The Destiny of Haruhi Suzumiya 序章
あの出来事から早三週間が経った。ハルヒの情報爆発が起きたのかと思ったのだが、長門に聞いてもそんな事象は知らないの一点張り。だが、必死に説明する俺の言葉を信じてくれたのか、「警戒する」と言ってはいたが。一体どういう事なのか、結局俺は夢を見ていたのか? いや、ハルヒの行動からしてそれはないと思うのだが。そんな疑念を抱きつつも、当の俺はというと特に変わった事が起きる事もなく淡々と日々を過ごしていた。だが、認識の甘さからか自体の重大さに対して全く気付いていなかった。
年中無休で活動している、この存在意義すら解らない団の活動に今日も従事している俺達、特に俺だが。本日も特にやる事もなく、古泉が持ち込んだ人生ゲームを珍しく全員で興じている所だ。「私の番ですね、それ」朝比奈さんがルーレットを回す。出た目は七だ。「えっと…貴方が負う事になってしまった負債五千万円を誰か他の人に支払って貰う事が出来ます。えーと、じゃあキョン君お願いします」迷わず俺ってどういう事ですか、朝比奈さん?「だって…その…」「別にいいですよ、朝比奈さんの為なら」きっとこの言葉が引金になったんだろう。突然ハルヒが机をバンッと叩き俺を睨み付けて来た。「へぇーそうなんだー、みくるちゃんの為ならねー」まずい、かなりご立腹らしい。それに朝比奈さんが真っ青にしてチワワの様にプルプル震えさせている。ここは何とかしないといかん。「いやその、あれだ。そのハルヒの為にだって…」「本当!?」それより少し落ち着いたらどうだ。唾が顔に掛かってるんだが。というか、思い付きで言ってみたはいいもの自分で窮地に陥る様な事を言ってないか?「ふーん、じゃあ考えておくから覚悟しておきなさい」と一言言うと腰を下ろしルーレットを回した。「貴方も大変ですね」自分の失言により自ら墓穴を掘った情けない俺に古泉が耳打ちしてくる。「全くだ」よもや俺がハルヒと付き合う事になるとは。未来で言えば規定事項なんだろうか。朝比奈さんはそれを解っていた様な口振りだし、長門によるとどんな計算式から成り立つのか解らない確率論で答えてくれた。その確率とやらは95%くらいだったろうか。必ずしも決められた未来になるとは限らないらしい、詳しくは教えてくれなかったが。「ほら、有希の番よ」ハルヒが自分の番を終え、長門にルーレットを回す様に促した。半端なおかっぱ頭がコクリと頷き、透き通る様な白い小さな手がルーレットの中心部を掴み回した。そういえば、長門は殆どデメリットが生じるマスに止まらないな。負けず嫌いのコイツの事だ。まさかとは思うがこんなことに情報操作を行っている訳ではあるまい。「仕返し、貴方の選んだ人から一億円を奪う、又は十五マス戻せる」ぼそりと呟くと長門が此方に視線を向けてくる。ま……まさか俺とは言わないだろうな。「あなたから一億円奪わせてもらう」そっと指差された俺は、なけなしの手持ち五千万を渡し残りを借金で背負う羽目になる。「キョン全然駄目じゃない」ハルヒがニヤニヤ此方を眺めてくる。頼むから放っっておいてくれ。しかし、酷い出来レースだ。間違いなく俺を最下位にするつもりだこいつ等。「僕のターンですね」目の前の優男が微笑みを崩さずにルーレットを回した。出た目は五。「どうやら無難なマスみたいですね」何々、あぁ建築物が購入できるマスか。これなら俺が被害を被る事はない。何故俺がこうも必死になっているかというと、最下位は帰りにコンビニで全員に奢るという罰金付きだからだ。しかしなぁハルヒよ、何故そこまで罰金にこだわるんだ?「あんたまだそんな事も解らない訳? そっちのほうが面白いからに決まってるじゃない」どうやら俺はこの団に半強制的に所属を強いられている限り、懐が暖まる事はないという事が良く解る。実際今回も負け確定だしな。まったくやれやれだ。
