長門有希の我侭
今部室にいるのは俺と長門だけである。ハルヒは機嫌が悪く、無言で俺を睨んでから先ほど帰宅、朝比奈さんは課外授業、古泉はバイトだ。ハルヒの不機嫌オーラで息が詰まりそうだった部室は束の間の平和を取り戻した。ハルヒが不機嫌なのは俺が諸事情から二人きりの不思議探索をすっぽかしたせいだ。俺はその言い訳をするために部室にやってきたものの取りつく島はなし、教室では言わずもがなだ。昨日の晩、電話口でさんざん怒鳴ったうえに、妹を使っていやと言うほど嫌がらせをしてもまだ不満らしい。素直に悪いとは思うが、せめて話くらい聞いてくれ。俺は意味もなく大きなため息をついた。
「今回の件はあなたが悪い」突然、長門が口を開いた。「涼宮ハルヒがわたしとあなたとの関係を疑っていることは理解していたはず」ハルヒは、とある出来事から俺と長門の関係を疑っている。俺も長門もそんな事実はないと否定したのだが、未だに疑っているようだ。まぁ、俺が冗談で『本当に長門と付き合ってるとしたらどうするんだ』なんて言ったのが原因なんだろうけどな。「にも関わらず、あなたは涼宮ハルヒとの約束を守らなかった」それには理由があるんだ長門よ。ハルヒとの約束と言うのは先ほど出てきた二人きりの不思議探索のことだ。ハルヒは遠出できるのがよほど嬉しかったのか、いつも以上に期待していたらしいし、俺もなんだかんだで楽しみにしていた。ハルヒは『デートじゃない』と主張していたが、はたから見れば完全にソレだろう。思春期真っ只中の俺は少しばかりそれに惹かれていた。
それを何故すっぽかしたかと言えば突然朝比奈さん(大)から意味深な警告があったからだ。何でもハルヒとの不思議探索の中に世界の運命を変えてしまう程の出来事があるとかないとか。しかもそれが俺にかかっているらしい。詳しい内容は禁則事項らしく聞くことはできなかったが、俺は早速、あることを決断をした。何かが起きるのだったらその出来事そのものをなくしちまえばいいそう考えてハルヒとのデート・・・もとい不思議探索をドタキャンしたのだ。一応ハルヒには連絡したが、その晩ハルヒから怒りの電話をうけることになる。事情を知った妹の俺を見る目は今でも忘れられんな。「理由は知っている。しかし、あのまま出かけていても、その後の選択で回避は可能だった」それはそうだろうが、あんな話を聞かされたあとじゃ身が持たないだろ?「なら、あなたは彼女にきちんと謝るべき」やっぱりそれしかないか俺はもう一度大きくため息をついた。やれやれ、今度は俺から誘ってみるかな。おそらく、おごりにおごらされていつも以上に振り回された挙げ句に、体力も貯金も使い果たしそうだ。
「もう一つ、聞きたいことがある」何だ?「あなたが私のことを、どう思っているのか」長門はハルヒに誤解されてすぐに聞いてきたことと同じことを聞いた。途中で微妙な間があいたのは同じ質問をしたことを思い出したからか?「前にも言ったが、お前と同じだ」「もっと具体的に」「あぁ、だからな、お前は俺にとって普通の友達だと思ってる。・・・まぁ、命を助けられたり、いろんな場面で世話にはなってるから”普通の”とは言えんのかもしれんがな」「・・・そう」長門は短くそう言って、再びハードカバーに集中した。俺に質問する間も本から目を離すことはなかったが、それを読んでいないのは、ページがめくられていないのを見て分かった。
