涼宮ハルヒの喪失─第10章─
待ってろ、今行くからなハルヒ。
俺は再び大地に降り立った。なんてカッコイイシーンを演出してみたが、周りには誰かがいるわけでもなく、少し自分の行動に後悔を感じたりもしていたが、とりあえず、やることはやらないとなっと辺りを見渡した。
「閉鎖空間…か」
何度あの空間に入った事か。そういえば一番最初は古泉とだったな。俺が初めてこの空間に連れられた時、初めてあいつの変態的能力を見せられた。僕は超能力者です、なんてどこのSFオタクだよと思っていたが。そんな俺の否定的かつ論理的な思考をいとも容易く打ち砕きやがった。まぁどこが論理的なのかは今考えてみても思い当たらないのは何故でしょう。しかし、人が球体になって空を飛ぶなんてどこぞのスーパーマンかと思っていたが、古泉曰く、「僕達はニキビ治療薬みたいなものです」実にお似合いだ。
そんな事を考えてる暇なんてなかったみたいだ。閉鎖空間の広がる速度が以上だ。もう俺が見える範囲を全て覆い尽くしている。しかし、ここは閉鎖空間のはずなんだが、違う気もしてきた。何故かって?ハルヒの閉鎖空間は色のない世界。以前、橘に連れて行かれた佐々木の閉鎖空間は色のある穏やかな世界。この閉鎖空間はどちらにも該当しない。なにか、二つが混ざったような、色がまばらについている。だが穏やかな色ではない。血のような赤い色だ。ここでそんな杞憂を抱いていても仕方ない。俺にはやることがある。それだけだ。
俺はとりあえず北高に向かった。何故とりあえず其処にいくのかというと、解っちまうもんは仕方ないさ。あいつならあそこにいる。俺は何故かそう確信して動いちまうんだよな。
俺は心臓破りの坂を、その字の如く心臓が破れそうになりながらも必死に駆け上がった。辛い、苦しい、気持ちい。あ、なんでもない只の妄言だ。俺は息を切らし、今にも倒れそうになったがここで倒れてしまっては意味が無い。だが、頑張った甲斐はあるってことだ。見たこともない神人が目の前にいるからだよ。
やっぱりここに居たか、ハルヒ。俺は校門を通りグランウンドに向かって走った。
「そんなに急がなくてもいいじゃない?」
足止め、そうこんなありきたりな展開が待っているとは。やれやれ、予想外だな。俺は声のほうを振り向いた。俺はその声の主に見覚えがあった。それもそのはず、俺に刃物は本当に危ない物というトラウマを植えつけたあいつがいた。
「朝倉涼子…か、お前は長門に消されたはずじゃなかったのか」
朝倉涼子は笑みを崩さず、答えてきた。
「確かに私を構成していたインターフェイスは長門さんに情報連結を解除されて消えてしまったわ。だけどね、私の情報生命体は分解されることなく情報統合思念体に回収されていたのよ。勿論、急進派の、ね?」
とこいつが普通の女ならころっと騙されてしまいそうな笑顔でウィンクをされた。しかし、俺にはそんなものは効きはしない。じゃぁ今考えたのはなにかって?そんな野暮なことを聞くもんじゃない。俺だって健全な男児という訳だ。そんな事を頭に巡らせていた俺は確実に、焦っていた。それもそうだ。こいつは長門と一緒であの宇宙的なパワーの情報操作とやらが使える。
「急進派とやらはお前一人しかいないのか、よほど人望がないんだな」
と俺は余裕をみせるように、両手を広げ方を竦めて見せた。
「ここにいるのは私一人、だってこの空間に入るのは並大抵の情報処理じゃ追いつかないから、他の人は私のバックアップに回ったって事」
あぁそんなことだと思ったよ、だがそれさえ聞き出せればなんとか勝てる見込みがあるかもしれん。
「そうか、ならお互い忙しいみたいだし、また後でゆっくり話そう」