謀らずとも確実に最下位以外の選択の余地が無かった俺の負けにより人生ゲームを終えた。タイミングよく部活動の終了を告げるチャイムが鳴った事により、SOS団は本日の営業を終えた。「さて、何買ってもらおっかなー。ねぇ、みくるちゃん?」昇降口に向かう最中、ハルヒは一番で上がった事により上機嫌になっている。「わっ私は、そっその……肉まんがいいです……」遠慮しがちに朝比奈さんが俺を横目でチラチラ見ながらハルヒに言葉を返している。朝比奈さんの笑顔が見られるなら何でも構いませんよ。「私も」先頭を歩く長門がぼそりと呟く。こいつは小柄な割に大食いだからな。一体何個食べる気だろうか、それが気掛かりだ。「そう肩を落とさないで下さい」これで平然としてる程、俺の財布に余裕はないのさ。「おや、では僕がバイト先でも紹介して差し上げましょうか?」俺の隣を歩くイエスマンこと古泉が何やら怪しげな笑みを浮かべ話を振ってくる。「結構だ、どんな仕事をやらされるか解ったもんじゃない」「そう言わずに、こう見えても結構色んな方面に顔が効くんですよ」「そうかい、それより最近何か変わった事はないか?」「変わった事とは?涼宮さんならご覧の通り前例がない程安定しています。これは一重に貴方のお陰なのですが」「そうじゃなくてだな……」「二人供何してんのよ、置いてくわよ!」ハルヒの叫び声により遮られた言葉をそのまま飲み込み、俺達は小走りでハルヒ達に駆け寄った。
程なくして北高のハイキングコースである坂の下にあるコンビニに着いた俺達だったが、コンビニ入るなりあれやこれやと籠に商品が投入される。どうやら俺の財布が悲鳴を上げるのは言うまでもなく、その量からして財布の中身は確実に空になりそうな量だった。「おいハルヒ、さすがにそんなには…」「いいじゃないのたまには」たまにじゃないんだが。俺の抗議は聞き入れられる事もなく、買い物籠はレジへと突き出された。なけなしの金を払い、あまつさえ買い物袋を持たされた俺はしばらく雑談した別れた後広場のベンチに腰を下ろし、寒空の中今月をどうやり過ごそうかと考えに耽っていると、ハルヒが突拍子もない事を言い出した。「ねぇキョン」「何だ?もう金ならないぞ」「違うわよ、その…さ。あたし達付き合ってるじゃない?」「ああ、そうだな」何を言いたいのか、珍しく恥じらう様に俯き、繋いだ手を少しだけ強く握っている。「その…まだ手しか繋いでないじゃない?」確に言われてみればそうだ、ハルヒは夢としか思ってないが実際はしてるんだよな。何がとか野暮な事は聞くなよ?「だから…その…」何かを懇願する様な、それでいて少し熱っぽい面持ちで俺を見上げてくる。思わず目を背けてしまったが、正直こんなハルヒを見る事が出来て嬉しいというか、なんというか。正直堪りません。「ちょっと聞いてるの?」少し甘えた様な声で囁くハルヒに、「その、今じゃなきゃ駄目なのか?」と答えると、ハルヒは伏し目がちに語り出した。「べっ別にあんたが嫌ならいいわよ。でも…そのあたしだっていつまでも待ってるのは嫌なのよ」珍しく女の子らしい素振りを見せるハルヒに、思わず鼓動が高まる。此処で断ったら男として廃るというかなんというか、もう何でも来いだ。「仕方ないな。ここじゃ何だし、今から家にでも来るか?」「本当!? へっへー」何だよその笑いは。「別にいいじゃない、細かい事気にしてたら器のでかい男になれないわよ」妙に嬉しそうに俺の腕に抱きつくハルヒを引きずりつつ、自転車を置いてある場所へと向かった。自分の鞄を籠に入れた後、ハルヒの鞄を受取り無理矢理押し籠め、ハルヒに後ろに乗る様に促す。「よっと」ハルヒが荷台に乗ったのを確認し、ペダルを踏む足に力を入れ颯爽と漕ぎ出した。確か、以前にも似たような事があったな。過去に戻る事により、改変した時間の流れから彼女とは接触しなくなった。一般人が俺と関わるとろくな事にならない事が解ったからだ。という俺も俗に言う一般人というカテゴリに含まれるはずなんだが、なんなんだろうね。「キョンって意外と背中広いわよね」荷台に乗っている団長様が背中にぐりぐりと顔を擦り付けてくる。意外とは余計じゃないのか?「なぁハルヒ、帰るの遅くなっても家の方は大丈夫なのか?」「平気よ、それに大して心配しないわよあの人達。それにもう高二よ?いい加減門限を無くして欲しいものだわ」「まあ、会った事ないから解らないが。門限を敷いてる時点でやっぱり心配してるんだろ?自分の子供が可愛くない親なんていないんだしさ」などとありきたりな事を言ってみた。「うるさい、キョンのくせに」とハルヒはそれっきり黙ってしまった。何か気に障る事でも言ったのだろうか。そうこうしている内にすっかり空も暗くなり始め、冷え切った風を顔面に受けながら自転車を漕ぎ続けた。しばらく黙ったまま漕ぎ続ける事数分。家に到着した。
