涼宮ハルヒの喪失─第4章─
「…私キョンが好き。好きなのよ!」
涼宮はいきなり抱きついてきた。俺はいきなりのことに驚きそのまま後ろに倒れてしまった。まずい、かなり動揺している。それに頭痛が酷い。告白された瞬間なにかが頭に流れ込むような。しかし、この状況はどうだろう。涼宮は俺の眼からみても十分に可愛い。いや滅茶苦茶美少女だ。そんな子に告白されて、押し倒されてみろ。佐々木、すまん。
「…よく解らんが、なんで俺なんだ?」
と俺は混乱する頭を少しでも、落ち着かせようと涼宮を離した。
「あんたじゃなきゃ駄目なの…」
俯いた顔を見ると、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになっていた。だけど、今の俺にはどうしてやることも出来ない。
「すまん…。俺には涼宮を想ってやることは出来ないんだ。俺には今彼女がいるんだ。だから、すまん。」
俺の目の前にいる女の子は、この世に絶望したかのような顔をしていた。震える口を無理矢理開き、消え入りそうな声で喋り始めた。
「…か…彼女って…、もしかして佐々木さん…?」
あぁ、そうだがなんで知っているんだ?高校も違うし、面識はないはずだが。俺がそういうと、涼宮はいきなり立ち上がり、部屋を飛び出していった。俺が唖然としていると。
「キョンくん、ハルにゃん泣いてたよ?喧嘩したの?」
妹がやってきたが、俺は妹にお前にはまだはやい!といって部屋から追い出した。しかし、どうしたもんだろうね。学校に行きづらいじゃないか。
翌日、涼宮ハルヒは休んでいた。ほっと胸を撫で下ろし俺は席に着いた。明日は土曜日、佐々木とデートだ。何か最近は色々ありすぎたが、まぁ明日は忘れて楽しもう。この日、特に変わったことはなかったが。帰り際、古泉が遠めから俺を見ていた気がする。体に包帯をかなり巻いていたのは気のせいだろうね。
そして、土曜日になった。俺はいつもより早く起きれた為、久しぶりの朝食とコーヒーを堪能していた。妹が眠そうな目を擦りながら、
「キョンくんが早起きするなんてめずらしいー」
といっていたのは聞き間違いではない。俺はこいつに毎朝叩きおこされているのである。でも、そんな妹がなついてくれていることは兄にとっては悪い気はしないのである。
俺はいつものように自転車で駅前に向かった。あれ、いつものように?あぁ、いつもの待ち合わせ場所に。ってあれ…違和感があるな。そんな変な違和感を抱きつつ、待ち合わせである喫茶店に入った俺は。佐々木を見つけるや、適当に挨拶を交わし。また俺の奢りか、と言った。佐々木は苦笑いをしていたがいつもは100Wの笑顔と怒った顔で、
「遅い!罰金!」
と言っていたような気がするのは気のせいだろう。そう気のせいだ。俺が考え事をしていると、佐々木が隣に座ってきて手を握ってきた。
「せっかくのデートなのに難しい顔をしているなんて失礼だぞ」
と佐々木は微笑んでいた。思わずニヤケてしまうね。ニヤケていた俺の顔が引きつるのには時間も掛からなかった。何故なら、俺の視界の端にSOS団の4人が映ったからだ。
「よ、よぅ」
少し驚いた俺は適当な挨拶をいった。俺がここに来たことに驚いていたようだが、一人だけ無表情な奴がいた。涼宮ハルヒだ。気まずい雰囲気を崩したのは、この男の一声だった。
「こんなところで会うとは、奇遇ですね」
古泉だ、ところどころ体に傷が見受けられるのは気のせいじゃないだろう。俺が相槌を打つと古泉は佐々木のほうを見て、
「彼を少々お借りしてもよろしいですか?」
何故か佐々木も驚いた顔をしていたが、いいですよ。と答えていた。こうして俺はせっかくのデートの日に男二人で散歩を始めたのである。
「で、なんだ用があるじゃないのか?」
と古泉に話を振った。
「それなんですが、実は今日はいつもSOS団の活動の日でしてね。いつもこの駅前に集合して、あの喫茶店に行くんですよ。今日はですね、あなたもご覧になられたかと思うのですが。彼女、いや涼宮さんを元気づけようとしていたのですよ。」
まぁ俺にも原因はあるみたいだし、いや俺が原因だろうね。だから少しは話を聞いてやってもいいと思っていたんだ。
「そうですか、助かります。実は…彼女は心を閉ざそうとしています」
そりゃまたどうしてそんなことに?
