「ハッ!!」
布団から飛び出すかのように私は目を覚ました。
最近決まって悪夢を良く見る
「はぁ…はぁ…」
本当に体験したことのあるような・・・でも絶対に味わいたくない、そんな夢。
「…大丈夫?」
でも平気。そんな私を心配してくれる優しいお姉さんもいてくれる
「大丈夫よ、有希おねえさん・・・」
「そう…それならいい…」
私には記憶が途切れ途切れにしか無い。
お母さんお父さんの記憶は一つも無くて、生まれた頃から今までの記憶がほとんどない
全部お姉さんから聞いた話。
覚えている記憶は、学校での日々のこと
転校して戻ってくる前の記憶。
私は転校した記憶さえ無くて、そこからここに戻ってきたまでの記憶もない
気がついたら布団で寝ていて、お姉さんと名乗る女の人がいて、その人から色々な話を聞いた
それまでは、有希お姉さんがお姉さんだと言う事すら思い出せなかったんだもん
「…どうしたの?」
私が深く考え込んでいるみたいな顔をしていたのか、お姉さんはまた不安がっている
「なんでもないわ」
「さっき酷くうなされているように見えた…」
「そんなこと無いから・・・ね?」
「…そう」
これ以上お姉さんに迷惑を掛ける訳にもいかないし、ただでさえずっと私の事を気に掛けてくれているんだから…
「今日から北高に貴女は戻る事になる。用意は私がしておいた。これが制服でこれがカバン…」
「ありがとう有希お姉さん。それじゃ初日から遅れる訳にもいかないし、ご飯食べて先に行くね!」
トーストから飛びはねた食パンにバターをさっと塗って口に加え、そのままマンションを飛び出す
みんな私の事覚えててくれてたかなあ?また仲良くしてくれるかな?
委員長はもう決まってて出来なさそうだけど~
なんて事を思ったりしながら少しわくわくしている自分が可愛い
ごく最近まで通っていたようで、ずっと昔にここに来たような懐かしい坂道を登る。
私はそれを一歩ずつ噛み締めながら長い長いこの通学路を進んで行った
その男は深い思念を持ちながら、しかし原因を解明出来ずにいた
しかしそれは男ではない
男の形をしているが実際は宇宙すらもを統括する圧倒的な意思。
有機生命体の器を作り、自らの意思をその中に閉じ込め、地球に降下した。
偽りの意思を銀河の果てに置き去りにして・・・・
「記憶障害、か…礎の記憶を絶たせるフェイズに移行する段階に於いて、断殺した呪いの一部が、知性プログラムに影響を及ぼしたとでも言うのか…?
何故思い出さない。今の御前は私の為だけに動く道化でしか無いと云うのに…」
最初は単なる惑星でしか無かった。
並んでいる物の中の一つ
しかし今やそれは急速な進化を遂げ、超越せし者さえ生みだした
その涼宮ハルヒと呼ばれる驚異を観測すべく作り出した幾つかの偽り
それは真の命にして偽りの命
男は高層ビルの屋上から下界を見下ろしていた
下から聞こえる様々な且、異質な音。
生まれる筈の無かった進化の印にして驚異
男はやがて後ろに現れたもう一つの意思に気がつく
だがそれは驚異の側。すなわち人間・・・
その人間は靴まで隠れる長く、黒いコートを着て、両手をポケットの中に閉まっている
顔さえも黒い布が覆っている。
首の肌色、髪一本すら見えない
全体を黒で覆い尽した不思議な人間
それはまるで宇宙そのものだった
『情報を統合する意思…』
その人間は口を開く
「…何者だ?」
人間は両手を広げ語りだす
ポケットから出された手には、黒い手袋のついた、またしても人肌の見えない手
『二つの礎のリンクする先は夢想。夢想は朧げにはかない境地。可想界が齎す幻影・…繰り返される呪の連鎖…そして貴方は解き明かす事無くただ流れを悟るべく一人錯乱に溺れ喘ぎ【トキ】の前に平伏す…』
「興味深い言葉を奏でる…だが所詮貴様は人。いずれ超越した意思の前にその身を屈折す事になるだろう」
『その名、朝倉涼子。実名、朝倉涼子。その名、長門有希。実名…』
男の顔がみるみる内に引き攣る
「…!やめろ」
人間は黒い手を再びポケットにしまうと、もう話す事は無いといわんばかりに男に対して背を向ける
『…また会おう。起点たる意思、宇宙を統括する意思、よ』
男は不思議な感覚を捨てきれなかった
「待て、貴様名を言え。貴様は紛れもなく【人】だ。人には名が存在する筈。
私の名は…そうだな、人間界の物言い表しに於ける記号を用いるならば【情報統合思念体】とでも名乗っておこう」
音楽にして一小節分、時が流れる。
止まっていた人間は淡々と質問の答えを告げた
『我が名は【LEGENDARY】』
「LEGENDARY…だと」
『WAWAWA、WASUREMONO』
謎めいた言葉を残すと、その人間は何もない空間から異次元への扉を開き、軽い足取りで歩を進めた。
まるで自分がどこに辿り着くのか、結果を知り尽くしているか如く
「…奴は間違いなく人間だ。宇宙を統括する私の足元にも及ばぬ存在。だが何だ…?あの私より遙か先を見透かしているかのような眼は?奴が私より上を行くとでも言うのか?・…震えている?この造り物の有機生命体の器が何かを感じ取っているのか?
どのみち朝倉涼子があの状態では、私自身が暫くこの地球に潜むしかあるまい…」
男はそう呟くと、再び高層ビルの屋上から、下界を見下ろすのであった