Any day in the rain.
必要なもの、必要の無いもの。
本。必要なもの。
絆。必要なもの。
時間。必要なもの。
仲間。必要なもの。
――朝倉涼子、彼女はどうして消えてしまったの?わたしが消したから。――どうして?暴走した、もうバックアップは無理。必要が無くなったから。――必要が無くなったから、消したの?そう。――どうして?必要が、無くなったから。――本当に?そう。
涼宮ハルヒ。SOS団団長。自律進化の可能性、黄色いカチューシャ。
彼。SOS団団員その一。鍵、たいせつなひと。
古泉一樹。SOS団副団長。超能力者、笑顔。
朝比奈みくる。SOS団団員その三。未来人、胸。
わたし。――わたしは、なに?
「やっほー! みくる居るー? ってあれ? 長門っちだけ?」鶴屋さん。SOS団名誉顧問。いつも元気の良い一つ上の先輩、八重歯。「明日の掃除当番代わって欲しくってさー。それを頼みに来たんだけど、みくるは?」指を刺す、むこう。「そっちの方にいんのかい? あんがと!」鶴屋さん、元気。記憶媒体に刻みこむ。
「あれ、長門。お前だけか?」両手でダンボールを抱えた彼、疲労の色が浮かんでいる。「よっと」髪も少し濡れている。「ハルヒ達は?」わたしは首を傾ける。「はぁー……」彼はハロゲンヒーターに両手をかざす。赤い光が彼の手を暖めた。「疲れた」机に突っ伏して、彼の意識は夢の中へと誘われた。
スースーと、規則的な呼吸が聞こえる。ヒーターによる室内気温の微弱な上昇を確認。しかし、冷えた体では風邪を引いてしまうのではないだろうか?浮かんだ疑問符を解消させるべく、彼を起こさぬよう、音を立てないように細心の注意を払ってヒーターを近づける。これで、少しは暖かくなる。「お疲れ様」耳元で呟いて、わたしは彼にの背中にカーディガンをかけてあげた。「風邪、ひくから」蹴りたい背中。読みかけの本を部室に残して、わたしは外へ出た。彼に何か買ってこよう。わたしからせめてもの感謝の気持ちをこめて。冬の風が冷たい。随分と暗くなってしまった空を眺めた。
購買部、もう既に閉まっている。一番近いのは、坂の下にあるコンビニエンスストア。急ごう、できれば彼が起きてしまう前に。小走りで坂を下りる。この雨量ならば、少し濡れるが傘は不要。コンビニエンスストアまで、あと八百三十二メートル。
わたし。――わたしという存在。彼。――彼という存在。彼はだれ? キョンと呼ばれるひと。
わたし。わたしはだれ? 長門有希。名称、呼称。他人が呼ぶ為に必要だから、アイデンティティ、拠り所。――この星で生きるために必要だから?違う。名前なんか要らない。――名前が無ければ消えてしまう?そうじゃない。わたしは、ここにいる。彼が認めてくれるから。――本当に?
雨粒が大きくなる、降水量の増加を確認。涼宮ハルヒによる干渉が認められる。局地的な環境情報の変更は惑星の生態系に影響を及ぼす、以前彼に説明した台詞がわたしの頭の中を通り過ぎた。そんな事は関係なく、全て彼女のやる事は正しいのだと、以前古泉一樹が説明していた。条件付で、わたしはそれに賛成。わたしは、観察者。必要以上の干渉は避けるべき、それは理解している。では、わたしの今の行為は? わたしは観測者であるという事と、矛盾しているのだけれど。有機生命体の言葉に御節介という言葉がある。そう、おせっかい。でも。彼が喜ぶのなら、それで良い。わたしは、それで良い。
彼は、わたしという存在を肯定してくれる。彼は、わたしの名前を呼んでくれる。理由は、それで充分。観測者としては、不要な理由なのかもしれない。エラーを確認。
「もっとこっちに寄せなさいよ、あたしが濡れるじゃないの」
「充分寄せてるだろ?」
彼の音声を確認、同時にわたしの体温の上昇を確認。ビニール袋の中の缶コーヒーを取り出す。少し冷えてしまっているが、無視できるレベル。以前よく彼が飲んでいた銘柄を選んでみた、記録に間違いが無ければ。彼の喜ぶ顔が浮かぶ。
「あ? この傘お前のじゃねえな? 職員用って書いてあるぞ」
涼宮ハルヒと同じ傘に入る彼を目視で確認。エラーを確認。缶コーヒーをビニール袋の中へ再度入れなおす。脇道に逸れて、電柱の陰に身を潜めた。
「学校の備品だもん、生徒が使って悪い事なんかないでしょう? それとも何? 濡れて帰りたいってんなら、入れてあげないわよ」
「おわっ」
どうしてわたしは隠れて彼等を見ているのだろう。どうしてわたしは。どうして?エラーを確認。
「待てよ」
待って。
まって。
待って、そっちに行かないで。
お願い。
お願いだから。
そっちに、いかないで。
伸ばした手は、虚しく空を切った。
二人は仲睦まじく、一つ傘の下。坂道を降りる。雨量の増加を確認。傘の構成を試みる、失敗。
空っぽ。
そう、空白。
ただの観測者。
彼への憧れ。わたしが持つべきではないもの。好意。わたしが持つべきではないもの。感情。わたしが持つべきではないもの。
そう、必要の無いもの。
彼にとって、わたしはなに?――必要の無いもの。わたしは……。――わたしは。……ひつようの、ないもの。
――朝倉涼子と同じ。
違う。
――同じ。
ちがう。
チガウ、チガウ。
――朝倉涼子、彼女はどうして消えてしまったの?わたしが消したから。――どうして?暴走した、もうバックアップは無理。必要が無くなったから。――必要が無くなったから、消したの?そう。――どうして?必要が、無くなったから。
――本当に?そう。
わたし。
――わたしは、なに?
このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー と 利用規約 が適用されます。
1文字以上入力してください
本文は少なくとも1文字以上必要です。
1文字以上入力してください。