と苦し紛れに誤魔化すという奇策でもないが、試しにそういってみた。思いのほか、朝倉涼子は黙ってこちらを見ている。まさか、成功した?そんなわけなかった。
「用事ならあるわよ、私達はねこれほどまでにない情報爆発が予測できるこの状況を懇願していたの。だからこんなところで失敗するわけにはいかないのよね。だから、死んで。お願い」
おい、朝倉、お願いするところを間違えてるぞ。なんてつっこみを入れている余裕はなかった。ナイフを片手に駆け寄ってきた朝倉の攻撃を俺は寸での所でかわし、足を払いのけた。朝倉は驚いた表情をしていた。
「あら、いつのまにそんな動きができるようになったの?教えて欲しいなぁ」
と甘い声で言ってきたが俺はそんなのに一々反応せず、こちらから仕掛けた。それでも余裕を見せる朝倉は、俺の攻撃を交わし、俺の背中に回し蹴りを放った後、ナイフを持つ手を俺に向かって伸ばしてきた。さすがにこれは反則だろう。ナイフを持つ朝倉の手を左腕を使って受け流した。それと同時に朝倉の腕に力を使った。その瞬間、朝倉の腕が音を立てて消えていった。
「驚いたわね、まさかあなたがこんな事も出来るようになるなんて。はやく殺しておくべきだったわ」
驚いているのは俺のほうだ、しかし唐突に理解し使えるようになったもんは仕方ない。俺は確実に消耗している体力を温存しながら戦わなくてはならない、という現実を突きつけられていたが、こいつ相手に温存できるわけが無い。心臓破りの坂は、心臓破りではなく見事に心臓の串刺しになりうだった。走らなければよかったなどと、後悔していると。朝倉は腕を既に再生させていた。
「あら、自分の力に戸惑っているのかしら、残念ね」
朝倉は不適な笑みを浮かべ、なにやら呟いていた。あれか、長門の良くやる高速呪文か。さすがにそれはまずい、俺は一気に距離を詰め朝倉の胸倉に力を使った。その衝撃で後方に激しく吹き飛んだ朝倉だったが、
「最初からこうしてればよかった」
と俺のトラウマを掻き立てる言葉を吐いた。それもそのはず、俺の体はピクリとも動かない。これは非常にまずい状況だ。
「あなたがここまで出来ると思わなかったわ、少し残念だけど。さよなら」
そういってナイフを俺の胸に向かって突いてきた。俺は死を覚悟した瞬間、ナイフが目の前で止まっていた。そのナイフを握っているのは紛れも無い。長門だ。
「長門!」
俺は久しぶりに長門に会った歓喜を喜ぶ暇など無いことは解っていたが、それでもこの長門に会える事は俺にとっては最高に嬉しいことなんだ。
「あなたがここに来ることは予測していなかった、その為反応が遅れてしまった。ごめんなさい」
気にするな、それより体が動かないんだ。なんとか出来ないか、というと長門は情報連結解除開始。といった、まさか俺を消さないよな。
朝倉の持つナイフが砂のように消えていった。この光景は昔にみたなぁと思ってると、長門が俺を蹴り飛ばした。これは痛い。
「それで動けるはず、あなたは私が守る。だから、今はあなたは涼宮ハルヒの所にいって」
そういう長門の小さな背中はこの世界で一番頼りになるんじゃないか、というくらいに心強く見えた。実際その通りだが。
「また、長門さんに邪魔されちゃったかぁ、でも次は私が勝つわよ」
朝倉はいつもより強張った表情をしていた、それもそのはず、相手は長門だ。長門の援護をしてやりたいが、今はあいつの所に行くのが先か。すまん、長門。俺はその場から立ち去った。後ろから轟音がなっているのは、あいつらが戦っている証拠だ。必ず会えるよな、長門。
