我ながらスムーズに台詞を言えた。と言っても挨拶だけなのだが。「あっおはようキョン。って何難しい顔してんのよ」おかしい、俺なりに爽やかな笑顔で挨拶したはずなんだが。しかし何でこいつは普通でいられるんだ?「別に、何でもねーよ」ハルヒに余計に絡まれる前に俺は席に腰を下ろし、机の上に伏せる様に腕の中に顔を埋めた。「来て早々寝るってあんたどういう神経してんのよ」お前には言われたくないんだが、それより静かにしてくれないか?本当に疲れてるんだ。「へぇー。そんなに夜遅くまで何してたんだか。もしかしてあれを思い出して興奮しちゃって眠れないとか、あんたなら有り得そうね」後ろで何かをぶつぶつ言い始めたハルヒを無視し続けている事はどうやら不可能な様で、仕方なく顔を上げ後ろを振り返るとハルヒが顔を真っ赤に染め上げ固まっている。 「こっこっちを見るんじゃない!」そう怒鳴るとハルヒは俺から顔を背け、横目でチラチラみてくる。一体こいつは何がしたいんだろうか?「いつまでこっち見てんのよ、さっさと前向きなさい!」はいはい、朝から忙しい奴だな相変わらず。俺は前に向き直り黒板から右上辺りに掛けられているアナログの時計に視線を向けた。もうすぐ朝のHRが始まるな。などと思いつつ木枯らしの舞う外の景色を暗雲低迷な心境のまま眺めていた。
本日の学業の始まりであるチャイムがなる少し前に岡部教諭が入ってきた。挨拶をした後、いつもの様にお決まりのダラダラと長いだけの話しをするのかと思っていたのだが、予想外の事を言い出した。「えー、今日は転校生を紹介する。皆も知っていると思うが、一年の一学期にカナダへ引っ越した朝倉が帰って来た。朝倉、入れ」おいおい、まじかよ。朝倉だって?こんな状況はさすがに考えなかったぞ。余りの突然の出来事に呆気に取られながらも、ガラリと音を立て開く引き戸に視線を送る。揺れる蒼いロングヘアーに容姿端麗、白い肌が清楚な感じを漂わせている。教室の中に入って来た転校生は間違いなく朝倉本人だった。
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