長門有希の妊婦生活2
「…あ…。」「んー?どしたー?」リビングの隅にあるパソコンを弄っている彼。顔をこちらに向けずに画面に食いついてる。「…動いた。」「なにィィィィ!!?」一瞬彼の顔が劇画チックに見えた。昼に読んだ漫画のせいかも。「このッ!俺にもッ!『命』を体験させろッ!」リビングの絨毯をずらす勢いでスライディング。…ユニーク。 「…もう動いてない。」「…うー、悔しいなぁ…。」「きっとすぐ動く。…来て。」彼を抱きしめて、耳を私のお腹に当てる。ぽっこりと大きくなった私のこのお腹には、彼との愛の結晶がいる。 どくん 「あ…。…今の?」「…動いた。」 どくん、どくん 「あ…また……ウヒヒヒ…!」感極まっているのか、私が妊娠を告げた時のように子供のような笑い声をあげた。「…ふふふ…。ほーら、パパだよー。元気に育てよー。」私のお腹をぽふぽふと叩きながら語りかける。「…ママも、いる。」彼が顔をあげて見つめてきた。 …ちゅ 「ずーっとご無沙汰だなぁ…。」私の胸をつつく。妊娠から8ヶ月、私の胸はその影響で大きく膨らんできている。「………。」無言で、目で語りかけてくる。『やりたいなー…』 もにゅもにゅ… 「…産まれたら…また…。」言ってすぐに強く彼の肩を押して遠ざける。…恥ずかしい。 彼はにっこり笑うと(かっこいい…)、私の頭をぽんぽんと叩いて再びパソコンの前に腰かけた。 二ヶ月後――― 「なぁ、いい加減教えろよー!男か?女か?」「…じき、わかる。それまで秘密。」「うー、名前決められないじゃないか。」「…両方考えればいい。」実は私もどちらか知らない。お医者さんには伝えないでと言ってあるから。 「一応候補はあるんだぜ。」彼は仕事鞄をゴソゴソ探ると、一枚の紙を出してきた。「…これは、候補?」「ああ。…どっちかわかってればもっと絞り込めるのになぁ。」…紙には、男女の名前。合わせて100以上が載せられている。 仕事中にこんなことを…。叱りたい半面、嬉しい気持ちもあった。だから、頬を軽く抓ってそこにキス。 「ふふふ…。なぁ、どれがいいと思う?冬だし、やっぱりそれにちなんだ名前がいいと思うんだ。」「…これ。」 ひとつの名前を指差す。…男の名前候補と女の名前候補の真ん中あたりに書かれていた。「ああ、それか。『男にも女にもつけられそうな名前候補』の中でのイチ押しだっ!」「…綺麗。」 …う 「…どうした?」「…産まれそう。」「な、な、ほんとか!?き、救急車っ!いや、車で病院に直行かっ!」「…痛い…。」 彼は寝間着の上に私の編んだセーターを着込むと、冷静な動きで支度をしてくれた。「もしもし、森下産婦人科病院ですか!?…えぇ、私です!あ、赤ん坊が産まれそうなんです!すぐにそちらに向かいます!」 「大丈夫か、すぐ出発するぞ!」彼は私を支えながら車に乗せてくれた。霞む視界で車の窓から外を見ると、ちらちらと雪が降っていた。「すぐ着くからな、それまで頑張れ!」 病院に着くとすぐに分娩室に運ばれた。…凄く痛い。内臓を直接素手で捻られているかのよう…。 「ほら、頑張って!頭が見えてる!もうすぐあなたは母親になるのよっ!」 母…親… 私にはいない、親。憧れていた…親子関係。それが…もうすぐ…。 「それ、もうひとふんばりよっ!」 …っ!! …ぎゃあ、ほぎゃあ…! 産声が分娩室中に広がった。「頑張ったわね、元気な女の子よ…!おめでとう…!」「…良かっ…た…。」「有希…でかしたぞっ…!」いつの間にか入ってきていた彼は、私の手を握って涙を流している。 …私の、私たちの赤ちゃんは…? 「この子ですよー…抱いてあげてください。……はい、ママですよー?」赤ちゃんを手渡された。…彼と、私の…赤ちゃん。これで…私は、母…親…。「お名前は決めてあるんですか?」「「…はい。」」 彼が言うには、外は…まだ雪が降っていたらしい。 ちらり、ちらりと… 彼と初めて結ばれた あの日のように… 「…みぞれ。……霙。」
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