それからしばらくは、しばらく静かな時間が続いた。聞こえるのは、ページをめくるかすかな音と、不規則に響くキーボードを叩く音だけだ。俺がお気に入りのサイトの掲示板を開くのとほぼ同時に、再び長門が声を出した。「涼宮ハルヒのことは?」聞いてすぐには長門の言いたいことが理解できず、ようやく分かったところで「あなたが涼宮ハルヒのことをどう思っているのか知りたい」と、具体的な説明があった。「ハルヒは・・・」普通の、とは言えず、その上ハルヒのことを形容する言葉が見つからない。迷惑で、自分勝手ではあるが不思議とそれが許せてしまう。理不尽だ、わがままだ、と思うこともあるが、それに振り回されているのが楽しい時もある。まぁ、命を狙われたり、死にかけたりなんてこともあったが。とにかく、ハルヒに関しては何とも言えなかった。代わりに朝比奈さんについてならすらすら言えるぞ、このSOS団唯一の癒しだよ。朝比奈さんの入れるお茶でご飯三杯は食えるな。古泉?あぁ、あいつはどうでもいいだろ「・・・つまり、涼宮ハルヒはあなたにとって特別な存在」いや、それは大げさすぎる。もっと単純なもんだと思うがね「そう」結局、長門が何が聞きたかったのか分からないまま、再び沈黙が訪れた。
やがてとっぷりと日が暮れると長門が本を閉じた。帰宅の合図だ。結局、朝比奈さんは来なかったな。そんなことを思いながら立ち上がる。「あなたに言いたいことがある」長門が俺の方をじっと見ている。その顔は無表情なのに、何かを決心した思いつめたものが見え隠れしていた。「何だ?」俺はわざといつも通り、気楽に構えているようにふるまった。「わたしは・・・わたしと今度また図書館に」何か他に言いたいことがあるのは、一度言葉に詰まったことからも明らかだった。「あぁ、いつでも連れてってやるよ」それでも俺はそれに気づかない振りをしてそう返事をした。長門が言い淀むほど大切な事なんだろう。きっとそれは今聞くべきことではない。「それじゃ、また明日な」俺は長門にそう告げて、部室を後にした。
彼が部室を出たあと、私は再び椅子に座って窓の外を見た。夕日はすでに見えなくなっていたけれど、代わりに小さな星と月が小さく光っている。「私が言いたかったこと」私は誰にも聞こえないようにつぶやいた。「私はあなたと同じようにあなたのことを考えていない」私はしばらく秋の風を見つめて、いつか失くした眼鏡を再びかけるようになるのかな。と、自分らしくないことを想った。
想い編 end
まぁ、その翌々日の放課後。俺は全面的に悪かったと思ったことを後悔した。未だに怒りの収まらないハルヒは、三日ぶりに部室に現れたかと思うと、突然俺の胸倉を掴んで移動を始め、少し離れた別の部屋へと移動した。待て、ハルヒ。息ができん。お前の文句を聞く前にしんじまう。「そのまま死になさい!」ハルヒはそう叫んで俺を放り投げる。何つーバカ力だ。「言いたいことは、わかるわね」あぁ、分かりすぎるくらいにな。古泉あたりにおすそわけしてやりたいよもっとも、今あいつはハルヒの不機嫌パワーと命がけで戦ってるところだろうけどな。「まずは、理由を聞いておこうかしら」ハルヒ、まずは理由を聞くという常識的なことができるようになったんだな。「話を逸らさない!あたしとのデー・・・不思議探索をすっぽかした理由は何?!」ハルヒ、今とんでもないことを言おうとしてなかったか?「うるさいっ!さっさと答えないと本当に殺すわよ」ハルヒはさらに怒りを増幅させた目つきで俺を睨みつける。ここで俺は後悔をする。いい訳なんぞ全く考えていなかったからだ。いや、サボった理由に関しては古泉がサポートしてくれていた。「実はな、古泉から突然電話がかかってきて、バイトを手伝ってくれと」「古泉君が?」そうだ、間違いなく古泉だ。