「キョン君おかえりー」「ただいま」妹がシャミセンを抱えながら小走りで出迎えてくれたが。妹よ、廊下を走るのは危ないと何度言ったら解るんだろう。「ハルにゃんいらっしゃいー」「お邪魔するわね、妹ちゃん」ハルヒがシャミセンの手を掴んで何かやっているのを横目に、俺が自分の部屋に向かおうとするとハルヒが俺の袖口を掴み、「ちょっと待ってよ、置いて行くつもり?」と何やら不機嫌そうにじと目で俺を見詰めてくる。「いや、先に荷物を持って行こうと思ってだな」苦し紛れの言い訳だ。自分の彼女を部屋に上げるんだ、それなりに準備が必要な訳さ。ハルヒの事だし、待てと言われて待つ様な奴じゃないのは重々承知している俺の企みは呆気なく崩れ去った。「おかえり、あら可愛いお客さんね」母親が居間の扉を開け、顔を出して来た。「お邪魔してます」「あら、ハルヒちゃんこんばんは。狭い家だけどゆっくりしていってね」「いえっそんな…」「先に行ってるぞ」放って置くと話し込みそうな雰囲気だった為、俺はこの機に乗じて自分の部屋を片付ける事にした。
部屋を粗方片付け終わった後、ベットに寝転がり寛いでいると扉をカリカリ爪でひっかく音が聞こえてくる。妹の手から逃れてきたシャミセンだろう。扉を少しだけ開けるとその隙間をするりと抜け、シャミセンが部屋に入ってくるとベットの上で丸くなる。どうしてこの猫はこうも寝るのが好きなのか、などと考えていると。「ワッ!」と後ろから叫び声が聞こえる。思わず体をビクリと上下にさせてしまったが。ここは冷静を装い振り向くと、ハルヒがにやけた面して立っていた。「何だハルヒか」「何だとは何よ。それよりビックリしたでしょ?」ぐ……。別に驚いてなんかないさ、ちょっとだけ不意を突かれただけだ。「まっそういう事にしといてあげるわ」そう言うと、ドアの付近に鞄を置きコートを脱ぎ始めたので手伝ってやる事にする。「あっありがと」しかし、今日はやけに素直だな。怖いくらいだ。コートをクローゼットに掛けた後、俺がベットに座るとハルヒも付随して隣に腰を下ろしてくる。「キョンの部屋に来るの久し振りね」ああ、そうだな。前に来たのは確か高二になる前に俺が四苦八苦していた所、ハルヒが自分が勉強を教えるという理由で押し掛けて来た以来かな。「そうね、あんたはやれば出来るのにやらないだけでしょ。でもまあ、これからはあたしが面倒見てあげるんだから有り難く思いなさい」不敵な笑みを浮かべながらそう言った後、シャミセンを撫で始めた。そのまま数分間沈黙が続き、ハルヒが何を考えているのか探ろうなどとはせずにベットに横たわる。それに反応したハルヒが、俺の上に覆い被さる様にハルヒが上に乗る。「何寝てんのよ」いつもなら不機嫌そうな面をして、早く起きろ馬鹿と言って引きずり落とされそうなものだが。今日はいつもと違って艶かしい表情をして甘い声で囁いてくる。思わず頬にそっと手を添えて撫でてしまいたくなってしまう。「ねぇ、キョン」「何だ?」「あたしの事好き?」「ああ、好きだぞ。って何回言わせるんだ?」「良いじゃない細かい事は。あんたに言われると、何回言われても嬉しいのよ」「そうかい、でもいいのか?恋愛なんて精神病の一種だったんだろ?」「あんたを好きになるまではずっとそう思ってたわ。でもね、あんたは他の奴とは違うのよ。あたしという人間を知った上で受け入れてくれる。そんな人今まで居なかったもの。だから、あんたとなら病気だって何だって構わない。ずっと治らなくて良い」「そうかい、そりゃ嬉しいね」「何よ、冷たいわね。もしかして照れてるの?」「べっ別に照れてなんかいないさ」「ふふっ」ハルヒはゆっくりと体の力を抜き俺に体を預けてくる。思わず身を捩ってその場から逃げ出そうとするが、艶かしい微笑を浮かべとろんとした目をしたハルヒの顔がずいっと目の前まで来る。「ねぇ……キョン。