俺はグラウンドに着いた、其処にはさっき見た神人が佇んでいた。暴れるわけでもなく、ただそこに居た。神人のから離れた位置に人影が見えた、そこにはハルヒ、佐々木、古泉、朝比奈さん、そして橘がいた。ここからじゃ声が聞こえるか解らないが、試しに叫んでみた。どうやら聞こえていないみたいだ。くそ、もっと近くにいかなくては。俺があいつらの側に駆け寄っていくと、なにやら古泉達とハルヒが言い合ってるようだ。ここで、俺は思いついた。ここで格好良く登場するのが主役の華ってもんだ。俺がゆっくり側に寄っていくと、古泉の声が聞こえてきた。
「涼宮さん、どうか落ち着いてください。このままではこの世界は終わってしまいます」
おいおい、古泉暴露しちゃまずいんじゃなかったのか。
「だって、キョンが…キョンはもういないのよ…。古泉君は涼宮さんが願えばきっと叶うはず、って言ったわよね。それでもキョンは帰ってこない。だからね、いらないの。キョンのいない世界なんていらないの!」
やれやれ、相変わらず我侭な団長さんだ。俺はおちおち死ぬことも許されないらしい。だが、そんなハルヒの言葉は俺にとっては嬉しかった。そろそろ出て行くか。
「ハルヒ、待たせたな」
その場にいた全員が驚愕の色を顔に浮かべていた。特に酷かったのはハルヒだ、間違いない。
「キョン…?キョン、キョン!」
ハルヒが駆け寄ってきた、俺はその猪突猛進な団長様を受け止めてあげた。ハルヒは、喜びと困惑の表情を混ぜた顔をしていた。
「本当にキョンなの?これ…夢なんかじゃないよね?」
ハルヒが俺の体を力強く抱きしめる。あぁ、夢じゃないさ。俺はここにいる。お前に会いたくて帰ってきちまったんだ。歯が浮くような台詞を言ってしまった自分に赤面しつつ、俺はハルヒの頭を撫でてやった。
「よかった…。もう二度と会えないと思ってたんだよ。このバカキョン…もう離れないって約束したじゃない」
ハルヒの大きな瞳から大粒の涙が流れる、俺はそんなハルヒの頬に手を添えて、軽く口付けをした。勿論、ハルヒは顔面から火を噴くのではないかと思うくらい、真っ赤にしていたが。俺もたぶん真っ赤だ。暑い。何で、俺はキスしたかって?そりゃ大抵の人は、俺がこの閉鎖空間から抜け出す為だと思うかもしれない。だけど、俺はこんな我侭でうるさくて、優しいハルヒが好きなんだ。
「あ…あたしは先に言ったから、も、もう言わないわよ」
少し俯きかげんで俺の胸辺りを見ていたが、少し上目使いでハルヒは俺に「でも、好き」と100万Wの笑顔で笑った。ようやく帰ってきた実感が沸いた。俺はハルヒの手を引き、古泉と朝比奈さんのところに向かった。
「お久しぶりです」
「キョンくん…キョンくん!」
そうだな、と古泉に答えた瞬間朝比奈さんが抱きついてきた。朝比奈さん、まずいです。ハルヒがいるのに。ハルヒの表情を恐る恐る覗いてみると、穏やかな表情だった。変わったなハルヒ。とりあえず朝比奈さんを落ち着かせ、
「もう会えないかと思った…でもよかった。キョンくんがいればなんとかなる気がするの」
と言っていた朝比奈さん、俺はそんなに凄い人間じゃないですよ。とりあえずまずは状況把握だ、古泉に問いかける。
「この神人はなんだ?」
俺の問いに答える前に、古泉が意外なことをいってきた。
「それより、言わせてください。僕もあなたに会いたかった」
これにはさすがの俺も驚いた、こいつから本音が聞ける日がくるとは。でも、さすがに他意はないよな。俺にはそっちの趣味はないぜ。
「そんなつもりは、さすがに涼宮さんの前では言えませんが」
とニヤケ面を浮かべていた、おい、冗談はやめてくれ。俺ははぁ…と溜息をついた。
「勿論冗談ですよ、しかしこの神人は僕にもよく解らない。というのが今の現状です。佐々木さんをなんとか説得し、動きを止めてもらっているのですが、それもいつまで続くか解りません」
そうかい、しかしハルヒがいるところでその話は禁句じゃなかったのか?