俺はハルヒとのデートをドタキャンした時に、とりあえず断る理由を作らなくては、と考えた。始めに思い当たったのが長門だったのだが、いかんせん俺と長門の関係が疑われているまっ最中に頼るわけにもいくまい、自殺行為だ。ならば朝比奈さんに、と思ったが、疑惑の対象が長門から朝比奈さんに変わるだけのような気がし、不本意ながら古泉に助けを求めた。朝比奈さんの警告も含めて事情を説明すると『分かりました。少々お待ちください』と言う返事があり、いつかの黒塗りタクシーが現れた。中に古泉を乗せてな。車内で古泉に礼を言い、「多少忙しくはなるでしょうが、世界が崩壊するよりはマシです」と、笑顔で言われた。古泉の笑顔に腹が立たなかった上にありがたく思えたのは今回が初めてだな。その後、俺は古泉の提案通りに、助っ人アルバイターとして、たこ焼きの屋台で雑用をこなした。バイト代も出たし、得した気分だな、などと考えていたが、今回の件でチャラだ。ここまで命の危機を感じたのは朝倉に襲われて以来だな。
その後、ハルヒにバイトの時間、内容、出来事などをかなり詳しく追及され、「・・・どうやら古泉君のバイトを手伝ってたってのは本当みたいね」と、疑いを持った目で俺を睨んだままそう言った。「今回は古泉君もかなり困ってたみたいだし、許してあげるわ」ハルヒの『許す』という発言に俺は少し安堵した。「ただし」が、当然ただでは済まなかった。「次回の不思議探索で、あんたはあたしの・・・いえ、団員全員の命令に何があっても従うこと。それから、一ヶ月間部員全員に喫茶店代を奢ること」ハルヒは俺の胸倉を再び掴むと「いいわね」と、鬼も裸足で逃げ出すほどの形相で念を押してきた。俺は何も答えられず、冷や汗を流していると、ハルヒは「ふんっ」と、鼻を鳴らして部屋を出た。とりあえず、ため息をついてから、ハルヒの怒りがこれで収まることを願いつつ立ち上がり、今日は帰った方がいいかもしれないなと思いつつ、部室入口の札を見た。『天文部』今日偶然誰もいなかったのか、ハルヒに厄介払いされたのかは知らんが、気にせずに星でも眺めてくれ。ついでに俺の今後の無事を祈ってもらえると非常に助かる。
俺の戦略的撤退は見事に失敗し、結局一日中ハルヒにこき使われる羽目になった。俺は何の文句も言えず、ただただ従順にそれに従うのみだった。朝比奈さんが俺を気遣い、手伝ってくれようとしたこともあったが「みくるちゃんは余計なことしなくていいの」と、ハルヒからの威嚇を受け、心配そうに俺のことを見ながらおどおどしていた。いいんです朝比奈さん。あなたが気遣ってくれるというだけで、俺は何だってできます。そんなことが一週間も続くと、ようやくハルヒの機嫌も直ったようで、今週日曜日に不思議探索を行う旨を、久々に顔をそろえたSOS 団一同に、笑顔で伝えていた。「遅刻したら罰金よ!罰金!」と、口うるさく言われたが、遅刻しようがしまいがどうせ喫茶店の会計を済ませるのは俺なのだから集合時間ギリギリにのんびり集合してやるよ。まぁ、本当にそんなたいそれたことが出来たらな。俺は今、絶対に涼宮ハルヒ恐怖症にかかっているね。パソコンのハードディスクで息をひそめているMIKURUフォルダをかけたっていい。
不思議探索当日、俺は普段の生活では絶対に目を覚まさない時間に起床した。こんな時間に起きようなんて考えたのは中学の時の集合時間以来だな。今回の不思議探索は学校生活一番の醍醐味とほぼ同等の扱いだ。これで文句はあるまい。俺はそんなことを頭の中で今は自宅で夢の中であろうハルヒに言った。直接言え?そんな事が出来たらこんな時間に起きちゃいないさ。支度を終えた俺は集合時間よりもはるかに早く到着するであろう時間に家を出た。この時間なら最初の一人が来るまでかなり待たなけりゃならんだろうが、まぁ、ハルヒを怒らせるよりはマシだな。