「やはりあなたはお気付きにはならなかったのですか。確か、先日あなたの家に彼女が伺ったはずです。そこでなにがあったか詳しくは僕は知りませんが、あの時から彼女はあのような状態になっています」
あぁ、俺が振ったからそうなったんだなぁと思ったが口には出さなかった。黙って聞いていると古泉が続けて話し始めた。
「そうですか、いやまさかそんなことになっているとは思っていなかったので。失礼ですがあなたは本当に全てをお忘れですか?」
あぁ、お前たちのことはなに一つ覚えてない。そういった俺は肩を竦めて答えた。
「そうですか、それなら僕達以外のことは覚えているのでしょうか」
そういわれてみると、確かに他に解らない、知らないってことはないな。っておい、なんでお前たちの事だけすっぽりとなくなったかのように俺の記憶からないんだ。
「それです。先日長門さんからお話があったと思いますが、あなたは記憶を書き換えられた可能性が高いです。いや、書き換えられたといっていいでしょう。」
そりゃまたなんで俺なんかの記憶を弄る必要があったのか聞いてみたいね。古泉は更に真剣さを増した顔つきになった。
「それは、あなたが涼宮さんの鍵となる存在故です。涼宮さんにはあなたという存在が必要不可欠になってしまっているようです」
そうか、そう言われればあの態度も、言葉も、現状も納得できるが。高々恋愛にここまで大げさになる必要があるのか?
「それがあるんです。涼宮さんには…そう、世界を変えることができる力があるのです。それも望んだだけでね」
へぇ…そりゃすごい。いや凄すぎるというか度を越えている。
「僕も嘘であると思いたいのですが、残念ながら事実なのです。実は僕も、彼女の願いのおかげで力を得た人間なんです。それを望んでない人間でもね。これまで幾度も彼女が作り出す閉鎖空間に入って我々が呼ぶ神人…失礼、僕はある機関に所属していましてね。御察しの通り僕と同じ能力を持った方々を軸としていますが。その神人というのは機関が付けた名称なのですが、破壊を繰り返す涼宮さんのストレス発散の為に生み出される巨人です。僕らはそこでその巨人を倒して閉鎖空間を消滅させなければいけない、という使命を与えられてしまったのです。ですが、あなたが記憶を失うまでは彼女の精神は安定していたのです。今までの彼女からすれば驚くほどに。それも一重にあなたのおかげなんです。あなたのおかげで僕達も、世界も救われていたのです。」
俺がそんな大役を勤めていたのか、だが俺はごく普通の平凡な一般人だ。それは間違いない。俺はお前みたいに変な属性なんぞもっていないはずだ。
「そうです、確かにあなたは一般人です。だがしかし、涼宮さんにとってはあなたは一般人ではない」
なんでそうなるんだ?今の俺にはどうしてやることもできないぞ。記憶を弄られているんじゃしょうがないだろ、と俺は投げやりに返した。
「しかし、事態はそうもいってられない状態なのです。涼宮さんはあなたのいない世界などいらないと強く願ってしまうかもしれない。そうなったら最後です。もう、誰にもこの世界は救えません。僕達もお手上げですね」
そういうと古泉は両手を広げ方を竦め、微笑を浮かべた。
「少し考えさせてくれ」
そういうと俺は、喫茶店に戻った。後ろで古泉が携帯でなにか話していたが、俺には関係ないだろう。