キス……して?」間近に迫ったハルヒの吐息が肌に触れ、理性が崩れ掛け始めた俺はハルヒの髪を撫でそっと抱き寄せ唇を重ねようと――「キョン君ーご飯だよー」妹の間伸びした声が聴こえた途端に扉が開いた。ハルヒは慌てて飛び起き、俺も慌てて体を起こした。階段登ってくる音すら気付かないとは。なんたる不覚。妹は怪訝な面持ちで此方を見詰めた後、「キョン君何してたの?」と聞いてきたものだから困ったもんだ。「べっ別に何もしてないぞ?それより部屋に入る時はノックしろって言ったろ?」「ふーん。あっハルにゃんの分もあるよ?食べて行くでしょ?」妹は俺の言葉を完全に無視してハルヒに問掛けた。全く、いつからそんなに兄ちゃんに冷たくなっちまったんだ。妹よ、俺は悲しいぞ。「えっええ。頂くわ」ハルヒが乱れた制服を直しながら答えている。目的を果たした事により、俺達に興味を無くしたのか、「シャミの分もあるよー」とベットの上で丸くなっていたシャミセンを抱き上げると、そそくさと部屋から去っていった。全く騒がしい奴だ。しかし、なんというタイミングの悪さだ。お陰で気まずい雰囲気になっちまったぞ。不意にハルヒと視線が合い、思わず視線を逸らす。いや、本当に気まずい。「飯食いに行くか」「うん…」どこか寂しげに頷くハルヒを尻目に俺は先に部屋を出て、ハルヒが出てくるのを待ち一緒に居間へと向かった。その後、食卓で他愛もない雑談がメインに話しが盛り上がっていたが、母親が突然、「ハルヒちゃんがいるなら、家の駄目息子も安心ね」などと言い出したから大変である。ハルヒは顔を真っ赤にしてあれやこれやと質問攻めにされ、珍しくあたふたとしていたが。当の俺はというとなるべく会話を振られない様に早々に飯を平らげ、「先に部屋に戻ってる」と言い残し食器を下げた後部屋に戻った。改めて思ったのだか、俺って根性無しなのか?まあいいか。
部屋に戻りベットに横になりながら先程の出来事を思い返していた。思わず顔がニヤけてしまう。「何ニヤけてんのよ」「おわっ!?居たのか!?」いつ部屋に入って来たのか気付かなかった。というか普通に驚いた。「何を熱心に思い出してたのかしらねぇキョン」「べっ別に何でも良いだろ」不敵な笑みを浮かべ見下ろすハルヒから顔を背け壁の方に体を向けると、俺の背中にハルヒがくっついてくる。「何だ?」「別に、何でもないわよ」「そうかい」「そういえば…、あんたのお母様に嫁に来てくれないかって頼まれたわ」んな……あの人は何て事を言ってるんだ。「勿論OKしたわよ」「おい、そんな茶の間の話し本気にしてるのか?」「あたしは本気よ」あれ?もしかしてこれってプロポーズって言うんじゃ。しかし、幾ら何でも気が早い。まだ付き合って3週間だろうが。などと考えていると、突然右肩を掴まれ無理矢理体を翻された俺の上にハルヒが跨ってくる。「キョンはあたしじゃ嫌?」「嫌という訳じゃないがな、取り敢えず落ち着けハルヒ。話はそれからだ」「解った…」珍しく従順なハルヒは俺の体の上から退くと、ベットの端に座り込み俯いたまま黙り込む。しかし、一体何でこんな事になっちまってんだ?ん?いやまて、そんなに単純な話な訳が。いや、ハルヒの事だから有り得るな。「まさかとは思うが、俺が部室で言った事か?」ハルヒは体をピクリと動かし反応し、徐に此方に視線を向けると淡々と弱々しい口調で語り始めた。「そうよ…あたしの為なら何でもって言ってくれたじゃない。それに、あんたみくるちゃんと話している時と、あたしといる時と全然違う。何で?そんなにあの娘がいいの?そりゃみくるちゃをは可愛いわよ。でもあたしだって努力してるつもり。それに、あんたが他の女の子と話してるのを見ると胸が苦しいのよ。なんで?一体何だっていうのよ…」そんなハルヒを見て言葉を失ってしまう。結局俺は居ても居なくてもこいつを苦しめる原因になってるんじゃないかと思い込み始めてしまう。だが、ここでそれを言い出したらあの時、約束した事を破る事になる。ハルヒは夢だと思ってるだろうが俺には現実だ。さて、この場をどう治めるか。そう考えに耽込もうとすると突然携帯が鳴り出す。「出ないの?」「あ……ああ」携帯を手に取り誰からの着信か確認する。