誰もいないはずの集合場所でやれやれ、とため息をつく予定だったのだが、そこには先客がいた。長門だ。「ずいぶんと早いな、まさか昨日からいたのか?」あいさつ代わりに長門に言った。長門は黒曜石の瞳を俺の方に向け、「あなたも同じ。今来たところ」と、無表情な返答を返した。「そうか」俺はそれだけを長門に言って他のメンバーを待つことにした。暇になれば長門に話しかけるなりなんなりすればいい。反応はあってないようなもんだろうが、一人でいるよりはいいだろう。
かくして、無口な宇宙人と共におっちょこちょいな美少女未来人、訳知り顔の苦労人超能力者の到着を待つ。正直ハルヒは来ない方が嬉しいが、あいつが来ないとなればそもそも今回の集まりそのものが無意味になるな。ハルヒの登場を期待するような、期待しないような微妙な心境で寒空の下待っていると、思いのほか早く問題の人物が登場した。何故かポニーテイルで。ハルヒは何かを企むかのような邪悪の笑みを浮かべこちらに向かってくる。俺をどういじめるか考えてるのか。俺はそれを甘んじて受け入れるほどのマゾっ気はないぞ。ハルヒは俺のいる場所から大体三十メートルほどの場所でようやく俺がいることに気づいたようで、驚きを顔いっぱいに表現し、慌てて髪をまとめていたゴムを外した。ハルヒがたなびくと同時に俺は思う。勿体ないなと。そんな俺の心境を知ってか知らずか「た、ただ走ってたら途中で髪がうっとおしくなったから結んでただけなんだから」と、聞いてもいない言い訳を始めた。「それにしても、キョンがこんなに早くに来ているなんて・・・計算外だわ」それはお前の恐ろしい表情から良く分かったよ。本当に早起きしてよかった。
俺はハルヒのよく意味の分からない説教を聞きながら、他のメンバーの到着を待つ。長門は隣の喧騒などお構いなしにどこから取り出したのか、少し分厚い文庫本を読んでいた。ハードカバー以外の本を読んでいるのは珍しいなと思ったが、あんな大きくて重たそうなものを持ったまま移動するのは不便だからだろうと、勝手に解釈した。古泉、朝比奈さんの順に集合場所に到着し、ハルヒの「ようやく全員そろったわね」の一言が発せられたのは集合時間30分前だった。俺が五分前行動を心がけても「遅い」と言われるのはこれが原因か。ハルヒに限らずみんな寝坊なりなんなりして遅刻してくればいいのにな。その時は「遅い」なんて言わずに「気にするな」と、慰めてやるさ。
いつもの喫茶店で作戦会議を練る。もちろん、俺のおごりだ。ハルヒはいつも以上に高価なメニューを嫌がらせのように注文していた。あぁ、間違いなく嫌がらせだな。頼んだメニューの半分を残していたからな。しかも、今回はいつものような探索のメンバー分けはなく、五人一組で行動することが決定し、最後にハルヒが「今日一日キョンはみんなの奴隷だから。好きに扱いなさい。これはキョンが自分の罪を償いたいと自分から言い出した事なんだから遠慮しなくていいわ」と、死刑宣告のように宣言した。朝比奈さん、そんな目で俺の方を見ないでください。俺はそんなことを言った覚えはありません。このとき俺は、長門がかすかに表情を変化させたことに全く気付かなかった。いや、長門の表情の変化はないはずなのだが、とにかくそういう雰囲気だ。