「涼宮さんにはもう話してあります。混乱していたみたいですが。それでもあなたが戻ってくるならと必死に願っておられました」
なるほどな、だからさっきあんな口論をしていた訳か。それにこの状況じゃ隠し通せないだろう。
俺は座り込んでる佐々木に目をやった。俺と目が合った佐々木は、急いで目を逸らし背を向けた。そうしたのはきっと俺に対しての罪悪感からだろう。俺は、肩を震わせて座り込んでいる佐々木に声を掛けた。
「佐々木、ありがとうな。まだ俺達がここに立っていられるのは、お前のおかげなんだ。礼をいう」
俺は佐々木の肩をぽんと叩いた。振り向いた佐々木は大粒の涙をぼろぼろと流し、俺に抱きついてきた。
「キョン…僕は、僕は君を…」
俺はこんな姿の佐々木を見るのはじめてだったから、少し驚いてはいたが。頭を軽く撫でてやり、背中をさすってやった。
「あぁ、解ってる。だがお前のことを俺は恨んだりはしない。それはお前が一番よく解ってるだろ?俺がお前を許す、それでいいか」
佐々木は何回も頷き俺に抱きついてきた。この状況をハルヒが見ていれば必ず拗ねているはずだ。俺が恐る恐るハルヒの表情を見ると、意外や意外。穏やかな顔がそこにあった。大人になったなお前も。でもやっぱり少し無理してるだろ。
さて、この事態の当事者の橘は俺の姿を見て未だに硬直していた。俺は力強く睨みつけると、橘は腰を抜かしたようにその場に座り込んだ。
「なんで…なんであなたがここにいるのよ…。おかしいじゃない。あなたは死んだはずなのに」
俺はどうやらまだ死ねないらしい、と肩を竦めた。そんな俺を橘が見上げていた、そこで何故か意を決したかのような顔をして、
「私はあなたに謝らなければいけません。それでも到底許されることではないと理解しています。だけど、私は佐々木さんの為になにかしてあげたかった。それが、人として間違ったやり方でも、佐々木さんにはずっと笑っていて欲しかった。だから私は…」
もういいんだ、俺はそういって橘の言葉を遮った。確かに俺はこいつにされたことを許そうとは思わない。だが、人は憎しみに縛られて生きていれば、また人に憎まれる。その連鎖から抜け出すことが出来なくなる。だから、俺はお前のことは許したい。時間はかかるかもしれないが。
「本当ですか…?あなたは…あなたって言う人は、本当にお人好し過ぎます」
橘は今までの緊張から解かれたかのように、泣き崩れた。しかし、気になることがある。天蓋領域、周防九曜がいないということだ。橘に聞いても知らないというし、古泉のほうを見ても肩を竦めるだけだった。俺はあのなにを考えているか解らない宇宙人のことを考えながら神人を見上げ、これをどうしたらいいものかと思い耽っていると、長門が小走りでこちらに向かってきた。
「長門、大丈夫か?」
長門はコクリと頷き、
「朝倉涼子の情報連結を解除した」
といってはいたが、そのぼろぼろの姿に胸が痛くなる。長門、すまなかった。そしてありがとう。長門はコクリと頷いて、
「いい、私があなたを守りたいだけ」
と言ってくれた。こいつはいつからこんなに人間らしくなったのかな。
俺達にはそれ以上再開に浸る時間は残されてはいなかった。神人が動き出したのだ、ハルヒと佐々木が抑えていたはずなのに。俺達はとりあえず、ハルヒ、佐々木、橘、朝比奈さんを安全な場所に移動させた。戦えるのは俺、古泉、長門だけだ。俺が戦うというと古泉は、
「おや、あなたもこれで僕と一緒になれますね」
とニヤけ面で気持ち悪いことを言い出したので放っておく。俺は長門にアイコンタクトを取った、こいつはこれで解るはず。長門はコクリと頷き、
「平気、いける」
といっていた、こいつは心強い味方だ。そういうと、古泉が横から割り込んできた。
「僕も勿論いけますよ。しかし、あなたがどのような力をお持ちなのかは解りませんが。頼りにさせてもらってもいいんですよね?」
あぁ、と俺は答えた。しかし、アイコンタクトの盗み見はよくない趣味だぞ古泉。古泉はすこし肩を竦めて、
「それはあなたと僕が繋がっ」
と危ないことを言い出したので途中で俺は、
「いこう!」
と俺の言う言葉に二人は頷き、俺達は神人の元に駆け出した。
俺の不安は的中した。神人の動きが前に俺が見たときとは段違いで、速い、つよい、でかい。というまるでどこぞの店が看板に構えているような言葉が当てはまる程やばかった。周りを見ると校舎がほぼ半壊している。こいつ1体でこれかよ。勘弁してくれ。と俺はいつもの定型句をまたこぼしていた。
やれやれ。
「こいつを壊すのは骨が折れそうだ」
俺が両手を広げ肩を竦めた。それに答えるかのように、
「僕はあなた達と一緒なら負ける気はしません。元気100倍ですよ」
と自分では格好良いと思っているのか知らないが、変なポーズを取るな。それではあれになっちまうぞ。いっそ、パン工場で働いて来い。そっちのほうが機関よりましかもしれんぞ。そんなやり取りを隣で見ていた長門が、
「バックアップップ」
と意味の解らないところで噛んだのは愛嬌だろうか。まぁ可愛いからいいけどさ。
さて、そろそろ行こう。
そして、再び世界に光が差した。
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