表示された名前は"長門有希"。こいつから掛ってくるなんてのは余程の事が有った場合だけだ。俺はハルヒに一瞥してから廊下に出て電話に出る。『……』いきなり無言だ。「もしもし、長門か?」『そう』こいつは掛けて来たにも関わらず、自らアクションを起こす気ないみたいだね。『貴方に話しがある』「今じゃなきゃ駄目か?」『駄目。出来れば直接話しがしたい。来て』「ちょっと待て、今ハルヒが一緒に居るんだが」『そう…解った。出来るだけ早く来て』そう言い残し電話を切った。どうやら俺が長門のマンションに行くのは強制らしいな。しかし、ハルヒはどうするか。あれ、さっき俺は何を考えてたんだっけ。などと思いつつドアノブを回し部屋に入ると、ハルヒがコートを羽織始めている。「何してんだ?」「何って、見れば解るでしょ?帰るのよ」「何でまた急に」「別に、有希と会うのに私が居たら邪魔みたいだから」まさか盗み聞きしてたのか?それは良い趣味とは言えないぞハルヒ。肩下辺りまで伸びた髪をコートの中から出すように掻き上げるた後、鋭い眼光が俺を貫いてくる。こりゃいかん、相当怒ってる。こうなるとさすがに俺も手に負えん。「な……なぁハルヒ、せめて送らせてくれ。もう外は暗いし」「平気、じゃあねキョン」そう言い残し足早に部屋を去っていく。何故止めなかったのか自分でも解らない。言っても聞かないからか?違う…。まぁいい、考えていても仕方ない。俺は自分のコートを羽織玄関に向かった。「キョン君何処行くのー?さっきハルにゃん帰ったけど泣いてたよ?喧嘩でもしたの?」妹が怪訝な面持ちで見上げてくる。そんな妹の頭を軽く撫で、「心配する事はないさ、それより、少し出掛けて来るから母さんに遅くなるって伝えておいてくれ」と伝言を頼んだ。その言葉に妹は安心したのか、にんまり微笑み「はーい」と言いながら居間へと駆けて行った。危ないから走るんじゃありません。そうか……泣いていたのかハルヒ。
さて…どっちに向かった?駅か?俺は自転車に跨り、取り敢えず駅方面へと向かった。しかし、それらしき人物が一向に見当たらない。焦る気持ちを抑えつつひたすら自転車を漕いでいると、いつの間にか光陽駅前公園辺りまで来ていた。不意にブランコに座る人影が視界に入る。「ハルヒ…?」肩まで伸びたダークブラウンの髪に黄色いカチューシャ。白いダッフルコート。見間違える訳がない、ハルヒだ。しかし、一体何をしてるんだろうねこんな所で。自転車を公園の入り口付近に停め、ハルヒの元へと歩いて行く。かなり側まで近付いて来たのだが一向に此方に気付く事はなく、ただ項垂れる様に俯いたまま動かない。「ハルヒ」肩にそっと手を添え声を掛けた。「誰…ってキョン!?あんた何でここに…」振り向いたハルヒは、俺を見て驚愕していた。目を丸くし、口をぽかんと開いていたからな。逆に俺はそんなハルヒの顔を見て驚いた訳だが。眼を真っ赤にし、頬には涙の跡と思われる一筋。それに鼻水が出ている事すら気付いてないらしい。全く仕方ない団長様だな。「ほら」ポケットからハンカチを出し手渡す。「ありがと」と言い、俺からハンカチを受け取ると涙を拭った後、心行くまで鼻をかんだのか朧げに此方を見上てくる。「洗って返すわ……」「別にいいさそれくらい、気にするな」俺がそう答えると、ハルヒは少し考える様にハンカチを見詰めた後、俺に手渡して来た。俺はハルヒからハンカチを受取り、ポケットにねじ込んでいると唐突にハルヒが口を開く。「キョン、何でここが解ったの?」何でと言われてもだな、何となくとしか言い様がない。「それで、何しに来たのよ」そりゃハルヒが心配だからに決まってるだろ、それに俺にも非がない訳じゃないしな。一方的な勘違いとは言えど。「別にその事ならもういいわよ」「どういう事だ?」「あたしはあんたの事も、有希の事も信用してるし。あんたが堂々と浮気するとは思えないわ。でも、急に胸が痛くなって……、なんだか訳が解らなっちゃったのよ」それはだな、ハルヒ。きっと嫉妬してるんじゃないかと思うぞ俺は。多分、自分で明確にそれと解る様な事が無かったんだろう。だが、自分の好きな奴に嫉妬をして貰えて嬉しいという気持ちがある反面、そうさせてしまっている事に罪悪感を感じ自分の甲斐性の無さを痛感する。