喫茶店を出てからしばらくの間の愉快な集団の足取りはすべてハルヒが決定していた。突然立ち止まったり、走りだしたりと、動きやルートを頻繁に変化させるハルヒについて行くのにかなり体力を使い、朝比奈さんと俺は息を切らしていた。長門はともかく古泉が疲れを見せないのは癪だな。へとへとになりながら一体どんなルートを辿ったのか疑問に思いつつ喫茶店へと戻ってきた。ハルヒが移動する間に町の構造が変わったんじゃないか?「大丈夫です、そのような現象はまだ起こっていません」・・・まだ、か。相変わらず恐ろしいな。
喫茶店で飯を食いつつ、午後からの作戦を、相談するというか押し付けるように話すハルヒは、午前中よりは節度ある量の注文をしていた。それでも普段の倍か。このままじゃ破産するな。古泉をちらりと見ると、苦笑をしながら肩をすくめた。とばっちりを受けた直後で悪いがもう一度助けてくれ。「ちょっと聞いてるの!キョン」あぁ、聞いてるよ。だからそんなに大声で怒鳴るな。しかも口にものを入れたまま。「午前中はみんな遠慮してたみたいだけど、キョンはSOS団の奴隷なんだから何でも命令していいのよ。とりあえず、今ここで一人一つずつ何か命令しなさい。まずあたしからね。キョン、これとこれ追加」そう言ってハルヒはメニューを指差す。メニュー追加だけで喜ぶべきか、悲しむべきか。先ほど考えた破産の二文字が静かに忍び寄ってきた。さらば俺の貯金よ。それを加速させるかのように、朝比奈さん、古泉もメニューを追加。古泉の分だけは後で機関の経費から出させよう。しかし、長門だけが全く異なる命令を出した。「食べさせて」長門はそう言って食べかけのカレー皿とスプーンを俺の方へ近づけた。長門?今なんて言った?「私にカレーを食べさせて」長門はいつもの無表情ボイスで俺にそう命じると口を大きく開けた。無表情で。「あーん」俺は、いや、朝比奈さんもハルヒも、さらには古泉までもが笑顔を忘れて驚きの表情を見せた。古泉のこんな表情初めて見たぞ。貴重な体験だ。うん「あーーん」無表情で、抑揚なく発せられるその言葉は滑稽に思えたが、長門自身がかなりマジのような気がして、笑えなかった。あの、長門さん?一体それはどういうことで?「命令、私にカレーを食べさせて」相変わらずの口調で長門がそう言う。その眼もいつも通り何も語らない。長門よ、お前は何がしたいんだ。
俺は混乱する頭を必死に回転させ、とりあえず、長門の口にカレーを運ぶべくスプーンを手に取った。「だ、だめよ!」ハルヒは立ち上がってそれを大声で制止する。「何故?これは彼に対する罰ゲーム。彼はこれを拒否できない」「だ、だからって有希、そんなこと」ハルヒは明らかに動揺している。朝比奈さんは未だに何が起こっているのか分からないといった様子であたふたし、古泉に至っては普段なら絶対に見ることができない顔パート2で何かを必死に考えていた。「と・に・か・く、それは駄目!キョン!さっさとカレーを有希に返して出ていきなさい!これは団長命令よ!」喚き散らすハルヒの剣幕に押され、逃げるように喫茶店を飛び出した俺は、はたしてどのタイミングで喫茶店に戻ったものかと考え、とりあえず、近くにあったコンビニで雑誌の立ち読みをして時間をつぶすことを決めた。