喫茶店に戻るとなにやら険悪なムードが漂っていたのである。佐々木を睨みつけるような視線を浴びせている長門有季と、もう一人の愛らしい女性が朝比奈さんだろうか。涼宮ハルヒはぼーと俯いているだけだった。佐々木のほうに眼をやると、佐々木は困った表情を浮かべていた。俺は佐々木の手を取り、料金を支払い店を後にした。涼宮ハルヒが俺を眼で追っておいたのは気のせいだろう。
「いいのかい、彼女達と話さなくて」
佐々木は俺の表情を伺いながら話しかけているようだった。別に構わないさ、なにやら俺のことを知っているみたいだったが。佐々木は、実は私もなんだと言い始めた。
「彼女達のことを知っているようで知らない。おかしいだろ?」
俺とまったく一緒だな。世の中不思議なことがあるもんだな。俺は佐々木の手を強く握り、歩きを早めた。
その後、適当に買い物をしたり、食事をしたりした。佐々木は幸せそうな顔をしていた。俺はどんな顔をしていたんだろうね、たまに佐々木が心配そうな顔をして覗き込んできた。 辺りも暗くなってきた頃、俺達は駅前まで戻ってきていた。佐々木に、気をつけてと一言声をかけそこから離れようとしたその時、後ろから抱きしめられていた。おい、佐々木。これじゃ帰れないぞ。
「…キョン。今日は一人でいたくないんだ。こんなこと私がいうのも変だと思うかもしれない。だけど、不安なんだ。君がいなくなりそうで」
佐々木の顔を見ると、瞳が潤んでいた。しかし、何故か俺は言葉を失っていた。なにも言うことが出来なかった。
「今からキョンの家にお邪魔してもいいかな」
佐々木が上眼使いで俺を見上げた。やめろ、それは反則だ。俺は断ることができなく、あぁと答えていた。でも、彼女の頼みをむざむざ断る必要もないだろうと自分に言い聞かせていた。
佐々木を自転車の後ろに乗せ、俺は家を目指し自転車をこぎ始めた。家につくまでの間、佐々木は終始無言で俺の背中に顔を埋めていた。
家に着くと、妹と久しぶりに会う佐々木だったが、妹は大喜びだった。両親にも久しぶりに会ったことで、会話もはずみ一緒に夕食を取る事になった。食卓での会話で、おふくろが佐々木さん今日泊まっていったら?夜も遅いし、などと言い出した。佐々木は笑顔でお邪魔でなければと答えていた。やれやれ。
風呂から出て部屋にいくと、佐々木が俺の部屋にいた。少し湿った髪が妙に色っぽい。こんな可愛い子が俺の彼女とは。別に惚気ているわけじゃないぞ。
「遅かったね、キョン」
微笑む佐々木を見ていると、何故か切なくなるのは何でだろう。佐々木に、もう時間も遅いから寝たらどうだ?というと。
「君は彼女が目の前にいるのに、なにもしないつもりかい?」
佐々木さんいつからそんなに大胆になったんですか。
「ふふっ私は昔から変わらないよ。そうだね、変わったといえばキョンには素直になんでも言えるようになったかな。」
そういうと、向日葵のような笑顔で笑いかけてきた、頬をほのかの赤く染めて。気付いたら俺は佐々木を抱きしめていた。
「…キョン」
甘い声を耳元に囁かれた俺は少し見つめ合った後、佐々木に口付けをした。断言しよう、それ以上はしてない。する気になれなかった。何故だろう。古泉の話を聞いたからか、いや涼宮ハルヒの姿を見たからだろうか。胸を締め付けるこの何かが俺を苦しめる。隣に寝ていた佐々木が、
「…苦しいのかい、キョン。大丈夫私が側にいるから」
そういうと俺の手を握って体を寄せてきた。今の俺はそれだけで十分だった。安心したのか、意識が薄れてきた。意識が途絶える前に佐々木が、
「ごめんね」
と言っていた気がした。
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。