「隣、良いか?」ハルヒは黙ってコクリと頷く。それを確認した後、俺はハルヒの右手にあるブランコに腰を下ろす。こうやってブランコに乗るのは何年振りだろうか。いや、今はそんな事はどうでもいい。「ごめんな、ハルヒ」「え?」こんな時にどんな言葉を言ったらいいのか、正直解らない。なんせ、異性と付き合うというのが初めてだからな。「俺の行動に不審に思う点があるのは解る。だが、俺はもう絶対にお前を裏切らない。信じてくれ、ハルヒ」自分では気の効いた言葉かどうかなんて解る訳もなかったが。どうやら言葉の選択は間違えていなかったらしい。「解った、キョンを信じるわ」といって笑顔を見せてくれたから一安心だ。「あたしもごめんね?なんか柄にもないことしちゃって」そんな事は無いさ、そうやって他人に気を許して自分を見せるというのは、今までにない傾向だ。ようやくハルヒも女らしくなってきたという事かな。「何ニヤけてんのよ」ハルヒが俺の前に中腰になり覗き込んでくる。思わず驚きの声をあげそうになったがなんとか堪えた。しかし、いつのまにブランコから立ち上がったんだ?まったく気が付かなかった。「何でもないさ。それよりそろそろ帰らないとな」「そうね。勿論キョンが送ってくれるんでしょ?」それがさも当然の様に言ってきたが、元々そのつもりで来たしな。苦ではないさ。そういえば、ハルヒの家までの道を知らないんだった。「家?こっからだったらそんなに遠くないわよ。二十分くらいで着くんじゃないかしら」という核心を得ない言葉により、若干の不安を抱きつつもハルヒを自転車の後ろに乗せ、指示通りに走る事二十分弱。「ここよ」というハルヒの掛け声により自転車を停めると、左手に聳え立つ建物に俺が呆気に取られていると。「何、アホ面してんのよ」とハルヒがジト目で俺を睨み付けてくる。「いや、意外に普通なんだなって」目の前にある建物は極普通の一軒家であり、てっきりもっと装飾が凄かったり、馬鹿でかい豪邸だったりするんじゃないかなと、淡い期待を胸に抱いてたりしていたからな。「どんな家想像してたか知らないけど、ここが我が涼宮家よ」さも自分が建てたかのように言うハルヒにツッコミを入れようとした時だった。「ハルヒ?」唐突に玄関の扉が開き、若い女性が顔を出している。「あっママ。ただいま」あれ、今何て言った?ママ?あの若いお姉さんが?「そうよ」世の中何が起きても不思議じゃ無いという事は身を持って体験している俺でも、正直言って驚いた。そりゃまぁ豪い美人がそこにいたからな。どうやらハルヒは母親似らしいが、ハルヒとは違い落ち着いた物腰をしている。そりゃそうか大人だしな、逆にハルヒと同じ様な傍若無人な方でも困るというもんだ。「あら、そちらのお方は?」「あたしのSOS団の団員その一のキョンよ」「あぁ、お話はいつも聞いてるわよ。キョン君宜しくね」深々とお辞儀をされ、慌てて俺もお辞儀を返す。「こちらこそ、宜しくお願いします」とは言ったものの、どうやら俺はハルヒの家族にも情けないあだ名で認識されている様だ。いい加減俺を本名で呼んでくれる人はいないのか?「折角だし、上がっていく?」というハルヒ母の申し出だったが、時間も遅いのでと丁寧に断った。それに、行かなければならない場所もあるしな。「いいじゃない、ちょっとくらい」そういうとハルヒに腕を掴まれ、玄関へと引きずられる。どうやら帰す気はないらしい。そんな俺達を見てハルヒ母が、「あらあら、強引ね」と微笑んでいたのが視界の端に入った。長門、すまんがもう少し待っていてくれ。