少年誌のマンガを半分ほど読んだところで古泉から呼び出しの電話があった。ハルヒからではなかったことが自体が収まっていないことを示していたが、ここで逃げ帰ってしまえば、前回の二の舞なのは明白だった。古泉、お前の力をもってしても無理だったか。長門の突然のおかしな行動の原因をいろいろと考えてはみたものの、答えの出ないまま喫茶店前に戻ってしまった。もともと近くにあるからあのコンビニを選んだんだ。もっと離れた場所に行けばよかったな。不機嫌そうに俺を睨むハルヒの横で何を考えているのかさっぱりの長門が俺を待ち、その隣で怯える朝比奈さんが俺に助けを求めていた。まずは、憤るハルヒを先頭に朝比奈さん・長門ペア、俺・古泉ペアが街を歩く。はたから見ればいつも以上におかしな団体だろう。美少女三人の後ろで野郎二人が深刻に議論してるんだからな。「涼宮さんが掴みかかったときはどうなるかと思いましたよ」古泉が俺が去った後の状況を簡単に説明してくれた。
あの後ハルヒは長門と大声で、長門はいつも通りの大きさ、で喧嘩し、ハルヒが「あんた達、本当は付き合ってるんでしょ!隠れてこそこそと」と、大声で怒鳴れば「そのような事実はない。あれは罰ゲーム」と、冷静に長門が返答し、「だったら何であんな命令なのよ!あんなの罰ゲームでも何でもないわ!」と、ハルヒが怒りをぶつければ「彼は戸惑っていた。十分に罰ゲーム」と、何の感情もなく返答。「あーもう!この際はっきりさせなさい!あんたとキョンの関係は何なの?!」と、ハルヒが問い詰めれば「・・・」おい、何で無言なんだ長門。とまぁ、こんな感じだったわけらしい。一通り説明を終えると、何故か古泉が俺から離れて行った。いや、正確には話されていった。先ほどまで古泉がいた場所に長門が現れたのだ。
「命令。手をつないでほしい」この言葉が聞こえたのか、ハルヒの方がぴくりと動く。それを見た朝比奈さんは小さな悲鳴を上げた。おい、長門。今は頼むから勘弁してくれ。そんな俺の願いを無視して長門は俺の手を握った。あぁ、神様、この際情報統合思念体だろうが、古泉の機関だろうが何でもいい。長門を止めてくれ。「命令。よりかからせて」そう言って長門は俺に体を預けてきた。これがこんな状況でなければ俺は大喜びするだろう。代わってやるからとっとと出て来い、別の状況の俺。未来からでも過去からでもいい。ことごとくハルヒを刺激するように長門は俺にさも恋人同士のような振る舞いを要求した。それにハルヒが反応するたびに目の前を歩く小さな天使が悲鳴を上げる。あぁ、今彼女の無垢な胃には大きな穴があいていることだろう。後ろを振り返れば古泉が何やら深刻そうに電話で会話をしていた。そうか、とうとう閉鎖空間まで現れたか。「命令。次は」「いーかげんにしなさい!」命令を下そうとした長門にとうとう、痺れを切らしたハルヒが叫んだ。
ハルヒは長門の目の前に立ち、その隣の俺を思いっきり睨むと、再び長門へと顔を向けた。「さっき喫茶店で聞いたわよね!あんた達付き合ってるのって?」ハルヒの怒り方は、先週の比ではない。その倍か、もしくは10倍だろう。長門は表情を変えない。「どうなの?ここまでしておいてまだそんな関係じゃないなんて言うつもりじゃないでしょうね?」これはマズイ。誰が見たってわかる。「ハルヒ、落ち着け」俺はハルヒを制止すべく二人の間に割って入ろうとした。「あんたは黙ってなさい!」ハルヒは見たこともないほど恐ろしい形相で俺を睨んだ。先週殺されそうなほど怒られた俺が見たこともないというんだ。本当に恐ろしいぞ。「どうなの?!」ハルヒはこれ以上ないほど長門を揺さぶる。朝比奈さんはすでに泣き出し、周囲の通行人も何事かと目を見開いている。遠くの方で微笑ましい痴話げんかだと思っていたらしいおばさんも事態の異常さに気づいたのか、どうしたものかとおたおたしていた。「私たちは・・・」長門が静かに口を開いた。「私たちは、今、交際関係にある」長門?今なんて言った?「だからあなたには関係のないこと。邪魔しないでほしい」長門から衝撃的な発言が発せられた。