無理矢理という事が若干気になるが、涼宮宅にお邪魔する事になった俺はというと、今俺はハルヒの部屋で正座をしている。過去に佐々木の家に何度かお邪魔した事があるので、女の子の部屋は初めてではないのだが。妙に緊張してしまって落ち着かない。意外にもハルヒの部屋は片付いており、ぬいぐるみ等も置いてある。こんな女の子らしい一面もあるんだな。などと思いつつ周りを見渡していると。「おっ待たせー」扉を静かに開きハルヒが部屋に入ってきた。自分の部屋は静かに開けるのな。「ちょっと、何正座とかしちゃってんの?」うるさい、これでも緊張してるんだよ。「へぇ。あんたもそういうのあんのね」そう言いながら、ハルヒは手に持つお盆からコーヒーカップをテーブルに置く。「これ飲んで冷えた体暖めて」そういうとハルヒは何やら嬉しそうに口元を緩ませながらテーブルに肘を付き、此方を見詰めてくる。「何だよ、落ち着いてコーヒーも飲めやしない」「あんたにパワーを注入してんのよ。ほら、体がぽかぽかしてくるとか、超人的な力が目覚めてくるとか、あんたもそういうの感じてきたでしょ?」いや、全く。身の危険しか感じないのだが。「まあいいわ、そう言えば自分の部屋に人を上げるのってあんたが初めてなのよね」そりゃまた意外だな、前に朝倉の転校の理由を探る為に、長門も住む分譲マンションに踏み込んだ帰りに聞かされた話に寄ると、何やら自分がちっぽけな存在だと気付く以前はそれなりに自分の置かれている状況を楽しんでいたそうな。記憶が正しければ、確かそんな話だったよな。「何黙ってんのよ」ハルヒがジト目で此方を睨み付けている、なんかリアクションしないといけなかったのか?「いや、意外だなと思ってな」「何がどう意外なのよ」そう言われると困るんだが。「その…なんだ。正直初めてってのは嬉しいな」苦し紛れとは正にこの事だろう。適当に言葉を連ねてみたものの、思いの他ハルヒはそれで満足したようで、それ以上の追求は無かったのだが。「ふーん、じゃあ他にも初めてが欲しい?」などと言い出したから困ったものである。艶かしい微笑を浮かべたまま、絨毯をするように俺にゆっくり近付いてくる。どうやら俺は自らハルヒ式地雷を踏んだらしい。「ねぇ、どうなのよ」頬を朱色に染め、上目遣いに甘い声色で囁いてくる。正直反応に困った俺は逃げる様に後ろに下がる。だが、それがまずかったんだろう。ハルヒはそんな俺を見て「逃がすか!」と言って押し倒してきた。
何だ、何なんだこの状況は。密室に二人きり、そして密着する二人。本日二度目のピンチである。「な……なあハルヒ。退いてくれないか?」「嫌よ」どうやら今度は逃がしてはくれないみたいだ。まるで、獲物を捕えた虎の様な眼孔で睨み付けてきた後、咄嗟の事に硬直している俺の胸元まで来ると、再び甘い声で囁く。 「ねぇ、キョン。キス……して」ここまで来ると流石に俺の理性も限界だ。別に付き合っている訳だし、キスしたって構わないだろ?だが、俺はハルヒに深く触れるのが恐かったのかも知れない。今まで築きあげてきた関係が無くなってしまうんじゃないかと。もし、ハルヒが極普通の女の子になればSOS団は無くなってしまうんじゃないか、そう考えると怖くて仕方がなかった。あれだけ最初はけったいな連中にトンデモな出来事に巻き込まれ、正直いって迷惑に思った事だってある。だが、今はハルヒを含め皆大事な仲間だと思っている。そんな皆と離れるのが堪らなく嫌だ。などと考えている間にいつの間にかハルヒの顔が目の前まで迫っていた。「ねぇ、キョン」そういうとハルヒは瞼を閉じる。そして少し潤った唇を尖らせ何かを待つようにしている。さすがにここまで来たらしないと逆に不味い気がする。覚悟を決めた俺は、そっとハルヒの唇に自分の唇を重ねた。こうしてハルヒとキスするのは何度目だ?確かこれで三回目だろうか。現実でするのは初めてだけど。などと考えていると唐突に頭が押さえられる。それと同時に唇の間にぬるりと柔らかい物が割り込んで来た。これってまさかディープキスとか言うのをしようとしてるんじゃないのか?ハルヒの舌が俺の前歯に触れた後、歯茎を舌で撫でる様に舐めてくる。徐々に興奮を抑えきれなくなった俺は口を開きハルヒの舌と自分の舌を絡め合わせる。「ん…」ハルヒの吐息に混じる声が脳まで響く。お互いの唾液が混ざり合い、クチュクチュと卑猥な音を発て、それに付随する様にお互いの呼吸も激しくなり興奮も高まる。どれぐらいそうしていただろうか。初めてのキスを心行くまで堪能したのか、ハルヒが唇を離し俺の胸板にもたれ掛る。「はぁ…はぁ…」ハルヒが呼吸を荒げ体を上下させている。俺も同じく呼吸が荒い。それに鼓動やばいくらい早く脈を打っている。「キョンの心臓……すごい早いよ……興奮した?」