ハルヒはさらに怒りを爆発させるかと思いきや、顔を真っ青にし、ありったけ力を込めていた手を離した。「おい、長門、ふざけるのもいい加減に・・・」「ふざけているのは、あなた」俺は長門の大嘘を撤回させようとしたものの、長門にそう言われ言葉を失う。どういう意味だ、そりゃ「そのままの意味」長門はそう言うと俯いてしまった。「また、図書館に」その一言を、俺だけがかろうじで聞き取れるほど小さな声で残し、どこかへと走り去ってしまった。残されたのはしゃくりあげる朝比奈さんと、呆然自失のハルヒ、そして俺だけだった。古泉は、おそらく閉鎖空間の処理だろう。
俺はまず朝比奈さんをなだめ、ハルヒに適当な飲み物を買って渡した。あれだけ顔を真っ赤に怒っていたやつが、突然顔を真っ青にすれば誰だって驚く。それがハルヒならなおさらだ。「ハルヒ、だいじょう・・・」ハルヒを気遣うセリフが最後まで続くことはなかった。俺は顔面を思い切りひっぱたかれる。もちろんハルヒにだ。「何なのよ・・・そんなにあたしのことからかって面白い?」言葉には怒りがあふれていたが、声が震えている。水滴が、一粒、二粒とハルヒの顔から落ちる。俯いているので表情は見えなかった。「悪い、ハルヒ。俺にも何がなんだかさっぱりなんだ」古泉のように気の利いた言葉がポンポン浮かんで来ればと考えたが、それはそれでもう二、三発殴られそうだ。「何よそれ・・・」コン、と、力なく殴られた。ハルヒは俺の胸元にしがみつき、声を殺して泣き始めた。「何にもない、何にもないって言いながら、あるじゃない。有希が言ったじゃない、あんた達、付き合ってるって」それは最大の謎だった。嘘八百もいいところで、そんな嘘には何の意味もない。その上あの長門が一体何を思ってそんなことを言ったのか見当もつかないのだ。「俺と長門は本当に付き合って無いし、長門が何であんなことを言ったのかが分からないんだ」紛れもない真実ではある。が、問題はハルヒがそれを信じるかどうかだ。「だったら、あんたはどうなのよ」ハルヒの返答は信じるでも信じないでもない質問だった。「あんたは、有希のこと、どう思ってるの」涙を眼に浮かべたまま、今にも崩れそうな表情にしっかりとした意思のある目で俺を見据える。「俺は、長門はいい奴だと思うし、今回どうしてこんなことをしたかがさっぱりわからん」「そうじゃない。そうじゃなくて・・・有希のことが好きか嫌いか」ハルヒは俺から離れ、涙を拭った。「長門のことは、好きだ」あぁ、好きだとも
「でもそれは、恋愛感情とかじゃなく、友達として・・・いや、SOS団の仲間としてだ。それは朝比奈さんも古泉も、そしてお前も同じ。友達としての好きだ」何も知らんやつがこの場面だけを見て今のセリフを聞けば、ただの逃げ口上だろうが、これが俺の本心だ。谷口や国木田や、鶴屋さんとの友情より一つ上の『好き』だ。「だったら」もう一度ハルヒは涙をぬぐい俺に人差し指を向けて命令する。「その気持ちをそのままそっくり有希に伝えてきなさい!」目は腫れているが、いつもの団長様の表情だ。「意味はわかるわね!これで分からないなんて言ったら許さないわよ!わかったらさっさと行きなさい!」俺は、ハルヒからの喝を受け取ると、おそらく長門が待つであろう図書館へと向かった。いなけりゃマンションに直接行ってもいい。俺は全力で走った。