とろんとした目で俺を見上げ微笑を浮かべるハルヒから、臨海点を越えた羞恥心からか視線を逸らしてしまう。「ま、まあな」「フフ…やっと出来たねキス」そういうとハルヒは俺の胸元に顔を埋める。なんだか妙な感じだ。あれだけ拒んできたのに、いざ事に及べば理性など容易く崩れてしまうものなんだな。だが、こうやって甘えてくるハルヒもたまには悪くない。それに、こんなに心を許したハルヒは初めて見る。そう思うと自然に笑みが溢れてしまう。「なによ?」「いーや、なんでもないさ」「駄目、いいなさい」「仕方ない。一回しか言わないぞ。可愛いぞハルヒ」俺がそう言うと、ハルヒは顔をトマトの様に真っ赤にし、「ばか」と言うと再び胸元に顔を埋めた。
その後、いつまで経っても離れようとしないハルヒに、「そろそろ帰らないと」と三回言った時点で漸く解放された俺は、寂しそうな面持ちで俺を見送るハルヒに別れを告げ涼宮宅を後にした。時計を確認すると、既に二十二時を過ぎている。長門から電話を受けてから結構な時間が経っている。さすがの長門も怒っているだろうか?いや、あいつの事だから怒る事はないと思うのだが、これ以上待たせる訳にもいかんだろう。俺は自転車を漕ぐスピードを上げ、長門の住むマンションへと急いだ。
夜も更け始め寒さが一層増してきた頃、分譲マンションに着いた。エントランス前のインターホンを押すと、俺が来るのが解っていたのか直ぐに反応があった。「長門か?俺だ」というと二秒も経たない内に、『入って』という平坦な声で呟く長門の反応を確認した後、開かれた入り口を抜け、エレベーターで上へと登る。長門と書かれた表札の前に到着し、チャイムに手を伸ばそうとすると唐突に扉がカチャリと開く。「入って」あまりのタイミングの良さに呆気に取られたまま固まっている俺の袖口を、長門にくいくいと引っ張られ正気を取り戻した俺は、せめてチャイムくらい押させても問題はないんじゃなかろうか、などと思いつつ敷居を跨ぎ長門の部屋に入った。何故俺が呆気に取られていたかと言うと、長門が珍しく制服を身に纏っていないからだ。かといって別に産まれたままの姿という訳でもない。ちゃんと洋服を着ていたさ。淡い色のグリーンのニットチュニックと白いニーソックスの間から露になっている素足の部分が妙にえろい。いかんいかん、長門相手に何を考えているんだ俺は。「座ってて」という言葉を頂き、キッチンの方に向かう長門の背中に一瞥した後。冷え切った体をコタツの中へと埋めた。この体の芯が暖まる感じが幸せを感じさせてくれるんだよな。テーブルの上に頭を乗せ、コタツを堪能していると目の前に湯飲みがそっと置かれた。「飲んで」そう呟くと長門はコタツを挟み俺と向き合う位置に腰を下ろし、お茶を啜り始めた。どうやら思ったより怒ってないみたいだ。だが、俺を見詰める液体ヘリウムの様な冷たい視線から少しばかり怒りが汲みとれる様な気もするが、ここは気のせいにしてしまおう。だがまぁ、取り敢えず遅れた事は謝っておかないと不味いかな。「長門、その……遅れてすまなかった」「いい」「そうか」「私は別に怒ってなどいない」「そ……そうか」そう言いながら湯飲みを持つ手がぷるぷる震えているぞ、長門よ。「涼宮ハルヒに現を抜かしていた事など気にしてはいない」はい?いやいや、まさかな。何をしていたかまでは知らないだろうな。「私は観察者」「つまり、そのなんだ。見てたのか?」長門はナノ単位でコクリと頷く。見てたのかよ! と思わずツッコミを入れたくなったが、ここは落ち着いて行こう。「どうやって?」「禁則事項」朝比奈さんの真似をしたのだろうか。無表情で何の可愛げもない平坦な呟き声。何故だか妙に虚しくなるのは気のせいだろうか。というか見られていたのにショックだ。もうこの話から離れようと心に決めた俺は、話題を無理矢理変える事にした。「それで話ってのは何だ?」「以前、あなたが言っていた朝倉涼子」「朝倉がどうしたって?」「朝倉涼子が再構成された」その言葉により部屋の空気が凍り付いた気がした。そう、俺の一番懸念していた事態が発生した。
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