「あたしね、振られちゃった」キョンが立ち去るのを見届けてあたしはみくるちゃんに抱きつく。「涼宮さん・・・」みくるちゃんはそんなあたしをやさしく抱きしめてくれた。「キョンは、あたしのこと好きなんだって。みくるちゃん達と同じように。仲間として」小さいけどあたしより年上のお姉さんなんだな。「団員としては、合格ね」「涼宮さん」みくるちゃんはさっきよりも強くあたしのことを抱いてくれた。「まだ、チャンスはありますよ」あたしは、優しくそう言ってくれたみくるちゃんの胸の中で大声で泣いた。
長門が立ち去ってからすでにかなり時間が経っていた。冬の寒空は容赦なくあたりを暗くしている。夏の糞暑い中必死に頑張らず、こう言うときにこそしっかり仕事をして欲しいもんだ、とお天道様に悪態をついた。その代りに、太陽の温かさを失った夜の空気が俺の頭を冷やし、あぁ、ああいうのを修羅場と言うんだろうな、と言うのんきな考え方をさせるほどまでに冷静になっていた。それでも、顔はシリアスなまま、考えることもさっきの修羅場の事をのぞけばいたって大真面目だ。この時間ならば確実に図書館は閉まっているだろうが、長門のことだから律儀に待っているはずだ。前にもこんなことがあった。前回はしおりの伝言、今回は小さいながらも口頭だ。意味は大きく違う。案の定、固く閉ざされた図書館の入口の街頭にうっすらと照らされている長門の姿があった。
「おい、長門」俺は長門に呼びかけた。「いくらなんでもやりすぎだ。朝比奈さんどころかあのハルヒが泣いちまったぞ」「・・・そう」いつもの単調な返事だったが、どこか寂しそうだった。「長門、こんなこと自分で言うのも恥ずかしいんだがな」俺は少し顔を赤く染めて、頭をかきながら次の言葉を探した。「わたしは、あなたが好き。愛しているという意味で。交際を申し込みたい」俺が言うまでもなく、長門の気持ちを長門自身から聞くことができた。「スマンが、それは無理だ」俺は、あらかじめ用意していた言葉を長門に告げた。「俺も、お前のことが好きだ。でもそれは仲間としてだ。恋愛感情じゃない」「・・・そう」長門は小さく、そう返事をした。おそらく予想していたのだろう。「悪い」俺は最後にそう付け加えた。「いい。わたしが悪かった」もし、長門が普通の少女だったとしたら、それも、長門が望んだ改変後の長門であれば、今頃泣き出しているに違いない。俺は今日一日で三人も女の子を泣かせたんだなと思うと、かなり恥ずかしかった。「ただ、一つだけお願いがある」長門の今回のわがままの最後の一つだろう。「来週の日曜日。わたしと二人だけで図書館に」「あぁ、分かった」実質デートのお誘いなんだろうが、長門の気持ちを考えればそれくらいは聞いてやってもいいだろう。ハルヒとの約束をすっぽかした手前、長門とだけとは言えまい。その次の週はハルヒとのデートだな。俺は長門の頭にそっと手を乗せて頭を撫でてやった。
~エピローグ~さて、長門とのデートのことをハルヒに話すと案の定「だったら次はあたしの番よ!」と、改めて前回叶わなかった二人だけの不思議探索をすることとなった。ハルヒのことだからてっきり長門より先にあたしと、なんてことを言うかと思ったが、以外にもあっさりと先を長門に譲り、その挙げ句、部室でハードカバーを読む長門に「正真正銘、あんたとあたしはライバルよ!分かったわね、有希」と、啖呵を切って見せた。俺の目の前でそんなことを言った以上、デートを不思議探索の名のもとに行うのは無意味じゃないかね。俺はやれやれ、と顔とポーズで表現して見せた。「とりあえずは、一件落着ですね」と、今回の縁の下の力持ちが締めくくった。
いつも通りの、とは少し違う部室から今日もハルヒの大号令が発せられるのだった。
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